第76話 そして波乱の予感はやって来る
「よし、これで一通り整理出来たかな」
そう呟きつつデスクトップに表示されたスケジューラを確認していく。
あ~、なんだろうな、これ。
スケジュールが埋まってるのがすっごい嬉しい。
ちょっと前まではスカスカだったからな~。このスケジューラを見ているだけでニヤけしまう。
ミチエーリさんと出る《レジェンダリーズカップ》に、それに向けた顔合わせや練習配信だろ。
ぴょんこさんから誘われたワルクラのコラボもある。
カレンちゃんとやろうと話したコラボももう予定は決まってるし、その他にも声をかけてもらったコラボや、俺から誘ったコラボの予定もいくつかある。
「マジで嬉しいな、これ」
なんか、ものすごく配信者をやってるって実感が湧いてくる。
社畜時代はスケジューラが埋まるほどの忙しさに絶望していたのに、環境が変われば受ける印象がこんなにも変わるなんてな……。
頑張りが報われてるって思えるからかなぁ、やっぱり。
会社にいる頃は頑張るなんて当たり前、いい仕事をするのなんて当たり前、成果を出すのだって当たり前……、頑張るのが当然だったからな。
「チャンネル登録者数5万人越えだもんな。頑張ってるよ、俺」
配信者を始めた直後は本当にしんどかったからなぁ……。
果たして一体何のために配信を続けているのかわからなかった日々。
自分で配信内容を決め、わずかな同接者に向けて懸命に呼びかける日々。
いっそのこと真っ当に転職活動をしようかと悩んだ日々。
僅かな光すら見えなかったあの日々に比べれば、今の光の当たり方はどうだ。
天と地ほどの差がある。
本当にあの時、戸羽ニキに見つけて貰えてよかったと、そう思う。
「あ、そろそろか」
呟きつつ、パソコンを操作する。
と言っても、これから配信をするわけじゃない。
今やっていたスケジュールの整理や、これからの配信のサムネ作り。
新しく揃えた機材の調整など、今日は配信を休み、裏での作業を進める予定にしている。
「まだ待機中か」
そんな数々の作業のおともと言うか、単純に気になるから、という理由でつけた配信。
サムネには『重大告知』という文字がデカデカと躍っている。
チャンネル名は《V-Create》。
『ブイクリ』という通称で呼ばれることも多いそのチャンネルは、戸羽ニキや埼京さん、英さんなどのトップVTuberを何人も擁する、VTuber界最大の大手事務所だ。
最近、ネット上で『ブイクリが何かやるっぽい』とまことしやかに囁かれていたからか、待機状態だと言うのに、すでに同時接続数は4万を越えている。
そんな多くの期待が集まる中、配信が開始される。
「あ、プレミア公開か」
いきなりカウントダウンが始まったから何かと思った。
普通に配信をするもんだと思ってたからビックリした。
そしてコメント欄の盛り上がりがすっごい。
すでにスパチャが飛び交ってるし、『きちゃああああああ』『うおおおおおおおお』なんてコメントがガンガン流れてく。
……ふむ、ノッておくか。
とりあえず『うおおおおおおおおおおおおお』ってコメントだけしといた。
作業の手は止まるけど、まあいいじゃないか。
この動画を見たらちゃんとやるから。
なんて誰にともなく言い訳をし、見つめる先、カウントダウンが進んでいき、ついに10秒前となる!
なんだろうな、何の告知なんだろう。めっちゃ楽しみになってきた!
──3、2、1、0ッ!!
カウントが終ると同時に画面が切り替わり、エモい楽曲が流れ始める。
やわらかな曲に合わせて画面上では文字が躍る。
夜空を模したような背景の中、文字たちは並び、文章へと変わっていく。
『V-Create Project 3rd Anniversary』
たった一文、しかし俺たちリスナーにはそれだけで十分に伝わる。
3年。それが長いのか短いのかは人によるだろう。
それでも、ブイクリに所属するライバーたちの活動はここまで続いてきたのだ。
やがて文字列は並び変わり、それらはモニター越しに見守る俺たちへのメッセージとなる。
『いつも応援してくれているみんなへ』
『いつも支えてくれているみんなへ』
『いつも一緒に楽しんでくれているみんなへ』
そんなメッセージと共に聞こえてくるのは、よく知った彼ら彼女らの歌声。
歌声と共に届けられる言葉は、短く、でもだからこそ響くものだ。
『ありがとう、を伝えたい』
作業の手は完全に止まり、食い入るように画面を見つめる。
聞こえてくる歌声の中へと耳を澄ませる。
『これからも応援してくれるみんなと』
『これからも支えてくれるみんなと』
『これからも一緒に楽しんでくれるみんなと』
画面には多くのVTuberたちが並ぶ。
全員がV-Createに所属し、日々活動をしているライバーたちだ。
中には当然戸羽ニキや埼京さん、英さんもいる。
『特別な時間をCreateしたいから』
曲が盛り上がりを見せるタイミングで、背景が切り替わる。
それはただのサムネの集まり。
でも、気づいた瞬間、それはただのサムネじゃなくなる。
そこに表示されていたのは、V-Create所属ライバーたちの初配信のサムネだ。
これまで駆け抜けた3年間はここから始まったのだと。
これからも駆け抜けていく始まりはここだと。
俺たちにそのことを思い出させてくれる。
全ライバーの配信を見て来たわけじゃない。
全てのVTuberを知っているわけじゃない。
それでも今、こんなに多くの初配信があったのだと実感する。
そして文字列は最後の並び替えを経て、このプレミア公開における重大告知を伝えてくれる。
『V-Create Project 3rd Anniversary』
『スペシャルLive《Jump Up!! Creators!!》開催決定!!』
『みんなで一緒に! もっと高く!!』
そのメッセージと共に動画は終わる。
は!? マジで!?
