第13話 天才にはついていけないので解散しません?

 一言で言うと、ヤバい。

 いやもうね、安芸ナキア先生がすごすぎる!!


『そっちの裏いるわね。私いくからフォローをお願いね』


 と告げてあっさりと敵チームの3人を1人で倒してくるし。


『遠距離って苦手なのよねぇ~』


 などとぼやきながら超絶エイムで敵を削りきるし。


『インファイトしてる時が一番生を実感出来るのよねぇ』


 なんてのんびりした口調でめちゃくちゃすごいキャラコンで敵を圧倒するし。

 いやもうね、『全部あの人でよくない?』と何度言いかけたことか。


『先生。僕らも活躍させてよ』


『嫌よ。締め切り明けのストレス発散を何であなたたちに譲らなきゃいけないのよ。私は敵を撃ちたくて参加してるのよ』


「ストレスパワーがエグ過ぎません? 存在がチートってナキア先生みたいな人のことを言うんですね」


『アズマきゅんだって元社畜なんでしょう? だったらストレスをパワーに変えて見せなさいよ。あ~、締め切りって概念がこの世からなくならないかしら』


 ぼやいてるだけで強いとか、どんな強キャラだよ!!

 まさか本当にストレスが力になると言うのか!?

 本当にすげぇ。言ってることはしょーもないけど、だからこそめちゃくちゃカッコいい!!


『ねえ、アズマきゅんの性癖って何なの?』


「せっかく先生のことをリスペクトしてたのに台無しにしないでくれません!?」


『知らないわよ、そんなの。それより性癖を教えなさいってば。ちなみに私は雑食だから基本は何でもいけるわよ。最近の個人的なトレンドはトランスセクシャルね。いわゆる性転換。特に男から女への性転換は最高よ?』


「びた一文聞いてないんですが!?」


『つまんないツッコみしてないで質問に答えなさいよ。あなたたちが答えないと話が始まらないでしょう?』


『僕らとしてはその話は永久に始めたくないんだよね』


『そんなの許されないわ。フメツだって私を呼ぶって言うのがどういうことかわかってたんでしょう?』


『まさか初対面の新人相手にセクハラ紛いなことをするとは思わないでしょ、普通』


『普通ってどこの普通よ。私は私。安芸ナキアよ。勝手に普通とか言わないで頂戴』


 ねえ、なんでこんな話をしながらバカスカ敵を倒してるの!?

 気づいたらナキア先生が全プレイヤー中で最多のキル数を叩き出してるんだが!?


「ちなみにナキア先生ってランクはどんな感じなんですか?」


『アズマさん、それ聞いちゃうんだ』


「え。戸羽ニキ、それどういうことですか?」


『僕はもうナキア先生にそれ聞くのやめたんだ。凹むから』


「なんで!?」


『私がジョーカーだからよ』


「ジョッ!? は!? マジで!?」


『今は締め切り続きでキングだけど、シーズンが終わるまでにはジョーカーまで上げるつもりよ』


 いや、そんな簡単そうに言わないでくれません!?

 ランクをエース以上に上げるのってめちゃくちゃ大変なんですが!?


『だから言ったでしょ。この人、基本的におかしいんだよ』


『だから言ったでしょ。私は安芸ナキアだって』


「えー……、カッコよ。すごいっすね! ナキア先生!」


『あ、ねえアズマきゅん』


「その呼び方やめません?」


『アズマきゅんが私の言うことを聞いてくれたら考えてもいいわよ』


「まさかの交渉ターン!? ──いいでしょう。要求を聞くだけは聞きますよ」


『私のことは《ナーちゃん》って呼んで頂戴』


『うわ、出た』


「……っ」


 言葉を飲み込んだ、俺。偉くない!?

 予想以上にキッツい要求来たぞ!?


「すみません。もう一回聞いてもいいですか?」


『しょうがないわねぇ。私のことを《ナーちゃん》って呼んで頂戴』


 うん、ダメだっ!! 言いなおして貰ってもキツいことには変わりないっ!!

 ナキア先生って喋り方や声が大人びてるのに加え、キャラデザも黒髪の色気ある美女って感じで、まかり間違っても《ナーちゃん》なんて呼ばれ方をするイメージがないんだが!?


「ちなみにそうやって呼んでる方って誰かいるんですか?」


『それがいないのよねぇ。みんなに《ナーちゃん》って呼んで欲しいって言ってるのに』


『そのせいで《ナーちゃん》呼びを賭けてゲームとかしてるよね。大抵一回呼ばれたらそれで終わりだけど』


 なるほど……。つまりこれは、ある意味チャンスなのでは?

 誰も呼びたがらない《ナーちゃん》呼びを定着させれば、ナキア先生のリスナーたちからの認知度も上がるのでは……?


「例えばですよ? 俺がその呼び方で呼んだとしたら、先生は俺のことをなんて呼んでくれるんですか?」


『そうねぇ。アズマきゅん以外の呼び方ねぇ。……《ズマっち》とかどう?』


「ズマっち!?」


 予想外の呼び方が飛んできた!!

 え、普通にアズマで呼び捨てとかじゃないの!?


『ナキア先生のネーミングセンスは独特だからねぇ』


「本人は《安芸ナキア》なんてオシャレな感じなのに!? 回文じゃなですか!!」


『あ、それは友達に名付けられたものよ。元々は《ババン・ユニ》って名前だったのよね』


「元ネタはバフンウニでしょ! 絶対!!」


『正解。よくわかったわね』


「さすがにわかりますって! ていうか独特過ぎませんか!?」


『かわいいと思わない?』


 その感性はわかんない!! やっぱり天才だから!? 天才だからなのか!?


