第8話 もっと人気になりたい! 個人勢VTuberの生き残り方

「はい、ということで! 配信を始めて4時間経つわけですが、誰も来ませんね~……」


『草』

『wwwwwww』

『まだやってたんだw』


「まだやってたって、あのさぁ、配信のタイトル読んでくれません!? 『凸が来るまで終われまてん』って書いてあるでしょう!?」


『マジの地獄と化してて草』

『果たして終われるのかw』

『終われず寝落ちに10万ペソ』


「絶対寝落ちなんてしませんから。俺の配信者根性を舐めるなよ!?」


 大体この程度で社畜時代に鍛えた俺のメンタルがどうこうなると思ってるのか!?

 これぐらいなぁ、営業ノルマを追うことに比べれば何でもないんだよ!!


 とは言え、我ながらエグい企画を立てた自覚はある。

 今日の配信タイトルは、【チャンネル登録10000人祈願】】応援凸待ちが来るまで終われまてん ~新人VTuberのところ一体誰が来る!?~【地獄企画】だ。

 冗談で【地獄企画】なんてタイトルに付けたが、まさか本当に地獄の様相を呈するとは……。


『もう誰も来ないだろw』


 う、リスナーの何気ないコメントが俺の心に刺さる。

 配信を開始してから4時間。本当に誰も来ないとは……。


「いやいや、来ますから! たまたま配信時間が悪かっただけで、この後バンバン来てくれますからね!?」


『無理やろw』

『現実見ろって』

『という夢を見たんだよな?』


「夢って言わないでくれません!? 本気で悲しくなってきますから!! あっれー、おかしいなぁ。俺、それなりにVTuberの知り合いいたんですけどねぇ!?」


 人の不幸は蜜の味とはよく言ったものだ。

 俺の一言でコメント欄は大盛り上がり。

『ぼっち』だの『お一人様w』などと言ったコメントが流れていく。


「皆さんバカにしてますけど、俺の術中にハマってるってことに気づいてないみたいですね。今のこの状況なんて想定済みなんですよ!」


『負け惜しみかw』

『泣いてる?w』

『はいはい、そうですねーw』


「くっそ、言いたい放題言ってぇ──ッ!! でもね、俺はちゃんとわかってるんですよ、わかってて今回の配信をしてるんですよ。誰かが苦しんでる姿は、エンターテインメントになるってことを!!」


『だから?』

『それで?』

『そうだねー。偉い偉い』


「そうなんですよ。だからね、こうして俺が苦しんでる姿を楽しんでる時点で、すでに皆さんは俺の思惑通りになってるってことなんですぅーッ!!!」


『なんかガキがいるなぁ』

『わからせられてて草』

『アズマきゅん、泣いてない???』


「泣いてなんかないですから!! もうね、全ては計画通り。俺の計算に狂いはないから」


『ツイッターで呼びかければ?』

『ツイッターで声をかけよう』

『早くツイートして』


「ガチアドバイスやめて! そういうのが一番効くんですから!!」


『涙目じゃねぇかw』

『もう終わってもいいんだよ?』

『アズマはよくやってるよ。俺はちゃんと見てる。だから、もう終わろう?』


 ク、クソ。こいつらとうとう俺を説得しに来やがった。

 まだだ。まだだぞ、東野アズマ!! この程度でほだされちゃいけない。

 俺はまだ舞える──ッ!!!!


 しかし、本当にディスコードがうんともすんとも言わないな……。

 ちょっと前なら《新人個人Vの励まし合い》にいた誰かが来てくれたのに。

 戸羽ニキの枠での配信以来、本当にあいつらとの絡みがなくなった。サーバーもいつの間にか消えてるし……。

 本当はさ、今日のこの凸待ちを誰かが見て、フラッと『行ってやるか~』って来くれて、そこからまた絡めるような、そんなきっかけになればいいなぁ、なんて思ってんだよ。

 でも、蓋を開けてみればご覧の在り様だよ!!

 誰も来やしない!! 誰一人としてツイッターの告知にすら反応しない!!

 ……いいじゃねぇかよ、ちょっと人気になるぐらい。お前らだって人気配信者になりたくてVTuber活動やってんだろ!?

