第63話 俺が、東野アズマであるために──ッ!!

『懐かしいな。初めてアズマと対戦したのがもうずっと前のことな気がしてくるよ』


「たかが数ヶ月前のことですよ。あの時同様に、今回も勝たせてもらいます」


『たった一回の勝利でそんなに調子に乗って貰っても困るから。今回は僕が勝つよ。わからせだっけ? アズマに僕の強さを教えてあげるよ』


「戸羽ニキこそ忘れてるみたいだから思い出せてあげますね。俺の強さを」


『いいよ、わざわざ。どうせすぐに忘れる程度の弱さだろうし』


「やっぱりトップVTuberともなると、フラグの建て方まで極めてるんですね。今のが死亡フラグでよかったですか?」


『死亡フラグ? なんのこと? それよりアズマ。今日はひとつ言葉を覚えて帰りなよ。予告ホームランって言葉を』


「じゃあ、戸羽ニキもその身刻んで帰ってください。下剋上って言葉を」


『お~、コメント欄の盛り上がりもすごいね~。やっぱり因縁の対決だからね~。どんな勝負になるのか~、私も楽しみだよ~。それじゃあ~、2人の準備も出来たことだし~、対戦開始~ッ!!!!』


 ぴょんこさんの合図を皮切りに対戦が始まる。

 キャラクター選択は俺がビリチューで、戸羽ニキがシャドーボーイ。

 奇しくも俺がVTuberとしてのチャンスを掴んだあの対戦と同じ構図だ。

 ……まあ、多少はエモさを演出してもね、いいと思うんだよ。

 こういうのってリスナーさんたちも盛り上がるからさ。


 ただあの時と違うのは、戸羽ニキが初めから本気だってこと。俺のことを舐めてきてないってところ。

 でも、俺もあの時のままじゃない。

 みんなとの練習もそうだし、何よりレオンハルトと毎日のように対戦をしていた経験が、俺をあの頃よりも強くしてくれている──ッ!!


『アズマさ。強くなったのは自分だけだと思ってる?』


「……思ってませんが」


『本当に? 僕のこと、あの頃のままだって思ってない?』


「……どうしてそんなことを聞くんですか?」


『対戦してるのにわからない?』


「……戸羽ニキも、強くなってますね」


 ヤバい。さっきからずっと戸羽ニキのペースだ──ッ!!

 なんで!?

 こんなに強くなってるなんて想定外なんだけど──ッ!?


『今日の配信でもアズマや君のチームメイトが『勝ちたい』って言ってたけど、それは僕も同じなんだよね』


「──くっ」


 だからッ! なんでそれが読まれるんだよ──ッ!?


『あの日アズマに負けて、それで何も思わない程度なら、僕はトップVTuberって呼ばれるところまで来てないんだよね』


「この……っ」


『僕だって普通に思うんだよ、悔しいって。次は絶対に勝つって。だからさ、僕も仕上げてきたんだよ。今日アズマに勝つために──ッ!』


「あ」


 と、思う間に俺は撃墜されてしまった。

 クッソ!!

 シャレでも冗談でもない。

 ただでさえ強かった戸羽ニキの強さが、さらに洗練されている。

 記憶にある戸羽ニキよりも確実に強くなってる!!


「だからって『はい、そうですか』とはなりませんよ。俺だって今日は勝ちに来てるんですから」


『本当に? だとしたら、随分と舐められてるよね。その程度で僕に勝てると思ってるの?』


「……ですね」


 正直、ぐうの音も出ない。

 袈裟坊主さんに勝ったことで、どこか浮ついた気持ちだった。

 レオンハルトと積み重ねた経験が、自信でなく慢心になってしまっていた。

 だから、今の戸羽ニキの言葉に脳天を殴られた気分になる。

 強さを知っていたはずなのに。

 簡単に勝てる相手じゃないとわかっていたはずなのに。

 ……やらかしたな。


 ──パンッ!


 と軽い音が配信の乗る。


『ズマちゃん~……?』


「すみません、自分の頬を叩きました。気合、入れなおしました」


 不意に聞こえた肌をはたく音。

 心配してくれたぴょんこさんに応えつつ、俺は向き合うべき相手に言葉をかける。


「戸羽ニキ、ここから仕切り直しです」


『今度はガッカリさせないでよ』


「わかってます」


 調子に乗るな、俺。

 いくら注目度が高まっているとはいえ、まだまだ新人の駆け出しVTuberであることには変わりない。

 これからの俺の配信活動がどうなるかは、日々の積み重ねで決まる。

 ならば、いつ何時だって気を引き締めてかかれ。

 ゲームをしたり、みんなと楽しんだり、周りからは遊んでると思われるその言動のひとつひとつが、VTuber《東野アズマ》を形作ることを忘れるな──ッ!!


