第17話 これもラブコメ、なのか……?

「優梨愛さんが《コミット米太郎》!?」


 衝撃のカミングアウト過ぎるんだが!?

 え、じゃあ、あの鬼上司が俺と知りつつ10万円以上のスパチャを投げてたってこと!?


「ていうか、なんで俺が東野アズマだって知ってるんですか?」


「そんなの声と喋り方でわかるだろ。どれだけの時間を一緒にいたと思ってるんだ」


「声は割と作ってるつもりだったんですが」


「電話でクライアントと話してる時の声と変わりないぞ」


 あー、確かに。

 抑揚とか声のトーンとか、イメージはそんな感じだ。


「お前に仕事を教えたのも、お前と仕事をしてたのも、全部私だぞ? 職場でのお前を一番よく知ってるのは私だぞ? 大事な部下の声を聞き間違えるわけないだろ」


 あ、元部下か、と言いなおしつつグラスを煽るその姿に、不覚にもジンと来てしまった。

 いやいや忘れるな、俺!

 とは言えこの人は、俺をしばきにしばき上げた人だ。


「戸羽丹フメツのクロファイ配信で声を聞いた瞬間、すぐに気づいたよ。本当はその時に連絡しようと思ったんだが、さすがにいきなり過ぎると思ってな」


「いや、今回の呼び出しも十分急でしたよ。何を言われるんだろうって思って、結構ひやひやしてましたし」


「だろうな。会った時から緊張してたもんな」


「そりゃしますよ。元上司ですよ? それがいきなり『お前がVTuberをやっているのは知っているぞ』って言って来たら、誰だって緊張しますよ」


 しかも、一番知られたくないと思っていた相手だ。


「配信中で『鬼上司』って言ってたもんな?」


「いやっ!! あれはその、言葉の綾と言いますか、配信を盛り上げるために盛って話したといいますか──ッ」


「今更気にしなくていい。辞めるときにはっきり言われたからな『仕事が辛い。優梨愛さんと一緒に働くのもしんどい』って」


「言いましたね、確かに」


 あの頃はとにかく仕事を辞めることに必死だったから、引き止められたくなくてそんな言い方をした。でも、


「しんどかったのは確かですよ。優梨愛さんがすごすぎて、俺がやった仕事なんて全然大したものに思えなかったですし、何をやっても必ずその次を求められるので、今頑張った仕事に価値はないんだって思っちゃってましたから」


「だろうな。私としてはお前に期待していたし、お前との仕事が楽しかったから、次も一緒にってつもりで伝えてたつもりだったんだがな。気づいたらお前を押しつぶしていたよ」


「そうですか……」


「ああ……」


 ふむ、何やらお通夜のような雰囲気になってきたぞ?

 これはこれで気まずい……。


「ちなみに優梨愛さんは、どこで戸羽ニキを知ったんですか?」


「残業してる時にたまたま。息抜きで何か動画でも見るかと思った時にオススメに出てきたんだ。で、見てみたらトークがうまくてな。以来、残業中によく見るようになった」


「へぇ、知らなかったです。あれだけ一緒に残業してたのに」


「それはそうだろう。お前が辞めて、残業中の話し相手がいなくなったから見始めたんだぞ?」


 そんな俺のせいみたいな言い方されても困るんですが!?


「ま、そのおかげで、今こうしてまたお前と酒を飲めてるわけだが」


「怪我の功名ってやつですね」


「身から出た錆かもしれないぞ」


「なんでですか」


「私のせいでお前が会社を辞めたから、私はひとりで残業をする羽目になってるんだからな」


「結論、自業自得ってことじゃないですか」


「なんだお前。随分強気なことを言うようになったな」


「もう上司とか部下とか関係なくなりましたからね」


「あ~……」


「どうしたんですか。飲み過ぎですか?」


 気づけばお互いに大分お酒が進んでいる。


「いや、お前が働いていた時にこうしたことを言われる関係性だったら、今でも一緒に働いていられたのかな、とか思ってな。少し未練を感じていた」


 未練って、あの優梨愛さんが?

 やることなすこと、私のやり方が正解です、と言わんばかりに自信満々のあの優梨愛さんが、未練?

 なんかすごい珍しいものを見てる気になってきた。


「なあなあ」


「なんです?」


 お酒のせいでいつものキリッとした雰囲気も随分和らいでいる。

 職場でもこんな感じだったら、もうちょっと親しみやすかったんだけどな。


「お前、なんで私を置いて辞めたんだ……?」


 は……?

 今なんて言った?


