第79話 決意の時は目前に──

『そうか。しかし東野、お前もつくづくお人よしだな。わざわざ俺にまで相談をしてくるとは』


「お世話になった人ですからね。色んな意味で。それで、袈裟坊主さんとしてはどう思いますか?」


『難しいな。俺も元々社会人として働いていたとはいえ、辞めた経緯はお前と似たようなものだ。つまり、まだ自分の意思で辞める判断が出来る程度の余裕はあった』


 優梨愛さんの家から逃げ出した翌日。俺はどうにもやりきれなさが抑えられず、社会人だった経験がある袈裟坊主さんに連絡を取った。

 そして優梨愛さんの状況、そして俺が感じたヤバさを伝え、相談に乗って貰っていた。さすがに優梨愛さんがV-Createのライブに関わっているとは言えないから、その辺は適当にぼかしつつだけど。


『聞くにその人は自分自身の状況を客観的に把握できてないのではないか?』


「ですね。俺が見た感じ、そんな雰囲気でした」


『となると、自主的に動くことはないだろうな。家族か友人、近しい人間に相談出来ればいいのだろうが、それも難しそうなのか?』


「その辺りは俺もわからないんですよね。知っているのか、それとも知らずにいるのか……」


『……なるほどな。仕事ばかりになると、それ以外の人間関係がおろそかになってしまうのは俺も経験があるよ。はは、もう思い出したくもないことだな』


「すみません。いきなり通話して、こんな話で」


『構わんさ。VTuberとしてネット上の関りが主であろうと、そこに生まれた縁は確かにある。それに、俺はお前が思っている以上に、お前のことを気に入ってるぞ』


「クロファイでガチ対戦出来るからですか?」


『それもある。だが、楽しいよ。お前と共に配信をするのは』


「あれ。相談のために連絡したはずなんですが、もしかして今俺、告白されてます?」


『お前が安芸ナキアと相性がいい理由がよくわかったよ』


「どういう意味ですか!?」


『思考回路が似ているんだろうよ。ちなみに褒め言葉ではない』


「でしょうねぇ!?」


『あの女はバケモノだ』


「そこまで言いますか……。ていうか、それって俺のこともバケモノだって言ってません?」


『さて、相談内容だが』


「この流れでそっちの話題に戻るんですか!?」


『お前から連絡してきたのではないか』


「それはそうですが……」


 釈然としねー。

 そうなんだけど、納得いかねー。

 袈裟坊主さんとはその辺も一度話した方がよさそうだな。



『──と言った感じだな。俺が周りの人間や社会人時代に付き合いのあった連中から聞いた話は』


「はい。ありがとうございます」


『あまりお前自身が気に病むなよ。それでお前まで不調をきたしたら元も子もないからな』


「はい。気を付けます」


『ではな。また今度コラボ出来るのを楽しみにしてるぞ』


「俺もです。今日はありがとうございました」


 ああ、と頷き袈裟坊主さんは通話を切る。

 なんだかんだ結構な時間を話し込んでしまった。

 ただ、色々と話をしていた中で思ったのは、俺に出来ることはそう多くないということだ。

 もちろん一番は優梨愛さんをあの会社から引き離すことだ。

 それが一時的なことなのか、これから先ずっとなのかはわからないけど、とにかく、優梨愛さんをあんな状態にしている元凶から引き離す。それが一番なのはわかっている。

 でも、踏み切ることが出来ない……。

 なぜって、俺があの会社から逃げ出した身だから。そうじゃないって言ってくれる人もいるかもしれないが、それでも俺の中に負い目があるのは確かだ。

 正直、もう二度と近づきたくない。


「あ~……」


 あんな状態の優梨愛さんを見たのに、自分の事ばかり考えてて嫌気が差す。

 っとに、どうすればいいんだよ。

 ほっとくって言うのも寝覚めが悪いし……。

 だからと言って、あの会社に関わるのもな……。

 そんな自分のモヤモヤとした葛藤から逃げるようにパソコンをいじっていたら、クロファイ企画の時に作ったディスコードグループのチャットがにぎわっているのを見つけた。


『何とかしてチケット欲しいですよね!』


『僕も行きたい』


『コネとか使えへんかな?』


『円那たちじゃ無理じゃないかなー』


『自分なら、雄に頼めばいけへんか?』


『エイガさん! ぜひ!!』


『……僕も、欲しい』


『ポチ、わかってるよね?』


『なんで自分にばっかり圧かけるんや! ていうか、一番可能性ありそうな奴がおらへんやんけ!!』


『なんの話です?』


『噂をすれば! アズマさんツイッター見ました!?』


 ツイッター?

