第94話 やめてくれ!! 俺にこんな恥ずかしい恰好させて何のつもりだ──ッ!?

「くそ、ふざけんなよ……」


 誰かのそんな呟きが聞こえるオフィスは、死ぬほど殺伐としていた。

 家でも出来る仕事を担当している俺とは違い、会社じゃないと出来ない仕事を担当している人たちは、多分帰ってすらいない。

 特にエンジニアの人たちは。

 まさしくデスマーチ。納期間近になった今、自分のことなんかより、なりふり構わずに仕事を終わらせることを優先している。

 これまでも納期が近づけば多少残業が増えることはあった。

 ただ、ここまでの惨状になることはなかった……。

 噂によると、他の案件を多少遅らせてでもいいから、ブイクリのライブ案件をどうにかしろと社長からお達しが出たらしい。

 いやそれ、絶対この後も地獄を見るじゃん、と思ったのはここだけの話だ。


「どうした?」


「みんなヤバいなって思いまして」


「そういうお前は、まだマシな顔をしてるな」


「俺は、家に帰らせてもらってますから」


 と言うか、カレンちゃんのおかげだ。

 家に帰ったらちゃんとしたご飯があるって、マジで幸せなんだと気づいた。

 疲れ切って帰って、カレンちゃんが出迎えてくれると、マジで天使に見えるもんな。

 まあ、大体しょうもない言動をかますせいで台無しになるんだけど……。


「たまには泊まるか?」


「オフィスにですか? 冗談よしてください。ベッドで寝たいですよ、俺は」


「そうか。段ボールも悪くはないと思うんだがな」


「……優梨愛さん?」


「ん?」


「泊ってるんですか?」


「オフィスにか?」


「はい」


「多少は」


「……」


 ……マジか。

 通りで俺より遅くまで残ってるくせに、朝も俺より早く出勤してるわけだ。


「まさか、臭ってるか……?」


「そんなことはないですけど……」


「本当か!? そういうことはちゃんと言ってくれ!! ほら!!」


「無理に嗅がせてくるのは違いますよね!?」


「自分じゃわからないんだ!!」


「大丈夫!! 大丈夫ですって!!」


「本当に本当だな? いや、もしかして気を使われてるかもしれない……。昼は抜け出してシャワー浴びてくるか?」


 いやもう、好きにしてください。

 体臭なんて言及しにくいんですから。

 ……ちなみに本当に臭ってはない。ただまあ、全体的に疲れてそうな雰囲気はしてるけど。


「だけど、泣いても笑っても後もう少しですね。前日にリハーサルして、当日に何事もなく終わればそれで落ち着きますし」


 どっかしらに皺寄せはきそうだけどな……。

 だけど、少なくともみんな家に帰って寝れはするだろう。


「……そうか。もうすぐで終わりなのか」


「優梨愛さん……?」


 なんで急にさみしそうに。

 まさか社畜を極め過ぎて、忙しさに飢えてる……?

 なんて、そんなことあるわけないよな!! さすがにね!!


「なあ、今回の案件が終ったらでいいんだが」


「はい。なんでしょう?」


「ちょっと贅沢しないか?」


「肉ですか。ぜひ行きましょう」


「……なんでこう、男ってそうなんだろうな」


「何がですか。肉ですよ、肉。やり切った後のご褒美肉ほどテンション上がるものはないですよね!?」


「……はぁ。わかったわかった。この仕事が終わったら肉を食いに行こう」


「それ、なんかフラグっぽいですよ、優梨愛さん!!」


「ほら、次のミーティング始まるぞ」


「あれ、この時間にミーティングなんて入れてましたっけ?」


「ん? ああ、そうか。昨夜お前が帰った後に決まったんだ」


「……何時の話ですか、それ。俺が昨夜帰ったの何時か知ってます?」


「22時過ぎぐらいだろ?」


「で、何時にミーティングの予定が入ったんですか?」


「24時前。明日ミーティングしようって話になった」


「確かに日付変わる前ですけど、その時間帯に『明日ミーティングしよう』って言って、午前中に予定ぶち込むのって鬼過ぎません……?」


「大丈夫だ。きっと楽しいミーティングになるから。ということで、はい。お前はこれに着替えてから会議室に来てくれ」


「は? 着替え……?」


 なんでミーティングに着替えが……?


