第7話 緊急ミッション!! 社畜時代の経験で美少女を救え!!
かつての社畜時代を思い出す。
上司が思い付きのように持ってきた仕事が無限に降ってくる、終わりのない労働地獄。
日々の寝不足を補うようにトイレの個室にこもり仮眠を取り、終電に駆け込んで家に帰るよりは職場近くのホテルに泊まったほうが多く寝れるからと、残業代を睡眠代に変える日々。
そんな思い出したくもない社畜生活に戻ったかのような錯覚に陥る。
「……なるほどね」
ちなみにこの『なるほど』には何の意味もない。
そう呟けば何かが思いつくかもしれないという、社畜の儚い願いを込めた呟きだ。
そして実際、カレンちゃんからの問いかけに答えることが俺には出来ない。
「アズマさん」
藁にも縋るようにこちらを見てくる美少女。男ならばなんとか力になってあげたいと思うその姿に、俺だって手を差し伸べたいと思うさ!!
でもな、人間出来ないこともあるんだよ……。
「えっと、カレンちゃんって何か得意なことってあるの……?」
超絶音痴、そしてゲームも下手。そんな彼女がVTuberとして人気になるための可能性をどうにか探すために問いかける。しかし、
「わたし、自分が何が得意かわからないんです……」
「そっか」
沈黙がッ!! 沈黙が重いよッ!!!
どうする!? どうすればいいんだ、俺は!?
「ドリンクをお持ちしましたぁー……」
店員すら尻すぼみにテンションを落としていく空気の重さ。
「と、とりあえずドリンク飲む?」
「はい……」
お茶を飲んでもこの空気のお茶を濁すことは出来ない。
どうしたもんかな……。相談をしてくるってことは、カレンちゃんだってVTuber活動を頑張りたいって思ってるんだろうし、なんとかしてあげたいよなー……。
「カレンちゃんはさ、どうしてVTuberやってるの?」
「なんですか、いきなり」
「いや、その辺にヒントがないかなって思って。俺みたいに社畜生活に耐え切れずに始めたってわけじゃないんでしょ?」
「さすがにそんな理由じゃないですけど、でも、そんなに立派なものでもないです……」
「別にVTuberをやるのに立派な理由はいらないでしょ。色んな人の配信見るけど、割としょーもない理由でやってる人も多いよ」
俺自身、しょーもない理由でVTuber活動をやってるひとりだしな。
本当、いい業界だよ。
しょーもない理由だって個性として受け入れられるんだから。
会社の面接で前職が辛過ぎて辞めたなんて言ってみろよ。落とされる確率の方が高いぞ。
「……布教したいんです」
「え?」
「だから、布教したいんです」
「布教って、え、もしかして宗教関係の人……?」
待って。ここから怖い人たちが部屋に乗り込んだりしてこないよな!?
「違いますよ!! まあ、宗教って言われればそうかもしれませんけど。私はただ、この子を布教したいんです!! この子のかわいさをたくさんの人に知ってもらいたいんです!!」
「この子って《アマリリス・カレン》……?」
カレンちゃんがずいっと突き出してきたスマホ。そこには《アマリリス・カレン》の立ち絵が表示されていた。
「かわいくないですか!?」
「あ、はい。かわいいです」
「ですよね!? こんなにかわいい子、他にいませんよ!! どんなVTuberにだって負けません!!」
え、なんか圧が強い。普段のASMRの雰囲気はどこにいったの……?