「私はお前がいなくなってさみしいんだぞ」


 いや、待て。

 誰だよ、これ。


「お前が頑張ってくれてたから私も頑張ろうって思えてたのに……」


 あの鬼上司はどこにいったんだよ。


「なぁなぁ、もう一回やり直さないか……? 私、次はもっと優しい上司をやるからさぁ」


 冗談だろ?


「優梨愛さん、さすがに飲み過ぎですって。水、水を頼みましょう」


 見た目は素面っぽいけど、実は相当酔ってるよな?

 じゃなきゃ、あの優梨愛さんがこんなことを言うなんて信じられない……。


「あ、おい。何してるんだ。お前は私のところにいろ」


「って、ちょ!? 何してるんですか!?」


「お前が逃げようとするからだろ~」


「逃げる素振りなんて見せてないでしょう!? 店員さんを呼ぶためにボタンを押したかっただけですよ!!」


「そうやって先に会計を済ませて出ていくつもりなんだろぉ? また私を置いていくつもりなんだろぉ?」


「誰かと勘違いしてません!?」


 いつ俺があなた相手にそんなことしました!?

 過去の恋愛経験でも掘り起こしてます!?


「あ、ちょっと!! 手を握らないでください!!」


「逃がさない~」


「逃げませんってば!!」


 ていうか、なんだこの恰好!!

 テーブルを挟んで手を握られてるとか意味わからないんだが!?

 いやいやいや! 袖! 袖がやきとりのタレに付くから!!


「優梨愛さん、一回手を離しましょう! ね、ほら。あ、見てください! 俺のスマホに着信が来てます!! ちょっと出ますから、いったん離しましょう!」


「もしもし~?」


「なんで勝手に出てるんですか!?」


『え、誰? アズマさん、じゃないよね……?』


 スマホからは戸惑ったカレンちゃんの声が聞こえてきた。


「おい、こいつのことをアズマさんとか呼ぶな。こいつの名前はなぁ……」


「はい、ストップ!! あ、もしもしカレンちゃん?」


 何言おうとした!? この元上司、今何を言おうとした!?

 危うく本名バレするところだったじゃないか!!

 いや、カレンちゃんに本名がバレたところで別に困らないんだけどさぁッ!!

 自分から話してないことを他人に話されても……ってなるじゃん!?


『あ、アズマさん』


「カレンちゃん。どうしたの?」


 優梨愛さん! 俺の指で遊ばないでください!!

 ていうか、そんなに身を乗り出さないで!! こっちから胸元が見えかけてますから!!


『ちょっと、今後の事とか相談したかったんですか、タイミング悪かったみたいですね』


「ああ、うん。ごめん。あとで俺からかけなおす」


「そうだぞ~。今は私と飲んでるんだからな~」


 優梨愛さんは頼むからちょっと黙っててくれないかな?


『……ちなみに、どなたなんですか、さっきから声が聞こえているのは』


 ……おっと?

 ちょっとカレンちゃんの声が低くなったぞ?


「いや、前の職場の元上司」


『あ、噂の方ですね! ふぅん、でも、鬼上司なんて言ってた割には、仲良さそうですね……?』


 カレンちゃん?

 ASMRでの甘いボイスはどうしたの?

 なんか迫力あって怖いですよ……?


「いやいや、仲いいとかそういうのじゃないから。今日だって急に呼び出されて愚痴に付き合わされてるだけだから」


「おい。泣くぞ、そんな言われ方したら」


 優梨愛さん!?

 何してるんですか、あなたは!?

 って、ちょっと!! 俺のスマホを強奪しないでください!!


「おい。こいつは今私と飲んでるんだ。通話は後にしてくれないか?」


 あ~、カレンちゃんに話しかけちゃったよ。


「そっちも用があるのかもしれないが、今は私が優先だ。いいな? わかったなら切るぞ」


 さっきまでの雰囲気はどこいったんだよ!?

 仕事モードじゃないか!!


「ふぅ。全く不躾な。ほら、スマホ返すぞ」


「あ、はい」


 うわ、マジで切れてる。

 とりあえず、あとで連絡するってだけチャットしておこう。


「おい。人と飲んでる時にスマホを見るのは失礼だろう」


「はい。すみません」


 うわ、最後チラッと見たら『絶対してこい』ってチャットが……。

 え、なんでこんな無駄にプレッシャーを感じてるんだよ……。


「せっかく盛り上がってたのに、なんか冷めたな」


「じゃあ、もうお暇しますか?」


「金曜の夜に何を言ってるんだ? もう一軒行くに決まってるだろ」


「マジかぁ……」


 店員を呼び、お会計を進める優梨愛さんの傍ら、俺は天井を仰ぎ見ることしか出来なかった。

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