第96話 楽しみが近づいてきてる時が一番テンション上がる!!
「やっと脱ぐことが出来る……」
「どうした?」
「いえ、自分の仕事について考えていただけです」
「明日がリハーサルだからって感傷に浸ってるのか?」
「どっちかって言うと開放感ですね。ようやっとこのスーツともおさらば出来ると思うと嬉しくてしょうがないです」
「そうか、もう社内でその姿を見かけることもなくなるのか……。さみしくなるな」
「そこは感傷的ならなくていいところですからね!? 俺、めちゃくちゃ恥ずかしかったんですよ!?」
「みんなは親しんでたぞ?」
「俺は笑い者になってましたが?」
ここ最近はテストに次ぐテストで、その度に呼び出されていた。
そんな俺を見てた優梨愛さんから『いっそのことモーションキャプチャー用のスーツを着てた方が脱ぎ着の手間が省けていいんじゃないか』なんて言われて納得したのが運の尽きだった。
だって、こんなぴっちりしたスーツで社内をうろついてたんだぞ!?
テスト中ならまだしも、オフィス内でも、ちょっとした休憩中も全部!!
よくセクハラで訴えられなかったよ! もう、それだけでも奇跡!!
「最後の方は上手く踊れるようになってたじゃないか」
「俺は会社にダンスレッスンをしに来たわけじゃないんですが!?」
「最後の方は完全にダンスレッスンだったがな」
「みんなもテンションおかしくなってましたからね」
「行く先々でレッスンしてたと聞いたぞ」
「俺のダンス動画が社内で共有されてると聞いた時は、死ぬほど絶望しましたけどね」
「社外広報向けの動画で使おう、という案もあったそうだぞ」
「やめてくださいね!?」
「冗談だ」
「冗談に聞こえないんですよ、最近のみんなを見てると」
「そうか?」
「そうですよ! だって俺がテスト中に躍ってると、コールしたりしてくるんですよ!?」
「よかったじゃないか。また一歩、アイドルに近づいたってことだな」
「目指してませんが!?」
「目指せると思うが?」
「方向性の違いにより、事務所をやめるパターンですね」
「私がマネージャーだったら絶対にそんなことはさせないがな」
「優梨愛さんが言うと怖いですね」
「おい、どういう意味だそれは!?」
「何でもありませーん。着替えてきまーす」
「おい待て!! ちゃんと説明しろ!!」
出来るわけないっての。説明したら怒られそうだし。
いやぁ、でも本当によかった。
もうこのスーツを着なくてもいいんだから。
とにかく何かあるとすぐに呼び出されて、あれをやれ、これをやれって注文つけられて堪ったもんじゃなかった……。
しかもそのせいで、ムエたんがこれまで踊ってきたダンスなら、ほぼほぼ踊れるようになっちゃったし。
よくわからなかったな、ここ最近は。
さて、着替えたし、後は明日の集合時間とか確認して帰るかな。
「明日って結構早くから会場に行くんですね」
「色々と準備もあるからな。時間、大丈夫か?」
「大丈夫です。ちゃんと会場までの路線図も調べてますよ」
「くれぐれも遅れるなよ。お前がいないとリハーサルにならないんだからな」
「俺、そんな役割ありましたっけ?」
エンジニアの人たちならともかく、リハーサルに関してはほぼすることないと思ってたけど。いるだけの雑用的な。
「踊るに決まってるだろ」
「なんで!?」
「リハーサル前にテストしておかないと、何かあったらどうするんだ」
「それは確かにそうですけど……。せっかく解放されたと思ったのに」
「よかったな! 誰より早くステージで踊れるぞ!!」
「意味合いが全然違いますよね!?」
「あ、そうだ。これを渡すのを忘れていた」
「急に素に戻らないでください。テンションの落差についていけなくなります」
「ほら、これ」
って、話を全然聞いちゃいないし。
「チケット。希望通り4枚」
「──ッ!? え、マジですか!? 本当に!?」
うっわ、マジだ!
マジでブイクリのライブチケットだ!!
しかも4枚も!!
「なんだ。希望してきたのはお前じゃないか」
「しましたけど。え、本当にいいんですか!? だってめちゃくちゃ倍率高かったって聞きましたよ!?」
「その辺はまあ、何とかなると言えば何とかなる。具体的には社長を締めあげた」
「何してんですか、あんたは……」
「冗談だ。元々数枚は融通できるって先方から言われてたからな。ただ、お前は関係者席での観覧になるぞ」
「いえいえ、十分です。いやぁ、よかった~。仕事を頑張った甲斐がありますよ!」
あ、ヤバ。ステージに立つムエたんを想像したら涙が……。
よし! 明日のリハーサルもバチッと決めて、本番を楽しむぞ!
