第53話 てぇてぇは不足した頃に供給される

 合宿配信! と言ったところで何てことはない。

 ただ本番までの1週間は皆で一緒に配信しようというだけのものだ。

 時間も21時~23時のみ。

 本当の合宿のようにどこかに宿泊するわけでもなく、それでも気分だけは盛り上げようと軽い気持ちで企画したのだが……。


『待てやぁッ!! 勝ち逃げなんて許さないで!?』


『まだ負けたいの?』


『ふん。自分かてようやっとウォーミングアップが終ったところや! 今日はとことんまで付き合ってもらうで!?』


『さすがに100勝したら寝かせて』


『ええんか、そんなこと言うて。レオンハルト、お前一生寝れなくなるで?』


『後37勝か。30分で終わるかな。ふぁ……』


『あくび交じりで勝てるほど、自分は甘くはないで!?』


 合宿配信中はお互いに対戦をするもよし、リスナー参加型やランクに潜るのもよし、自分が対戦しているのを他のメンバーに見てもらってアドバイスを貰うのもよし。

 1日の内この2時間だけはガチでクロファイの練習をしようとだけ決めた、はずなのに……。


『ラナねえさん、どうすればそんなにメテオが上手くなるの?』


『うーん、どうって言われてもねー。敵が戻ってくるからそこに合わせてるだけー』


『それじゃあ、なんの参考にもならないよー。わたしだってスカッと勝ちたいー』


『えー、でもさあ、カレリンってリスナー戦の勝率だいぶよくなってなるよね?』


『まだまだだよー。アズマさんとレオンハルト君にはボコボコにされるし』


『あの2人と比べたらダメ。だってVIP帯のガチランカーだよ? 円那やポチだってたまに勝てるぐらいなのに』


『確かに! じゃあ、まずはラナねえさんとエイガさんに勝てなきゃだね!』


『それ、円那たちにならもうちょっとで勝てるって言ってる?』


『うん! だってわたし、今めちゃくちゃ成長してるから!!』


『……これはちょっとわからせないとだねー。次、ガチで行くから』


『え、今まで手加減してたの!?』


 盛り上がるのはいい。全然いいんだよ?

 たださぁ、盛り上がり過ぎはどうかと思うんだよ。

 いや、わかるよ。誰かと一緒にやる配信は楽しいもんね。1人でやるより誰かと一緒の方がいいよね?

 わかる。わかるんだけどさぁ、──さすがに5時間ぶっ通しはやりすぎじゃない!?

 しかも1日だけじゃないんだよ!?

 初日から今日に至るまで毎日だよ!?

 合宿なんて言ったのが、冗談でも何でもないぐらいやりこんでるんだよ!?


『にーちゃん。相手して』


『あれ、エイガはどうしたんですか?』


『今100勝したとこ。今日はもう終わり』


『……ここんとこ毎日、100勝するまで終われませんをやってないですか?』


『だって、納得しないし』


『時間、大丈夫なんですか?』


『だから最後に一戦だけ。ガチで』


『いいですけど』


 これもここ数日の、そして恐らく本番が来るまでの間でも恒例となるやりとり。

 レオンハルトは必ずその日の配信を終える前に、俺と一戦交える。

 お互いに本番を想定したガチな立ち回りで、本気の対戦をする。


『今日も勝つから』


『冗談でしょう? 2日連続で負けるわけないじゃないですか』


『行くよ』


 いつの間にか俺とレオンハルトがいる対戦部屋に他の3人が集まって観戦を始めるのも、これまたここ数日のお約束だ。

 そしてその日最後の一戦を終えて解散をしては、また翌日こうして集まる。

 楽しくて充実した日々の繰り返し。

 あんまりにも楽しくて、解散した直後にはまたすぐ集まりたくなったりもする。


『ほな、また明日な!』


『おやすみー』


『今日もありがとうございました! また明日!!』


『じゃあね』


『今日も遅くまであざまるうぃーす!! リスナーの皆さんもあざまるうぃーす!! おやすみなさーい!』


 時計を見れば、深夜2時30分を目前にしたところ。

 いやまあ、楽しいのは間違いないんだけどさ。ふと我に返ったら思う。

 みんなはこんな時間まで配信してて平気なの?

 特にカレンちゃんとレオンハルトは学生なんじゃないの?

