第93話 実際推しに救われてるよね
「そうだ。カレンちゃん。合鍵は渡すけど、2つだけ約束して欲しい」
「はい! 約束します!!」
「内容聞けや」
「だって嬉しいんですもん。合鍵って特別感あっていいですよね~。 あ、アズマさん。わたし以外の人に渡したらダメですからね」
「だから人の話を聞きなさいっての。合鍵渡すのやめるよ?」
「聞く! 聞きます!! だからやめないでください」
「はあ。……えっと、鍵は渡すけどむやみやたらとうちに来ないこと。毎日とか来たらダメね。3日に一度とか、それぐらいにして。俺に協力してくれるのは助かるけど、カレンちゃんだって色々やらなきゃいけないことあるでしょ?」
「……まあ、そうですね。でも──ッ!!」
「ダメ。俺が倒れたの見ただろ。無理するとああなるから」
「アズマさん。自分の言葉に説得力ないって気づいてます?」
「言われた言葉に説得力がないからって、それを振りかざして自分の意見を押し通そうとするのも違くない? 人の振り見て我が振り直せって言うだろ?」
「むー。わたしは大丈夫なのに……」
「むくれたってダメなものはダメです」
可愛いけど、そういう顔も。
「で、2つ目だけど、来るときはちゃんと事前に連絡を入れること」
「おお。それはつまり、『今日行きます』『夕飯が楽しみだ』『今日のご飯は肉じゃがなので、早く帰ってきてくださいね』みたいなやりとりがしたいってことですね!?」
「一言たりともそんなこと言ってないよね!?」
「なるほど。わたしたちの間にはすでに言葉すら必要ないと!!」
「言ってない言ってない。察するならもっと感度よくして」
「……えっち」
「なんで!?」
「感度なんて、そんな……。もう、まだ日は高いんですよ?」
「蹴り出していいか、この女」
カレンちゃんを可愛いと思った数秒前の俺の目を覚まさせてやりたい。
「あ、ガチトーンはやめてください。怖いです」
「じゃあ、バカなことを言うのもやめてください」
「バカなことって何ですか!? 2人の絆を確かめてるんじゃないですか!!」
「絆……? あったか? そんなもの」
「誰が看病してあげたと思ってるんですか!?」
「それについては感謝してるけど、冷静になるとちょっと怖かったなって」
「怖い、ですか……?」
「いやだって、教えてないのに家に来てたから」
「ギク──ッ!!」
「そんな口で言うことある!? 『ギク──ッ!!』って言ったよ!? 今どきお笑い番組でも言わないでしょ!?」
「あ、アズマさん! あそこ掃除をしきれてないところが──ッ!!」
「家事に逃げるな」
「いーやーッ!!!! 埃がーーーーーーーッ!!!!!!」
「はいはい。ちゃんとお話しましょうね」
「襟首掴まないでください!! 伸びちゃいます!!」
「服を大事にしたいならお話しましょうねー」
「ああ、なんかアズマさんが怖い……。笑顔が怖い……」
「怖がってるのは俺だからね!?」
「もういいじゃないですか、その話は。ほら、今更感ありますし」
「無い無い。そんなこと無い。現在進行形だから。語尾に『ing』ついてるから」
「……怒りません?」
「内容による」
「さっきのわたしみたいに内容を聞かずに元気な返事をしたりは、しませんよねー……。わかりました。わかりましたから、その顔やめてください。ほらほらー、お話するときは笑顔ですよ、え・が・お♪」
「うんうん。カレンちゃんの笑顔は本当に可愛いね。でさ、もうぶっちゃけ聞くんだけど、つけたの? 俺のこと」
「そこまではしてませんよ!? してないんですけど……、何て言うか、こうチラッと見えちゃったんですよ。一緒に遊んだ時にお店のアプリ登録してる時の画面とかが。で、まあ、それを覚えていたと言いますか、何と言いますか……。あ、もちろん変なことには使ってないですよ!?」
「あー、なるほどなぁ」
あったな、そう言えば何度かそんなことが。
カラオケとか飲食店で、特典貰えるからって言ってアプリ登録したわ。
「でもじゃあ、なんでさっき『ギク──ッ!!』なんて言ったの?」
「さすがに気まずいじゃないですか。教えてもらってもいない住所を知ってるなんて。だからまあ、話しにくいと言いますか……。でも、本当に他意はなかったんです! チラッと、本っ当にチラッと見えちゃっただけで。だけど、今回は緊急事態ですし、しょうがないかなって思いまして……。押し掛けちゃいました。すみません」
「いや、それは俺の不注意もあるし。こっちこそごめん。変に疑うようなことを言って」
