第84話 さーて、不穏な空気がプンプンしてきたぞ……?
「では、状況は今確認した通りでよかったでしょうか?」
そんな優梨愛さんの言葉に会議室に集まった面々が一様に頷いてみせる。
その様子に優梨愛さんの隣に座った俺は、少なからず安堵を覚える。
どうにもなんないだろ! と思わされたしっちゃかめっちゃかな状況から、とりあえず各々の状況が整理出来ただけでも随分な進歩だ。
いやぁ、大変だったー。
プロジェクトの進行すらろくに管理出来てなかったから、とにかく関係各所にヒアリングをしまくって、パズルを解くようにして状況を整理したことで、ようやっと自分たちの現状が客観的に判断できるところまでこぎつけられた。
「……あの、これってどうにかなるんでしょうか?」
恐る恐るといった感じで、誰かが呟くように確認する。
でも、今この場の誰一人として、その問いへ明確に「大丈夫!」と返せはしない。
何しろ『何が何だかわからないけど、とにかくヤバい!』という状況が、『ヤバいことが300個ぐらいある!』になっただけなのだから。
現状がとんでもなくヤバいのは、何一つとして変わっていない。それでも──、
「出戻りに近い身で差し出がましいですが、僕は今回のプロジェクトをなんとか成功させたいと思っています。お恥ずかしい話、ライブを行うブイクリのメンバーの中には僕の推しもいるので、頑張りたいんですよね。今がとにかくとんでもない状況なのは、今皆さんと確認させていただいた通りです。これから僕と優梨愛さんで改めて諸々の調整を進めていくので、お力添えいただけると助かります」
「……わかりました。仕事がうまくいって欲しいのは僕も同じですから」
「ありがとうございます」
応じてくれたエンジニアの1人に頭を下げる。
こんな地獄に叩きこまれたのは彼も、そして今この会議室にいる他の面々も変わらないのだ。同じ境遇に身を置くもの同士、彼らの仕事もまた、報われて欲しいと思う。
終わった時に気持ちのいい達成感を抱いて欲しいと願うのは、ナーちゃんや戸羽ニキ、ムエたんだけじゃなく、優梨愛さんを始めとした裏方のメンバーもだ。
ムエたんが『楽しみ!』と言ったイベントに関わる人には、少しでも『やってよかった』と思って欲しい。
……これもある種のオタ活って思ってるけど、どうなんだろうか。
「これからまた、先方を含め確認と調整を進めていきます。状況については来週またこの時間に共有させてもらいます。皆さんも何かあったらいつでも言ってください。というか、教えてください。でないと、さらなる地獄に落ちますし」
優梨愛さんの冗談なのかフラグなのかわからない一言で、ミーティングはお開きとなった。
三々五々退室していくメンバーを見送りつつ、俺はこの後の展開を思い僅かながら頭痛を覚える。いやだって、死ぬほど大変だよ? このプロジェクトを進めるの……。マージーで、地獄……っ。勘弁してくれ。
「……とりあえず、一息入れるか」
「ですね」
一息どころか、もう退勤して飲みに行きたい気分だけど、そうもいかないからなぁ!? イベントは成功して欲しいけど、地獄は見るのは嫌だ──ッ!!
みんなの手前カッコつけたし、ムエたんがステージで歌ってるのを見たいから頑張るけど、キツイもんはキツイよ!?
誰か変わってくんないかなぁ!?
普通に考えて無理じゃない!? これ!!
