第19話 センシティブは止まらない

「ふぁ……」


『眠そうだね』


 ヤバ。配信中にあくびをしてしまった。


「すみません。昨夜が徹夜だったもので」


『あら、ドスケベね』


「その感想は意味わかんねぇからな!?」


『アズマさん、口調口調。崩れてるよ』


 はっ!?


「いきなりとんでもないこと言われたので、つい。気を付けます」


『いや、今のはしょうがないよ。僕だって同じようにツッコんだと思う』


『フメツとズマっちがツッコみあうですって!?』


 どんな空耳だよ。当然スルー。

 ナーちゃんとの距離感をわかっている戸羽ニキもその辺はしっかり弁えている。

 何かしゃべることすら地雷になると思っているのか、黙ってEX.に集中している風を装っている。


『ちょっと、なんで無視するのよ』


「え、ナーちゃん何か言った? ごめん、電波悪くなってたみたい」


『あら、それじゃあ今度から配信は私の家でするのはどう? 電波が悪くても私の言葉を聞き逃すことはなくなるわよ』


「さすがの俺も自分の貞操を粗雑に扱うつもりはないですよ」


『ちょーっとだけイラストのモデルになってくれるだけでいいのよ。顔出しが嫌なら下半身を出してくれるだけでいいわ』


「いい加減黙れよドピンク脳のド変態イラストレーターが」


『ドSボイスを出すならもうちょっと低めの方が私の好みね。リテイクを要求するわ』


「なんで俺がナーちゃんのリクエストに応えないといけないんですか」


『大会で優勝するためよ。私がオーダーするのが一番強いんだから当然でしょう?』


「ドSボイスのどこがオーダーだって言うんですか!?」


 ていうか、戸羽ニキはいつまで黙ってって、ミュートにしてる!?


「戸羽ニキ、ディスコードがミュートになってますよ」


『ん? ああ、ごめん。ちょっとご飯食べてた』


「今、配信中ですよ!?」


『僕の配信ではよくあることだから大丈夫』


 だとしてもだっ!! いつ戦闘が始まるかわかんないんだぞ!?

 雑談配信でやるならともかく、今ゲーム中なんですけど!?

 戸羽ニキもナーちゃんもフリーダム過ぎない!?


『それに、ナキア先生とアズマさんがイチャついてるのを邪魔しちゃ悪いかなって』


「今のやりとりがイチャつき!? 戸羽ニキ、耳掃除はしっかりした方がいいですよ」


『毎晩シャワーを浴びた後にやってるよ』


「じゃあ、腐ってるんですね」


『ひどいなー。僕の耳はいたって健全だよ。ほら、右から来てる敵の足音もちゃんと聞こえてる』


 あ、本当だ。敵が来てる。


「これ、どうします? ファイトします?」


『当然よ。敵は蹂躙するに限るわ』


『発言がラスボスなんだよなぁ』


 戸羽ニキの感想には至極同意だが、実際ナーちゃんはバカ強い。

 今日みたいに適当にカジュアル戦を回していれば、まさしく蹂躙と呼ぶにふさわしい立ち回りを見せてくれる。

 ……なんでこの人イラストレーターなんだろうな。プロゲーマーでも通用しそうなのに。


『歯ごたえないわねー。もうちょっと楽しませないよ』


『やっぱりどこからどう聞いてもラスボスなんだよなぁ』


「次のマッチで俺と戸羽ニキは自滅しません? 一回ナーちゃんの完全ソロでの立ち回りを見てみたいんですけど」


 割とあっさりとクラウンを取ってしまいそうな気がする。

 その姿がイメージ出来るだけで十分すぎる以上に強い。


『あら、ということはズマっちが美少女になってくれるってことかしら』


「なんでですか!?」


『人にお願いをするんですもの。それ相応の対価を要求されるのは当然のことじゃないかしら?』


「対価と呼ぶには重すぎるんですよ! ていうか、まだそのネタ引っ張るんですか!?」


『ナキア先生はハマってるジャンルにはとことんいくからね』


「戸羽ニキを美少女にすればいいじゃないですか!!」


『ダメよ。フメツはもう私の相手をしてくれないもの』


『相手の反応を欲しがっちゃう辺りダメだよね。そういうのは一人でやっててほしいって、アズマさんも思わない?』


「俺を巻き込まないでいてくれるなら何でもいいです」


『それは諦めなさい。私をナーちゃんと呼んでくれるあなたを手放すはずないじゃない』


 くっそー、ターニングポイントはとっくに過ぎ去ってたか。


『あ、そうだ。明日の夜は明けておいてね』


『あら、フメツからのお誘い? 珍しいこともあるものね』


『このパーティーも僕が誘ったんだけどな』


『細かいことを気にするなんて、ケツの穴の小さい男ね』


 今、絶対『ケツの穴の小さい男』って言いたかっただけだろ。


『ズマっち。あなたがフメツを男にしてあげなさい。色んな意味で』


「最後の一言いりました!? 絶対余計ですよね!?」


 だからっ!! 俺を巻き込むなって言ってるのっ!!