え、待って。これで終わり!?
普通こういうのって公式がガッツリ配信枠を取って告知するもんじゃないの!?
ぐわーっ!! なんだこのもどかしさはッ!!
情報が! 情報が足りないッ!!
「そりゃこうなるよなぁッ!?」
俺と同じようなもどかしさを抱えたリスナーたちのコメントで、コメント欄が死ぬほど盛り上がる中、俺はひとつの予感と共に天を仰いでいた。
「チケット戦争エグそ~。めっちゃ行きて~」
絶対ヤバいよな、チケット倍率!
取れるか? これ。めっちゃ行きたいから何とかして取りたいんだが!?
って、そう言えば開催概要は?
「ツイッター、ツイッター」
動画の概要欄にはまだ情報が載っていない。
となれば、ツイッターの公式アカウントを見に行くしかない、と思ったところで、まるで計ったようなタイミングで着信があった。
「……優梨愛さん?」
なんだろう。
また飲みの誘いか?
「はい」
『私だ。梓川だ』
「お久しぶりです。また飲みの誘いですか?」
落ち着け、俺。いったん今の興奮は抑えろ。
全力でオタクをしている姿を見せるわけにはいかないからな!?
『ああ、まあ、そうだな。飲みは絶対に行くが、今はそれとは別だ』
「……なんでしょう?」
え、マジでなんだ?
飲みの誘い以外で優梨愛さんが俺に電話してくることなんて……。
まさか、会社に俺がVTuberとして活動していることがバレたとか!?
……いや、もう辞めた身だからバレようがどうしようが関係ないんだけど、なんとなく身構えてしまう。
「……優梨愛さん?」
『ん? ああ、すまない。その、なんだっけな』
「もしかしなくても随分疲れてます?」
『そうだな。最近輪をかけて忙しくて。ろくに寝られてないんだ』
「体が資本って言いますし、無理はしないでくださいね」
『……お前だけだよ、そうやって言ってくれるのは』
「これでも元部下ですから。体調ぐらいは心配しますよ」
『……』
「……」
『……』
「……」
『……』
「あの~……?」
話すなら早くして欲しいんだけどなぁ……。ライブ情報をチェックしたいし、なんて。……本人には怖くて言えないけど。
『ぐす……っ』
「優梨愛さん!?」
え、待って。今、泣いてた……?
『……っん、ああ。すまない。ちょっとな……。すまん、ちょっと待っててくれ』
言われ電話口から離れていく優梨愛さん。
保留にするのすら忘れるほどの状態なのか、微かに鼻をすする音が聞こえてくる。
『……すまない』
「あ、いえ」
戻ってきた声も泣いた後のように掠れている。
一体どうしたと言うんだ……?
『お前にこんなことを言うのはどうかと思う。ただ、私ももう限界なんだ……』
「はい」
『少しの間だけでいい。お前に、私の仕事を手伝って欲しい』
……はい? 何ですと!?
「えっと、それは……」
『今、うちの会社では大きな案件を抱えていてな。それが片付くまでの間だけでいいんだ。なあ、頼むよ。他に頼れる奴なんていないんだ……』
「いや、それは……」
いやいやいや、何言ってんの!?
そんなのやるわけないじゃん!!
『お願いだ……』
……あー、断りづら。
電話口でこんな弱り切った声を聞かされたら、断るのが忍びない。
いやダメだ。情にほだされるな、俺。
もう二度とあんな社畜生活はごめんだ。
今の俺は東野アズマ。VTuberなんだ。
『さっき情報が公開されたから、もうお前も知ってるかもしれないな』
「あの、申し訳ないんですけど~……」
『案件っていうのは、VTuber絡みのものでな』
「え」
さっき情報公開……?
VTuber絡みの案件……?
それってもしかして……。
『V-CreateというVTuber事務所が今度やるライブ。その案件をお前に手伝って貰いたい』
はい!?
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