 なんのことだ?

 カレンちゃんのこの興奮っぷりは、何かあったんだろうけど。


『見てないですね』


『見て』


『おお、珍しくレオンハルトから圧が。ていうか、忙しかったのは落ち着いたんですか?』


『後で話すから、ツイッター見て』


『あ、はい』


 なんだろう。

 今、そこはかとなく初期のレオンハルトっぽさを感じた。

 初期ンハルトだった。なんつって。まさかまた距離が空いた!?

 で、ツイッターか。何かあったのか?

 ──って、これは!?


『ヤバくないですか!? なんですかこれ!?』


『だから言ってるじゃないですか!!』


『絶対行きたい』


『確かに、これは行きたくなりますね』


『ということで東野ちゃん。チケットよろしく』


『なんで俺に言うんですか!?』


『コネとか使えへんの?』


『なんで正規ルートでチケット取ろうとしないんですか!?』


『倍率ヤバそうやん』


『でも、絶対行きたい!!』


『僕も』


『ほら、今東野ちゃんにみんなの期待が集まってるよ』


 いやいやいや、そのプレッシャーのかけ方はおかしいから!!

 ただ、みんながこれだけ盛り上がってるのもわかる。

 公開後30分も経ってないのに、すでに2万を超えるいいねに、1万を超えるリツイートがされている。

 ブイクリ公式アカウントから発信されたツイート、それはライブのキービジュアルだった。

 戸羽ニキたち多くのVTuberが並ぶ、まさしく神イラスト。

 そのツイートへのリプライを見れば、ライブへの盛り上がりが否応なしに伝わってくる。

 ライブへの期待。出演するVTuberたちへの期待。それに加えて多くあるのが、


『キービジュアルがナキア先生なんですよ!!』


 カレンちゃんの言う通り、キービジュアルが安芸ナキアというところだろう。

 ていうか、これか。ナーちゃんが最近『締め切りがヤバい』って言ってたのは。

 確かにな。これだけの神イラストを描くのって、めちゃくちゃ大変そうだ。

 チャット送っておこう。


『ライブのキービジュアル見ました。めちゃくちゃすごかったです』


 って、返信はや!?


『当たり前じゃない。フメツたちの晴れ舞台なんだから』


 あー、こういうとこなんだろうなぁ。

 袈裟坊主さんにバケモノって言われたり、とんでもない言動をするヤバい人って思われてるのに、ナーちゃんが配信者のみんなと仲がいいのって。

 俺も今、カッコいいって思っちゃったし。


『今夜、フメツの配信を見なさい』


 配信? 何のことだ……?

 特に告知とかはなかったと思うけどって、配信枠立ってるじゃん!!

 え、しかも鳳仙花ムエナ(ホウセンカ ムエナ)さんとのコラボ!?

 2人とも今回のキービジュアルではセンターポジションにいる。

 ってことは……!?


『戸羽ニキのとこで枠が立ってます! しかもムエたんとのコラボですよ!!』


『ムエたん』


『ムエたん』


『ムエたん』


『ムエたん』


『反応するとこそこですか!?』


『いや、東野ちゃんのオタクな一面を見たなーって思って』


『推しなんですよ! いいじゃないですか!!』


『悪いとは言ってへんよ? ただなぁ……』


『なんですか!?』


『何でもあらへん』


 なんだよ、コイツら!?

 いいだろうが! 俺だって普通にオタクなんだから、そういうテンションの上がり方する時だってあるっての!!


『このタイミングってことは、やっぱりライブ関係……? あのあの!! みんなって今夜予定ある!? 裏で同時視聴しないですか!?』


『僕は大丈夫』


『円那もいけるよー』


『自分もや!』


『俺も行けます』


『やった!! それじゃあ、配信始まる10分前ぐらいに集合で!!』


 了解、とカレンちゃんの呼びかけに答え、その後も盛り上がるチャットを見ていると、自然と優梨愛さんの姿が思い浮かんで来る。

 こうして多くの人が楽しみにしつつ期待を寄せている今も、きっとあの人は仕事に忙殺されている。

 ……みんなの楽しみの裏に優梨愛さんのあんな姿があるのだとしたら、それは少し悲しすぎやしないか? 

 俺ならその悲しみを少しは減らすことが出来るのに、それを見過ごしていいのだろうか……?

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