第102話 幕がおりた後に、ゴングは鳴る

「会場に来てくれたみんなも、配信で見てくれているみんなも、今日は来てくれてありがとう!!」


「今日のライブをみんなで楽しめて、本当によかったです!!」


「今日初めて知ったってライバーがいたら、今度はぜひ配信にも遊びに来てね~」


 ライブもいよいよ終了間際。

 ステージ上に集まったライバーたちが口々に挨拶をしていく。

 それはもちろんムエたんも変わらない。最後ぐらいみんなと同じステージにと、俺の隣で車椅子に座りながら楽しそうにしている。

 そんな推しの姿を横目に見ながら、ひとまず今日が平和に終わってくれそうで胸を撫で下ろす。

 ……いやもう、本当にね。よかったよ、何事もなくて。


「それじゃあ、最後の歌を聞いてくださいって言いたいところだけど、その前にみんなに見て貰いたいものがあります!!」


 お、なんだ?


「今回のライブのキービジュアル、みんなももちろん知ってるよね」


「めっちゃイカしてるやつッス!!」


「これだ、ドンッ!!」


 なんて英さんの合図で、バックスクリーンに大きくキービジュアルが表示される。

 改めてこの大画面で見ると迫力がすっごい!!

 ライバーひとりひとりがめっちゃいい表情してる!!

 あと、ムエたんがセンターにいるのが個人的に、いいですねぇ……。ありがとう、ナーちゃん。こんないいキービジュアルを描いてくれて。


「このキービジュアルだけで最高なのに、なんと今日のライブのお祝いに! ナキア先生からもう一枚イラストが届いていますッ!!!!!」


 は!? マジで!?!?!?!?

 ナーちゃん!?


「これです!!!!」


 うっわ、ヤバ。すご!!!!!

 キービジュアルもめっちゃよかったのに、こっちもめっちゃいい!!!!

 このイラストを使ったデカいアクスタとかタペストリーとかグッズ化しない?

 めっちゃ欲しいんだけど!?


「スケジュール的にだいぶ無茶だったらしいんだけど、『あんた達の晴れ舞台でしょ』って言ってくれて」


「マージッスか。ヤバいッスね、それは」


「そう言えば、ナキア先生は今日来ているんだよな?」


「そのはずだよ」


 戸羽ニキのその言葉に合わせてライバーたちが顔を見合わせる。

 そして声を揃えて──、


「「「「「「「「ナキア先生、ありがとうございます!!!!!」」」」」」」」


 あっぶな、興奮してる場合じゃなかった。

 俺は今、ムエたんの体になってるんだから、一緒に頭を下げとかないと。

 あーもう! 客席にいたらめっちゃガッツリ見れたのに!!


「ということで、そろそろ最後の曲に行きますか」


「早くないッスか!?」


「あっという間だったな!」


「楽しい時間はすぐに過ぎちゃうって、よくわかるよね。でも、まだまだ最後まで全力でいくから、みんなも楽しんで!!」


 そんな戸羽ニキの声を合図に、出演ライバー全員で歌う合唱が始まる。

 色々と、本っ当に色々と大変だったライブもこれで終わるのか。

 始めは優梨愛さんからのお願いに始まり、おさらばしたと思った社畜生活が再開し、レジェンダリーカップがあって、カレンちゃんの協力もあって何とか切り抜けたと思ったら、最後の最後でまさかの形でステージに立つことになって……。

 いや、濃いな!?

 さすがに濃すぎるだろ!?

 もうちょっとこう、スマートに出来なかったんですかね!?

 常に何かに追われてた気がするんだが!?

 二度とこんな生活したくねぇ──ッ!!!!!!


「……ありがとね。本当に」


「……俺も楽しかったですよ」


「……よかった」


 まあ、歌の合間に推しとコソコソこんなやりとりが出来るんなら、頑張った甲斐もあるってもんだけどな!!!!

