第95話 推しには狂わされたいけど、こんな狂わされ方は嫌だ──ッ!!
「ぷっ」
「くっ、ふっ」
「うく……っ」
「くっく……。ぅうん──っ」
「笑うなら笑ってくれませんかねぇ──ッ!?」
自分の歌がどうしようもないってことぐらい知ってるんだが!?
変に我慢されるなら、いっそのこと笑ってもらった方がいいんですけど!?
「いや、いや。すまない。何と言うか、……そう! 個性的な歌い方だな!!」
「確かに!!」
「今までにない!!」
「新機軸!!」
「音痴って言えやぁ──ッ!!!!!! 逆に虚しくなってくるわ──ッ!!」
「いや、すまない。ちょっとこう、余りにも想像を越えてきたものだから」
「新感覚ってやつ」
「未経験と言い換えてもいい」
「未知の領域って言ってもいいと思う」
「皆さんがかつてなく一致団結してて、俺は嬉しい限りです。で、テストはまだやるんですか?」
ちくしょう。
みんなして人のコンプレックスを楽しみやがって……。
見てろ。いつか見返してやるからな!!
「どうだ? 問題はなさそうか?」
「見ますか?」
優梨愛さんの問いかけにテスト結果を確認していた人が、パソコンをプロジェクターにつなぎ壁に“それ”を投影する。
「──は?」
「改めて見てもすごいな。観客にはこっちで見えるんだろう?」
「そりゃそうですよ。あんなスーツ姿を見ても誰も喜びませんよ」
「それもそうか。……ところで、どうだ? 動いた側としては、何か気になることはあるか?」
気になることはあるかって……。
優梨愛さん、ちょっと待ってくださいよ!!
「何ですか、これは……?」
「何、とは?」
「この、踊ってるのって」
「ああ。先方から借り受けたんだ。テストで使うから、モーションキャプチャー用のスーツと、3Dモデルのデータを貸して欲しいって言ってな」
「つまり、今こうして投影されているのは、俺の動きを反映した3Dモデルって、そういうことですか……?」
「ああ、そうなる」
「──ジーザスッ!!!!」
「どうしたいきなり!?」
「こんな事実、知らない方がよかった!!!! なんてことだ……。なんで、なんでこんな……。どうして現実ってのはこんなに非情なんだ──ッ!!!!」
「何の話をしている!? 疲れか? ストレスか? 何か嫌な事でもあったのか? 肉か? 肉を食いたいのか?」
「違いますよ!! 今は肉なんてどうだっていいんです!! 問題なのは、俺が鳳仙花ムエナの中に入っていたってことです!!」
「お、おお。このVTuberはそういう名前なのか……」
「世界一カワイイVTuberなんで覚えてください。って、そうじゃなくて!! 布教してる場合じゃなくて!! え、待ってください。つまり、俺はついさっきまでムエたんになってたってこと、ですか……?」
え、何それヤバい。脳がバグる。
俺が、ムエたんになってた……?
は? 何それ。意味わかんないんだけど!?
「お、おい……」
「すみません。あまりの事態に取り乱しました。大丈夫です。テストを続けましょう」
ヤッバい。やらかした!
他に人がいるところで取り乱してしまった……っ。
絶対にヤバい奴だって思われただろ!?
「えぇっと、それじゃあ、テストを続けますね……」
ほら! ほらぁ!! 絶対引かれてるじゃん!!
何コイツヤバいって視線がグサグサ突き刺さってくるんですけど!?
やめてくれ!! 推しに狂わされるのは貯金残高だけにしてくれ!! 人としての尊厳まで狂わされるなんて勘弁してくれ!!
「ここからは投影された映像を見ながら、好きに動いてください」
「え、す、好きに……」
「はい。好きに動いてください」
「す、好きに……」
言われ見上げた先、そこにはムエたんが立っている。
俺が手を上げれば、映像の中のムエたんも手を上げる。
「──ッ!?!?!?」
なんっだ、この感覚は──ッ!?
推しを好きに動かせる。それだけの事実が、こんなにも、こんなにも興奮するなんて──ッ!!!!
いやいやいや、ダメだこれは。ダメだろこれは!!
こんな! こんな感情!! まるでナーちゃんじゃないか!?
ダメ!! 絶対ダメ!!
ムエたんを好きになるならともかく、好きにするなんて、そんなの絶対に許せない!!
俺がツラい時に癒してくれた彼女を裏切るなんて真似。たとえ仕事だとしても、自分は社畜なんだと言い訳しても、オタクである俺が許せない!!