なんて吐き出したい愚痴の数々を、優梨愛さんが奢ってくれたコーヒーと共に飲み込む。
……ブラックにすればよかったな。微糖の半端な甘さが、ただでさえ業務量に胸焼けしてる身からすると、ただただ重い。
「……やっぱりお前が手伝ってくれてよかったよ」
「これからまだまだやることがありますけどね」
「だとしてもだ。そもそも、私1人だったらここまでたどり着けなかっただろうしな」
「他の仕事もしながら進める量の仕事じゃないですよ、あれは」
「久しぶりだったよ。仕事が進んでると言う感覚を覚えたのは」
「てんでバラバラの方向に進んでましたもんね。誰一人として、どこ目指してるのかわかなかったんだと思いますよ」
「マズいよなぁ。今のタイミングでそれって」
「……あはは。ですね」
何しろもうライブの告知も出されているのだ。
つまり期限が決まっている。なのに現場がこの状況って……、と思いこそするが、仕事なんてそんなものだと言われてしまえば納得もする。
だって、仕事ってそんなものだし。
「俺も少ない社会人経験で学びましたよ。仕事が上手くいくことを期待してもダメだって。諦めて割り切って、夢も期待も全部捨てて、ちゃんと現実を見るのが大事だって」
「お前って本当に、変なところで冷めてるよな。今はそのドライさに助けられてるけど」
「優梨愛さんだってドライなとこはドライじゃないですか。『人間なんて所詮は感情の生き物だ。そんなものに理屈を求めるな』って初めて言われた時はビックリしましたよ」
「そんな話をしたことあったっけか?」
「俺がクライアントの言葉を鵜呑みにしてミスした時に、そう言ってましたよ。今思うと、慰めてくれてたんですね」
「当然だ」
「当時は全然そんな風に受け取ってなかったですよ。『なんでこの人詰めてくるだ』って思ってました」
「な!? 本気で言ってるのか!?」
「本気です」
「私の優しさは、届いていなかった……?」
「はい」
「あ、ダメだ。無理だもう。今日はこれ以上仕事なんて出来ない……。あまりにもショック過ぎる……」
「さて、と。飲み終わりましたし、戻って仕事しましょうか」
「鬼かお前は!? 私が凹んでるんだぞ!? 慰めてもいいんじゃないか!?」
「鬼上司に育てられましたから。遺伝子を継いでるんですよ」
「随分と言うようになったな!?」
「ほら、早く戻りましょ。今夜も配信の予定あるので、さっさと帰りたいんですよ」
「……それ、本気で言ってるのか? 今が何時かわかってるのか?」
「……20時回りましたね」
「配信開始の予定時間は?」
「……23時」
「体壊すぞ」
「心を壊さないためです」
「そういうズルい言い方を教えた覚えはないな」
「優梨愛さんの知らないところでも育ってるんですよ」
「……さみしいこと言うなよ。泣くぞ」
「……さて、仕事仕事」
ちょいちょいね。
ちょいちょい甘えてくるよな、優梨愛さんって。
もちろん他の人がいないとこじゃないけど、こういう二人きりの瞬間とかに、甘えてくるよな。しかも、俺が甘えてきてるって気づいてるのに、気づいてるっぽい。
……つまりは、そういうことなんでしょうね。
VTuberとしての活動があって、地獄のような環境での仕事をしてて、その上恋愛もなんて、そんな手が回りませんって。無理ですって。
VTuberと仕事。二足の草鞋を履くだけで精一杯ですって。
なんて思いながら優梨愛さんと残業をし、帰宅をすれば配信を開始するのだ。
「どうも東野アズマです! 今日も配信を見に来てくれてあざまるうぃーす!! すみませんね、最近は遅い時間帯での配信が多くなってて。ちょっと色々とバタバタしてて……。本当はもうちょっと早い時間帯に出来るといいんですけどねー」
さすがに仕事が忙しくて、とは言えない。
万が一にでも俺がブイクリのライブに関わってるなんてことが知れたら、あんまりよくない気がするし。
ライブの後なら、実は……って感じで話してもいいかもしれなけど。今はまだやめておこう。
「もしかしたらこれからしばらくは深夜帯の配信が続いちゃうかもしれないんですが、ご容赦いただければと思います。さてさて、いつまでもこんな話ばかりしていてもしょうがないので、始めますか。今日はEX.をやっていこうと思います!! クロファイ企画が終ってから、こっちのモチベが高いんですよねー。やっぱりそういう周期ってあるんでしょうかね?」
『レジェンダリーカップあるよね』
『アズマはレジェンダリーカップ出ないの?』
「あ、レジェンダリーカップね! ありますよね!! もちろんお誘いいただければ出ますよ!! やっぱりEX.をプレイするVTuberとしては、憧れのステージですからね!!」
こっちもまだね、話すわけにはいかない。何しろメンバー発表がまだされてないし。
なんてことを配信中は考えていたんだけど、寝る前の深夜3時にツイッターを見たら、ミチエーリさんがメンバー発表をしていた。
『今度のレジェンダリーカップは、東野アズマさんと甘蜜アゲハ(アマミツ アゲハ)ちゃんと出ます!! ノリのいい2人だから、きっと楽しい!! 顔合わせ配信をするから楽しみにしててよ!』
……さて、これでこっちもいよいよ本格的になってきた。
頑張ろうか。VTuber活動も、仕事も。
全く。両方やるなんて誰が決めたんだか……。俺か。
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