「それじゃあ、今日は失礼しますね!」
「え」
「え」
え、何? その反応。
なんでそんな、マジかお前、みたいな顔をされてるの……?
「あ、いや。今日ぐらい飲みに行くものかと……」
「明日リハーサルですよ?」
「だが、私たちの仕事はほぼ終わったようなものだぞ?」
「さっき、明日は遅れるなって言ってましたよね?」
「今から会場近くのホテルを取るか」
「──スゥッ! お先! 失礼します──ッ!!」
「あ、待て! 嘘だ!! 今のは冗談だ!! 軽く!! 軽くご飯に行くだけだから!! 私にもこの仕事をしてよかったと思わせてくれ!!」
「だったら優梨愛さんもステージを楽しみましょう!! きっとそう思えますから!! ではまた明日!!」
「嘘だろ、お前──ッ!?」
嘘なもんか。逃げるわそんなん。
何されるかわかったもんじゃない。
あー、でもいよいよ明日かー。
心なしか気分も爽快だ。
これでようやっとこの二重生活からもおさらばできるし。
VTuberと社畜の二足の草鞋なんて履くもんじゃないって学んだ。
仕事の契約もブイクリのライブ案件のみって話だから、これからは配信活動一本に専念できる。
ちょっと気分も上がってきちゃったし、たまにはお酒でも買って帰ろうか。
『今日のご飯は何でしょう~?』
と思ったところにカレンちゃんからメッセージが。
……お酒は、やめとこうかな。
怖いんだよね、カレンちゃん。ちょっとでも健康を害しそうなことすると、すぐに注意される。この間も調子に乗って配信を延長しようと思ったら、裏で『ダメですからね!!』ってチャットを連打されたし……。
ありがたいんだけど、ちょっとね。こういう時ぐらいよくない!? って思ってしまう。
『魚と肉、どっち?』
『どっちだと思います?』
『魚! この前肉だったし』
『ざんね~ん。今日はお肉で~す』
って、ムカつくなぁ、そのスタンプ!!
口に手を当ててプークスクスって、今絶対に同じ顔してるだろ!?
『明日リハーサルって言ってましたし、今日はパワーの付く料理です!』
『天才』
『もっと褒めてください。褒めてくれたら、今日はお酒を飲んでもいいですよ』
テレパシー!?
なんで俺が飲みたがってるってわかった!?
『カレンちゃんカワイイ。最高。天才。いつもありがとう』
『からの~?』
『天使。女神。料理上手!』
『格が下がってません?』
『褒めすぎて言葉がなくなった』
『それでも配信者ですか~? 今度一緒に日本語を勉強しましょう!』
だからプークスクスはやめろっての!
『特別に今日はお酒を飲んでもいいですよ』
『もう買ってる』
『はやい』
『これが仕事が出来る男の姿』
『欲望に忠実なだけですよね』
『そうとも言う』
『そうとしか言いません』
なんてやりとりをしてるうちに帰宅、と。
「おかえりなさいませ、ご主人様。ご飯にしますか、お風呂にしますか、それとも──」
「お酒」
「最後まで言わせてくださいよぉ!! せっかくメイド服買ってきたんですよ!? ていうか、お酒ってなんですか!?」
「だって今日は飲んでいい日なんでしょ?」
「そうですけど!! もっとこう、あるじゃないですかぁ。ほらほら~、メイド服ですよ~。フリフリの、メイド服ですよ~」
「三次元のメイド服って、なんかギャグに見えちゃうんだよね。二次元になって出直してきて」
「全く効果がない──ッ!? え、大丈夫ですか? アズマさんって性欲あります?」
「今は食欲の方が勝っている!!」
「タイミング間違えたぁ!? じゃあじゃあ、お腹いっぱいになったらリベンジしますね!」
「そしたら次は睡眠欲に負けると思うけどいいの?」
「え……」
「だってほら。お酒飲むし」
「禁止!! やっぱりお酒禁止です!! わたしのメイド服がお酒に負けるなんて許せません!!」
「はい残念~。飲みます~。あとこれ、みんなの分もあるから」
「? なんですか、これ」
「カレンちゃん達が欲しがってたやつ」
「──ッ!?!?!? ライブのチケットきちゃ~ッ!!!! え、え! 本当ですか、これ!! みんなにディスコしなきゃ!!」
「エイガ、反応はや」
カレンちゃんがメッセージを送ると同時に、反応してきた。あいつ、常にスマホに張り付きでもしてるのか……?
その後、ラナさんにレオンハルトも反応を返してきた。
でも、よかった。
今回のライブに合わせてみんなで会おうと約束をしてたから、これでチケット取れませんでした、じゃシャレにならなかった。
明日のリハーサルを終えれば、後は本番のみ!!
楽しみだ──ッ!!!!
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