第32話 ラブコメは、始まってそうで始まってない……?
「お寿司だ~♪」
「はいはい。お寿司ですよ」
「なんか疲れてますね」
「あれだけ連れまわしといてよくそんなことが言えるな」
「え~、だってアズマさんが特に買う物ないって言うから」
「カレンちゃんだって何も買ってないじゃん」
「わかってないですねー。女の子が買い物って言ったら、見て楽しむことも含まれるんですよ」
「見るだけで終わるとは思わないじゃん」
「まあ、ぶっちゃけネットの方が安いので」
「それはぶっちゃけ過ぎだ!」
えへへ~、なんて笑ったって誤魔化されないからな!!
散々人を連れまわされて、挙句の果てにはネットの方が安いからなんて、身も蓋もないことを言われた身にもなってくれないか!?
「アズマさんって何が好きなんですか?」
「アジ、ぶり、赤身。あとアナゴ」
「じゃあ、わたしも同じやつで」
「食べたいもの食べていいよ」
ここまで来たら腹をくくる。ちょっとぐらい高かろうが目をつむろうじゃないか。
「実はお寿司ってあんまり食べたことないので、よくわかんないんですよね」
「実家で食べたりしないの?」
「うちの親、生ものが苦手なんですよ。焼き魚とか煮つけとかはよく食べたんですけどね」
「珍しいね」
「アズマさんのお家は違ったんですか?」
「うちは逆だったなー。何かあれば大体寿司だったし。子どもの頃も、誕生日とかケーキの横に寿司が並んでたよ」
「え、食べ合わせ……」
「引かないでよ」
まあ、確かに今思うとどうなんだって絵面だけどさ。
いいんだよ、子どもの頃の思い出なんだし。
「わ、お寿司って本当にこんな風に並んでるんですね」
「本当に食べたことないんだ」
「友達と回転ずしに行ったことはありますよ」
「食べたことあるじゃん!! なんで嘘ついた!?」
「回らないお寿司は食べたことないって意味ですよ。それぐらい察せないと女の子検定に合格できませんよ?」
「まずそんな検定があることすら初耳なんだけど」
「えぇ、本当ですかぁ!? アズマさん、それはおじさんになりつつあるってことですよ」
「やめろ! まだ俺は25歳だ!!」
まだ! まだお兄さんで通せる年齢だぞ!?
25歳ならまだ「四捨五入したら30歳だよー」って冗談が、冗談で済む年齢なんだぞ!?
「ちなみに女の子検定1級に合格するには、完璧な女装を身に着けなきゃいけません。アズマさん、頑張って美少女になる練習してくださいね♪」
「ナーちゃんみたいなこと言うのやめてくれない!?」
あんなのは周りに1人いれば十分なんだよ!!
「む」
「? どうしたの? ワサビが苦手だった?」
「辛いのは大丈夫です。むしろ好きです。あーあ、今の一言でアズマさんは女の子検定が不合格になりました」
「そもそもそんな検定が存在しないじゃん」
「ノリ悪いですよ。いつもの配信みたいにツッコんでくださいよ」
「こんなところであんなノリで会話出来るわけないよね」
いや、割と配信に近いノリでツッコんでたタイミングがあるかもだけど、それはそれとして。
「昨日の夜なんてすごかったじゃないですか」
「昨夜って、あー……。あれは酔ってたし」
やっぱりすごかったのか、昨夜の配信は。
そりゃそうか。
もうね、アルコールとオイラカートの組み合わせはダメだって。
どうしたってとんでもないテンションになっちゃうし。
「アズマさんはズルいですよ」
「え、何突然?」
「わかんないんですか?」
やめてくれー。そういう問いかけはマジでやめてくれー。
それで的外れなこと言うと、「なんでわかんないんですか!?」とか言い出すんだろ?
知ってるぞ、俺は。
忙しすぎてテンパった後輩の女の子とかが、それで泣き出した場面を何度も見てきたからな!!
地獄の様相っていうのは、ああいった風景を指して言うんだ!! ……もう二度と経験したくない。
「安芸ナキア先生と、てぇてぇな関係になっちゃったんですよね……?」
「いや、あれは周りが勝手に言ってることだよ!?」
「でもでも、安芸ナキア先生と仲がいい月々ぴょんこさんも言ってましたし、コメントでもたくさん流れてたじゃないですか!!」
「俺は一言たりとも認めてませんが!?」
アーカイブ見直して!!
