第111話 ラブコメどうしよう ~梓川優梨愛の思惑~

 ──先を越された。

 アズマがアマリリス・カレンたちとやっていたコラボ配信を見た優梨愛は、素直にそう思った。

 だが、とすぐに思い返す。

 カレンがアズマに出来るのはあくまでもイラストやサムネ、キャラデザの提供のみだ。……VTuber活動をするには十分過ぎる気もするが、だがしかし!! 優梨愛にはカレンには出来ない形で彼のVTuber活動をさらに応援することが出来る。

 それは大人にしか出来ないこと。ただの学生には出来ないこと。

 つまり、──スパチャだ!!


「……違う。そうじゃない。あいつは今、配信してない」


 問題はそこかとツッコみたくなるが、それは置いておいて。

 ともかく自分にはやれること、というか自分にしかやれないことがある。そう信じて頑張るしかない。


「大丈夫だ。私ならきっと出来る」


「ブツブツ言ってどうしたんですかぁ?」


「少し、考え事をな」


「ダメですよぉ。ゆりピ先輩の悩み事はワタシの悩み事でもあるんですから。ちゃぁんと話してくれないとぉ」


「そんな大したことじゃない。気にするな」


「あ……。ウ、ウザかったですかぁ? ワタシそういうの苦手で。人との距離感とか、だからその、き、嫌わないでぇ……」


「嫌わない嫌わない。だから腕を掴むな」


「どこ行くんですかぁ……?」


「……トイレだ。お前も来るか?」


「ッ!? 行きますッ!! ゆりピ先輩大好き!」


「だから……。いや、何でもない。行くぞ」


 当たり前のように腕を組んでくるから思わず『離せ』と言いそうになったが、そうなるとまためんどくさくなるのは目に見えている。

 アズマのことで色々と考えなければならないことが多いのに、どうしてさらに……。


「ゆりピ先輩。何考えてるんですかぁ?」


「……お前のことだ」


「ワタシもゆりピ先輩のこと考えてますよぉ。やっぱりワタシたちって相性いいですねぇ」


「……そうだな」


 姫島レミ(ヒメジマ レミ)。

 ブイクリのライブが終った後に、新しく入ってきたエンジニアだ。スキルや経験自体は優秀と言うことだが、それ以外が『本当に社会人か』と言いたくなるような振る舞いをするので困っている。

 入社直後は自分のことを『レミ』と呼称していたので、そこだけは何とか言いくるめて『ワタシ』と言うように優梨愛が指導した。

 慣れてないせいか発音は怪しいが、『レミ、お昼ご飯行きますねぇ』と初日に言われた衝撃を思えば、マシにはなったと思う。

 他にも色々とある中で、さすがにふざけるなと思った優梨愛は、採用理由を人事に問い詰めたが『優秀なエンジニアだから』と返され、挙句の果てに裁量権を持っている役員からは『他にいい人材がいないんだ……』と嘆かれた。

 人材不足ここに極まれりと言った感じだった……。


「仕事は、まあ、ちゃんとするんだがな」


「ゆりピ先輩ってひとり言多いですよねぇ」


「……そうだな」


 心のうちに留め切れない愚痴が漏れてしまうのだろう。

 でも、それもしょうがないくないか、と酒でも飲みながら優梨愛は叫びたい。

 一人称が自分の名前なのは社内ならまあいいだろう。先輩である自分を『ゆりピ』と呼んでくるのも百歩譲って許そう。だが、だがな、──その恰好はどうなんだ!?

 量産型だが地雷系だから知らないが、そのフリフリした服装は会社に来る恰好ではないだろう!?

 プライベートならどんな服装をしてようが気にしないが、ここは会社だぞ!?