 いやまあ、客席で見たかったってのも、未だにあるけど……。

 それはそれ! これはこれってことで!!


「みんな! 本当にありがとう!! また配信で会おうね!!」


 そうして、幕は下りる。

 V-Createの3rd Anniversaryライブはこれにて終了だ。


「……ふぅ」


「お疲れ様!」


「はい。お疲れ様です」


 安堵から思わず漏れた吐息をムエたんが労ってくれる。


「アズマさんのおかげで、ステージで歌えたよ!」


「俺は、未だに信じられませんよ。自分が鳳仙花ムエナになって踊ってたなんて」


「……楽しくなかった?」


「めっちゃ楽しかったです! いつか俺もステージに立てたらなぁ、なんて思いましたよ」


「じゃあ、その時はアタシが代わりに歌ってあげるね!」


「それは勘弁してください」


 他のライバーたちも口々に労い合っている。

 ひとつ大きなことをやり終えた達成感と解放感に心地よさを覚える。

 爽やかな疲労を感じながら控室に戻れば、スマホにメッセージが届いていることに気が付く。


『会場前の入り口でみんなと待ってます!』


 カレンちゃんからだ。

 もうちょっとこの場にいたい気もするけど、そうも言ってられないか。

 こっちはこっちで大事な約束だし。俺も、みんなに会いたいし。


「すみません。俺は先に失礼します」


「アズマ! その前に写真だけ撮らせて!」


「あ、はい」


 戸羽ニキに声を掛けられるまま、控室の一角にみんなで集まる。

 俺がここにいていいんだろうかって気もするが、せっかくだしこれぐらいはいいだろう。


「はい、チーズ!」


 そんなスタッフさんの声を合図に、思い出が形になる。


「データ、後で送ってください!!」


「アズマさん!!」


「はい?」


「ありがと!! 今度コラボしようね!!」


「──ッ! ぜひ!!」


 最後にそんなやりとりをムエたんとした後は、とにかく急いで着替えをし、バックヤードを後にする。


『ちょっと時間かかりそうだから、先に行っててもいいよ』


 カレンちゃんにそうメッセージを返した後に向かったのは、会場入り口、ではなく関係者席だ。

 さすがに優梨愛さんに何の挨拶も無しにってわけにはいかないし。


「優梨愛さん!!」


「……遅い」


「すみません。最後に挨拶だけしてたもので……」


「全く、最後の最後に。締まらないだろ、それじゃあ」


「……おっしゃる通りです」


「まあ、とは言えよかったよ、無事に終わって」


「はい。一時はどうなるかと思ってましたけど」


「私は最後の最後までハラハラしてたよ。何かあるんじゃないかって思ってな」


「……あはは。無事に終わってよかったです」


「本当にな」


 感慨深げにステージを見上げる優梨愛さん。そこにはもう誰もおらず、客席もすでにまばらな状態になっている。関係者席にも、俺と優梨愛さんの他には数人しか残っていない。

 って、なんかめっちゃ美人がいる!? っていうか、こっちに見てない……?


「あ」


 うお、美人目が合った!

 え、何? 誰!?


「おい、行くぞ」


「あ、はい」


 促す優梨愛さんに美人からの視線を剝がされるように関係者席を後にして、出口へと歩みを進める。


「お前、この後はどうするんだっけ?」


「友達と合流してカラオケですね」


「そうか。……そうだったな」


「優梨愛さん、というか他の皆さんへの挨拶はまた伺わせていただきます」


「そうか。お前と一緒に働くのも、もう終わりか。……さみしくなるな」


「元々このライブまでって話ですからね」


「なあ。戻ってくる気はないか?」


「会社にですか?」


「……ああ。私は、またお前と一緒に働きたいと思ったよ」


 袖を引かれるような言葉だった。

 引き止めるほど強くはなく、それでも行って欲しくないと切なく訴えかけてくる。

 一瞬、揺らぎそうになった。でも……、


「すみません」


「……そうか」


「俺、VTuberとして頑張りたいんです。今日のライブで尚更そう思いました。難しいかもしれないけど、俺でも頑張ればあんなステージに立てるかもって……。はは、今の俺じゃ夢のまた夢なんですけどね」


