第18話  緊急ミッションⅡ!! 社畜時代の経験を活かしてこの危機を乗り切れ!!

『こんな時間まで何をしてたんですか?』


「カレンちゃんこそこんな時間まで起きてて大丈夫?」


『それ、わたしの質問に答えてないですよね?』


「はい」


 時刻は午前3時。

 街が静まり返る時間に、俺は真っ暗な部屋の中で、年下の美少女と気まず過ぎる通話をしていた。

 別にカレンちゃん相手に話せないことはないんだけど、きわめて健全に酒だけ飲んでただけだから。

 ただ、何がマズいって、今の部屋の状況よ。


「ん~……。すぅ」


 俺のベッドで優梨愛さんが寝てます!!

 誓って何もしてないけど!! 酔いつぶれた優梨愛さんを運び込む先が他になかったから連れてきちゃっただけで、本当に何もしてないけど!!

 それでもこの状況を知られたら、どうしたっていらぬ誤解を招く。

 全てを押し隠したまま、カレンちゃんを納得させるしかない。


『それで、誰だったんですか? あの女の人は』


「俺の元上司。よく配信で鬼上司ってネタにしてる人」


『なんでそんな人と一緒にいたんですか?』


「本当にビックリしたんだけど、VTuberとか全然興味なさそうだと思ってた鬼上司が、実は戸羽ニキのリスナーだったんだよね」


『はい?』


「しかもリスナーネームが《コミット米太郎》でさ」


『はぁ』


「俺に限界赤スパを投げた張本人だったって言ったら、信じる?」


『信じるとでも思ったんですか?』


 ですよねぇー。

 俺だってそんな話をされたら『何言ってんだこいつ、そんわけないだろ』って思うし。

 でも本当なんだよなぁ~。どーしよ。


「そう言えばさっきカレンちゃんが通話してきた用事って」


『あ、話を逸らそうとしてますね?』


「いいえ、会話の糸口を見つけようとしてるだけです。カレンちゃんが納得できる伝え方をするためのきっかけを探してます」


『まさか、本当に本当なんですか、さっきの話』


「本当に本当になんですよ、驚いたことに」


 世間は狭いなんて言うけれど、さすがに狭すぎるよな。


『アズマさん、今ってもうお家ですか?』


「うん。もう帰って来てる」


『じゃあ、私とゲームしてください』


「え、今から?」


 もう3時だよ? しかも午後じゃなくて午前。つまりは深夜。

 寝なくて大丈夫なの?


『でも、今日は金曜日です』


「もう土曜日だけどね」


『夜更かししてもいい日なんです』


「夜更かしってレベルじゃないけどな。このままじゃ徹夜だ」


『……ダメですか?』


「いいよ」


 さすがにここで無下に断るほど野暮じゃない。

 本当は酒を飲んだせいで適度に眠気が来てるが、もうちょっと頑張ろう。


「何やるの?」


『EX. で。本当は今夜配信で一緒にやろうと思ったんですよ?』


「だから通話してきたの?」


『そうです。これからEX.配信やるからどうですかー? って誘おうと思ったのに、あんな電話になるなんて思ってなかったですよ』


「それはそう。俺だってまさかあんなことになるなんて思わなかった」


『なんであんなことになったんですか?』


「いや、元上司にもう一回会社に戻ってこないかって言われて」


『え!? アズマさんVTuberやめちゃうんですか!?』


「やめないよ。せっかくいい調子で伸びてきてるのに。あと、何を言われたって、もう二度とあの職場に戻るつもりはない」


 今更過ぎるんだ、優梨愛さんは。

 今更いい上司になるから、なんて言われたところで信じられるわけもない。


「逃げたいって思った時にカレンちゃんから通話が入ってさ、口実にしようとしたら元上司が勝手に出ちゃった。ごめん」


『いや、まあ、はい。それはいいんですけど、……本当にVTuberをやめたりしないですよね?』


「しないって。戸羽ニキとナーちゃんと出るEX.の大会も控えてるし。俺はまだVTuberで頑張りたい」


『それなら安心しました。よかったです』


「ありがとう」


 深夜だからなのか、酒が入っているからなのかはわからない。

 カレンちゃんとこうして喋りながらゲームをしているこの時間が、とんでもなく心地よく感じる。


『ちなみに』


「ん?」


『さっきの話って本当なんですか?』


「さっきのって?」


『その元上司さんがアズマさんに限界赤スパを投げてた人だって』


「本当だった。アカウント管理画面を見せて貰ったし」


 正確には見せられた、だけど。

 あの後二件目に行ってすぐに、めちゃくちゃ自慢気に『私がコミット米太郎だ~』ってスマホの画面を見せられた。


「マジで肝が冷えたよね。あれだけ鬼上司だのなんだの言ってたのが全部聞かれてたなんて。締め上げられるかと思った」


『あはは。そうですよね。結構な悪口でしたもんね』


「発言には気を付けようって思ったよ。誰が聞いてるかわからない」


 今、俺の配信に常に来てくれるリスナーは100人前後だ。

 いつだって1万人を超えるようなトップVTuberと比べれたら、配信の規模としては小さいかもしれないが、それでも100人近くの人が見ているのだ。

 しかもどこの誰かもわからない人が。そう考えたら、自分の言葉一つの重みも変わってくる。


『でも、なんでそんな悪口を言われた人が、限界赤スパを投げたりしてたんですか?』


「罪滅ぼしだってさ」


『え』


「俺にしんどい思いをさせた罪滅ぼし。『私のせいで会社を辞めたお前が、ろくに飯も食えてなさそうなことを言っているのを聞いたら、申し訳なくなってしまってな』って言ってた」