 と、言うようなことを遠回しに本人に言ったら『ゆりピ先輩も着ます?』と頭を抱えたし、他の社員に言ったら『まあ、この時代ですし』とか『多様性ってやつですかね』なんて玉虫色な答えが返ってきた挙句、とある社員に関しては『少し前にギャルゲーマーって流行りましたが、地雷系エンジニアって新しくていい』などと言う始末だ。

 ……間違ってるのは私なのだろうか、と優梨愛は真剣に悩んだ。腹いせにアズマに5万円スパチャをした。赤スパで殴るといい悲鳴をあげるから、いいストレス発散になるのだ。


「ゆりピ先輩ってどこの化粧品使ってるんですかぁ?」


「なんだいきなり」


「レミ、じゃない。ワタシも同じのにしようかなぁって思って」


「十分可愛いのを持ってるじゃないか」


「ゆりピ先輩と同じのがいいんですよぉ」


「普通のやつだよ。普通の、薬局とかで売ってるやつ」


「え~、嘘ですよぉ。ゆりピ先輩ってお肌きれいじゃないですかぁ。それで普通なんて言われたら、自信なくなっちゃいます……」


「姫島は十分可愛いと思うぞ」


「そんなことないですよぉ。でもでもぉ、ゆりピ先輩にそう言われると嬉しいですぅ。レミ、本当に自信なくてぇ、ゆりピ先輩みたいなカッコイイ人に憧れてるんですよねぇ」


「私だってそんな大したものじゃない。それと姫島、仕事中は『レミ』はやめろ」


「あ、あ。またやっちゃった。先輩ごめんなさい。気を付けるから怒らないで……?」


「怒っちゃいない。気を付けてくれればそれでいいから」


「なんでそんなさみしい言い方するんですかぁ……? やっぱり怒ってます? レ、ワタシがダメダメだから……」


 あ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~、と叫びたいのを必死に我慢した。

 優梨愛自身こんな性格だからかわからないが、こういった共感が前提にある会話が苦手だ。特に今は仕事中と言うこともあって、いつにも増してイライラが募る。

 アズマがいた頃が恋しい。やっぱりあの環境が一番自分らしく働けていた。


「で、お前はどこまで付いてくるんだ?」


「え」


「これから打ち合わせだぞ」


「ワタシも一緒じゃダメですかぁ?」


「お前に関係ない打ち合わせだし、第一仕事はどうした」


「終わりましたよぉ?」


「え」


「終わりましたぁ」


「本当に?」


「今やれるところまではですけどぉ。提出したのでぇ、フィードバック待ってるところですぅ」


「……いつの間に」


「う~ん、覚えてないですけどぉ。昨日なんとなくやってぇ、朝イチで終わらせちゃいましたぁ」


「終わらせちゃいましたって……」


 これで何度目だろうか。こうして唖然とさせられるのは。

 確かに振る舞い自体は社会人としてどうなんだ、とツッコみたくなることが多くあるが、『優秀なエンジニアだから』という人事の評価に間違いはなかったのだ。


「あ、あの、ゆりピ先輩。レ、ワタシ、また何かやっちゃいましたかぁ……?」


 それで本人がこれなのだ。仕事が出来るのに、それがまるで本人の自信に繋がっていない。優梨愛もこれまで多くの社会人を見てきたが、実績と自己評価がこれほどかけ離れてるというのも珍しい話だ。