「私はただこの子のことをもっと知ってもらいたいだけなんです! そしてもっとこの子のことを好きになって貰いたいんです! だってこの子には、私の好きを詰め込んだんですから!!」
「すごいね。そこまで自分自身に思い入れを持ってるVTuberって初めて見た」
「それはそうですよ。だってこの子は私が作ったんですから」
「……え? マジ?」
「はい」
「え、《アマリリス・カレン》って、カレンちゃんの手作りなの?」
今日一の驚き。もしかしたらカレンちゃんと会った時より、今の方が驚いてるかもしれない。
「わたし、専門学校に通ってるんですけど、そこで3Dモデルのデザインとか、キャラクターデザインとかを勉強してるんです」
「そうなんだ」
「授業の一環でオリジナルのキャラクターを作ろうってなった時に、この子の初期デザインを作って、そこからどんどん作りこむうちに、もっとこの子を色んな人に見てもらいたいって思うようになって」
「それでVTuberに?」
「はい。今キャラクターを見てもらいたいって思ったら、VTuberになるのが一番いいと思ったので」
「うん。それはそうだと思う」
何しろここ数年で伸びに伸びてるマーケットだ。
仮にキャラクターデザイン専門の会社があったとして、俺がそこの営業だったら、絶対にVTuber市場への参入を狙う。
「でも、わたしの配信活動じゃ中々再生回数も伸びなくて。こんなに可愛いこの子のことを全然広められないんです」
「なるほどね、そういうことか。よくわかった」
「ねえ、アズマさん。どうすればいいと思いますか? どうすれば、このとびっきりに可愛い子を、もっとたくさんの人に好きになって貰えると思いますか?」
必死と言うか、切実と言うか。
営業成績がうまく上がらずに悩んでいた後輩たちと同じ目をして、カレンちゃんは俺に訴えかけてくる。
ああ、そうか。社畜時代の経験って言うのは、こういう時に役に立つのか。あの後輩たちと同じように、俺はカレンちゃんと向き合えばいいのか。
じゃあ、出来るアドバイスはひとつしかない。
「そんな方法はないよ、カレンちゃん」
「え」
こういう時、俺が後輩たちに出来たのは現実を教えることだけだ。
嚙み砕いて、丁寧に、決して絶望させることがないように、自分が今いる現在地を伝える。
足元を見れば踏み出すための一歩が見えてくる。
あとはその歩みを止めずに進むだけだ。地道で地味で、夢に描くような閃きなんてどこにもないけど、俺はそういうやり方しか知らない。
戸羽ニキと絡めたことが幸運なのだ。あれはイレギュラー。本来なら俺だって、今のカレンちゃんと同じように悩んでいたのだ。
「地道に続ける。まずはそこからだ。でも、少しずつ出来ることを増やしていこうとするのは間違いじゃないし、そのための手伝いなら俺がするよ」
「ゲームを教えてくれるってことですか?」
「他にも、今日みたいに相談に乗ったり、あとは……、コラボ配信とか」
「コラボ」
「戸羽ニキの配信にお邪魔して思ったけど、やっぱり一番手っ取り早いのはよりたくさんのリスナーに見てもらうことだよ。そこで興味を引くことが出来れば、見てくれるリスナーは増えていく」
「わかりました! じゃあ、アズマさん。私とコラボしてください!」
「もちろん。ただ、その前にちょっとだけ工夫してもいいと思うんだ」
「工夫ですか……?」
「そう。ただ普通にコラボをしただけじゃ、リスナーからしても『ふぅん』って程度の反応しか返ってこない。でも、そこに少しでもストーリー性があれば、もうちょっとリスナーの興味を引けると思うんだ」
これも、社畜時代に先輩営業から教わったこと。ただ営業をするだけだと、人の心は動かない。そこにストーリー性があれば、人の心を動かすことが出来る。
口うるさく言われたなー、『運命を演出しろ』って。
当時はバカらしいって思って聞いてたけど、こんなところで役に立つとは思わなかった。
「あの、私は何をすればいいんですか?」
「簡単だよ。俺を救ってくれ」
「救う……?」
首を傾げるカレンちゃんに俺のアイデアを伝えていく。
見る見る内に表情が変わっていく彼女を見ていると、商談中にクライアントが前のめりになっていく時を思い出す。
はは、なんだろうな。
社畜時代はあんなに営業なんてクソだと思ってたのに、今になって楽しくなってきてる。
ホント、人生ってわからないな。
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