「ふむ。……着替えさせて欲しいのか?」


「違います!!」


「じゃあほら早くしろ。時間がないのはわかってるだろ」


って言われて、トイレで着替えた来たのははいいんだけど……。


「なんですかこのぴっちりスーツは!?」


 トイレから会議室に来るまで、死ぬほど恥ずかしかったんですけど!?

 ホラゲーしてる時以上だよ! あれだけ廊下の角から誰かが出てこないかってドキドキしたのは!!


「はっはっはっ。なんだ、お前。ちょっと腹に肉が乗ってるぞ」


「言わないでくれません!? 気にしてるんですから!!」


「結構ボディライン出るんだな」


「いやいやいや、だから何ですかって聞いてるじゃないですか!? え、ミーティングじゃないんですか!? なんですか、これ!?」


「ん? モーションキャプチャーを使ったシステムのテスト」


「いやまあ、そうだとは思いましたが……」


 だって会議室が様変わりしてるし!!

 机も椅子も端に除けられてでっかいグリーンスクリーンがセッティングされてるし!!

 うわ、すっごい!! こんなの本当にあるんだ!? ってちょっとテンション上がっちゃったけどしょうがないよね!?

 だって俺VTuberだし!!

 もう恥ずかしすぎてテンションがやけくそだよッ!!!!

 

「時間ないしサクサク行くぞ。ほら、お前もボーっと突っ立ってないで準備をしろ」


「って、言われましても……」


 この恰好で動きたくないんですってば!!


「全く。それでも大人か? いい。お前はそこに立ってろ。私がやるから」


「え、ちょ。待ってください、何するんですか!?」


「トラッキング用のマーカーを付けるだけだ」


「おお、本当にモーションキャプチャーだ」


「だからそう言ってるだろ」


「意外とスマートなんですね。もっと電球みたいなものだと思ってました」


「そうなのか? 私は初めて見たから、こういうものだと思っていたが」


「ネットの画像で見たら、全身に電球っぽいの貼り付けてるのとかありましたよ」


「夜道でも安全だな」


「逆に不審者として通報されそうですけどね」


 ていうか、落ち着かねー。

 優梨愛さん、めっちゃ近いっす。足にマーカーつけてる時とか、こう、何て言うか気配を感じて気まずいと言うか、恥ずかしいと言うか……。自分でやればよかった……。

 そして、さすがにこれだけ近づけばちょっと臭うね……?

 言いませんけど!! 絶対殴られるから!!


「こっちは準備出来たぞ。そっちは?」


「問題ありません」


 優梨愛さんの問いかけに準備を進めていた社員さんが答える。

 どうやら大方の準備は終わったようだって言うのはいいんだけどぉ……。


「みんなしてこっち見るのやめてくれません!? めちゃくちゃ恥ずかしいんですが!?」


「はっはっはっ」


「笑いながら写真撮らないでくれません!? 嫌がらせですか!?」


「お前の緊張をほぐしてやろうと思ってな。何しろこれから歌って踊るんだから」


「……はい?」


「本番を想定せずに何のためのテストだ。ライブを想定して、問題がないか確かめるに決まってるだろ」


「それはわかりますが、何で俺が……?」


「見て分からないか? 大体どいつもこいつも運動とは無縁だからだ」


 あ、確かに。

 って、それは何気に皆さんに失礼なのでは!?


「うちの会社がつぶれるとしたら、社員の不健康が理由だろうな」


「だったら残業させるのやめましょうよ!! 一番不健康を促進してるのって会社じゃないですか!!」


「そう言うならテストは頼んだぞ。お前が指示通りにやってくれれば、それだけでみんなの健康が守られるからな」


「卑怯な言い方しますね!?」


 逃げ場がなくなったんだが!?

 あれか? さっき優梨愛さんとこの案件が終ったら焼肉を食べようなんてフラグを建てたのが悪かったのか!?

 だったら頼むよ神様!! 謝るので時を戻してください!!

 ──俺、音痴なんですッッッ!!!!!!!

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