「大丈夫だ。お前はよくやってる」


「ゆりピ先輩が褒めてくれたぁ! ワタシすぐ不安になっちゃからぁ、よかったですぅ」


「……うまくやるしかないか」


 人がいないのならば、いる人間とどう付き合っていくか。結局それに尽きると言うことだろう。それに、アズマの件を進めるのにレミは必要な人材だ。

 カレンもそうだが、これから打ち合わせをする相手にも、これ以上先を越されるわけにはいかない。


「打ち合わせ中に会議室に入って来るなよ?」


「わかりましたぁ。ケチんぼだなぁ、ゆりピ先輩はぁ」


 ケチとかそういう話ではないだろうに、と愚痴のひとつも零したくなりつつ、スケジューラからオンライン会議へとアクセスする。


『驚いたわ。まさか『東野アズマの上司です』なんてタイトルのメールを送って来るなんてね』


「下手な営業メールよりはよっぽどあなたに繋がりやすいと思いましたから。そうじゃないですか? 安芸ナキア先生」


『仕事が出来る女って嫌みに感じることってないかしら?』


「ご自身のことをおっしゃっているのなら、その通りだと思います」


『言うじゃない。仮にもVTuber事務所を立ち上げようって話を持ち掛けて来たとは思えないのだけれど?』


「立ち上げるのは私です。ナキア先生には私が立ち上げた事務所に所属してもらいたいという勧誘です。それと、一部所属タレントのデザインですね」


『そんな話に乗ると思うの?』


「少なくとも期待があるから今日の打ち合わせに応じてくださったと思ったのですが」


『無いわね。というか、昨日無くなったわ』


「……アマリリス・カレンの配信ですか」


『ええ』


 やっぱり安芸ナキアも見ていたか、と優梨愛は納得を覚える。

 というか見てないと考える方が不自然だ。だとすると、やはり先を越されたという感覚が強くなる。


『あなたもわかっているでしょう? 今、東野アズマのキャラデザを私が担当したところで、二番煎じにしかならないのよ。下手をしたら安芸ナキアのイメージダウンにもつながるわ。それにね、たとえそれがなかったとしても、ムカつくのよ。あなたが立ち上げるVTuber事務所に、東野アズマと一緒に加入しないか、なんて。随分と上から言ってくるじゃない』


「こちらとしては、最大限活動をサポートさせていただくつもりですよ。安芸ナキア先生」


『魂胆と下心が透けてる相手の言葉の何を信用すればいいのかしらね?』


「……何のことでしょう?」


『私とズマっちの関係も、マネジメントしようとしたんじゃないの?』


「そんなつもりは一切ありません。こちらとしては、これから弊社がVTuber事業に参入するにあたって、最も可能性の高い戦略を取ろうとしたまでです」


 まあ、それは安芸ナキアに声をかけた理由の半分に過ぎないが。もう半分の中に、彼女が言う通りの下心がないかと言われれば嘘になる。会社にも他の誰にだって、絶対にそんなこと言わないけれど。


『でもね。感謝もしているのよ、あなたには』


「と言うと?」


『事務所を立ち上げるって言うのは、確かにいい方法よね。今のズマっちには必要なことだもの』


「それはどういう……? まさか」


 嫌な予感が優梨愛の脳裏をよぎる。

 この女には、それがやって実現させるだけのブランド力がある!!


『私も立ち上げることにしたわ、VTuber事務所を』


 そのまさかだった。


『あなたの会社のシステムが優秀だと言うなら、私が立ち上げる事務所で使ってあげてもいいわよ?』


 それは現在の勢力を決定づける一言だった。

 安芸ナキアは言葉にこそしないものの、明確に『私の方が先を行く』と宣言したのだ。

 だが、それもそうだろう。安芸ナキアとアマリリス・カレン。この2人にあって梓川優梨愛にないものがある。

 つまり、VTuberとしての自分だ。

 結局、今アズマがいる場所に立てなければ、他の2人に先を行かれるのは必至ということだ。ならば、今優梨愛自身がやるべきことは──、


「こちらこそありがとうございます。安芸ナキア先生。おかげでこっちも決心がつきました」


『あら、どういうことかしら?』


「VTuberとしてデビューします」


『甘くないわよ? 今のこの業界は』


 わかっている。市場規模がものすごい勢いで拡大していき、新規参入者が多くいるVTuber業界では当然ながらライバルも多い。

 ただ、アズマがいる場所へ行くのに、そんなことでひるんではいられない。

 幸いにして、策はある。


『ゆりピ先輩』


 そう自分を呼ぶ彼女の声が、優梨愛の脳裏に響き渡る。会社では目に余る彼女のキャラクターも、VTuberとしてなら輝くはずだ。

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