 まあいい。VTuberとは自ら苦しみの中に身を投じリスナーを楽しませる者のことを言う。

 つまり今の俺こそ、正しくVTuberなのだ──ッ!!!!

 ……いや、意味わからんけどな。


「まあ、このまま誰も来なくてもリスナーの皆さんが付き合ってくれますもんね。いやぁ、リスナーってあったけぇなぁ」


『は?』

『は?』

『は?』

『は?』


「そんな冷たい反応をしたって、俺はちゃんとわかってますよ。みんなの気持ちはちゃんと伝わってます。こんな『は?』とか連打してますけど、みんなが俺に欲しいものリストから色々送ってくれてるの、ちゃんと届いてるから。あ、そう言えばそろそろトイレットペーパーが切れるんだった」


『リスナーにねだるなw』

『二度と送らねぇからw』


「二度と送らねぇってことは、すでに送ってくれてるってことですよね? なんだ、やっぱり俺のことが好きなんじゃないですか」


『クッソwww』

『誰かこいつをわからせろ』

『永久に凸待ちが終わらない呪いをかけたわw』


「おいおい、永久にって。みんなそんなに俺と一緒にいたいんですか? いやぁ、しょうがないなぁ」


 マジでこのままリスナーと朝まで過ごしてやろうかと思った瞬間だった。


「いやぁーーーーー、残念だなぁ。うん、本当に残念だ」


『え?』

『何?』

『どうした?』


「俺としてはね、リスナーの皆さんとこのまま喋っていたかったんですけどねぇ」


『まさか』

『マジ?』

『お?』


「来ちゃいましたよ。ディスコードに着信が!!」


『マジか!!』

『おおおおお!!!!!!』

『うっそだろ、おい!!』


「俺がリスナーの皆さんに嘘なんか吐くわけないじゃないですか。それじゃあ、ご登場いただきましょう。この地獄に手を差し伸べてくれた救世主に!!!!」


『え、あれ、繋がった? え、これ繋がってる?』


 もうちょっと感動的に登場して欲しかったが、まあいい。

 コメント欄も盛り上がってきたし。

 ていうか、『女だ』『女』『女』『女きた』『女』『女だあああああ!!!』としか流れてこないんだが? みんな他に言うことないの!?


「繋がってます。大丈夫ですよー」


『あ、はい。よかったです。えっと、……どうしよう』


「まずは自己紹介からお願いしてもいいですか?」


『あ、そうですよね。えっと、《アマリリス・カレン》って言います。アズマさんとは何回かツイッターで絡んだことがあったので来てみました』


 こういう言い方は良くないかもしれないけど、演技うま!?

 オフで会ったとは思えない、圧倒的な初対面感。


「カレンちゃん!! マジでありがとう!! 危うくこのまま永久に凸待ちし続けるとこだったよ!!!!」


『あはは。でも、リスナーさんたちと楽しそうにお話してたので、このままでもいいのかなって思ってました』


「何言ってんの!? べ、別にリスナーとの会話なんて楽しくないんだからね!?」


『ツンデレ乙』

『きしょ』

『裏声キツw』


「とまあ、そんな感じなわけですが。──えっと、カレンちゃんは俺のチャンネル登録者1万人を応援しに来てくれたってことでいいのかな?」


『え、わたしがいつそんなこと言いました?』


「タイトル読んでッ!! 応援凸待ちって書いてあるよね!?」


 そのすっとぼけも演技だよね!?

 大丈夫だよね!? カラオケでの打ち合わせ通り、俺を救いに来てくれたんだよね!?


『あ、本当だ。『応援凸待ち』って書いてありますね』


「読んでなかったの!?」


『【地獄企画】って書いてあったので、地獄を見たくて来たんですよ』


「えー……、それはそれで引くわぁ……」


『ガチ引きじゃないですか!? せっかく凸に来たのに!? え、もうこのまま帰っていいですか?』


「それは待って!! せっかく来たんだから、せめて一言ぐらい応援してから帰って!?」


『えー、どうしようかなぁ』


「一言! 一言でいいから!!」


『タダでやらせようって言うんですか?』


 おっとぉ、空気変わったぞ……?