 配信に夢中になり過ぎて単位を落としたとかは、本当にやめてね。頼むから。


「ん?」


 と、長時間配信の疲れから、若い2人に思いを馳せていると、まるでタイミングを計ったかのようにディスコードにチャットが来ていた。


『随分頑張ってるみたいじゃない』


『こんな時間まで起きてていいんですか?』


『クリエイターにとっては、むしろここからが本番よ』


『無理はしないでくださいね』


『私を心配なんて、ズマっちも随分偉くなったじゃない』


『偉くなくたって心配ぐらいはしますよ』


 ナーちゃんらしい物言いに思わず笑みが漏れる。

 元気そうなのは何よりだが、前に三徹してるって言ってたこともあったからな。心配に越したことはないだろう。


『ちゃんと食べてます? エナジードリンクばかり飲んでたら、本当に体を壊しますよ』


『ぬかりないわ。私ほど宅配サービスを使いこなしてる人間も、日本にはそうそういないんじゃないかしら』


『まさか毎食デリバリーしてるんですか!?』


『ええ、そうよ』


『さすが。稼いでますね』


 実際ナーちゃんの年収ってどれぐらいなんだろう。

 きっと社会人時代の俺が聞いたら羨ましくてしょうがない額を稼いでるんだろうな。……羨ましいのは今も変わらないか。


『この間はミチェがご飯を作りに来てくれたわ』


『一気に安心感増しました。さすがミチェさん』


『ズマっちはミチェのことを信頼し過ぎじゃないかしら?』


『少なくともナーちゃんよりは信頼を置けますよね』


『あの子、あれで結構だらしないのよ』


『それは意外です』


『今度あの子の部屋の写真を見せてもらうといいわ。そこそこ散らかってるわよ』


『まさかの汚部屋住まい!?』


『ちょっと。ミチェをバカにするようなことを言わないで頂戴』


『ナーちゃんが散らかってるって言ったんじゃないですか』


『そこそこよ、そこそこ。たまにVTuberがやってる汚部屋配信に比べたらかわいいものよ』


『ぬいぐるみとか飾ってそうですね』


『……変態』


『なんでですか!?』


『どうせミチェの部屋を想像して変なことを考えたんでしょ』


『すぐそういう発想になる辺り、ナーちゃんって感じですね』


『どういう意味よ』


『変態ってことです』


『それは私の個性に対する誉め言葉ね』


『受け取り方が前向き過ぎません!?』


『それはそうよ。ズマっちが変態と呼ぶ個性で、私はイラストレーターとしても配信者としても上手くいっているのよ?』


 強い。さすがナーちゃんだ。


『……もう寝るのかしら?』


『そうですね。そろそろ寝ようかと思います』


『そう』


 ──ッ!?

 え、通話……?


「もしもし……?」


『おやすみなさい』


「あ、はい」


『じゃあ、またね』


「ナーちゃんも早く寝てください」


『……善処するわ』


「努力してください」


『……おやすみ』


「ええ、おやすみなさい」


『あ、ちなみに』


「はい?」


『配信切り忘れてるわよ』


 そして通話が切れる。

 って、え──ッ!?

 待て待て待て待てッ!!!!!!!!!!

 ちょっと待てッ!!!!!!!!!!!!

 配信、切り忘れてるッ!?!?!?!?!?!?!?

 嘘だろッ!?!?!?!?!?!?!?


『てぇてぇ』

『てぇてぇ』

『てぇてぇ』

『てぇてぇ』

『てぇてぇ』

『てぇてぇ』

『てぇてぇ』

『てぇてぇ』

『てぇてぇ』

『てぇてぇ』

『てぇてぇ』

『てぇてぇ』

『てぇてぇ』

『てぇてぇ』

『てぇてぇ』


 ぐわッ!? コメント欄が『てぇてぇ』で埋め尽くされてるッ!!

 ヤバいヤバいヤバい。これはッ、マジでヤバいッ!!!!!!!


「あ、あはは。配信切り忘れてたみたいですね!! それじゃあ、皆さん改めて。あざまるうぃーす!!!!!!」


『てぇてぇ』

『てぇてぇ』

『てぇてぇ』

『てぇてぇ』

『てぇてぇ』

『てぇてぇ』

『てぇてぇ』

『てぇてぇ』

『てぇてぇ』

『てぇてぇ』

『てぇてぇ』

『てぇてぇ』

『てぇてぇ』

『てぇてぇ』

『てぇてぇ』


 ひとっつも挨拶が返ってこない!!

 ヤッバい!! これは完全にやらかしたッ!!

 ナーちゃんにも謝っておかないとッ!!


『何よ』


「すみません。配信切り忘れてて、さっきの通話音声が配信に乗っちゃいました……」


 うわー、ガチ炎上ものじゃないか、これは!?

 どうすんだよ!!


『ああ、そのこと? 大丈夫よ、知っててやったから』


「………………………………はい?」


 なんですと……?


『最初は切り忘れを教えようと思ったのだけれど、どこで気づくか試したくなっちゃったのよね』


「いやいやいや!! 何してるんですか!?」


『大丈夫よ。あとでツイッターでフォローを入れておくから』


「本当ですか!? ありがとうございます!!」


『じゃあ、もういいかしら? さすがに私ももう寝るわ』


「あ、了解です。すみません、本当に。それじゃあ、今度こそおやすみなさい」


『ええ、おやすみなさい』


 余りのやらかしにテンパった俺は、ナーちゃんがフォローを入れてくれると言ったことに安心して通話を切ってしまった。

 そしてシャワーを浴びて眠りに落ち、翌日目覚めた俺は瞠目することになる。


『ズマっちの切り忘れに気づいたから、あえて通話したわ。どう? 私からのてぇてぇの供給は。楽しめたかしら?』


 ナーちゃんッ!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?

 8千リツイートに、2.3万いいねとかされてるんですが!?

 ……勘弁してくれーッ!!!!!!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る