第109話 ラブコメどうしよう ~アマリリス・カレンの懊悩~

「ママになるのってどうすればいいんだろう……」


 ポツリと呟いてしまった直後、ハッと我に返ったカレンはコソコソと周囲を見渡す。

 幸い喫茶店の店内は閑散としており、3席ほど離れたところに座っているスーツ姿のサラリーマン風の男も耳にイヤホンをしている。

 よかった、と思う。

 もし今の呟きを聞かれていたら、ギョッとした顔でこっちを見られていたに違いない。

 その真意が『VTuberのママになりたい』だとしても、普通はそう受け取られない。

 きっと何か思い詰めているか、ただのヤバい奴だと思われて席を移動されていたことだろう。

 本当によかった。


「……ず」


 誤魔化すようにストローを吸い上げる。

 ミルクたっぷりシロップたっぷりのアイスティーが、火照った頬を冷ましてくれるようだ。


「ぅ~ん……」


 唸り、腕を組む。

 カレンがそんなことをすれば胸元がそれはもうすごいことになるのだが、いたって真剣に、そして集中している彼女はそんなことには気づかない。

 とにかく悩ましい。カレンは今、とても頭を悩ませている。

 テーブルの上には広げたノートパソコン。

 表示されているのは《東野アズマチャンネル》と銘打たれたページだ。


「ぅう~ん……っ」


 言いたいことはあるが、どうにも口にするのが憚られる。そんな様子だ。

 いやでも……。だけど……。

 先ほどの反省を活かして、もごもごと口の中で呟くカレン。

 頭の中にはグルグルと色んな言葉が回っては悩ませてくる。

 キャラデザもっとかっこよく出来るのに、とか。

 イラストとか用意できるのに、とか。

 このサムネのセンスは……、とか。

 サムネ用に切り抜いたモデルの画像がガビガビしてる、とか。


「アズマさんってサムネ作るのに30秒以上かけないって決めてるのかな……」


 改めて見ると、そんな感想を抱いてしまうぐらいにはアズマのサムネを残念だと思ってしまう。

 本題はそこじゃないのだが、どうしたって気になってしまうのだからしょうがない。


「ぅ~ん……」


 本人が気にしてないなら、とも思うがこれは一回アドバイスした方がいいのかもしれない。

 ふと気になって他の仲がいいVTuberのチャンネルページへと飛ぶ。

 円那はさすがだ。ちゃんと見映えのするサムネやイラストを準備しているし、ちゃんと考えて作ったんだろうな、というのが伝わってくる。丁寧だ。

 エイガは──、


「え、センスいい」


 と思わず漏らしてしまうぐらいにはいいセンスだ。

 そう言えばワルクラの建築とかも『こんなん何となくやで~』とか言いながら、オシャレなものを作っていた。

 あれ、と思う。

 それはなんか解釈違くない? と。

 エイガはモテに飢えてて、賑やかしで、いかにも三枚目って雰囲気ではなかったか。それがどうして、エイガに対して『オシャレ』なんて感想が出てくるのか……?

 あれ?


「うわ、これは……」


 解釈違いのエイガに混乱しかけたカレンだったが、レオンハルトのチャンネルに飛んだ瞬間、正気に戻された。

 なんていうか、こう、学校の体操服、みたいなと言えばいいのだろか……?

 背景は基本的に白か黒。そこに雑に切り抜いた自分のイラストをドン!! 配信内容をドン!! と置いてあるだけ。

 僕はこれからこのゲームをします!! と宣言していると言えば、まだ潔いと言えるのかもしれない。

 いやでも、しかしこれは……、と正直思ってしまう。


「レオンハルト君が伸びない理由ってこれなんじゃ……」


 アバターはアプリを使ったやっつけ感のある自作モデル。

 イラストの切り抜きはハサミでザクザク切ったような雑さがあり、文字は何の工夫もないゴシック体か明朝体の太字。

 そしてサムネはそれらを置いただけ。

 言葉を選ばずに言わせてもらえば、圧倒的に芋くさい。

 VTuberにあるようなオシャレ感が一切感じられない。

 よくこれで戸羽丹フメツとコラボしたいなんて言ってたな、と本人には絶対に言えない感想を抱いてしまうぐらいには、オシャレとは無縁だ。


「もったいない……」


 思わず頭を抱えて呻いてしまう。

 あの声で、あの喋り方で、あのキャラクターで、そしてゲームが強いと言う個性に加えて、圧倒的な歌唱力まであるとわかり、どうして人気が出ない!? と思っていたけど、なんかわかったかもしれない。