「……お前が、ステージに?」


「ええ、まあ。本当に、ただの夢なんで真に受けないでください」


「……優梨愛さん?」


 どうしたんだ、急に立ち止まって。


「……ああ、これが推しのためにって気持ちか」


「はい?」


「なあ、私にも今、夢が出来たよ」


「夢、ですか」


「夢、というか仕事を頑張る目的だな。お前さ、しきりに言ってただろ。推しのために頑張るって」


「はい」


 実際、ムエたんのためじゃなければここまで頑張れなかったと思う。


「私はさ、お前のために頑張るよ」


「え」


「いつか私がお前をステージに立たせてやる。それが私の夢で、仕事を頑張る目的で、そして推し活だ」


「え、ちょ! 優梨愛さん!?」


「何、ボーっとしてるんだ? ほらほらチャキチャキ歩け」


「いった!? 背中を叩かないでくださいよ!!」


「なるほどなぁ、推しのためって考えると、こんなに頑張ろうって気持ちになるのか!! ははっ、楽しいなぁ、推しがいるって言うのは!!」


 おいおいおい、どうしたんだよ。何そのテンション!?

 めちゃくちゃ盛り上がってるじゃん!!


「お前、私がステージに立たせるまでVTuberやめるなよ?」


「そんな無茶苦茶な」


「大丈夫だって! お前なら出来るから!!」


 そう言って優梨愛さんがポン、と俺の肩に触れた時だった──、


「……アズマさん?」


 あれ、おかしいな。

 なんか周りの気温が下がった気がするんだけど……?


「誰ですか、その人」


「……カレンちゃん」


 目の前に何とも言えない迫力を纏った黒髪美少女が立っていた。


「入り口から姿が見えたので来たんですけど、……お邪魔でした?」


「いやッ!! お邪魔とかそういうことはないんだけどって、痛い!?」


「おい、人と話してる最中になんだその態度は。というか、誰だ、この子は?」


「あ、いや、誰って言うか……。ほら、言ってたじゃないですか、友達と待ち合わせてるって」


「ほぉ、お前はこの子と待ち合わせてたのか。それはそれは。なるほどなぁ、私の誘いも断るわけだ」


「いえ、あの。この子だけと待ち合わせてるってわけじゃないんですけどぉ……」


「そうですよね。わたしたちと待ち合わせをしてましたよね。なのに、……女性と仲良さそうにしてるんですね」


「いや、それは誤解が──ッ!!」


 あれ!? さっきまでの爽やか感じは!?

 え、なんか、何て言うか、めちゃくちゃ怖い……。

 ゆ、優梨愛さん……? カレンちゃん……?


「……」


「……」


「えっとぉ、2人とも……?」


 にらみ合い、ではないんだろうけど、それに近い迫力があってですねぇ。

 ええ、非常に声がかけずらいんですが!?


「あら、せっかくなら私も混ぜてくれないかしら?」


「え」


 誰? こんな怖い空間に割って入るのは!?


「久しぶりね、ズマっち。それとも、はじめましてって言った方がいいかしら」


 いや、めっちゃ美人!! って思ったらさっき関係者席にいた人じゃん!!

 マジで誰!?

 俺にこんな美人の知り合いって、……ズマっちって言った? それにこの声……。まさか……?


「私の声を忘れたなんて言ったら、本気で美少女になってもらわよ。そして口では言えないことをたくさんさせるわ」


 ナーちゃんだーーッッッ!?!?!?

 え、いや、そうだよな!?

 俺の知り合いでそんなことを言うのなんて、安芸ナキアしかいないよな!?


「とにかく。おもしろそうなことをするなら私も混ぜなさいよ」

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