第100話 始まったからには楽しむしかない!!
始まった始まった始まった──ッ!!
始まってしまった──ッ!!
とうとう始まってしまった。ブイクリのライブが!!
控室ではバタバタと出演ライバーたちが動き回ってるし、微かに聞こえてくる会場の歌声が恐怖以外の何ものでもないんだが!?
ヤッバ。俺なんでこんなとこにいるんだろうなぁッ!?
「すっごいね! お客さんたくさんいるよ! 配信もすごい数だって!!」
「俺の緊張もすごいことになってますけどね!」
テンション上がってるムエたんも可愛いなぁ、なんて思ってる余裕すらない!
マジで冷や汗ダラダラ。
うっそだろ、おい。俺、今からあのステージに立つの……?
それ、本気で言ってます!?
「よーし! それじゃあアタシがとっておきのおまじないをかけてあげる」
「おまじない?」
「うん。そう! 今のアズマさんみたいに、すっごい緊張しちゃってどうしよう! って時用の、とっておきのおまじない!」
「そんなのあるならジャンジャンかけてください! 通常の30倍ぐらいの量でお願いします!!」
「あはは。そんなにはかけられないよ~。じゃあ、いくよ~?」
ム、と一瞬真剣な顔をしたムエたんは、次の瞬間にはパッと花開くような笑みを浮かべた。
「楽しもう!!」
「え」
「楽しもう!!」
再び繰り返す言葉に合わて、ハイタッチでもするかのようにこちらに両手の手のひらを向けてくる。
「どう? おまじないかかった?」
ニヒ、と本当に楽しそうに笑みを浮かべるムエたんを見ていると、なんだか少しだけ楽しい気分になってきた。
だからこそ、大げさだろうが何だろうが、俺は声を上げることにした。
だってそうすればテンションで誤魔化せるし!
この緊張だってどうにかなるかもしれないし!
「楽しくなってきました!!」
「でしょ!? これ、とっておきのおまじないなんだ~。すっごい緊張しちゃってどうしようって時は、すっごい楽しむことにしてるの!!」
「いいですね、それ!! 俺もめっちゃ楽しむことにします!!」
「うんうん。その意気だよ! ──大丈夫!! アタシたちが楽しそうにしてたら、お客さんも一緒に楽しんでくれるから!! みんなで楽しんじゃえばいいんだよ!! それが一番いいよ!!」
おい、聞いたか?
これだよ。これが俺の推しなんだよ!
いつだってみんなと一緒に楽しみたい!
そんな風に思ってくれるムエたんだからこそ、俺も一緒にムエたんの配信を楽しみたいって思うんだ。
応援したいって、心の底から思うんだ!!
「おまじないの効果、凄まじいですね! 緊張なんてどっかいっちゃいましたよ!!」
「でしょ? すごいんだから、このおまじない」
「ありがとうございます。俺もライブを楽しもうと思います」
「うん! 今日はアタシとアズマさんの2人で鳳仙花ムエナだからね。アズマさんが楽しくないとアタシも楽しくなくなっちゃうし、お客さんも楽しくなくなっちゃう。だから、う~んと楽しもう!!」
「はい! もう心の底から楽しんじゃいます!!」
それに、もう出番は目前なのだ。
土壇場でジタバタしたってしょうがない。
不安も緊張もあるけど、そんなの全部飲み込んで、とにかく後は全力でライブを楽しもう!!
「そろそろ出番ですね」
ここまでライブは滞りなく進んでいる。
もうすぐで鳳仙花ムエナの出番だ。
「行こっか!」
「はい!!」
車椅子に座るムエたんと共に控室を出る。
口々に応援の言葉をかけてくれるライバーの皆さんに背中を押されるように、ステージ裏へと向かう。
そうして辿り着いたステージ横では、戸羽ニキと埼京さん、そして英さんがパフォーマンスを行っている。
今日ホテルで会った時とも、普段の配信とも違う雰囲気で、それでも輝きを増した姿に眩しさすら覚える。
歌って、踊って、ファンと楽しませて。その姿はこうして同じステージに立つからこそ、より一層カッコよく見えた。
「みんな、ありがとうー!!」
「この後も楽しんで欲しいッス」
「また後で会おう!!」
そして彼らがステージを去れば、いよいよ鳳仙花ムエナの出番だ。
「なんだ。もっと緊張してると思ってた」
「意外と落ち着いてるッスね」
「大丈夫そうだな!」
「もうここまで来たら楽しむしかないかなって思ってます」
「頑張って」
「応援してるッスよ!」
「大丈夫だ! お前ならやれる!!」
交わす言葉以上に、叩かれた肩がアツい。
お互いに笑みを浮かべ、それぞれの方向へと歩みを進める。
戸羽ニキたちはステージ裏へ、そして俺たちはステージ上へ。
「行きますよ。ムエたん」
「うん! 行こう、アズマさん!!」
「楽しみましょう!!」
「楽しもう!!」
グッと頼もしい笑みを交わし、俺はステージへと躍り出る。
ここから先の俺は東野アズマじゃない。ムエたんと共に、鳳仙花ムエナをファンに届ける者として、全身全霊のパフォーマンスを行う!!