「いえいえいえ! 全然大丈夫です!! むしろそれが普通ですから。だっていきなり家に押し掛けられたら、誰だってそういう反応になりますよ。わたしも本当はそこまでするつもりはなかったんですけど、ラナねえさんたちに言われて、つい」
「? なんでラナさん?」
「あ、連絡忘れてた!! みんながわたしにアズマさんのとこに行くように言ってくれたんですよ!」
「どういうこと?」
「レジェンダリーカップをみんなで見てたんですよ。わたしとラナねえさんとエイガさんとレオンハルト君で。で、なんかアズマさんの体調がおかしいねって話になって、みんなが『心配だから様子を見てきて欲しい』ってなって、それで……」
「なるほどなぁ」
「はい……。正直、最初は怒られると思ってました。でもみんなに『行ってくる!』って言っちゃったから、なんか引くに引けなくて」
「それは、みんなにも悪いことしちゃったな……」
まさか裏でそんなことになってたなんて。
「俺の体調って、結構バレバレだった?」
「アズマさんのコメント欄ではそんなことなかったですけど、わたしたちは一発で勘付きました。最初に言い出したのはエイガさんですよ。『なんや、アズマ調子悪いんか?』って。正直負けた気がしました!」
「何の勝負をしてんのさ……。でもそっか、みんなにはわかっちゃったのか」
「あれあれ? さっきはあんなこと言ってましたけど、もしかして絆を感じちゃってますか?」
「さすがにね」
ちゃんとやれてるつもりだったけど、そんなことなかったか……。
と言うか、みんなにも心配かけちゃったのかー!!
いやもう、本当に体調管理ちゃんとしよう。決めた。これからブイクリのライブ本番まではしっかり体調管理する。……仕事次第だけど。
「みんなには俺からも連絡入れとくよ」
「はい♪ 心配してましたから、きっと喜んでくれますよ」
「あ、カレンちゃん。俺がブイクリのライブに関わってることは、さすがにみんなにも秘密にしておいて欲しい」
「それも合鍵を渡すための約束ですか?」
「カレンちゃんに話しちゃったのは俺のミスだから、これはどっちかっていうとお願い。秘密にしておいてくれると助かる」
「って、ガチで頭下げるのやめてくださいよ!!」
「俺のミスだからね。頭ぐらい下げないと」
「アズマさん、ちょっと会わない間に社畜感増しましたね」
「そう? 俺は元からこんな感じだと思うけど……」
「わかりました。秘密にしておきます。ラナねえさんたちにも言いません」
「ありがとう。助かるよ」
「つまり、2人だけの秘密ってことですね!!」
「いえ、違います」
「なんでそんな冷静なんですかぁ!! もっとテンション上げてくださいよ!!」
「みんなに心配かけて、看病にほだされてポロッと守秘義務しゃべったんだよ? どこにテンション上げる要素があるのさ」
「え、本気で言ってます? だったらイメージしてくださいよ。わたしみたいな美少女から『待ってるから早く帰って来てください』って連絡来るんですよ。どうです? 楽しみになってきたんじゃないですか?」
「『ごめん。今日も残業だ。先に食べてて』って返す未来しか見えないんだよね」
「……嘘? そんなことってあります?」
「ガチで引くのやめて」
「だってそうじゃないですか! こっちは、楽しいだろうな、幸せだろうなって思ってるんですよ? なのにそんな現実を突きつけるなんて……」
「社畜は夢を見れないんだよ」
「うわ……」
「社会の闇を見てる」
「うーわー……。なんていうか、あれですね。『仕事と私どっちが大事なの?』って聞かれた時に、『仕事』って答えるタイプですよね、絶対」
「うーん、どうだろう。感覚的には『何が大事なのかわからなくなっちゃった』って言うのが一番近い気がする」
「闇堕ちして心を失った系のキャラじゃないですか!!」
「社会の闇には落ちてるよね。間違いなく」
「わかりました。任せてください!! 家庭の温もりで救ってみせます!!」
「でも、色んな人の話を聞いてると、家庭にも闇はあるみたいだよ?」
「……現実的過ぎるのやめません? そんなこと言ったらアズマさんが救われなくなっちゃいますよ?」
「大丈夫だよ。推しの輝きに救われてるから」
「え、ちなみに誰ですか? 誰に救われてますか!? わたし!?」
「ううん。鳳仙花ムエナ。ムエたんしか勝たん」
「そこはアマリリス・カレンって言うところでは!?」
いや、推しは裏切れないでしょ。
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