第98話 推しの願いを

「無理ですよ、そんなの!! 俺がムエナさんの代わりにステージに立つなんて!!」


「無理は承知。僕たちだって無茶なことを頼んでるのはわかってる。それでも、今他に出来ることがないんだ」


「だって、そんなの。……本気ですか!? ファンは鳳仙花ムエナがステージに立ってる姿を見たいんですよ!?」


 俺だってそうだ。

 鳳仙花ムエナが歌って踊って、楽しそうにステージを駆けまわる姿を楽しみにしていたのだ。

 なのに、なんでこんな……。


「ごめんね。ごめんなさい。アタシが不注意だった……」


「ムエたんのせいじゃないです!! でも、だからってこんなこと言われても……。俺だってステージに立つムエたんを見たかったのに」


「──ッ!? あなた、もしかして……」


「アズマ。君、ムエナちゃんのファン……?」


「……俺の、最推しです。ムエたん──鳳仙花ムエナは」


「そう、なんだ……」


 控室には重苦しい空気が漂っている。

 誰もがこの事態にどう向き合えばいいのか迷ってるように、成り行きを見守っている。

 俺と、戸羽ニキと、そしてムエたんだけが、その中心で声を上げている。

 なんなんだろうな……。なんなんだろうな、これ……っ!!!!

 仕事がめちゃくちゃ大変でさ。それでもムエたんが立つステージを見たいから、 俺がムエたんを応援したいから、そのために頑張ってきたのに……っ!!

 どうして最後の最後でこんな仕打ちが待ってるんだろうな!?

 俺、なんかしたか!? 何か、悪いことでもしたのか!?


「……っ」


「……──ッ」


「……!」


 無言の中には言葉にならない感情がこもっている。

 俺も、戸羽ニキも、ムエたんも、きっと言葉にしたいことがたくさんある。

 他のライバーのみなさんだってそうに違いない。

 それでも今、この気持ちを言い表せるだけの言葉がない。

 だってさぁ……っ!! どうしろってんだよ、こんな気持ち……っ!!


「……アズマ。どうしても無理かな? ムエナちゃんは足を骨折しちゃったけど、歌えるんだ。アズマがステージに立って踊ってくれさえしたら、鳳仙花ムエナをファンに届けることが出来るんだ」


「でもそれは、本物の鳳仙花ムエナじゃありません。偽物です。ファンだってそんなものを見たくないはずです」


「だけどっ! アタシは、鳳仙花ムエナを届けたい。ステージに立ってる姿をファンのみんなに見て欲しい!!」


「ムエナさん……」


「ムエたんでいいよ。いつも、そう呼んでくれてるんでしょ? ごめんね。ファンのあなたにしていい話じゃないのはわかってる。でも、お願い……っ!!!! お願いします……っ!!!! アタシに、協力してください」


「──ッ!」


 そんな、そんなことを言わないで欲しい──ッ。

 その声で、その話し方で、俺に請わないで欲しい。

 推しが下げる頭は、ファンにとって何よりも重い。俺が営業時代に下げ続けた頭とは、比べ物にならないほどに。


「運営は、何て言ってるんですか」


 ようやっと、絞り出すように、それだけ言葉にすることが出来た。

 どこか縋るように、運営がNGを出せばこんな話もなかったことになると、そんな期待をしているのが自分でよくわかる。

 そしてそんな風に思っているからこそ、感じる。

 俺の気持ちがすでに揺らいでいることを。

 ムエたんの力になれるなら。そんな風に思っていることを。

 ちょうど、優梨愛さんから仕事を手伝って欲しいと言われた時と同じように。


「運営には、来てくれた人たちには事情を説明して、出演を取りやめた方がいいんじゃないかって言われてる……」


「ヤダよ!! アタシは絶対にステージに立つの。今回のライブだけは、絶対にステージに立つって決めてるの!! 運営さんだって『どうしても無理なら』って言ってた!! だから今、どうしても無理にならないように、出来ることがあるって言えるように──ッ!!」