『重い……』


「いや、そうなんだよ。重いんだよ、そんなこと言われたら。ただでさえ赤スパで貰ったお金なんて使いにくいのに、余計に使いにくくなった」


『逆にパーッと使っちゃうとかどうですか?』


「新しい機材でも買うか。モニターをもうちょっといいのにしたいんだよね」


 配信するのに困らない環境は当然ながら整えているが、もっといい機材を使いたいという気持ちはある。


『マイク! マイク買いましょう!! ASMR用のいいやつとか!!』


「買ってどうするんだよ。俺がASMRやるの?」


『え、いいじゃないですか!』


「テキトー言ってるだろ。どこに需要があるんだよ」


『わたしは聞いてあげますよ』


「カレンちゃんだけが聞いててくれても意味ないんだってば」


『それでチャンネル登録者数が減ったりして』


「うわ、絶対やだ」


 通話を始めたときは妙に緊張感があったけど、気づけばいつも通りに楽しく通話が出来ている。

 気負いなく、気兼ねなく、変に肩ひじ張ることなく、素の自分に近い形で人と関われている。

 カレンちゃんだけじゃない。戸羽ニキともナーちゃんとも、俺は素の自分に近い距離感で人間関係を作ることが出来ている。

 それは、社会人時代には出来なかったことだ。VTuberとして活動していたからこそ、今の心地いい関係性がある。

 やっぱり、優梨愛さんに何て言われたところで、もう一度あの会社に戻るなんてことは考えられない。

 俺は今、VTuberとして頑張っていきたい。


『あ、もう朝ですね』


「本当だ」


 通話しながらゲームをしていたら朝を迎えるなんて体験、社会人生活の中では出来るはずもなかった。

 得意なゲームのプレイングを多くの人が楽しんでくれるなんて体験、社会人生活の中では出来るはずもなかった。

 リタイアとか、逃げたとか、そういうことを言う人もいるかもしれない。

 でも、今の俺にとってはVTuber活動は楽しくて頑張りたいと思える、やりがいを感じられるものなんだ。

 だから、やめるつもりはない。やめたくない。


『それじゃあ、また』


「うん。コラボの予定とかも連絡する」


『はい。待ってます』


「あと、カレンちゃん」


『はい?』


「ありがとう。楽しかった」


『わたしもです! またゲームしましょうね!』


「俺も。じゃあ、また」


『はい。おやすみなさい』


 軽快な電子音と共に通話が切れる。

 後に残されたのは、薄暗い部屋の中でぼんやり光るモニターと、外したヘッドホンから漏れる微かなゲーム音。


「ふぁ~」


 思わず漏れるあくびに合わせて、ぐっと伸びをしたら柔らかい感触に触れた。


「って、優梨愛さん!?」


 いつの間にか背後に立っていた優梨愛さんの二の腕だった。


「セクハラだな」


「!? すみません!!」


「冗談だよ。これ、お前がよくやってるゲームか?」


「あ、はい。そうです」


「私にも出来るか?」


「え、優梨愛さんゲームやるんですか?」


「将を射んとする者はまず馬を射よ、かな。今のままじゃお前を引き戻せないってわかったから、もうちょっと仲良くなることから始めようと思ってな」


「……はい?」


「お前がVTuber活動を頑張りたいのはわかった」


「え、まさか聞いてました?」


「こんな狭い部屋であれだけ喋ってたら、嫌でも聞こえるだろ?」


 いやいや、寝てたじゃん! めちゃくちゃぐっすり寝てたじゃん!


「まあ、なんだ。今日はいきなり過ぎたが、私がお前に戻ってきて欲しいと思っているのは本当だ。だからまあ、今度は頑張ってお前と仲良くなっていけるようにするよ」


「そのためにゲームを……?」


「敵を知り己を知れば百戦危うからず、とも言うしな。ああ、そうだ。ありがとう泊めてくれて。始発も動くし、そろそろ失礼するよ」


 言うが早いが身支度を整える優梨愛さん。

 相変わらずこの辺はさっぱりしてるなー。さすが、仕事は出来るが男は出来ないって陰口を言われていただけはある。隙がなさすぎる。


「じゃあな。また連絡する」


 そう言い残して優梨愛さんはさっさと家から出て行った。

 らしいっしゃらしいけど、朝飯ぐらい作ったのに……。


 その後、シャワーを浴びて倒れこむように寝ころんだベッドには、優梨愛さんが付けている香水の香りが残っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る