第42話 俺、何かやっちゃいました?

『企画書ガチ過ぎ~』


『さすがは元営業といったところか。中々に読みごたえがあったぞ』


『なんで上から目線なんだよ~。袈裟坊主が作る奴より~、ズマちゃんが出してくれた奴の方が~、よっぽど出来がいいよ~』


『ぴょんこはそもそも企画書を作らぬではないか』


『だって~、めんどくさいんだもん~』


『どう思う? 東野。この女、あらゆる事務作業を全てこちらに投げてくるのだぞ』


『袈裟坊主がやったほうが~、クオリティ高くなるんだよ~。適材適所ってやつ~』


「物は言いようって感じですね」


 前、職場にもいたなー。そうやって仕事を押し付けるだけ押し付けて、自分は何もしない人。ぶちのめそうかと思った。

 ていうか、袈裟坊主さんがぴょんこさんのことを『ぴょんこ』って呼んでるのが、地味におもしろい。あの渋めボイスからファンシーな単語が出てくるのってギャップあっていい。


『ズマちゃんまで私をいじめる~。知ってる~? ぴょん虐って需要ないんだよ~?』


『なんの話をしているのだ、お前は。また話を脱線させる気か?』


『そっちこそ~。また説教を始める気~?』


『お前が常々説教させるようなことをするからだろうが』


『袈裟坊主が~、気にし過ぎなんだよ~。ほらほら~、リラックスリラックス~』


「……あの、相談に乗っていただく前に、一個だけ聞いていいですか?」


『なに~?』


『なんだ?』


「お二人って仲いいんですよね……?」


『そうだよ~』


『でなければ、これだけ多くの企画を2人で運営しようとは思わないぞ』


「あ、わかりました。了解です」


 要はケンカップルか。

 さっきから言葉の応酬が辛辣で心配になってしまった。

 ケンカするほど仲がいいって言うもんな。


『そういうズマちゃんこそ~、どうなの~?』


「さて、早速相談の方なんですが」


『逃げるな~。男らしくないぞ~』


「逃げる? 何のことでしょう? それより俺はお忙しいお二人に時間を頂戴していることのが心苦しくてしょうがないんですよね。なので、早く始めましょう」


『まあ、待て。もしかしたら一緒に企画を運営するかもしれないのだ。お互いのことを知っておくのは大事ではないか。で、実際どうなのだ? 安芸ナキアとは』


「坊主って名前の割に俗世に塗れてるんですね」


『俗世間のことを知らぬままでは、真に教えを説くことは出来ぬと考えているのでな』


「でしたら俺のちっぽけな人間関係よりも、もっと救いに繋がる話がありますよ。日本に数多く存在する社畜という存在をご存じでしょうか? 現代において最も救いが必要な存在の筆頭と言っても過言ではありません」


『案ずるな、知っている。なぜなら俺もまた、元々は社畜のひとりだったのだから』


「え、そうなんですか!?」


『うむ』


『ねぇねぇ~、早く相談始めようよ~』


『まあ、待て。思えば同じ元社畜同士だと言うのに、その話がすっかり抜けていた』


『ダメ~。その話はまた今度~、二人きりでしてね~』


「何でですか? 俺、袈裟坊主さんの社畜話聞きたいですよ」


『ズマちゃん。それはこの後5時間は袈裟坊主に付き合うって意味だよ~? 私はやだ~』


「5時間は、確かにきついですね……」


『案ずるな。3時間でまとめてみせよう』


「それでも長いですよ!?」


『長すぎ~。却下~』


『ぬう。……そうか』


 残念そうな袈裟坊主さんには悪いが、さすがに人の社畜話をそんなに聞くつもりは ない。

 きっと苦労話を始めたら気持ちよくなっちゃうタイプの人なんだろうなぁ。

 わかる。わかるよ?

 自分がどれだけ頑張ってきたのかを聞いてもらうのが気持ちいいのは、めちゃくちゃよくわかる!

