第92話 これがヒロイン力と言うものなんです──ッ!!!!

「ごちそうさまでした」


「あの……。味、どうでした? 本当に本当にまずくなかったですか……?」


「何度も言ってるじゃん。美味しかった。ありがとう。それにしても、手料理なんて久しぶりに食べたな。やっぱりいいね。誰かが作ってくれた料理って」


「おかわりもありますよ!?」


 そんな嬉しそうな顔しなくてよくない?

 美味しかったから、自信もっていいのに。


「さすがにこれ以上は食べれないって。言うても病み上がりだし」


「……熱、下がってよかったですね」


 ……そんなにシュンとしなくてもよくない?

 こっちが申し訳なくなってくるじゃん。


「カレンちゃんのおかげだよ。看病だけじゃなくて、料理に、掃除まで」


「大変だったんですよ。空き缶もペットボトルも全部そこらへんに放っておくなんて、信じられません」


「だから忙しかったんだって」


「ゴミ捨てすら出来ないぐらい忙しいって異常ですよ。おかしいです。一体何をしてたんですか?」


「何って……」


「言えないんですか?」


 いきなり圧を強めないで?

 そしてそれ以上に身を乗り出さないで。

 わかってるよね、今の俺たちの体勢。一人暮らし用のちっさい2人がけソファに横並びなの。ちょっとでも距離を詰められたら、若干押し倒されてる感じになるの。

めっちゃ近いんだよ?


「いやぁ、それは……。ねぇ?」


「わたし、看病だけじゃなくて、料理も掃除も、洗濯だってしたんですよ?」


「それは感謝してるけど、って。え、洗濯?」


「はい」


「洗濯って言うのは、つまり洗濯? 何かを選ぶ方の選択じゃなくて」


「服を洗う方の洗濯です。ていうか、選ぶって何を選ぶんですか」


「次コラボするときのゲームとか?」


「こんな時ぐらい配信から離れません?」


「だって俺たち、VTuberだよ」


「はぁ~~~~~~~」


「なんだよ」


 なんですか、そのデッカイため息は。

 言いたいことがあるなら言ってごらんよ!! さあ、ほら!!


「……臭いますね」


「はい?」


「脱いでください」


「なんで!?」


「臭うんですよ!! そのシャツいつから着てるんですか? 昨夜だってたくさん汗かいたのに一体いつまで着てるつもりですか!! それも洗っちゃうんで脱いでください!!」


「ちょちょちょ、タンマタンマ!! さすがに待って!!」


「嫌です」


「嫌って……。いやだから待って!! 頼む!! お願いだから!!」


「わかりました。そこまで言うならそのお願いを聞いてあげます。だから代わりにわたしのお願いを聞いてください」


「……内容によるかな」


「体調を崩すほどに忙しかった理由を教えてください」


「だから、それは……」


「言えないんですか?」


「言えない、かな」


「言えないんですか? 本当に?」


「さすがにこれは……」


 守秘義務あるし。


「じゃあ、なんでわたしをこんなに心配させたんですか」


「いや、それは……」


「どうしてですか?」


 む、と絶対に譲らない顔を向けてくるカレンちゃん。

 ……心配、させちゃったしな。家まで来てくれたし。


「……わかりました。言います」


「当然です。じゃあ、早くシャワー浴びてきてください。そのあとでたっぷりお話を聞かせてもらいますから」


「……臭う?」


「はい。とっても。……あ、お背中流しますか? ご主人様♪」


「シャワー浴びてきまーす。脱衣所には入らないでくださーい」


「えー、ダメなんですかぁ?」


「なんで本気で残念そうなの?」


「それは、まあ。……興味ありますし?」


「ド変態」


「なあッ!?」


「覗かないでよ」


「覗きませんよーだ」


 ベー、と舌を出すカレンちゃんに食事の片づけを任せ、サクッとシャワーを浴びる。

 昨夜のレジェンダリーカップ、正確にはその前だから、一昨日に汗を流して以来のシャワーでスッキリすれば、カレンちゃんの料理を食べたこともあり、元気が戻って来る。

 やっぱり人間、よく寝てよく食べて清潔にするのが、一番だな。

 ……というか、脱衣所を見たら本当に溜まってた洗濯物がなくなったんだけど。

 マジかよって思った。

 どこまで見られたんだぁ? 下着は確定だよな、多分。さすがに穴の開いた靴下とかはなかったと思うけど。普通に恥ずかしい。この後どんな顔してカレンちゃんに会えばいいんだよ!!


「って、さすがに下着をたたんでるところに遭遇するのは予想してなかったわ!!」


「いきなり大声出さないでください。ビックリするじゃないですか!!」


「なんでそんなに冷静なの!? ねえ、なんで!?」


「アズマさん。一応、病み上がりですよね? 理解してますか。そこのところ」


「してるよ。だから心穏やかに過ごしたいとも思ってるよ。でも、これは違うじゃん!!」


 だって部屋に戻ったらカレンちゃんが俺の下着をたたんでるんだよ!?

 さすがにツッコむって!!