『~♪』
よし、体は動く!!
最後の最後、緊張で動けなかったらという不安はあったけど、イヤモニから聞こえてくるムエたんの歌声に合わせて体はちゃんと動いてくれてる!!
昨夜、何度も何度も繰り返し練習した。
歌、音、呼吸、声。それらを感じながら、考えるよりも先に体を動かす。
『~♪』
いつだって最高なムエたんの歌声に合わせて、しっかりとダンスを踊る。
中には難しいフリもあった。
一朝一夕じゃ出来ないものは簡単なものに変えてもらった。
全てはこのステージを最高のものにするために、昨夜遅くまで戸羽ニキたちにも協力してもらって頑張った。
大丈夫だ。俺は踊れる!!
鳳仙花ムエナとして、最高に楽しい時間をみんなと一緒に過ごすことが出来る!!
『~……♪』
そうして瞬く間に一曲目が終わる。
途端、笑い出しそうになってしまうのを必死にこらえる。
これまでの不安と緊張と、そして実際にステージに立った興奮から、テンションがヤバい感じに上がっている。
今にも大笑いして走り回りたい。
そんな俺の衝動を抑えたのは、イヤモニから聞こえてくる推しの声だった。
『あ、あー』
マイクテストをするようなその声は、このステージのために2人で決めた合図だ。
これから話し出すときは、こうしてまず声を出す。
そうすることで、俺に鳳仙花ムエナとして振る舞うよう促すのだ。
『みんなー!! 鳳仙花ムエナだよー!!』
ムエたんならきっと満面の笑顔で手を振る。
もしかしたら飛び跳ねるかもしれない。
元気いっぱいに明るく、見に来てくれた人を楽しませるために。
そして何より、自分自身が目一杯楽しむために!
だから俺もそんなムエたんの気持ちをイメージしながら、ステージ上で振る舞う。
『ステージはずっと裏で見てたんだけど、すごかったよねー!! みんなも楽しんでるー!?』
ファンとしてムエたんを推し続けたのが、こんな形で活きるなんて誰が思うよ!?
これまで見続けてきた鳳仙花ムエナの姿は、思い出すまでもなく記憶に刻まれてる。
とびっきりのステージで、ムエたんがどんな顔をして、どんな風に喋るかなんてイメージするまでもなく想像できる。
『みんなと一緒に楽しみたいから、アタシもすっごい頑張ったんだ!! まだまだ盛り上がるから、会場にいるみんなも、配信で見てるみんなも、ちゃんと付いてきてねーッ!!』
こういう時、ムエたんが笑顔を絶やすことは絶対にない。
誰よりも笑顔で、誰よりも輝くのがムエたんだ。
だから俺も、そんな最推しのムエたんをお客さんに届けるために、東野アズマじゃ絶対にしない全開の笑みを浮かべる!
『早速次の曲にいきたいんだけどー。その前に! なんとみんなにお知らせがあります!!』
ムエたんが声と歌でファンを楽しませるように、俺は動きと躍り出ファンに語りかける。
なあ、鳳仙花ムエナは最高だろ?
最高に可愛くて、最高に推せるだろ?
そんな思いを込めて、ムエたんが次に言う言葉を想像して──、
『鳳仙花ムエナ。メジャーデビュー決定!!!!』
バーンッ!!!! と全身で喜びを表現するように大きく飛び跳ねる。
『えへへー! すごいでしょ!! 驚いた!! すっごいよねー!! みんなのおかげだよ。みんなが応援してくれたから、アタシはもっともっとたくさんの人と楽しむことが出来るようになりました!! みんなーッ!! ありがとうーッ!!!!』
ああ、今配信はどんな空気になってるんだろうな。
会場にいるファンのひとりとしてこのライブに来ていたら、この発表をどんな気持ちで受け止めたんだろうな。
鳳仙花ムエナ、メジャーデビュー。
こんなに嬉しいことはない。
そしてこの発表があるからこそ、ムエたんも戸羽ニキも、他のライバーたちもみんなが俺に頭を下げてきたのだ。
ここまで頑張ってきた仲間の晴れ舞台を、アクシデントとお知らせなんて味気ないもので終わらせたくないと、昨夜練習中に話してくれた。
そして、そんな話を聞かされてしまえば、俺だって応援したくなるじゃないか!!
だってムエたんが頑張ってきたのは知ってるから!!
これまでずっと推してきたんだから!!
『それじゃあ次の曲、行くよーッ!! みんなももっと楽しもうーッ!!!!』
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