第73話 上げて落とすって、こういうことではないと思う

『あ~、気持ちいい~。やっぱりストレス解消に効くのはヘッドショットね~。見なさい、あの這いつくばった姿を』


「発言が完全に悪役ですね」


『いいえ、これは救済よ。いつかやられるかもしれないっていう緊張から解放してあげてるのよ? つまり、ストレスとは無縁の世界に旅発つことが出来るの。これ以上ない救いの手を差し伸べてあげてるわけね』


『なんかヤバいこと言い出した!!』


『私ね、締め切りに追われてるとたまに思うのよ。快楽堕ちって救いなんじゃないかって』


「ちょちょちょッ!!! 待ってください!?」


『だってよく考えて見なさいよ。快楽に塗れることが出来るのよ? あらゆるストレスからも解放されるのよ? それって救いだと思わないかしら?』


『危ないよ!? その発言はダメーッ!!』


『作品によってはそのまま命を絶つこともあるけど、恐怖も絶望もなく逝けるなんて、ある意味救いだと思うのよね。いいわよね、快楽堕ち。憧れるわ』


「ナーちゃん!? 今、配信中ですよ!?」


 いやいや、コメント欄!!

 コミット米太郎!!

 なんですか、『わかる』って!!

 そんなしょうもないコメントで赤スパ投げないでくれませんか!?

 優梨愛さん!?


『ナキア!! 温泉! 温泉行こう!! また前みたいに温泉行こう!! ゆっくりしよう? ね!?』


『まあ、ぶっちゃけて言うと。締め切り前って捗るのよね』


「ナーちゃんッ!!!!!!」


『ナキアッ!!!!!!!!』


『あらやだ。何よ、大声出して。2人とも私が1人で致してる話を聞いて興奮したのかしら? ふふふ。スケベね』


「なんか変なもの飲んでません!? 大丈夫ですか!?」


『失礼ね。今飲んでるのは普通のエナドリよ』


『あ、マズい』


「え?」


『ギリギリな時のナキアがカフェイン飲むと、テンションがバグる』


『あはははははッ!!!! ほぅら、どうしたの? もっと私を楽しませなさいよ!! 惑いなさい、慌てふためきなさい。そんなあなたたちを私が撃ち抜いてあげる!!! あはははははッ!!!!!!!! ヘッショ、気持ち~』


「いや、怖……。バケモンいるんですが!?」


 こんなんをどう姫扱いしろと!?

 無理じゃん!!

 むしろ俺が姫になりたい!! 誰かこのバケモンから俺を助けて!?

 勇者はどこ!?


『アズマさん。こんなナキアだけどよろしくね?』


「いやいやいや、何を言ってるんですか」


『大丈夫だよ。締め切り前がちょっとヤバいだけで、普段はカワイイ人だから』


「ミチエーリさん!? 何で後を託す感じになってるんですか!?」


『嬉しいよ。私ももういい加減しんどいって思ってたから』


「託してないですね!? 押し付けようとしてますよね!?」


『私はいつまでもナキアズてぇてぇを見守るよ』


「そんなことしたらナキミチェの民が悲しむじゃないですか!」


『ナキミチェR.I.P.』


「あ、もうお亡くなりなんですね」


『あはは。ウソウソ、冗談。あ、でもナキアズを応援してるのは本当だよ?』


「応援されても、配信で見せてる以上のものはないですよ?」


『ダウト! 裏でも会話してるの知ってるんだから!!』


「ノリは大体配信と一緒です」


『え~、『好き♡』『俺も♡』とかないの?』


「あるわけないじゃないですか!! もしかして俺の事燃やそうとしてます!?」


『ううん、全然。それに今のはリスナーさんたちの期待に応えるためだし。みんな残念だね。無いってさ』


 うわ、こっちのコメント欄でも残念がってる人が溢れてる。


『ないのか』

『嘘だろ……』

『いいや、俺は諦めない』


 って、君は一体何と戦ってるんだい……?


『ねえ、2人とも』


「はい?」


『なに、ナキア』


 なんか静かだと思ってたら、ナーちゃんが黙ってたのか。

 つい今しがたまで気持ちよくスナイパーライフルを撃ってたのに。

 どうしたんだ?


