第97話 まさかの展開はいつだって突然やってくる

 すっご。ステージの上ってこんな感じなんだ。

 まだリハーサル前の準備中だから誰一人としてこっちなんて見ちゃいないけど、それでもここに立っていると言うだけで、なんだかワクワクしてくる。

 戸羽ニキやムエたんも、明日にはここで歌って踊って、たくさんのファンを楽しませるんだよなぁ。すごい。全然想像つかない。


「準備、いいかーっ?」


「はい! 大丈夫です!!」


 フロアに立つ優梨愛さんが手で大きく『○』とサインを送って来る。

 同時に音楽が流れだす。

 耳なじみのあるその曲は、ムエたんのオリジナル楽曲。

 このライブで歌う予定になっている曲だ。

 何度も繰り返し聞いたその曲は、過去のライブでも披露されたもの。当然ながら、今の俺はそれを完璧に踊れる。


「?」


 と、フロアの後方に何人かの人が入ってきたのが見えた。

 妙に目についたのは、その人たちが作業をするでもなく、なんだか楽しそうに喋っているからか。

 なんだろう。他の人たちと雰囲気が違うけど……。あと、なんかこっちを指さしてる。

 って、そりゃそうだよな!!

 何しろモーションキャプチャー用のスーツ着てるし!

 たくさんの人たちが作業してる中、ひとりだけ変な格好して踊ってるし!!


「──ッ!!」


 フロアで準備を進めていた何人かの人たちも、手を止めこちらを見上げる。

 うっわ、恥ず!! この姿を見られるの、普通に恥ずかしいんだけど!?

 なんて思ってたら、『お、なんだ?』と興味深そうな視線を向けた彼らが、すぐに 自分たちの作業に戻っていくのを見て、ちょっと冷めた。


「……」


 ま、そりゃそうだよな。

 俺は出演者でも何でもないし。ただテストをしてるだけだし。

 変な格好をして踊ってるから興味は引きだろうけど、誰かが注目なんてするはずもない。

 なんだか、戸羽ニキやムエたんと俺との差を、思い知らされているような気分になる。

 見てくれるリスナーさんが増えたし、応援してくれるファンの方々も増えた。それでも俺は、このステージに立てるような存在じゃない。

 別に張り合ってるわけでも、何か勝負をしているわけでもない。

 しかし、今こうしてただの雑用として踊っていると、そんな風にも思ってしまう。

 いつか俺も、これだけ多くの人の協力が得られる存在になれるのだろうか……?


「OKだ!! 降りてきていいぞッ!!!!」


「わかりましたッ!!」


 やめやめ。明日はライブ本番なんだから、変な感傷に浸ってたってしょうがない。

 やることをきっちりやって、ライブを楽しもう。


「どうですか?」


「問題はなさそうだな。あとは実際にリハーサルをして、それ次第だ」


「それならよかったです。そしたら、俺もう着替えてきていいですか?」


「ああ。大丈夫だ」


「はい」


 諸々のチェックを続ける優梨愛さんたちから離れ、俺は更衣室へと向かうんだけど、この恰好のままうろつくのって、本当に恥ずかしいな。

 社内は慣れたけど、さすがにこれだけ知らない人がいる中でこの恰好は……。

 あ、ほら。『さっき踊ってた人』なんて言われてる。

 聞こえてないって思ってるかもしれないですが、ちゃーんと聞こえてますからね?

 そして俺もあなたたちのことは覚えてますよ。さっきフロアの後ろでこっちを見てた人たちですよね?

 ちくしょ~。恥ずかしい~。

 早く着替えよう。


「お疲れ様です」


「……え」


 すれ違い様に挨拶をすれば、意外とでも言いたげな反応されたんですが!?

 え、挨拶ぐらいするよね!?

 なんか変な事した!? 変な格好の奴に挨拶されて驚いた!?

 もしかして今の俺、不審者だったりします……?

 そんなことないですよね? ちゃんと入館証も首から下げてますし!!


「ふーっ」


 なんて思ったところで着替えちゃえば全てが解決するんですよ。

 服さえ着てしまえばこっちのもの。自販機でコーヒーを買って飲む余裕だってちゃんと生まれる。


「あ、いた。東野アズマだ」


「──ッ!?!?!?!?!?」


「あはは。驚き過ぎでしょ」


 いや! いやいやいや!!

 え、何!? なんで!?

 どうしてここでその名前が聞こえてくるの!?

 俺が東野アズマだって知ってるのは、ここでは優梨愛さんだけのはずだよ!?


「え、ちょ。な、何のことでしょう? 人違いでは……?」


 とりあえず誤魔化す作戦。


「やっぱりその声は間違いないよね。東野アズマだ」


「──ッ!?」


 墓穴掘りました!?

 喋ったら確信もたれたんですが!?