『アズマさん、さっき言ってましたよね。わたしが救世主だって。そんな救世主に対してタダで応援を要求しようなんて、まさかそんなことないですよね?』


「な、何をご所望でしょうか……?」


『わたしのことをお姫様として扱ってください。それをしてくれたら応援してあげますよ』


「えっと、具体的には……?」


『今度初めて《EX. Destiny》の配信をするので、わたしを守ってください』


「つまり、キャリーをしろと……?」


『いえ、敵はわたしが倒したいので、アズマさんは盾ですね。肉壁です』


「肉壁!? さすがにそれはひどくない!?」


『嫌なんですか? だったらいいですよ。わたしも応援しないで帰りますから』


「あ、はい。肉壁でいいです。どうぞ好きに使ってください」


『わかればいいんです。それじゃあ、応援をするのでちょっと待っててくださいね』


 ん? 何してんだ。ゴソゴソ言ってるけど。


『よし、準備完了。えっと、聞こえてますか……?』


 うっお!? え、何このゾクゾクする感じ。


『マイクをASMR用のやつに変えました。大丈夫そうですか?』


「音量とかは大丈夫だけど、うわ、すごいなこれ。めっちゃゾクゾクする」


『ふぅ~~~~~。どうですかぁ、気持ちいいですかぁ』


「急な吐息はやめて!?」


 ちょっと待てコメント欄!! 『アズマ黙れ』はひどくない!? 俺の配信枠なんですが!?


『それじゃあ、行きますよ~』


 微かな吐息がヘッドホンから聞こえてくる。そして──、


『フレー♡ フレー♡ がんばれ♡ がんばれ♡』


 !?!?!?!?!?


『特別ですからね♪ それじゃあ、頑張ってください』


 あ、着信切れた。ていうか、


「めっちゃエロくなかった!? え、どうだったリスナー!?」


『最 of 高』

『エロい』

『ガチ恋一択』

『チャンネル登録はここから』


「URL貼るのは仕事出来過ぎなんですよ。……えーっとまあ、そういうことで《アマリリス・カレン》ちゃんでした!! 皆さん彼女のチャンネル登録もお願いしますね!」


『してきた』

『すでに登録済みだが?』

『代わりにアズマのチャンネル抜けるわ』


「俺のチャンネル登録を解除する必要なないだろ!? えーっと、最後に最高の応援が貰えたと言うことで、無事に地獄企画も終えられたということで、今日の配信はこの辺で終わろうと思います!! 長時間お付き合いいただきありがとうございました! それでは、あざまるうぃーす!!!!」


 さて、と。

 とりあえず今俺の配信を見ていた789人のリスナーが《アマリリス・カレン》を認知したと思うし、コメント欄も盛り上がっていた。

 きっと次のコラボ配信には、俺だけじゃなくてカレンちゃん目的のリスナーも来てくれるはずだ。……何とかこれまでとはまた違う盛り上がり方をしてくれるといいんだけど。


 もしかしたら《新人個人Vの励まし合い》にいた奴らから『やらせ』だの『自演』だの叩かれるかもしれないが、もうその時はその時だ。

 実際やらせだし自演だ。誰も凸に来ないヨミで、カレンちゃんには適当なところで応援凸に来てもらって、今できる最高のインパクトを残せるようにカラオケで打ち合わせをした。


 でも、それが何だった言うんだ?

 俺たちは個人勢だ。戸羽ニキみたいな大手事務所に所属してるわけでもないVTuberが人気になろうと思ったら、こういう地道で地味なことをやっていくしかないだろ?


 チャンネル登録者数が1万人に近づいてきて、俺のVTuber活動もようやっと形になろうとしているのだ。

 やらせでも自演でもここで頑張らずに、いつ頑張ると言うのだ。

 いつかこんな地味で姑息なことをやらずとも、多くのリスナーに見てもらえる人気VTuberになるためにも、今は俺に出来る方法で頑張るしかない。

 絶対に生き残るぞ。頑張ろうな、俺。

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