「行きます」


『来なよ』


 そして俺が今行うべきは、全力で戸羽ニキに勝ちに行くこと──ッ!!


『初めからその全力を見せて欲しかったな』


「失礼しました。でも、ここから先はガッカリさせたりしませんよ」


『頼むよ。アズマとの本気の勝負を楽しみにしてたんだから』


「はい」


 そう、戸羽ニキはさっき『ガッカリさせないでよ』と言った。

 それはつまり、俺に対して期待をしていたということ。

 あのまま調子に乗っていたら、俺はきっとその期待を裏切っていた。

 チャンスをくれ、EX.大会と言う大舞台に誘ってくれ、そして今回の企画にも乗ってくれた人の期待を裏切ろうとしていた。

 それは決してやってはいけないこと。

 それは決してやるべきではないこと。

 戸羽ニキの期待だけは、絶対に裏切っちゃいけない。


 胸に刻め、東野アズマ。

 今の俺があるのはこの人のおかげだということを──ッ!

 絶対に忘れるな、東野アズマ。

 同接者数一桁という地獄から、数万人のリスナーさんたちが見てくれる場所へ繋いでくれたのは、戸羽丹フメツだということを──ッ!!


『やっぱり強いね、アズマは』


「一度は戸羽ニキに勝った男ですから」


『だったら、この程度で負けるわけないよね?』


「当然ですよ。俺の実力はこんなものじゃありません」


 俺に今出来ること。

 それは、残り1ストック分を全力で戦うこと。

 残り1ストックで、本気で戸羽ニキに勝ちに行くこと──ッ!!

 そうじゃないと応えられない。戸羽ニキが俺にかけた期待にはッ!!

 勝つぞ、東野アズマ。

 この全身全霊の1ストックで、俺は戸羽丹フメツに勝つ──ッ!!!!!


『──ッ!?』


「ッ!!」


『……まだだよ』


「当然」


『──く』


「……マジか」


『よし』


「まだ生きてます」


『僕が勝つ』


「俺は負けません」


 時間にして僅か数分。

 だけど、とてもそうは思えない時間が流れ、そしてついに──、


『GAME SET』


 リザルト画面に大きく表示されたのは、……シャドーボーイだ。


『……勝ったぁ』


「クッソ! 負けたぁッ!!」


『決着~ッ!! 勝者は戸羽丹フメツ~ッ!!!!! すごかったね~、めちゃくちゃアツかったよ~ッ!!』


 いいとこまで行けたんだけどなぁ。

 最後押し切られたか……。


『さすがにあそこから2ストック目も落とされそうになった時はヒヤッとしたよ』


「結局1ストックしか落とせなかったですね。めっちゃ悔しいです!」


『またやろうよ。今度はお互いにイーブンな条件でさ』


「ぜひ。このまま負けたままなんて絶対に嫌ですから」


『あ、そっか。次僕が勝てばアズマに勝ち越せるのか』


「いやいやいや! 何があっても阻止しますから!!」


『あはは! やってみなよ』


「次やる時までに、また強くなっておきます」


『そのうちプロデビューとかしそうな勢いだ』


「どっちが先に競技シーンに参入するか勝負ですね」


『勘弁してよ……』


「冗談ですって」


『きっと裏でナキちゃんが興奮してそうなやりとりをしてるところ悪いけど~』


「変な形容するのやめてくれません!?」


『感動的なシーンだったよね!?』


『ツッコミも息ぴったりと言うことで~、ますます捗りそうだね~』


 最低だ、この人……。

 せっかく爽やかな感じで終わったのに!!


『いよいよ最終戦だよ~。リスナーさんたち~、準備はいい~?』


 おお、すご。

 コメント欄が今日一の盛り上がりを見せてる。


『2人の対戦がアツかった!』

『これはベストバウト』

『最後まで目が離せない!!』

『最終戦、はよ』

『めっちゃ期待』


 ……大丈夫かな、レオンハルト。

 こんなに注目されてる中で対戦するなんて。

 緊張でガチガチにならなきゃいいけど……。ちょっと心配。


『ねえ、アズマ。強いんでしょ? 最後の1人って』


「もちろん。俺も結構負けてますし」


『楽しみにしてるよ』


 そんな戸羽ニキの言葉を聞きつつ、俺は対戦枠の通話から退出する。

 みんなのところに戻るほんの一瞬前、誰にも聞かれないところで大きく息を吐く。

 ……楽しかった。

 戸羽ニキとの全力の対戦、めちゃくちゃ楽しかった!!


「よしッ! 最後、レオンハルトを応援しよう!」


 自らへ宣言するようにひとり言を漏らし、対戦の余韻を振り払う。

 さあ、いよいよこの企画も大詰めだ。

 頼むぞ、レオンハルト!!

 お前の勝利で締めてくれ──ッ!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る