『酔ったわ』


『え、大丈夫!?』


『ダメね、これ』


「あ、声が本当にダメそうですね。配信終わりましょう」


『く、この程度でゲーム酔いするなんて。せめて最後にあいつだけはヘッショで沈めるわ』


『うん、やめようね。今すぐやめよう。吐く前にやめよう。このままだと配信に乗せちゃいけない声を乗せることになっちゃう』


「え~、ということで、突然ですみませんが、これで配信は終わります。みなさん、今日もあざまるうぃーす」


『バイ!!!!』


『あ~、きっつ。無理よ、これ』


『はいはい、終わり終わり』


「この試合は最後までちゃんとやるので安心してください。ナーちゃんの声がヤバそうなので、配信は切ります。申し訳ないですが、ご理解いただけると助かります」


 そう言い残し、俺は配信を切る。

 リスナーさんたちには申し訳ないけど、このまま続けたら本当に放送事故になってしまう。


「こっち切りました。お2人は?」


『切ったよー』


『ちょっと待ちなさい。……うっ』


「ナーちゃん!?」


『せめて音声は切ってね!?』


『……大丈夫よ。もう配信を切ったわ。あ~、ヤバいわね、これ』


「この試合は俺とミチエーリさんで何とかするので、ナーちゃんは抜けても大丈夫ですよ?」


『悪いけどそうさせてもらうわ。このままここにいたら安地外のダメージで死ねるわよね?』


『うん! じゃあ、アズマさんとやるね。通話は? 切ったほうがいい?』


『通話は繋いでおいて。声が聞こえた方が安心するわ。あと、ゲームは絶対続けて頂戴。ここで中断されたらそっちの方が気になるわ』


「了解です。じゃあ、さっさと勝って、後は適当に駄弁ってましょうか」


『そうしよう! よーし、ここからはデュオだ! 頑張るぞー!!』


「ナーちゃんは気にせずトイレとか行っていいですからね」


『……ちょっと目を瞑るわ。黙ってるけど、気にしないで』


「無理せずに」


『サクッと終わらせるから!』


 配信開始からテンションがヤバかったけど、想像以上だったな。

 なんだったらこのまま寝て貰えると安心できるんだけど……。


『もうキルムーブでいいよね?』


「そうですね。ヤるにしろヤられるにしろ、その方が早く終わりますし」


『OK! あ、早速見っけ!』


「やっちゃいましょう!」


 ていうか、これ。

 音声とかゲーム音とか、ナーちゃんに聞こえてる?

 だったら静かにした方がいいのか……?


『ゲーム音は消してるから大丈夫よ』


 ──ッ!?

 テレパシー!?


『ちょっと休憩してるだけだから、あなたたちは気にせずやりなさい』


『ビックリしたぁ。ちょうど、音うるさいかな? って思ってたから』


「俺もです」


『あなたたちのことなんてお見通しなのよ』


『私もよくナキアのこと考えてるよ』


『ふふ。あらそう』


『うん。今度はどこの温泉行こうかなー、とか』


『ゆっくりできればどこでもいいわよ』


『ご飯美味しいとこがよくない?』


『この間は海の幸だったから、次は山の幸かしら』


『いいねー。じゃあ、そっち系でいいとこ探すね』


『出来る女はモテるわよ』


『えー、そうなの? でも私彼氏いないよ』


『ミチェに男が出来たら私が泣くわ』


『え!? 私一生、彼氏つくれないじゃん』


『一生私と一緒にいればいいのよ』


『えー、それはちょっとなぁ……』


『なによ』


『なんでもない』


 うーん、これ逆に俺がミュートにしてた方がいいのでは?

 ていうか、会話のゆるゆるした雰囲気とは裏腹に、ゲーム内のミチエーリさんがすさまじい。

 見つけた端から敵をバッタバッタと倒していってる。

 マジで強いな、この人。

 まさか2人でクラウン獲れちゃう?


『あ、アズマさんそっちいる』


「了解です」


『アズマさん、次こっち』


「了解です」


『アズマさん、私と大会出てね』


「了解です」


 って、はい!?


「え、今なんて言いました?」


『ん? 私と大会出てねって言ったの。いいよね、ナキア?』


『なんで私に聞くのよ。関係ないじゃない』


『もう誘ってるかなーって思って』


『締め切りが迫ってるのに大会なんて出てる余裕ないわよ』


『……アズマさんのクロファイ大会には出たのに?』


『あれは、……別よ。まだ余裕あったし』


『ふーん』


 いや、会話に入っていきにくい雰囲気出すのやめてくれません?

 配信じゃないから変に茶化せないし、逆にやりにくいんだが!?


『まあ、いいや。いい? アズマさん』


「えっと、大会ってなんのですか? EX.?」


『そう! 《レジェンダリーズカップ》!!』


「レって、ええ!? 《レジェンダリーズカップ》って、あの《レジェンダリーズカップ》!?」


『うん! 私、今回リーダー権持ってるんだ!』


「本気で言ってます!? だって《レジェンダリーズカップ》ってガチのストリーマーとかも参加する大会じゃないですか」


『いっつも盛り上がるよね!』


 盛り上がるどころの話じゃない。

 ツイッターのトレンドで1位を取るレベルの大会じゃないか!

 この間戸羽ニキとナーちゃんと参加した、《企画屋》主催の大会がお祭り的なカジュアル大会だとしたら、《レジェンダリーズカップ》は有名ゲーム実況者や、元プロのストリーマーや、何なら現役で競技シーンで活躍している人なんかも参加する、よりガチ感が強い大会になる。

 そこに参加って……。


『もしかして嫌だった?』


「いえ、そんなことありません。喜んで参加させていただきます」


 ははは! マジか!!

 いつか出れたらとは思ってたけど、まさかこんなに早くチャンスが来るなんて!

 あの《レジェンダリーズカップ》に出れるなんて、同接一桁の頃の俺に言ったって信じないよな!?

 うっわー、マジか!!

 すっげぇ、嬉しい!


『盛り上がってるところ申し訳ないけど、ちょっと吐きそう』


「トイレ行ってください!!」


『それかミュート!! 音は消して!!』


 結局この試合は20チーム中9位という中途半端な順位で終わった。

 敗因は、……ちょっと言いたくないな。

 いつまでも耳に残る嫌な音だった……。

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