第81話 いよいよ始まる二重生活!
「どういうつもりだ?」
「あ、梓川さん……」
「こいつはブイクリのライブ案件で人手が足りないから私が呼んだと、そう伝えていたはずだが?」
「あ、はい……。把握してます」
「ではなぜ、今あなたの仕事をこいつに依頼をしようとしているんだ? しかも、私がちょうど席を外したタイミングを見計らって声をかけたように見えたが?」
「や、その、……すみません」
「どうして謝っている? 私は理由を聞いたんだぞ? どういうつもりだ? と声をかけたのが聞こえなかったのか?」
「あ、や、はい」
「ではもう一度聞く。──どういうつもりだ?」
「…………はい」
「受け答えにズレがあるな。私はどういうつもりかと、こいつに声をかけた理由を聞いたつもりなのだが?」
相変わらずだなー。これぞ、俺が恐怖した優梨愛さんの鬼上司の姿だ。少し前までメイクする余裕すらないほどに弱っていた人とは、同一人物とは思えない。
メイクもばっちり、仕事もバリバリ、詰める姿に嫌なトラウマが刺激されて、非っ常ーに気まずい。あの会話に関わりたくないので俺は粛々と仕事をさせていただきます。
……元同期として話しかけてくれたのはありがたいけど、話題は選んでね? 俺まで飛び火したら恨むからな?
「それで、答えは?」
あーあーあー、聞きたくない──ッ!!!!
優梨愛さんの声でそのセリフは聞きたくない──ッ!!!!
何度言われたことか。その言葉を言われたくないがために仕事をしていたあの日々には別れを告げたはずなのに──ッ!!!! 俺はどうしてここにいる!?
ムエたん!! ムエたんはどこ!?
俺の癒しは!? 推しはどこ!?
「いえ、その、……すみません」
「私が謝罪して欲しいと言ったか?」
「いえ、言ってない、です」
「そうだよな?」
あ、無理。吐きそう。トイレ行きたい。
でも今立ったらこっちに矛先が向きそう。嫌だ! 空気になりたい!!
「その、テンション上がって。こいつが戻ってきたから、つい。で、まあ、ノリで……」
「そうか。では、今後は気を付けろ。私が必要だから手伝って貰っているんだ。戻ってきてくれたことを喜んでくれるのはいいが、余計な仕事を任せるような言動をされると、私も困る」
「はい。気を付けます」
「ああ、そうしてくれ」
「……すみません。失礼します」
終わった? もう終わった……?
頼むから勘弁してくれ。俺の横で優梨愛さんに怒られないでくれよ──ッ!!
こっちまで嫌な汗をかいただろ!? ヤバい。今めっちゃ泣きそうだった。
「全く、しょうがない奴だな。でも安心したよ。お前が戻ってくることを歓迎してくれる奴もいて。よかったじゃないか」
「あはは、そうですね……。まあ、完全に戻ったわけじゃないですが……」
「ん。それもそうだな。……ふふ、私もお前とまた一緒に仕事が出来るのが嬉しくてテンションが上がっているようだ」
こっちは戦々恐々ですがね!?
いやもう死ぬほど胃が痛い。めっちゃキリキリする。
「しかしあれだな。諸々の共有もあって会社に来てもらったが、今みたいなことがあるならオフィスで仕事をするのも考えものだな」
「俺は全然気にしてないので大丈夫ですよ」
「私が我慢ならないんだ。私のために無理を言ってるのに、ああもちょっかいをかけられてはな」
「そうですか」
ちょいちょい俺を自分の所有物みたいに言ってますが、違いますからね!?
もちろん優梨愛さんが大変そうなのを見たからってのもありますが、俺が仕事を手伝おうと思ったのは他にも理由がありますからね!?
戸羽ニキとかナーちゃんとか、ライブのために頑張ってる人は他にもいるし、何よりムエたんが楽しみにしてるのを知ったからですからね!?
「そのあたりは考えるか……。すまない、少しの間だけ我慢してくれ」
「いやもう本当に全然大丈夫です。俺も久しぶりに会えた人がいて嬉しいのは確かですから」
「ああ、私もだ。またお前と一緒に仕事が出来て嬉しいよ」
「あはは……」
あれー? なんか微妙に会話がズレてる気がするけど、気のせい?
優梨愛さんのことって言った覚えはないんだけどなー?
……なんか勘違いしてない? 大丈夫? このままのテンションでいられたら、おかしなことになったりしないよね?
「それより、この後ミーティングを入れたからな」
「了解です。引継ぎか何かですか?」
「ああ、そんなところだ。まあ、聞けるのは引継ぎではなく言い訳と言い逃れだろうけどな」
「うわー。それ、参加しなきゃダメですか?」
「当り前だ。お前にもうちの惨状を認識しておいて欲しいからな」
「ミーティングをする意味が全く感じられないんですが……」
「誰もあてに出来ないことがわかるから、自分が何とかしなければ、と思えるようになるぞ」
「最低なモチベーションアップ方法ですね」
「そんなもの付き合い続けてる私は偉いと思わないか?」
「それは間違いなく思いますね」
「よし、じゃあ褒めてくれ」
え!?