 でもさ、大体そういう話って聞いてる方はしんどくなっちゃうんだよね。


『それじゃあ~、話を戻すけど~。ズマちゃんはクロファイの大会をやってみたいってことでいいんだよね~?』


「はい。《企画屋》が前にやってたみたいなものを出来ればと考えています。もちろん規模とか、リスナーが集まってくる数とかは劣ると思いますが」


『私たちと張り合うの~? それは夢を見過ぎだよ~』


『うむ。そんなことになったら《企画屋》の名折れだな』


「別に張り合おうとは思ってないですってば。土台、無理ですし」


 この2人の企画力や運営力、集客力に勝てるVTuberなんてそうそういない。

 それこそ、どこかの大手事務所が公式でやるイベントぐらいじゃないと、《企画屋》を越えるのは無理だろう。


『ねぇねぇ~、ズマちゃん~。本音を言ってもいい~?』


「もちろんです。褒めてもらいたくて相談を持ち掛けたわけじゃありませんから」


『じゃあ~、遠慮なく言うけど~。これつまんないよ~』


『ぴょんこの言う通り。企画書としてはうまくまとまっているが、内容が新人VTuberたちによるクロファイ大会を行い、優勝者は戸羽丹フメツと対戦が出来るでは、リスナーが期待を寄せる企画にはなっていない。これならばまだフメツが行っていた、新人VTuberを発掘する企画の方が盛り上がるぞ。ゲリラだったしな、あれは』


『そう言えば~、ズマちゃんがフメフメと絡むようになったのは~、あの企画だよね~?』


「はい。チャンス到来! って思って参戦しました」


『あのフメツにクロファイで勝つとはな』


『ズマちゃんの場合は~、それだけじゃないよね~。ちゃんとトークもウケてたし~』


「めちゃくちゃ緊張してましたけどね。とにかく全力でやり切れ! って思って喋り倒しました」


『そしてそこから一気に成り上がり、今や安芸ナキアとてぇてぇをしている、と』


「やけに褒めてくると思ったら結局そこに繋げるんですか!?」


『何やってんだよ~、袈裟坊主~。今のはあからさま過ぎ~。もっと自然な流れで進めないと~』


「しかも共謀!?」


 なんだその連携!?

 一言もそんな素振り見せてなかったのに!!


「いいんですよ、その話は。それより企画の件ですけど、お二人だったらどんな内容のものにしますか? 参考までに聞かせていただきたいんですけど」


『う~ん。テーマはいいと思うんだよね~。新人VTuberの下剋上でしょ~? これはおもしろいよね~』


『それには同意だ。ただ、肝心の内容がテーマに沿っていないな。今のものだと、新人VTuberで優勝したらフメツと絡めると言うものになっている。これだとフメツへの下剋上ではなく、フメツとの絡みがご褒美になっている』


『そうなんだよね~。そうなると~、配信内容の8割近くが新人同士のクロファイになっちゃうから~、フメフメを目当てで来たリスナーはすぐに離脱しちゃうと思うんだよね~』


『戸羽丹フメツの名前を使って集客を考えているのなら、それはよくないな。フメツにはもう出演を依頼したのか?』


「いえ、まだです」


『先に私たちに相談してくれて正解だったと思うよ~。今の内容でやるなら~、優勝した新人VTuberはあのトップVTuberと一戦限りのコラボが出来る~、みたいにして~、サムネにもフメフメのシルエットだけ載せる~、ぐらいの方がいいよね~』


『もしくは新人の優勝者が決まった段階でゲリラとして登場するとだろう。だが、それだと驚きはあっても期待がないから、大会と呼べるほどの規模で開催は出来ないと思うが』


「確かにそうですね。ちなみにお二人が『新人VTuberの下剋上』っていうテーマで企画をやろうと思ったらどんなものにしますか?」


『もっとわかりやすくトップVTuberと新人VTuberの対立を煽るだろうな。例えばチーム戦にして、トップVTuber連合vs新人VTuber連合での対戦にするとか』