「せめて下着だけは自分でやらせてくれない?」


「何を今さら慌ててるんですか。もう干すときに見ましたよ」


「それはさ。だってあるじゃん。気持ちの準備とか、色々。見られるって覚悟してからならいいけど、いきなりそれは違くない?」


「じゃあ、干しっぱなしにしろって言うんですか? そんなことするから服が傷むんですよ。ほら、このパンツなんて伸びきってるじゃないですか」


「言わなくていいから!! ていうか、見せなくていいから!!」


 どんな場面だよ。

 美少女がビロビロに伸びたパンツを見せてくるなんて。


「というか、カレンちゃんって実は家事出来る人?」


「はい。って、実はって何ですか!? 言っておきますけど、わたし家事は得意なんですよ!? お部屋だってきれいに掃除しましたし!」


「それは、うん。ありがとう。助かった」


「もっと感謝してくれていいんですよ」


「わかりました。じゃあ、たたむの手伝います」


「『じゃあ』ってなんですか、『じゃあ』って。これ、元々アズマさんが溜め込んだ洗濯物ですよ」


「でも、今たたんでるのはカレンちゃんだよ。だから、一緒にたたみます。なんだったらカレンちゃんは休んでて」


「嫌です」


「なんで」


 出たよ、女子のめんどくさいとこ。

 どっちやねんってなるやつ。


「洗濯ものをたたむのって楽しいじゃないですか」


「マジで言ってる……? 全然わかんないんだけど。むしろたたむのが一番めんどくさくない?」


「だって、無心になれるじゃないですか。洗濯物をたたんでる時って。あれがいいんです」


「作業ゲー的な?」


「そこまで虚無じゃないですけど、そんな感じです」


 こうして喋ってる間もカレンちゃんの手はパッパッと洗濯物をたたんでいくから、本当に何も考えずにやってるのかもしれない。

 すげー。俺がシャツひとつたたむ間に、2つくらいたたみ終えてるよ。


「それで。なんであんなに無茶をしたんですか? 体調もひどいし、部屋の中だって荒れてたじゃないですか」


「あー、うん。ねえ、聞いても驚かない?」


「前置きが必要なことなんですか?」


「ブイクリのライブあるじゃん。みんなで告知放送見たやつ。あれの手伝いをしてます」


「……はい?」


 あ、さすがに手が止まった。


「前いた会社がさ、ブイクリのライブで案件を受注したんだよね。で、手が足りないから手伝って欲しいって言われて。今、色々とやってます」


 あ~、きっと怒られるんだろうな。

 何やってんですか!! とか。

 まあ、でもしょうがないのかな。実際こうして迷惑かけちゃってるわけだし。


「そうですか。わかりました」


「え」


「なんですか。ほら、たたみ終わったんですから、仕舞う場所を教えてください」


「あ、うん。そう、なんだけど。怒らないの……?」


「なんでわたしが怒るんですか?」


「なんでって、だって……」


 あれ、なんでだ?


「あ~、もしかしてアズマさん怒られたかったんですか~? わかりますよ。そういうときって怒られると安心できますもんね。でも、ざ~んね~ん。怒ってあげませ~ん」


「べ、別に。怒って欲しいとか言ってないじゃん」


「図星ですね~。あれあれ~、慌てちゃってますか~?」


「ちがっ!! おいやめろそのニヤニヤ笑い!! そんなんじゃないから!!」


「やっぱり図星なんじゃないですか~。可愛いとこありますね、アズマさんも。そんなアズマさんの期待を裏切っちゃいますけど、わたしは怒ったりなんかしませんよ。怒らないから、──合鍵ください」


「は?」


「合鍵。ください。アズマさんの家の」


「え?」


 な、え。はぁ──ッ!?


「ちょちょちょ、何言ってるの!? 待って。え? 本当に何!?」


「だってアズマさん、お仕事をやめるつもりないですよね。配信もやめるつもりないですよね。だからです」


「いやいやいや、意味わかんないって!! それがなんで合鍵なんて話になるの!?」


「本当にわかりませんか? 今のわたしを見ても?」


 今のカレンちゃん。

 たたんだ洗濯物を抱えてって、まさか!?


「え、メイドになってくれるの?」


「お帰りなさいませ、ご主人様♪ って、ふざけてるならぶっ飛ばしますよ」


「あ、はい。ごめんなさい」


 あっぶね~。

 いつものノリで茶化して終わらそうとしたら地雷だった。

 でも、いつものノリで怒られるってことは、本気なのか……。


「迷惑になるでしょ。カレンちゃんだって学校もあるし、配信もあるし、大変じゃん」


「知らないところで倒れられるより、見てるところで倒れられる方が安心できます。……心配してる方が、心に悪いです」


「いや、それはそうかもしれないけど……」


「強情ですね。でもわたしも譲る気はありませんよ」


「どうしても?」


「どうしても」


「絶対に?」


「絶対に」


 じっと見上げてくる視線。

 それは、昨夜うちに押し掛けてきた時と同じ眼差しだ。

 とても、真剣な目。


「……わかった。渡すよ、合鍵」


「はい♪ あ、なんだったらこの後メイド服でも買いに行きますか?」


「メイドは冗談だから!!」


「ちぇ~」


 なんで残念そうなんだよ!!

 とまあ、そういうわけで。カレンちゃんにうちの合鍵を渡すことになりましたとさ。

 ……どうなるんだ、俺の生活。

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