「わたしだって、てぇてぇしたいのに……」
「え」
あれ、え、待って。まさか告白!?
え、マジで!? 俺今、カレンちゃんに告られてる!?
「わたしだって安芸ナキア先生とてぇてぇしたいんですよ!?」
「ですよね!? 憧れだって言ってましたもんね!! これはセーフ。ギリギリセーフ」
あっぶねぇ。危うく痛い勘違い野郎になるところだった。
ギリギリ致命傷は避けたッ!!
「なんで落ち込んでるんですか?」
「自分の痛々しさを目の当たりにしたからかな」
「?」
「お寿司、美味しいね」
「……はい。って、そうじゃなくてですね! アズマさん、あの話は本当なんですか!?」
「あの話って?」
「安芸ナキア先生からイラストをプレゼントされたって言ってたじゃないですか!!」
「あー、言ったね。うん」
「本当なんですか!?」
「本当です」
「見せてください!!」
圧、つよ。
なにこれ。なんで俺、こんなに詰められてるの……?
「こちらです」
「くぁwせdrftgyふじこlp!?!?!?!?!?!?!?」
「公共の場で限界オタクになるのやめてくれない!?」
「こ、これ。ここここれっっっっっ!?!?!?!?」
「さすがナーちゃんだよね。めちゃくちゃカワイイ」
「ズルいですよアズマさん!! あ~カワイイなぁ。いいなぁ。わたしも欲しいなぁ」
「VTuberを続けてたらチャンスはあるんじゃないかな」
「ですよね!? そうですよね!? わたしもそう思ってVTuber続けてますから!!」
「自分のアバターを推してもらうためじゃないのかよ」
「それもそうですが!! 人間はきれいな動機だけじゃ戦えません!! やはり欲望。欲望こそが人間の原動力」
「よくそんな悪役みたいなことが言えるな」
もうちょっと自分のビジュアルに則した発言をして欲しいところではある。
「ということでアズマさん。コラボしましょう」
「なんでそうなる?」
「わたしが安芸ナキア先生と繋がるためです! 他に何があるって言うんですか!!」
「逆にそれしかないの? EX.をうまくなりたいとか、そういうさ」
「それもこれも安芸ナキア先生と繋がるためです!! わたしも一緒に大会に出たいです!!」
「ああ、うん。まあ、はい。頑張ろうか」
カレンちゃんがその域に達するのに一体どれだけの時間かかるやら。
ん? 待て。もしかして俺ってそれまでカレンちゃんに付きまとわれるの?
「ちなみにアズマさん、今日の配信予定はなんですか?」
「残念ながら先約があるのでコラボは出来ません」
「まさか安芸ナキア先生と!? 許せませんよ、それは!!」
「違うから!! それにナーちゃんはしばらく締め切りで忙しいから配信出来ないって言ってたし」
「てぇてぇを見せつけないでくれませんか!? なんですか、もう彼氏ヅラですか!?」
「アーカイブ見直してくれない!? 頼むからさぁッ!!」
「そうやっててぇてぇを見せつけてくるんだぁ~。このドSッ!!」
「だから公共の場だって言ってるだろ!! もうちょっと静かにしようか!?」
あ、ほら。お店の人がこっち睨んでるし。
嫌だからね!? せっかく美味しい寿司を食べてるのに、店から追い出されるなんて後味の悪い終わり方は!
「安芸ナキア先生とじゃないなら、誰とコラボするんですか」
「あ、聞いちゃう? それ聞いちゃう?」
「いいです。結構です。しゃべらなくて大丈夫です」
「まあまあ、そう言わずにさ。聞いてよ、すごいから」
「しょうもない自慢話をされるのだけはわかりました。あの、本当に話さなくていいですよ?」
「いやいやいや、カレンちゃんしかいなからさ。数少ないVTuber活動の自慢話聞いてくれる知り合いってことでさ」
「そんなところで特別感を出されても困ります。やっぱり女の子検定は不合格ですね」
「すごいから、本当に」
「あ、もうわたしの話は聞いてませんね」
「今夜のコラボ相手はなんと、戸羽ニキに加え埼京ツルギさんと英雄さんなんだよ!」
「本当にすごい話だった!?」
だからすごい話だって言ったじゃん。
いやぁ、今から楽しみだなあ。どんなコラボになるんだろう。
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