第99話 は? カッコよすぎない?

「バカなのか、お前は?」


「はい。そうかもしれないです」


「『しれないです』だと? 何で疑問形なんだ。お前の話を聞いていると360度どこから見ても確実にバカだとしか思えないんだが? それか極度のお人よしだな。頼まれたらホイホイホイホイ引き受けて。全く……。それがお前のいいところなのかもしれないが、少しは自重することを覚えろ」


「はい。すみません」


 戸羽ニキやムエたんたちからのお願いを引き受けてから一晩。正式にブイクリの方から優梨愛さんたちにも話しがいき、俺は朝イチで部屋に呼び出され、優梨愛さんからのお説教をくらっていた。


「それとな。なんでそういった話が出た時に相談しないんだ。今、お前の管理者になっているのは私だぞ?」


「おっしゃる通りです。すみませんでした」


 きちー。

 朝イチでのド正論お説教はきちー。

 俺が悪いから何も言えないんだけど、きちーです。

 この後に控えてる朝食が喉を通る気がしない……。

 あー、胃が痛い。キリキリする。勘弁してくれ……。


「ライブが終れば契約期間も終わりだと思って気でも緩んだか? ここまできっちりやってきたんだから、最後までしっかりやってくれ」


「本当にすみませんでした!! 昨夜はその、いきなりの話で冷静な判断が出来なかったと言うか、色々と感情的にいっぱいいっぱいになってしまって」


「そういう時こそ『上長に確認します』と言えと、死ぬほど叩きこんだよな?」


「はい」


「でも出来なかったんだな?」


「はい」


「……そうか。所詮お前の中で私はその程度の存在だってことだな」


 ん?


「昨夜も前祝いをするために色々買い込んで待ってたのに、いつまで経っても部屋に戻ってこないし。おかげでヤケ酒して二日酔いだし。どうしてくれる!?」


「それは俺の責任じゃないですよね……?」


「お前の責任じゃなくても、お前のせいだ!!」


「えー……」


 そんな無茶苦茶な!?

 ていうかまだ酔いが残ってません!?


「今夜は付き合ってもらうからな。きっちり仕事を終わらせて、がっつり打ち上げだからな!!」


「……あのー、大変申し上げ難いのですが、無理です」


「なんでだ!?」


「ライブの後、友達と会う約束を入れてます」


「くっ」


「ちょ!? なんで泣きそうなんですか!?」


「泣いてない!! 泣いてなんかないからな!! バーカ!! やっぱりお前はバカだ!! バーカッッッ!!!! 部屋から出ていけッ!!!!」


「枕投げないでくださいよ!?」


「うっさい、バカ……。もう知らん!! 好きにしろ!!」


 とまあ、結局最後は部屋から蹴り出されてしまったわけだが……。

 これは時間を改めてちゃんと話した方がいいよなぁ。ほっとくのもなんか寝ざめが悪いし。

 なんて考えつつ自分の部屋に戻ると、スマホにカレンちゃんからのメッセージが届いていた。


『おはようございます! ライブ楽しみですね! 会場入る前に会えませんか? みんなも来ますし!』


 うーむ、これもこれで心苦しいが、断るしかないな。

 本番前はステージ裏で待機してるし。

 それに何より、これからまたギリギリの時間まで今日の流れをおさらいすることになっている。


『ごめん。ライブ始まる前にやることあるんだ。みんなにもライブの後に会えるの楽しみにしてるって伝えといて』


『わかりました。残念です……』


 俺も本当に残念だよ。

 せっかくレオンハルトやエイガ、ラナさんとも会える機会だったのに。

 ……昨夜はそれも抜け落ちるぐらいテンパってたんだな。

 ライブの後に会ったら、みんなにも謝らないと。

 ただの愚痴にしかならないけど。やっぱりライブ当日にこんなモヤモヤしてたくなかったよなー。


『おはよ! 今日はよろしくね!!』


 って、ムエたんからおはようメッセージ!?

 お、推しから、おはようの挨拶!?

 マジで!?

 最高じゃないかッ!!!!

 ……と、素直に喜べたらどれだけよかったか。

 いやさ、嬉しいんだよ?

 めっちゃ嬉しいの!! それは間違いない!!!

 だって推しからプライベートで挨拶が来るんだよ? そんなの最高じゃないか!!

 でもさぁ、なんかこの距離感は違うと言うか。

 推しは推しとしていて欲しいと言うか、公私混同したくなかったと言うか……。

 嬉しいんだけど、なんか違うんだよ!!

 推しには特別でいて欲しいって気持ち、オタクならわからない!?

 推しが日常に入ってきちゃうと、限られた瞬間に会えるからこその非日常感が薄れちゃうんだよ!!

 他のVTuberならともかく、ムエたんだからなぁ。くー、悩む。

 どうやって距離感を取ればいいのか、めちゃくちゃ悩む。


『今日のステージは絶対に成功させたいから、協力してくれて本当にありがとう!!』


 まあ、今は仕事相手として割り切るのが正解というか、一番やりやすいな。

 変に気負うことなく、ただの仕事相手、もしくは仕事仲間として接すれば問題ないはずだ。


『おはようございます。正直まだ驚きでいっぱいですが、出来ることは全力で頑張らせてもらいます!!』


 ほら、こんな風に簡単にメッセージも送れちゃう。

 よし、これだ! この距離感だ!!