「ていうか、気づかないの? 僕の事」


「え」


「それはそれでショックだなぁ」


「あ、その声……」


「気づいた?」


「はい。……戸羽ニキ、ですよね」


「せいかーい。賞品にこれあげる」


「あ、ありがとう、ございます……?」


「何。その反応」


「ビックリしまして」


「それは僕のセリフ。なんか踊ってる人がいるなーって思ったら、どっかで聞いたことある声するし。確信を持ったのは、さっきすれ違った時ね。声を聞いて、『え、嘘でしょ!?』ってなったもん」


「すれ違ってって、いつですか?」


「さっき廊下で。『お疲れ様です』って言ってたよ」


「あ、ああ!? あの時のグループ!?」


「そうそう。僕らもリハ前に会場を見ておこうって話しになって、入ったらちょうどムエナちゃんの曲がかかってて。なんか踊ってるんだもん」


「見られてましたか」


「おもしろかったよ」


「ウケ狙いではないんですよ、残念ながら」


「配信でやったらいいのに」


「冗談でしょう!?」


「あはは。そのツッコみは間違いなくアズマだ」


「俺、ちょいちょいツッコミで本人確認されるんですけど、なんなんですかね?」


「個性があるってことでしょ。大事じゃん、配信者としては」


「もうちょっとカッコいい個性が欲しいとこですね」


 おー、なんだこの時間。

 まさかリアルの戸羽ニキと会うとは……。

 でも、確かに考えてみたらそうか。ブイクリのライブなんだから、いて当然なんだよな。

 出演者なんだし。


「ところで、なんでアズマがここに?」


「知り合いの仕事の手伝いです。俺も、まさか自分がブイクリのライブに関わるなんて思ってなかったですけど」


「そうなんだ」


「ええ。妙な縁ですよね」


「大変だった?」


「仕事ですか?」


「うん」


「大変じゃなかったって言えば嘘になりますね」


「そっか。じゃあ、ありがとう」


「まだライブが始まってもないですよ」


「確かにそうだね。じゃあ、終わったらまた言うよ。ライブは? 見るの?」


「はい。クロファイ企画の時のメンバーも来るんで、ライブを見て、そのあとみんなで飯でも食べようって話をしてます」


 俺は関係者席からだけど。

 みんなに会えるのもライブの後か。


「僕らは声でバレる可能性あるから、気を付けてね」


「今、実感してます。ちゃんと個室か、もしくはカラオケとかですかね?」


「カラオケって意外と怖くない? 隣の声とか聞こえてきたりするじゃん」


「確かに」


「アズマはツッコミでバレるから」


「それでわかるの、戸羽ニキぐらいですよ」


「そう? ナキア先生とかもわかるんじゃない?」


「ここでナーちゃんの話を出しますか」


「でも、気づいてもらえたら嬉しいでしょ」


「それは、まあ、そうですけど」


「照れてんだ」


「さって! 仕事に戻りますか!!」


「誤魔化したね。やっぱり照れてるんだ」


「うるさいですよ。ほら、戸羽ニキもリハーサルの準備あるんじゃないんですか? 俺、楽しみにしてるんですから、頑張ってくださいよ」


「それは任せて。何だったらアズマもステージに立つ?」


「無理ですって。さっきステージで踊りましたけど、俺があそこに立ってるイメージは全然つきませんでしたもん」


「最初はみんなそんなもんだよ。僕もまさか自分がって感じだし」


「戸羽ニキでもそう思うんですね」


「本番前だから」


「なるほど。……じゃあ、そろそろ戻りますね。上司から怒られるんで」


「了解。じゃあ、また」


「はい。また」


 おお!! 

 マジか!! 戸羽ニキと会っちゃったよ!

 俺、ちゃんと話せてたか? 失礼はなかったか?

 ビックリしたー。今になって戸羽丹フメツとリアルで会ったって実感が湧いてきた。


「やっと戻ってきたか」


「すみません。ちょっと着替えに手間取りまして」


「ちょっとこっちを手伝ってくれ」


「はい」


 そうして優梨愛さんたちとリハーサルの準備を進めていく。

 着々と進行を消化していく中、ステージに立つ戸羽ニキの姿を見ることも出来た。

 堂々としていて、カッコいい姿を。

 どうせなら事前のリハーサルじゃなくて、本番で初見を堪能したかったけど、こればっかりはしょうがない。

 でも、きっと戸羽ニキなら、本番はこれの何倍もすごいものを見せてくれるんだろうな。

 ……なんて、そんな風に思っていた中だった。


「どうしたんですか?」


「演者のひとりが倒れたらしい。事故だな」


「え」


 作業でフロアから離れていた時だった。

 にわかに周囲が騒がしくなり、気になってフロアに戻ったら優梨愛さんからそう聞かされた。


「た、倒れたって。誰が?」


「そこまではわからないが」


 ざわざわと落ち着きのないままに、それでもリハーサルは進んでいく。

 全体的にどこか浮足立った雰囲気。

 それでもみんながみんな、明日の本番のためにそれぞれの役割を全うする。

 そしてリハーサルの全行程が終了した後だった。


「アズマ」


「はい?」


「ちょっと。こっち来て」


 戸羽ニキに呼び出され連れてこられたのは、演者の控室。

 そこには多くの人が集まり、その中心には車いすに座った女性がいた。


「やれます! 大丈夫ですから!!」


 そう叫ぶ声には聞き覚えがある。

 耳に馴染んだ声。辛い時、俺をいつも支えてくれた、推しの声。


「戸羽ニキ、これは……?」


「アズマにお願いがある」


「はい?」


「鳳仙花ムエナを、助けて欲しい」

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