第110話 ラブコメどうしよう ~安芸ナキアの焦燥~
『VTuber 恋人』
『VTuber 付き合う』
『VTuber カップル』
その他もろもろも含めていくら検索をしても引っかかるのは、異性の存在を感じ取った者たちがむやみやたらとはやし立てている反応か、ゴシップ記事としか言いようのないサイトか、匿名掲示板への書き込みぐらい。
ここ最近繰り返しそんな言葉ばかり検索して、何度だって同じ内容の書き込みを見てきた。
それでも安芸ナキアは今日もダラダラとそんな言葉を検索してしまうのだ。
おかげで検索エンジンの履歴が少し前とガラッと変わってしまっていた。
『恋人 なり方』
『好きな人へのアプローチ』
『男 好きなタイプの女』
ナキア自身、どうしたんだ一体とツッコみたくなる検索履歴だ。
あまりにも性癖一色だったがゆえに、人には見せられないR18な履歴はどこに行ってしまったのか。これではまるでウブな少女ではないか。
安芸ナキアなんだぞ?
あの、VTuber界一ヤバいセクハラ女として名をはせた安芸ナキアなんだぞ?
それが一体どうしてこうなった……。
「はぁ、仕事しよ」
どうしてこうなったも何もないのは、ナキア自身わかっている。
あの日、ブイクリのライブ当日に出会ってしまったからだ。そして知ってしまったからだ。
東野アズマと、彼の周りにいる女性たちの存在を。
それ以来気が気ではない。どうしようという焦りばかりが募る。
こんな気持ちに今までなったことなんてないのだ。
二次元の推しへの感情とは全然違う。自分ひとりで盛り上がっていれば楽しい気持ちとは全然違う。
相手に、アズマに、応えて欲しいと思う。
思うからこそ、何も出来ない。どうすればいいのかわからない。
だから、──とりあえずめちゃくちゃ仕事を入れた。
本当ならブイクリのライブが終ったら少しゆっくりしようと思っていたけど、時間が出来たらいつまでもこうして、答えが見つからない検索を繰り返してインターネットをさまよってしまう。
だから、忙しくした。
忙しく仕事をしていれば少しは気がまぎれるから。
……とは言え、仕事の手を止めて検索してしまっているのだが。それはまあ、息抜きということで許して貰いたい。かれこれ手を止めて2時間は経つけど、許して欲しい。
「……気分が乗らないわ」
目の前の液タブには、線画までは終わらせたイラストが表示されている。
可愛らしい美少女のイラストだ。
R18とは言わないが、R15程度の指定を受けた案件イラストなのだが、全く気分が乗らない。
いつもならR17.9とでも言うべきギリギリのラインを狙って描いて、担当者から送られてくる苦笑交じりの修正指示を見ながら、最終的にR17.3ぐらいまでで仕上げるのに!!
エロではないけど、エロを感じるラインを探るあのギリギリ感を楽しみに筆を進めるのに、もうなんかビックリするぐらい筆が乗らない。
「これが安芸ナキアのイラストなの……?」
思わず自分でそう呟いてしまうぐらいには、仕上げた線画に華がない。
R15内にきっちり収めるなら、それはそれで健全だからこそのフェチズムを探って描くし、それが楽しいし、それを楽しみにしてくれているファンがいるのも知っている。
しかしどうしたものか。目の前のイラストは、とりあえず形だけ整えたとでも言いたくなるような出来栄えだ。なんていうか、魂がこもっていない。虚無だ。
「う~ん……」
と、唸り声を上げているとディスコードにチャットが来た。
つい見てしまう自分に嫌気が差しながら開くと、ミチエーリから怒涛の如く勢いでメッセージが送られてきていた。
『アズマさんがコラボしてる配信見て!!』
『はやく!』
『いそいで!』
『みてる?』
「……なんなのよ、もう」
これでまた仕事から遠ざかると思いつつ、ミチエーリが送ってきたURLをクリックする。
跳んだ先はお馴染みの動画配信サイト。しかし配信しているチャンネルがアズマのものではなかった。
だから通知が来なかったのだ。アズマのチャンネルなら、ちゃんと通知が来たから最初から見れたのだが……。
『みてる?』
『今開いたわ。なんなのよ、一体』
『ナキア、ヤバいよ』
『何が?』
『見てればわかる』
ミチエーリのチャットに首をかしげつつ配信へと意識を向けると、
『どないなってんねん。お前らのセンスは!?』
と、関西弁でのツッコみが入ったところだった。
狼森エイガだ。アズマ相手によくかまってちゃんムーブをしてくれるおかげで、一時期色々と捗った。エイ×アズかアズ×エイかで悩んだが、どちらかと言えばアズ×エイがナキアの好みだった。公開してない秘蔵のファンアートもパソコンの中には眠っている。
『どうって言われましても……。そんなにひどいですか? ねえ、レオンハルト』