 個性はあるのに雰囲気がよくない。

 チャンネルの空気感と言うか、配信画面に華がないのだ。


「あ……」


 この感じは、ヤバい。

 そう思う自分がいる一方で、すでにウズウズしている自分がいるのも自覚している。

 おもしろいもの、楽しいもの、やりたいことを見つけてしまった時の、すでに走りだそうとしている感覚。

 そしてカレンが今抱いた気持ちを一言で言えば──、


 プロデュースが、したい。


 レオンハルトは絶対に磨けば光る。いやもう間違いない。今以上に絶対人気が出る。

 ……光らせたい。

 ──だってもったいないんだもんッ!!


「ラナ姐さんに『そういうとこだよ』って言われそー……」


 思い立ったら行動せずにはいられない。

 やりたいと思ったら突き進むしか知らない。

 そんな自分の性格は重々承知している。それが時に人から『ヤバい』と言われることもわかっている。

 でも、と思う。

 だって思いついちゃったんだもん。

 やって後悔とか、やらずに後悔とか言われるけど、そんなの知らない。

 後悔するとしてもやりたいことだってあるのだ!!

 今だってそう。

 学校終わりに友達から遊びに誘われたけど、それを断って喫茶店で1人頭を抱えているのだって、こっちをやりたいと思っちゃったからだ。

 これでもう誘われなくなるかも、とか。

 ぼっちになるかも、とか。

 そんな後悔が後々出てくるかもしれないけど、今はそういうの全部わかってても、東野アズマのママになりたいのだ!!

 いや、今考えてるのは別のことだけど……っ!!

 ということで、カレンはいつも通り自分の衝動に従って連絡を取っていた。


『企画やりたいんですけど、どうですか?』


『ええで』


「早い。返信が」


 さすがはディスコードに張り付いていると噂のエイガだ。


『企画ってどんなの? 珍しいね、カレリンがそういうこと言うの』


『芋くさい男子を垢抜けさせる企画です』


『え、おもしろそう』


『ラナ姐さんは絶対好きだよ』


『それはどうだろうねー』


 なんて言っているが、こういう反応をするときの円那はすでに釣れている。


『これ見て』


 そうコメントしつつ、円那とエイガとのチャットに画像を貼り付ける。

 アズマとレオンハルトのチャンネルから拝借してきたサムネイラストだ。


『え、あの2人のセンスって……』


『だっさ!? え、これホンマにサムネやんな!?』


『やっぱりそう思うよね』


『さすがにこれは……』


『アカンやろ』


 そうだよね、そういう反応になるよね。

 よかった。この2人もカレンと同じように感じてくれたのだ。


『わたしたちでアズマさんとレオンハルトを垢抜けさせませんか?』


『モテない男子をプロデュースだ』


『え、待って!? まさか、モテでアズマにマウント取れるんか!?』


『サムネとかに関してはエイガさんの方がセンスいいですよ』


『来たやろ、これはッッッッッッ!!!!!! バリテンション上がったで!?』


『ポチ、かわいそうに』


『なんでや!?』


『歌もそこそこでオシャレなサムネも作れるのに東野ちゃんの方がモテるって、それってつまり性格……』


 あ。


『アカン。バリテンション下がってきたわ……』


『だ、大丈夫!! この企画でみんなにエイガさんがオシャレだって知ってもらおう!!』


『それで、モテるんやろか……』


『多分……?』


『なんで疑問形やねん!!』


 いやまあ、だってねぇ……とは、さすがに返信できない。


『まあええわ! とにかくおもろそうな企画やし、やろやないか!!』


『円那も賛成ー。楽しそう』


『わたしたちで2人を垢抜け男子に変貌させちゃおう!!』


『ついでにカレリンが2人のアバターでも作ってあげれば?』


 あ、と閃いた。

 円那がそれを意図して言ったのかどうかはわからない。

 それでもカレンの頭には全てが繋がった全能感が降りてきた。

 そっか、そうだ。

 この企画をきっかけにカレンがアズマのキャラデザやモデルを作り直せばいいのだ。

 レオンハルトも一緒なら、アズマだって違和感を感じないはずだ。

 来た。いける!!

 アズマのママになる道筋が見えた──ッ!!

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