「ムエナちゃん……」


「お願い!! お願いします!! どうか力を貸してください!! せっかく頑張ってきたのに、鳳仙花ムエナがステージにいないなんて、そんなのヤダよ!!」


「アズマ。僕からもお願いしたい。今回だけは、ムエナちゃんをステージに立たせてあげて欲しい」


 そう言って戸羽ニキは頭を下げる。

 それだけじゃない。その場にいる出演者たるライバーたち全員が、黙って頭を下げている。


「な、なんで。なんでそんなことするんですか」


「今回だけはどうしても。こうしなきゃいけない理由があるんだ」


「お願い。お願いします!!」


「……っ」


 なんだって言うんだ、一体。

 どうしてみんな揃ってこんなに……。

 それに、いきなりこんなこと言われたって……。


「ダンスなんてほとんど踊れませんよ」


「大丈夫。さっき見た。アズマは踊れる」


「ステージに立つのだって初めてですし」


「僕たちでフォローする。君だけに押し付けない」


「だって、だって戸羽ニキ。……ライブが何人来ると思ってるんですか。配信だってされるんですよね? そんな大勢の人に見られるなんて」


「でも、僕たち全員が君と一緒にいる」


「そんな、今日会ったばかりじゃないですか……」


「信じられない? 僕やムエナちゃん、それにツルギや雄だっている。会ったのは今日が初めてかもしれないけど、繋がったのは今日が初めてじゃない」


「それは──ッ!!」


 そんなの、ただの言葉遊びじゃないか……。


「大丈夫ッスよ! 一緒にゲームした仲じゃないッスか!!」


「そうだぞ!! モテの極意は教えてくれなかったがな!!」


「お二人は」


「埼京ツルギッス! 忘れたとは言わせないッスよ!!」


「英雄だ!! こういう時はな! 気合いだっ!!」


 きっと、ずっと声を上げたかったんだろう。

 埼京さんと英さんが、戸羽ニキの隣に立ち改めて頭を下げる。


「お願い出来ないッスか。力を貸して欲しいッス」


「頼む!!」


「アズマ。協力して欲しい」


「お願いします!!」


 2人に続いて、戸羽ニキとムエたんも改めて頭を下げてくる。

 ……ああ、もうっ!!!!

 こんなの断ったら、それこそ後味悪くなるじゃないか!!

 俺ってこのライブのために頑張ってきたんだ! どうせだったら気持ちよく終わりたい!!

 もう、吹っ切った。どうなったって知らないからな!!


「わかりました。引き受けます」


「「「「「「「「「──ッ!!!!」」」」」」」」」


 俺がそう答えると、控室には喜びの声が跳ねあがった。

 手を叩き合う人たち、胸をなでおろす人たち、言葉を交わし合う人たち。

 そこに集まった人たち全員が明るく笑い合っている。


「じゃあ、そうと決まれば準備だ。行くよ、アズマ」


「行くってどこに?」


「ステージ。これから明日の流れを叩きこむから」


「げ」


「ありがとうございます!! アズマさん!! よろしくお願いします!! アタシも精一杯歌うから、一緒に鳳仙花ムエナをファンに届けてください!!」


「あはは……。がんばります」


 今夜はライブ本番を楽しみに、ホテルでゆっくり晩酌って思ってたんだけどな。

 もう今更言ったところで意味はない。

 やると決めたのなら、ちゃんとやり切らないと。


「ほら、アズマ。早く行くよ」


「そんな押さないでくださいよ」


「善は急げって言うだろ」


「急がば回れとも言いますよ」


「運営には俺らが言ってくるッス」


「絶対に説得するぞ!」


 駆け出していく埼京さんと英さんに何人かのライバーも続く。


「ありがとう、アズマ。君がいてくれてよかった」


「なんか死亡フラグっぽいですね、今の」


 なんて言いつつ、俺は戸羽ニキに背中を押されステージへと向かう。

 そして明日のステージに向けて練習を行っていると、正式に運営からも許可が下りた、というかみんなで無理矢理認めさせたらしい。


「マジか……」

 

 と思いはしたものの、練習中に俺は知った。

 どうして彼らがあんなに必死にお願いしてきたのか。

 どうしてムエたんが怪我をしててもステージに立つことにこだわったのか。

 そして、どうして運営もこんな無茶苦茶な案をOKだしたのか。

 ひとりのファンとしては、出来ればライブ本番で知りたかったってのはあるけど、もうしょうがないよな。

 俺も見る側じゃなくて、楽しませる側に回っちゃんだから。

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