第31話 肉のち美少女。つまりは今日は最高の1日ってこと!?

第31話 


 ファンアートありがてぇ~~~。

 移動中の電車の中、スマホを見てニヤニヤしている不審者と化している。

 でもしょうがなくないか?

 エゴサをしたら少なくない数のファンアートが出てくるんだぞ?

 つい数週間前までは《東野アズマ》って検索しても、自分自身の活動報告以外は一切ヒットしなかったのに……。

 あ~、マジでありがてぇ~。

 俺、というか東野アズマを見つけてくれてありがとう。


「っと。危ない危ない」


 スマホを見るのに夢中になり過ぎて、危うく目的の駅を乗り過ごすところだった。

 ファンアートや昨夜のEX.大会の感想なんかは、あとでゆっくり楽しむとしよう。


「ふぁ~。ねむ」


 あくびを噛み殺しつつ駅を歩く。

 打ち上げが終わり楽しい余韻に浸りながら眠りに落ちた俺は、昼過ぎまで爆睡をかましていたようで、目を覚ましたらすっかり日が昇っていた。

 空腹のままぼんやりした頭で思ったのは、焼肉食いてぇ、だった。

 寝起きのくせになぜだか猛烈に肉が食いたくなった俺は、その欲求に従うように家を出て、こうして街へと繰り出しているのだった。

 ……ていうか、電車まで乗る必要はどこにもなかったんじゃないか?


「ま、いっか」


 せっかくだしこのまま気晴らしでもして帰ろう。

 まずは焼肉だ。

 空きっ腹が今か今かと肉を求めているのがわかる。抑えようのない食欲だが、だからこそ今はまだ我慢だと言い聞かせる。

 食欲とは高めれば高めるほどに、口にした肉が美味く感じるように出来ている。

 じっくりと焼いた肉にタレを付け、チョンと白米の上で遊ばせてから堪能する。

 ……ヤバい。想像しただけで涎が出てきた。


「久しぶりだな~」


 向かった先にあるのは、一軒の焼き肉屋。

 社畜時代、営業からの帰り道にたまに立ち寄っていた店だ。

 優梨愛さんと一緒に来たこともあれば、今日のようにどうしても肉が食いたくてひとりで来たこともある。


「いらっしゃいませ~」


 出迎えてくれた店員さんにひとりである旨を告げると、奥まったところにある席へと案内される。

 空腹を躾けるようにメニューを開き、ゆっくりと眺めていく。

 まず真っ先に目についたのはタンだ。ここのタンはそこらで食べるものより格段に分厚く、味もしっかりしているため好きだった。

 だが、今の気分は違う。

 そう、今俺が食いたいのは肉!! といったインパクトを与えてくれるものだ。

 よし、決めた。


「すみません。カルビ定食で。あ、ライスは大盛で。はい、お願いします」


 メニューを閉じ、頼んだものが運ばれてくる間に嫌らしくならないよう、軽く店内を見渡す。


「……ごくり」


 ちらりと見えた他の客の卓には、今まさしく焼かれている肉が……。

 一目見れば、瞼の裏に焼き付いて離れないテラリと光る肉汁。

 見ただけでわかる。

 あの肉に一口かぶりつけば、それだけで俺は幸せになれる。


「お待たせしました~」


 まさに満を持してといったところか。

 店員さんが運んできてくれたトレイには、注文した通りにカルビが並び、そして茶碗の上に山と盛られた白米が、これまた食欲をそそる。

 俺は今日この時のために生きていたのだと実感させられる光景に、自然と手を合わせていた。


「いただきます」


 熱した鉄網の上に丁寧に肉を並べていく。

 ジュ、という音に最大級の愛おしさを感じる。

 焼けていく肉を見ているだけで白米を食べることも出来るが、グッと堪える。

 今少しでも食べてしまえば、我慢に我慢を重ねた至高の一口目が損なわれる。

 少し手を伸ばせば、そこには救いが待っている。しかし決して手を伸ばさずにいることを自らに強いる。もしかしたら巡礼者とはこのような気分なのかもしれない。

 極限までの空腹と、寝起きから1時間も経っていないぼんやりとした頭で、どうしようもなくくだらないこと考える。

 いやもう、ただただ腹が減って死にそうなだけんだけど、それが逆にハイになっているというか、配信が盛り上がってきたところでめちゃくちゃ腹が減ってきた時の感覚に似ているかもしれない。