『無視して進めるけど、明日の夜に大会の公式放送あるのって知ってる?』


「参加メンバーの発表とか、ルール発表とかされるやつですよね」


『そうそう。せっかくだし一緒に見ようかなって思って』


『私は遠慮しておこうかしら。フメツとズマっち、二人の時間を邪魔したくないわ』


「ナーちゃんも参加するそうです」


『うん。そうみたいだね』


『あら、フメツだけじゃなくてズマっちまで。私の扱いがどんどんうまくなっていくわね。いいわよ、それはそれで興奮するわ』


「──ッ、……!!」


 あ、えらい。俺えらい。

 今のはよくツッコまずに耐えた。

 戸羽ニキがナーちゃんを適当に扱う理由がよくわかる。ナーちゃんのマイペースセンシティブっぷりに付き合ってたら、こっちの身がもたなくなる。


『また無視? あんまり無視され過ぎると、本当にBANを狙うわよ』


「最低最悪の脅しだなぁッ!?」


 なんで配信者がBANを狙うんだよ!!

 逆だろ、普通ッ!!


『うふふ。最近ズマっちにツッコまれるのが癖になりそうなのよね』


「『癖(くせ)』を『癖(へき)』って発音するのやめません?」


『あら、嫌い? うちのリスナーはこういうの喜ぶのだけれど』


「リスナーは配信者に似るって言いますもんね」


『ということは、ズマっちが美少女になれば、ズマっちのリスナーたちも美少女になるってことかしら?』


「意味わかんないパンデミック起こそうとするのやめてくれません!? 美少女は概念ですよ!? 伝染するわけないじゃないですか!!」


『それはどうかしら?』


「何言ってって、待てコメント欄!! 便乗するな!!」


『どうやらわかっているリスナーがいるようね』


 だから発言がいちいち強キャラ感あるのはなんなんだよ!!


「『美少女になりたい』『美少女になれアズマ』『俺を美少女にしてくれ』じゃないんだよッ!! 皆さんは真面目だと思ってたのに、仮面の下に隠してたヤバい正体を現すんじゃないッ!!」


『いいわよ、どんどん染まりなさい。そうして世界はいつの日にかドスケベで染まるのよ』


「B級パニックものにも劣る設定ですよ!!」


『え、冗談でしょう? 私がよく読む漫画とかだと割とメジャーな設定よ?』


「ナーちゃんが読んでる漫画がそもそも特殊だってことに早く気づいてくださいッ!!」


 どうせ18禁だろうが!!

 それが世間のスタンダードだと思うなよ!?


『いやぁ、今回もいい夫婦漫才だった。そろそろいいかな?』


「よくない! なんですか、『夫婦(めおと)』って聞き捨てなりませんよ!?」


『てぇてぇに代わるてぇてぇを上回る新しい概念だよ。今、僕が思いついた。きっと君たちみたいな関係のことを言うんだろうなぁって』


『あら、いいわね。これでズマっちは私のものになるのね』


「対等な関係性を築く意思すらない人は遠慮します」


『じゃあ、私も新しい概念を提唱するわ。『妻のケツ持たされ』なんてどうかしら? 普段夫は妻の尻に敷かれているにも関わらず、いざというときは責任を取らされる。そんな現代日本の夫婦関係をシンプルに言い表してると思うわ』


「世の中の旦那さんたちが泣くからやめてあげましょう」


 可哀想が過ぎるだろう、それは。

 あ、ほらコメント欄でも泣いてる人がいる。頑張ってください、応援してます。


『話が逸れまくってるから戻すけど、要は明日の公式配信を同時視聴しようって相談』


「もちろんです」


『ええ、大丈夫よ』


『うん。で、きっと事前練習のスケジュールとかも出るから、それを確認しつつ、参加チームを見つつ、作戦とか決めよう』


「了解です」


『わかったわ』


『ありがとう。まあ、多分そのままカジュアルを回したりしようかなって思ってるから、そんな感じでよろしく』


 たったこれだけの話をするのに、随分と遠回りをした気がする。


『それじゃあ、今日は後2~3回程度回して終わりにしようか』


『ええ、そうね。ズマっちも眠いようだから』


「それは本当にすみませんっ!!」


 やっぱりちゃんと睡眠はとろう。そう決めた配信だった。

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