と言うか、もう人としてダメだろ!?
「あの、彼女が3Dライブをやった時の映像とかって、今流してもいいですか?」
「構わないが。どうした? なんか苦しそうだぞ?」
「それに関してはツッコまないでください。……彼女の過去の動きを真似て、踊りとか、やってみます」
「私たちとしてはテストが出来れば何も問題ないが」
「ちょっと待っててください」
そうしてそこから先の時間は、俺にとってはひたすらに耐え抜く地獄と課すのだった。
俺が動けばムエたんが動く。
俺が躍ればムエたんも踊る。
跳べば跳ぶし、歩けば歩く。
推しと一心同体になったかのようなこの感覚は、余りにも甘美で、耐え難いほどに背徳的だった。
絶対ナーちゃんには話さないでおこうと思った。
あの女なら100%ネタにする。間違いなくする。
これこそVTuberの無限の可能性──ッ!! とか言って、間違いなくやる。
もうね、センシティブ方面に関して安芸ナキアほど奔放な人はいないから。
そしてそうなった時、もし事実をそのままネタにされてしまったら、ムエたんが毒牙にかかってしまう。
そんなこと絶対に許してはならない──ッ!!!!
なんて、最後の方はもう自分でもよくわからない使命感を抱きつつ、この時間を耐え抜くのだった。
でも、でもさ、ひとつだけ言わせてくれ。
「バ美肉って、楽しいのかもしれません……」
「は? なんて?」
「いえ、何でもないです」
テストが終わり、優梨愛さんと行ったファーストフード店で、俺はポツリとそう漏らしていた。
いや、だってさ!! しょうがなくない!?
推しじゃなかったとしてもだよ!?
カワイイ美少女が自分と同じように動いて笑って踊るんだよ!?
楽しいやん!! そんなの!?
今日はムエたんって言う美少女だったけど、例えばこれがパワードスーツみたいなメカメカしいものだったどうだよ!?
めっちゃテンション上がらない!?
子どもの頃に夢見た、カッコいい姿にVTuberだったらなれるんだよ!?
「はっ、新衣装を閃いた……っ!」
「おいこら、食事中にぶつぶつ呟くな。しゃべるならせめて私と話せ」
「あ、はい。すみません。何の話でしたっけ?」
「リハーサルも頼むなって言ったんだ」
「え、リハ……? 何の話ですか……?」
「だからリハーサルだよ。前日にもテストするんだ。今度は会場での動作チェックだな。出演者が来る前にシステムだけはチェックしないとダメだろ」
「まさか、リハでもムエたんに……?」
「どうだろうな。別の出演者かもしれないし、それはリハ当日にならないとわからない」
「ぜひ違う人でお願いしたいです。推しは見て応援するもので、なるものじゃないと実感しました。今日みたいなのはダメです。心がもたない」
「……まあ、何て言うか。夢中になれるものがあるっていうのはいいことだよな」
「やめてくれません!? めちゃくちゃ引いてるじゃないですか!!」
「……そんなことはないぞ? 意外とダンス上手いんだなって思って見てただけだ」
「歌は?」
「……っぷ。って、今は食事中だぞ!? 笑わせるんじゃない!」
「最悪だ……。今日は最悪な日だ……」
「お、おい! そんなに落ち込むな! 笑ったことは謝るから。個性的! そう個性的でよかったと思うぞ!!」
「もういいんです……。自分の歌が壊滅的だってのは知ってますから」
歌を笑われ、推しに狂わされ、本当に散々な一日だったよ……。
って、思ってたのにさぁ──ッ!
「アズマさん見てください! これ、学校の課題で作ったんです。アズマさんをモデルにした美少女のアバターですよ!!」
家に帰ったら、東野アズマ バ美肉の姿(仮)を見せられたんすが!?
なんですか? 俺が一体何をしたって言うんですか!?
なんでこんな追い打ちをしてくるんですか!?
「あれ、アズマさん……? どうしたんですか……?」
「何でもない。大丈夫」
「お仕事で辛いことがあったんですか? 元気出してください! 今日は特性のハンバーグですよ!!」
「ああ、うん。ありがとう」
なんてカレンちゃんに応えつつ、俺は想像してしまった。
カレンちゃんが作ってくれたそのアバターを使って配信している姿を!!
そして──ッ!! ちょっと楽しそうだなって思っちゃったよ!!
うわぁ……、最悪だぁ……。性癖の扉が開かれかけてる音がするよぉ……。扉の隙間からナーちゃんが手招きしてるよぉ……。
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