『それか~、立ち塞がるトップVTuberたちを相手にした~、勝ち抜き戦とかかな~。こっちの方が~、下剋上感は強いかもだね~』


「なるほど。ありがとうございます。チーム戦に勝ち抜き戦は、確かに面白そうですね。それだと戸羽ニキ以外のトップVTuberも呼べるから、注目度も上がって盛り上がりそうです。──ところで、ここにそうした要素を全て網羅した企画案があるんですが、ちょっと話を聞いてもらえませんか?」


『……え』


『……ぬ』


 さて、ここからが今日の大一番だ。


『ズマちゃん~、それってさ~……』


『お前まさか、準備してたのか……?』


「はい。まさかあんなガワだけの企画書で《企画屋》のお二人に挑もうなんて思いませんよ。あと3つほど企画案を用意してたんですが、お二人の意見をお伺いする限り、これが一番良さそうです」


『え、3つって言った~……?』


「はい。あと3つあります」


『本気過ぎないか……?』


「《企画屋》と渡り合おうと思ったら、これぐらいは準備しないと俺程度じゃ太刀打ち出来ないですからね。内緒にしてたんですけど俺、《企画屋》のファンなんですよ。あれだけ多くのリスナーを楽しませる企画をやってるぴょんこさんと袈裟坊主さんって、めちゃくちゃすごい! って思ってて、VTuberを始めたときに、いつか一緒に企画が出来たらなって夢見てました」


『これは~、やられたな~……』


『営業経験がある強さを見せられてるな』


「お二人ともどうされましたか? ご質問があれば先にお答えさせていただきますけど」


『ぷっ、あははは~!!!!! いいよ~、ズマちゃん~。もうその営業モードで話さなくていいよ~』


『くっ、ははははははっ!!!! 確かにな。これ以上続けられると堪えられなくなりそうだ。くくく。いい、いいなお前っ!!!!』


「……どういうことですか? 俺、めちゃくちゃ真剣にお二人に相談させてもらってるんですけど」


『あははは~! ごめんね~。笑っちゃって~。でも楽しくなっちゃって~』


『ぴょんこの言う通りだ。くくく。東野。お前、仕事の出来る男だな!!』


 ぬ、この反応ってもしかして。

 クライアントが契約を結んでくれる時と同じものでは!?


『やろうよ~、この企画~。ていうかやる~。私はやるよ~』


『俺もだ。むしろやらぬ理由がない』


「え、本当ですか!? 内容をまだ話してないのに!?」


『企画の内容とかより~、ズマちゃんと一緒にやったら楽しそう~って思っちゃったほうが大事かな~』


『ぴょんこに同意だ。内容よりも誰とやるか、だ。せっかくVTuberをやっているのだだから、自分が面白いと感じたものを、やりたいと思える者と共にやって楽しむのが一番だ。俺は今、お前と共に企画をやりたいと思ったぞ、東野アズマ』


「そう言ってもらえるのは嬉しいですが、せっかくだしプレゼンも聞いてもらえませんか? 俺、本当にガチで準備してきたんで」


『わかったわかった~。いくらでも聞くよ~。もうこの際全部聞かせて~』


『どうせなら他の3つも全て聞かせてくれ。面白そうだ』


「え、いいんですか? 全部やると2時間ぐらいかかりますよ?」


『大丈夫~。袈裟坊主の社畜話よりは短いから~』


『あ、ちょっと待て。それなら先にトイレに行ってくる』


 結局この日は2時間で4つの企画をプレゼンし、その後に結局袈裟坊主さんの社畜時代の話を聞くことになり、なんだかんだ5~6時間も話をしていた。

 さて《企画屋》の2人との企画が、どれだけ盛り上がるか、今から楽しみだ。

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