『大丈夫だよ!! 昨夜みっちり仕込んだから! すごいダンス上手だったよ!!』


『ムエたんの教え方が上手だからですよ。今日もこの後でしたよね?』


『うん! ご飯をバッチリ食べて、最後の追い込み練習をしようね!!』


『承知しました!』


 ……いや、無理じゃね?

 推しとこんなやりとりしてて、ビジネスライクな関係性って無理じゃね?

 めっちゃ嬉しいしテンション上がるんだが?


「うわ、アズマがニヤけてる……」


「あ」


 え、戸羽ニキ!?

 ホテル一緒だったの!?

 あれか。関係者全員分を運営側で一括手配したみたいな感じか。

 ていうか、マズい。

 もしかしてオタクが一番キモくなる瞬間を見られてた!?


「スマホを見てニヤニヤしてるなんて、誰からのメッセージッスか? もしかしてー?」


「朝からエロ画像なんて元気だな!」


 埼京さんはともかく、英さんはなんてこと叫ぶんだ!!

 ここエレベーターの中だぞ!? 誰かが乗ってきたらどうするんだ!!


「とんでもない偏見やめてくれません!? だから英さんはモテないんですよ!?」


「ぐはっ」


「あ、雄にがっつりダメージ入った」


「朝イチでもツッコミのキレは鋭いんスね」


「さすがだな、アズマ。致命傷だったぜ!」


「全然元気じゃないですか」


「これから朝ごはんッスか? 俺らもなんで、一緒にどうッスか?」


「あ、じゃあいいですか? 緊張し過ぎて誰かと一緒の方がありがたいです」


 あと、お説教くらったし。

 喋りながらの方が飯も食えそう。


「それで、なんでそんなニヤけてたの?」


「いや、ムエたんから朝イチでメッセージが来まして……」


「うっわー、さすがッスね。もうムエナちゃんに手を出したんスか?」


「語弊ある言い方やめてくれません!? ダンスの動画を練習用に共有してもらってただけですから!!」


「アズマ。お前やっぱりモテの極意を知ってるだろ。教えろ!! 俺にそれを教えるんだ!!」


「目がガチ過ぎません!? ちょちょちょ!? 怖い!! 怖いですって!! 顔を近づけないでください!! って、2人も写真撮ってないで助けてくださいよ!!」


「違う違う。動画だよ、撮ってるのは」


「熱愛報道ッスね! そのままキスぐらいしてくれないッスか?」


「勘弁してくださいって!! 英さん! ほら、離れてください!!」


「アズマ。俺がモテないなら、他人のモテを消し去れば相対的に俺のモテ度も上がると思うんだが、どうだろう?」


「どうだろうも何もないですよね!? その先に待ってるのは英さんが望んでるモテではないですよ!?」


 何て怖いことを考えてるんだ!!


「ツルギ。これ誰に送る?」


「とりあえずナキア先生とかどうッスか?」


「初手で一番ダメなところに送るのやめてください!!」


 こっちもこっちで怖いこと考えてた!?


「あ、ちなみに今日はナキア先生も来るっぽいよ。運営が招待してるみたい」


「そうなんですねって、痛い痛い痛い!! 英さん!? 何するんですか!! 肩! 肩に指が食い込んでる!!」


「次から次へと女の話題ばかり。なんか俺、お前のことが許せなくなりそうだ……ッ」


「そんな苦しそうな顔をしなくても……」


「雄。そういう気持ちは美味しいものを食べて忘れよう。ほら着いたよ」


「イェーイ!! 朝飯ッスよー! しかもビュッフェスタイル!! 好きな物食べ放題ッス!!」


「フメツ。全国の縁結び神社を巡って、効果があるのかどうかを配信で検証する企画を思いついたんだが、どう思う?」


「うん。いいんじゃない? おもしろそう」


「よし! やるか!!」


 それは実際にちょっと見てみたい。

 英さんのモテない系コンテンツっておもしろいんだよなぁ。本人がめちゃくちゃガチだから本当におもしろい。


「アズマ。またニヤニヤしてる」


「おかしな言い方やめてくれません!? ……いや、なんかこうして皆さんといつも通りのやりとりしてると、安心出来るなーって思いまして」


 なんてちょっと弱音を吐くと、戸羽ニキがフッと笑みを浮かべた。


「いくらでも頼ってよ。今日の僕らはアズマの先輩だからさ」


「……え」


「まずは朝ごはんだね。ちゃんと食べないと力が出ないよ。ほら、行こう」


 なんて言いながら、戸羽ニキはポンとこちらの肩を叩きレストランに入っていく。


「……」


 ──は? 何あのスマートさ。カッコよすぎじゃない?

 背中のデカさが半端じゃないんだけど!?

 なんかライブもやれそうな気がしてきちゃったんだけど!?

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