第22話 作業するときはASMRを聞くに限る
『ふふ、くすぐったい? もっと耳をこしょこしょしてあげるね。こしょこしょー』
戸羽ニキとナーちゃんとの配信を終えた後、俺は改めてEX.大会の概要を確認していた。
チーム優勝にしろ個人での賞金獲得にしろ、とにかく勝たなければならない。
となれば大会本番までの残り5日間、出来ることはやっておくに限る。
『もっとして欲しいの? しょうがないなぁ。じゃあ、次はふーってしてあげるね。ふふ、緊張してるの? 大丈夫だよ、優しくしてあげるから。いくよー? ふー』
とは言え正直、俺のファイト能力はナーちゃんには劣る。
彼女が本気でキルを取りに行こうとすれば、俺より遥かに高い戦闘力で俺が倒すより先に敵を倒してしまうに違いない。
戸羽ニキも戸羽ニキで、俺とどっこいどっこいの戦闘力を持ってるしなぁ。
……ていうか、冷静に考えてうちのチーム強くない?
『ふふ。わたしは君といられて幸せだよー? 君はどうかなー? ふふ、嬉しい。これからもわたしと一緒にいてね♡』
残り5日間で連携を高めていければ、割とチーム優勝に食い込めるんじゃないだろうか、と自惚れてもいいぐらいには個々の実力はあると思う。
そうなるとやっぱり俺自身の課題は、あの2人と行動しつつどうやって個人のキル数を伸ばしていくかだな。
こういう時は頭の中でいくら考えていたってしょうがない。ノートに書き出しつつ、自分が何をするべきかを探っていくに限る。
やっぱり優梨愛さんって優秀だったんだな。あの人から教わった仕事の方法がVTuber活動でこんなに役立つとは思わなかった。
『ねぇねぇ、君はわたしのこと好き? わたしは君のことが大好きだよ。これからも幸せな時間を過ごしたいな♡』
使用キャラクターに武器の組み合わせ、そしてバトルフィールドに関する理解度。
この辺をとにかくEX.プレイヤーがアップロードしている動画を参考に、詰めていくところからかな。
パターン化出来るものはパターン化して頭の中に叩きこむ。練習が必要なところは、とにかく後5日で出来る限り練習をする。
そしてこれが何より重要だが、出来ることと出来ないことを自分の中ではっきりとさせておこう。
この先あの2人との練習配信も毎日行う。その時に、戸羽ニキやナーちゃんより秀でてるものと劣っているものを確認していく。
俺が2人に絶対勝てるものを見つけるんだ。これが活かせる展開まで持っていければ絶対に勝てるってものさえあれば、あとは当日の立ち回りで自分の強みを活かせるチャンスを掴むだけだ。
『ねぇ、今夜はもうちょっとだけ続けてもいいかな? なんだかこのまま終わるのがさみしくなってきちゃった』
とりあえず動画を漁って勉強するかと、やるべきことを書き出したノートから目をあげれば、モニターには可愛い美少女が映し出されていた。
「あ、カレンちゃんの配信見てたの忘れてた」
本人に言ったらぶん殴られかねない。よかった、ひとり言で。
にしても、こんなASMRの配信を聞いてたってのに、全然入ってこなかったな。
どれだけ集中してたんだ。
『次は何して欲しいのかな? もう一回ふーってする? それとも今度は耳かきの方がいいかなぁ?』
うーん、やっぱりASMRっていいな。
雑談配信なんかと比べても格段に距離感を近く感じる。
ヘッドホンをしてれば本当に耳元にいるんじゃないかって聞こえ方をするから、ちょっと甘い声で囁かれただけでゾクゾクしてしまう。
『くすぐったい? でもダーメ。やめてあげないから♡』
は? 可愛いんだが!?
そりゃチャンネル登録者数も伸びるわ。そう言えばちょっと前に『わたしも収益化申請できるようになりました!』ってチャットが来てたっけか。
本当によかった。頑張ってるのに見てもらえないのが一番キツイからな。
『あ、ちょっと君ぃ。今、おやすみってコメントした君だよ。もう寝ちゃうの? どうして? わたし、さみしいよ……』
あ。さっきまでは集中してたからいいけど、一回ちゃんと聞き出すと抜け出せなくなる。
ダメだダメだ。俺にはやらなきゃいけないことがあるんだから。
『もっと一緒にいてよ。ダメ? あとちょっとだけでいいの。ね? お願いだからぁ』
うーん、俺も一緒にいたいのはやまやまなんだけど、ごめんッ!!