『がんばって作ったよ?』
レオンハルト君だ。彼はカワイイ。とてもカワイイ。そしてスケベだ。ファンアートで涙目にしたら、何て言うかこう、すごくよかった。思わず涎が出そうになった。もちろん秘蔵だ。ちなみにレオンハルト君が相手なら、アズマは受けがいい。ショタ攻め最高。
『頑張ったかどうかやないねん!! これ! このサムネを見てリスナーが『見たい』って思ってくれるかやねん!!』
『見に来てくれる人は見に来てくれてますよ』
『うん。僕のとこにも来てくれる』
『それはアズマとレオンハルトのことを知ってくれてる人たちだからや。大事にせぇよ、そのリスナーさんたちをって、そういう話じゃないねん!!』
『えっとー、ポチがヒートアップしてるけど、要は映えないんだよね。芋くさいの、これ』
『そうですか?』
『そう?』
『なんでや! なんでそんな反応やねん!? わかるやろ、さすがに!?』
『だって、これが僕の個性ってリスナーさんたちが言ってたよ』
『わかるわ~。いいよね、レオンハルトきゅんみたいなのが芋くさいの。お姉さんが色々教えてあげるってなるよね』
『姐さん。そういう話はまた今度で』
『え~』
『え~、やないねんって。ああもう、ええわ。先生、お願いします』
『まっかせてー!』
どうやらアズマが仲良くしてるVTuberでのコラボ配信らしい。
ちょっと前なら、今日も仲良くしてるなー、といった感想ぐらいだが、今はちょっとムッとする。どうして私とのコラボじゃないのよ、と思ったりもする。
アマリリス・カレンがいるせいで、余計にそう思ってしまう。
『バーン!! さっきの《カレンちゃんお手製新規デザイン》を使ったサムネがこちらです!!』
「──ッ!? ……いったい!!」
ガタッ、なんてネット上だけの立ち上がり表現だと思っていたが、まさしくそんな感じで立ち上がりかけたら、思いっきり体をデスクにぶつけてしまった。
顔をしかめながらモニターを見た瞬間、ミチエーリがあれだけ連絡をしてきた理由がよくわかった。
『どお? オシャレじゃない?』
『まさに匠の技やね』
『ビフォーアフターの落差がすごいよね。カレリン~、今度は円那のサムネも作って~』
『有償依頼でしょうか?』
『急なビジネスライクやめて。温度差で風邪ひくって』
『冗談だってば! でもでも、それだけわたしのサムネがオシャレだってことだよね? アズマさん、レオンハルト君、どう思う?』
『映えを痛感しました』
『カッコイイ』
『ふっふっふ。ご満足いただけたようでわたしも嬉しい!』
『センスってやっぱりあるんですね』
『お前らにはないもんやな』
『エイガはちょっと黙っててください』
『これを見てもまだそんなことが言えるんか!? どや!!』
『わ、カッコイイ』
『せやろせやろ? レオンハルトがそう言ってくれると思って、自分頑張ったんやで?』
『僕のサムネでこんなオシャレなの見たこと無い』
『ちょっと~、円那が作ったサムネも見てよ~』
『え、ラナさんも作ってくれたんですか!? うわ、カレンちゃんやエイガのとは違う感じでいいですね!!』
『ポップな感じを目指したんだよね。いいでしょ』
『僕、円那さんの好きだ』
『円那もレオンハルトきゅんが好きだよ~~~~~~~!!!!!!!! んー、ちゅ』
『姐さん、それはやりすぎや』
『ラナねえさんは、いつかセクハラで訴えられるよね』
『なんでよ!?』
『アーカイブを見返せば理由はわかると思いますよ』
『? どれもこれも自信のある配信だけど?』
『自己肯定感が高い無敵の人だった!?』
盛り上がる配信とは真逆に、ナキアの内心は焦りと嫉妬でいっぱいだった。
え、嘘でしょ? なんで? といった言葉がグルグルと頭の中を巡る。
『ということで今日は企画の説明だったけど、これからも引き続きやっていくよー! 名付けて《芋くさVTuberを映え映えイケイケVTuberにプロデュースしちゃおう大作戦》!!』
『カレリンってネーミングセンスはダサいんだね』
『え!?』
『確かに。そっちは別で鍛えた方がよさそうですね』
『アズマさん!? ママになんてこと言うの!!』
『誤解を招く言い方やめてくれません!?』
ママ……。アズマのママ……。
『一応、今日の配信で使った三面図とかは後でツイッターにも上げておくから、リスナーさんたちの感想も聞かせてね! それじゃあ、今日の配信はここまで。バイバーイ!!』
『ほななー!』
『またね~』
『ばいばい』
『今日もあざまるうぃーす!』
各々に挨拶をするアズマたち。やがて配信が閉じられるが、ナキアはそれに気づかない。
先を越された。そんな気持ちでいっぱいだ。
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