「……では、改めて。いただきます」


 さっきも言っただろうが、というツッコミはセルフスルーし、とんでもなく美味そうに焼けた肉を一口食べる。

 ここから先の記憶は俺にはない。

 ただ、どうしようもない幸せを堪能していると言う恍惚とした時間を過ごし、気が付けば店を後にしていた。


「ふぅ~」


 いやいやいや。ごちそうさまでした。

 やっぱり肉はいいね。

 焼肉でしか得られない幸福がこの世にはあるって実感できる。


「あれ、アズマさん?」


「え?」


 さて、これからどうしようかと思った時だった。

 不意に声をかけられた方を振り向けば、そこには見知った美少女が立っていた。



「カレンちゃん? いきなり声をかけられたからびっくりしたー」


「私もですよ! いきなりいるんだもん。何してるんですか?」


「焼肉を食べてた」


「ずるーい!! なんで私を誘ってくれなかったんですか!?」


「なんでって。ひとりで行きたい気分だったから?」


「ぼっち飯ってやつですか?」


「その言い方は失礼だね!?」


 なんかすごい久しぶりな気分。

 ずっとEX.大会の準備をしてたからかな。


「人気VTuberですもんねー。いいお肉を食べてきたんだろうなー。私も食べたかったなー」


「すぐそこの小汚い焼き肉屋だよ。昼間はサラリーマンがたくさん来るような店」


「でもでも、お肉ですよ!? 焼肉なんて最後に食べたのいつ以来だろう……」


「さて、腹ごなしに買い物でも行くかな」


「なんで無視するんですか!?」


「付き合ったらそのまま焼肉に連れて行かれそうだったから」


「いいじゃないですか。美少女と焼肉ですよ!? むしろ積極的に行きたくなるのが男ってものじゃないんですか!?」


「自分で自分のことを美少女って言うか、普通?」


「だってわたし、可愛いですもん」


 それは否定しないけど。ていうか、出来ないけど。

 学校でめちゃくちゃモテてるんだろうなってのが、ものすごいイメージ出来るし。


「じゃあ、買い物に付き合ってあげますから、美味しいお店に連れて行ってください」


「なんでそうなるんだよ」


「……久しぶり会えたから。ダメですか?」


 いやぁ、美少女ってズルいな!?

 そんな風に聞かれてダメって言える男はそうそういないぞ!?


「わかった。でも焼肉はなし。さっき食べたし」


「じゃあ、お寿司ですね!」


「回転寿司か。久しぶりだな」


「なんでそうなるんですか! 回らないお寿司に決まってるじゃないですか!!」


「俺のどこにそんな金があると思ってる!?」


「人気VTuberなんだからいいじゃないですか!!」


「収益化が通ったのはついこの間ですが!? まだ一円たりとも入って来てませんが!?」


「社会人だったんじゃないんですか!?」


「その時の貯金を切り崩してんだよ。無駄遣いなんて出来ません」


「焼肉には行ったじゃないですか!!」


「1200円の定食ですが? ちょっと贅沢しただけですが!?」


「う~~~~~」


「そんなふくれっ面をしたって、ない袖は振れません。ほら、行くよ」


「ぶー。けちんぼ」


「けちんぼで結構。生活がかかってるので」


「あ、じゃあ。アズマさん家に行きましょう!」


「は!? それこそなんで!?」


 意味わかんないんだが!?

 さすがに学生を家に連れ込む気はサラサラないぞ!?


「私が料理上手だってことをアズマさんに教えてあげます!」


「結構です。遠慮します」


「お寿司もダメ。手料理もヤダ。アズマさんはワガママですね」


「それは心外過ぎるが!?」


「アズマさんも男ならちょっとカッコいいところ見せてくださいよ」


「どこでそんな殺し文句を覚えてきた!?」


「ふふーん。秘密です♪ ……それとも、知りたいですか?」


「いいえ。全く。これっぽちも知りたくありません」


「いくじなしですねー」


「なんでそこまで言われなくちゃならないんだよ」


「だってお寿司奢ってくれないし」


「はあ。わかったよ。買い物に付き合ってくれたらお寿司食べに行こう」


「わーい、お寿司ー♪」


 いいように手のひらの上で転がされてる気がするんだけど、きっと気のせいだよね!? 気のせいってことでいいよね!?


「アズマさんの買い物なんてさっさと終わらせてお寿司に行きましょう!!」


「もうちょっと奢ってもらう身としての謙虚さを見せてくれない!?」


「へぇ~、アズマさんっておとなしい女の子が好みなんですね」


「そうとは言ってない!!」


 メスガキっていうかクソガキじゃねぇか、初対面の初々しさを思い出してくれ!!

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