いや、しれっと配信画面から移動すればいい話なんだけど、なんとなく。
ASMRの距離感の近さがよくない! これはしょうがないこと!!
なんて心の中で思いつつ、あっさりと配信画面を閉じる。
さて、何の動画を見ようか。
EX.が上手い人の解説動画にするか?
でもなぁ、今更初歩的なところを見返してもしょうがない気もするし……。
うーん、まずは戸羽ニキとナーちゃんのことを知ったほうがいい気がするな。あの2人の得意不得意がわかれば、チームで立ち回る際の参考になるし、俺がどこであの2人に勝てるかわかるし。
「そうしたら前回の大会の動画かな」
戸羽ニキは埼京ツルギと英雄の2人と出てたってことだし、あの2人も招待ポイント高いから対策しておければ当日勝てるかもしれない。
うん。そうと決まれば前回大会の戸羽ニキの切り抜きを探そう。
あれだけの人気VTuberがチームを組んでたんだ。
戦闘してる切り抜きなんてゴロゴロしてるだろう。
「ほらな? 無限にあるじゃん」
予想通り。
ありがたいことに練習の時の切り抜き動画まであるよ。
やっぱり人気VTuberは違うな。俺もいつかこれぐらいの切り抜き動画がアップロードされるようになるんだろうか。
よし、今夜は戸羽ニキの動画を一通り見ていこう。
そして明日の練習配信までにナーちゃんの動画をチェックしておけば、練習の時には2人の立ち回りに対してもそれなりの理解度で臨めるだろう。
そう思って戸羽ニキの動画を見始めてしばらくした時だった。
ディスコードに一通のチャットが届いていた。
『どうして今日の配信、最後まで見てくれなかったんですか?』
カレンちゃんからだった。
ていうか、え。今までだって途中で抜けることなんてあったじゃん。
なんで今になってこんなチャットが?
『またあの女の人と一緒にいるんですか?』
あの女の人って優梨愛さんのことだよな?
いやいや、だとしたらさすがに昨日の今日だよ?
そんなわけないじゃないか。
『いないよ。俺はひとり』
『じゃあなんで最後まで見てくれなかったんですか』
レス早!?
文章を打ち込んでこの速度!?
『EX.の大会に向けて準備しようと思って』
『わたしより100万円を取るんですか?』
カレンちゃん……?
どうした? なんだそのテンション?
『なんて、冗談ですよ。びっくりしました?』
『びっくりって言うか、どういうテンションなのかわからなかった』
『あ、察せない男子はモテませんよ』
『察してもらいたがりの女子もモテないよ』
というか、めんどくさい。
全部が全部『わたしのことわかってる?』ってテンションで来られると鬱陶しくなる。
仕事を円滑に進めるために察しながらコミュニケーション取ることほど馬鹿らしいことはないと思う。
『最近はわたしの配信を見に来てくれる人が増えたんですよ』
『見た見た。収益化申請もしたって言ってたし、本当におめでとう』
『アズマさんのおかげです』
『カレンちゃんが頑張ってるからでしょ』
『でも、実際EX.の配信とかするようになってから、増えたんですよ』
『色んな人が興味を持ってくれるようになったってことだよ』
『アズマさんのファンとか?』
『それもあるかも』
『じゃあ、やっぱりアズマさんのおかげですね』
そして重ねるようにもう一文送られてくる。
『これはお礼です。特別ですよ?』
動画ファイル? なんだ?
『アズマさーん。いつもありがとうございます。EX.の大会、がんばってくださいねー。応援してますよー。フレー♡ フレー♡ がーんばれ♡』
まさかの俺専用のASMR音声だった。
ヤバいな、これは普通に嬉しい。
『ありがとう。頑張るよ』
『賞金で焼肉奢ってくださいね!』
『おい』
俺の感動を返せ。このメスガキが。
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