『ねえ、ズマっち』


「あれ!? いつの間にかズマっちになってる!? ナーちゃん呼びを強制されてるってことですか!?」


『あら、ナーちゃんって呼んでくれるのね。嬉しいわ』


「あ、やっぱりこれ強制されてる! 逃げ道なくなりましたよね!?」


『無視して普通にナキア先生って呼べばよくない? アズマさんってノリいいよね』


「元社畜営業ですからね!」


『あら、それじゃあズマっちは《ナーちゃん》って呼んでくれるのかしら?』


「もちろんです!」


 こういう時はノッておくに限る!

 それに誰もナーちゃん呼びをしないのなら、俺が初めての男になってやる!!


『あーあ。僕はもう知らないからね』


「え。どういうことですか、それ」


『アズマさんにひとつアドバイス。絡む相手のことはちゃんと調べた方がいいよ』


「待って待って!! え、何? 俺やらかしたんですか!?」


『うん』


 いや、うんって!! なんでそんなにあっさり頷くんですか!?


『ズマっち~。ねえねえズマっち~』


「なんですか?」


『ズマっちって美少女になってみたいって思ったことはないかしら?』


「ないですけど!?」


『あら、そうなの。じゃあ、私が美少女にしてあげるわね』


「待って!! 話し聞いてました!?」


『ええ、大丈夫よ。ズマっちはまだ気づいてないだけなの。私がちゃんと目を覚まさせてあげるわ』


「怖い怖い!! なんの話をしてるんですか!?」


 会話してる風で全然話が通じてないよね!?


『だから言ったじゃん』


「どういうことですか?」


『ナキア先生をあだ名で呼んだ人は、ナキア先生の性癖の餌食にされるんだよ』


「一言も聞いてないが!? 何でそういう大事なことを事前に教えてくれないんですか!?」


『え、だってさすがに調べてると思うじゃん』


「調べる時間すらなかったんだが!? この配信が始まってようやくチームメンバーが誰か知ったんですが!?」


『う~ん、……ドンマイ』


「皆さーん!! ここに最低な男がいまーす!! 人を地獄に叩き落として喜ぶタイプの男がいまーす!!」


 せめてチームメイトの名前ぐらい事前に教えとくとか出来なかったんですかね!?


『うッ!?!?!?!?』


『ナキア先生?』


「え、どうしたんですか、急に!?」


『あ、ああ。気にしないで頂戴。推しカプのてぇてぇに発作を起こしたオタクの鳴き声だから。スルー推奨よ』


 それはそれでスルーしたくねぇなぁッ!?

 でもこれはツッコんじゃダメなんだろうなぁッ!!

 あ、戸羽ニキから個別チャットがきた。『絶対スルーすること』だってさ。そりゃそうですよねぇッ!!


『ふぅ。推しカプのてぇてぇを間近で浴びられるなんて、最高のチームね』


「いえ、即刻解散したいチームです」


『確かに。私がいたんじゃズマっちとフメツの邪魔だものね。いいわ、私は先に抜けるから2人で思う存分イチャ……楽しんで頂戴』


『ア~ズ~マ~さ~ん? 怒るよ?』


「あんな返しが来るとは思わないですって!! 黙ります! こっから先はもう黙ります!!」


『ダメよそんなの。まだ一回もナーちゃんって呼んでくれてないじゃない』


『あ、確かに。それはいけないね』


「俺にどうしろって言うんですか!? 戸羽ニキまで敵に回らないでくれます!?」


『──ッ!? 今気づいたのだけれど、私をナーちゃんと呼びたくない理由って『あだ名で呼ぶのは戸羽ニキだけ』というズマっちの意思表示!? てぇてぇなぁッッッ!!!!』


「ナーちゃん! ナーちゃん!! ナーちゃん!!!」


『あら、何かしらズマっち?』


「呼んだだけですッ!!!!」


 ねぇ~ッ!! 身がもたないんだけど!? なんだこのチーム!!


『あら、私とも匂わせるつもり? そのつもりならズマっちの性癖を教えて頂戴。私とそういう関係になりたいのなら、まずはそこからよ』


「ナーちゃんとは一生性癖語りをしないと決めました」


『どうしてそういうことを言うのかしら。私たちは同じチームで大会に出るのよ? お互いのことを知って、もっと親睦を深めるべきじゃないかしら。ということで、性癖暴露をしましょう。嗜好がわかれば私たちはもっと仲良くなれるわ』


『先生が猥談したいだけでしょ。アズマさん、ノらなくていいからね』


「さすがにノらないですよ。これ以上ナーちゃんに振り回されたら身がもちません」


『フメツ。余計なことを言わないで頂戴。これは私とズマっちの問題なのよ』


「いえ、チームの問題です。なぜならセンシティブ過ぎるとBANされるからです」


『……ふむ。ねえ、ズマっち。今ここで性癖の話をするのと、裏でじっくり語り合うのだとどっちがいいかしら?』


「それはBANしたくなければ裏で付き合えっていう脅しですか?」


『あら、私は何も言ってないわよ? でもそうね。ズマっちが付き合ってくれないのなら、うっかり口が滑っちゃうかもしれないわ。今日だけじゃなくて大会中とかも』


 新手の脅迫だろ、こんなもん!!

 俺たち大会に出るんだよな!? 

 本番でもこんなBANのリスクを抱えてなきゃいけないのか!?


『アズマさん』


「戸羽ニキ! ナーちゃんをどうにかしてください!」


『うん。そのことだけどね。僕にはどうしようもないから君に任せるよ』


「そりゃないでしょう!?」


 やっぱり即解散したいチームだ!!

 ちくしょう!! 鬼上司からの理不尽がなくなったと思ったら、先輩VTuberからの理不尽に答えなきゃいけないなんて!!

 何でこんな目に遭わなきゃいけないんだ!!

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