なんですと!?
「さあ、ほら『優梨愛さんは偉いですね』と言うんだ」
「……ゆ、優梨愛さんは偉いですね」
「むふー。よしっ!! 行くかっ!!!!」
「あ、はい」
え、今の何!?
あんな優梨愛さん初めて見たんですけど!?
「……今度は頭も撫でてもらうか」
しかもボソッと何か言ってるし!
やめてくださいね!? ここオフィスですよ!?
他に人がいるところで優梨愛さんの頭を撫でるなんてしませんからね!?
……ただまあ、その後に出たミーティングで、優梨愛さんの気持ちは嫌と言うほどわかった。わかってしまった。
言い訳に次ぐ言い訳。
一体どこまで言い逃れるのかと、ツッコむ気力すらなくなるぐらいの言葉の数々に、途中から頭が痛くなったと言うか、開いた口が塞がらなかったというか……。
「な? わかっただろ?」
ミーティング後の優梨愛さんの晴れ晴れとした顔は、この地獄への道行きを共にする道連れが見つかったからなのか。
はたまた、この惨状に何か光明を見出してるからなのか……。
出来れば後者がいいなぁ。
ともあれ、この道を行くと決めてしまったのは俺なので、とりあえず出来ることからやっていくことにした。
「優梨愛さん。今のこの状況って、社内の体制とかが一気に変わったのに、何の整理もしないままに進めようとしてるからしっちゃかめっちゃかになってる感じですよね?」
「ああ。とにかくスケジュールだけは決まってるからな。とにかく何とかしろ! が上からのありがた~いお言葉だよ」
「まずは自分たちで何とかしてもらいたいものですね」
「それはみんなが言っている。だが上の連中にそんなつもりは毛頭ないんだろうな。もしくは出来るだけの能力がないのか」
社内でよくそんな恐れ知らずなことが言えるな、と思ったけど、この会議室には優梨愛さんと俺しかいないからいいか。
わざわざ聞き耳を立ててる人なんかいないだろうし。
「さすがにそんなことはないと思いたいですけど……。でも、それじゃあ俺がまずやることは状況の整理でいいですか?」
「頼んだ。エンジニア連中、先方、とにかく色んなところと状況整理のために交渉と調整をしなければならないが、そんな余裕はどこにもなくてな」
「とは言えある程度のヒアリングはしてるんじゃないんですか?」
「どうしてそう思う?」
「優梨愛さんだから」
物理的にやりきれなかっただけで、全くやってないなんてことが、優梨愛さんに限ってあるはずがない。
合併の混乱でどこも回っていないのが原因だろうし、まずは諸々確認をして整理だな。そのあとの交渉は、まあ、優梨愛さんがいるから何とかなるか。
この人が本気になれば動かせない人なんかいないだろうし。
「わかりました。とりあえず何をやればいいかはわかったので、明日から取り掛かりますね」
「ん? なんだその口ぶりは。これから私と残業するんじゃないのか?」
「いやいやいや、勘弁してくださいって。引き受けるときにも言ったじゃないですか。活動はしっかりやらせてもらうって」
「いつももっと遅い時間から始めてるじゃないか!」
「明日からも仕事があるんですよ? 早めに初めて早めに終わらせるんです。じゃないと体がもたないですよ、さすがに」
「どうしてもダメか……?」
「ダメです。優梨愛さんにばっか構ってられませんから」
「他に女がいるような言い方をするな」
「俺と付き合ってるような言い方はやめてくださいね!? 誤解を招きますよ!?」
「……嫌か?」
わーお、すっごいズルい聞き方。
オフィスで俺のトラウマを掘り返されてなかったら流されてたかもしれない。雰囲気に。
でも、流されません。なぜなら久しぶりに見た鬼上司の姿が目に焼き付いてるから。
「じゃあ、今日は失礼します。お疲れ様でした」
「さすがに素っ気なくないか? もう少しぐらいダメか?」
「こっちも待たせてる人がいるんで」
「……そうか。じゃあ、いつか振り向いてもらえるように頑張るよ。具体的には業務量増やしたりして」
「明日から出勤するのやめますね」
「さすがに冗談だからな!?」
「シャレになってないですって」
「……すまない」
とまあそんな感じで、俺の元同僚を詰めてた姿からは想像できないぐらいしょぼくれた姿を見せる優梨愛さんを残し、俺は会社を後にするのだった。
さて、この後はカレンちゃんとのコラボ配信だ。
久し振りにレオンハルトも来るって聞いてるから楽しもう。
「ん……?」
と、ディスコードをチェックしていたら、ミチエーリさんからもチャットが来ていたことに気づく。
『レジェンダリーカップのメンバー決まったよ! 練習頑張って優勝しようね!』
……ふむ。思ってたよりこの二重生活って忙しくなるのかもな。頑張ろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます