第6話 は? リアルでも美少女とか、それは反則だろ!?
社畜からVTuberに転生して以来、数ヶ月ぶりに髪を切りに行った。
会社に勤めていた頃は営業と言う仕事柄、身だしなみには気を使う必要があったため1~2ヶ月に一度は美容院に行っていた。
でも退職してからは人と会うことも格段に減ったため、身だしなみも生活に支障がなければいいと、半ば放置していたのだが、そうもいかなくなってしまった。
なぜなら知り合いの女性VTuberとオフで会うことになったからだ!!!
本当に戸羽ニキとの配信以来、運が爆上がりしている。まさか俺の人生にこんな瞬間が訪れるなんて思いもしなかった。
『配信について相談がしたいので、一度オフで会ってもらえないでしょうか?』
カレンちゃんからそうメッセージが来たのが昨日。お互いに暇だと言うことで、その翌日、つまりは今日会おうということになった。
場所は都内某所の繁華街。
俺は多くの人が行き交う駅の一角にソワソワしながら立っている。
さっきからスマホの画面と改札を交互に見ている姿は、挙動不審としか言いようがない。
でもそうなるのも仕方がないと思うんだよな。
だって、今待っているのが、めちゃくちゃ美少女だから!!
「あ、あの。アズマさん、ですよね……?」
「ッ!? びっくりしたぁ」
「あ、その声。アズマさんですね」
「カレンちゃん……?」
「はい」
控えめに返事をするのは、清楚な黒髪がきれいな、可愛らしい服を着た美少女。
パッチリした目元に透き通った肌に、事前に貰った写真では写っていなかったとんでもない存在感の胸元。その姿は男の理想を詰め込んだと言っても過言じゃない。
「ふふ」
笑った!?
いやまあ、人間だから笑いはするだろうけど、こんな美少女って今まで会ったことないから、初めて見る生き物に触れているような気分になる。
本当に俺と同じ人間なのか聞きたくなってしまう。
「リアルだと『あざまるうぃーす』って言わないんですね」
「リアルでそんなこと言ってたら、はしゃぎ過ぎじゃない?」
「なんかおもしろくなっちゃいました」
「どこにもおもしろい要素ないでしょ」
「あ、そのツッコみ方。テンション低いですけど、ちゃんと《東野アズマ》ですね」
「本人判定がまさかのツッコみ!? 他に無いの!?」
「だってわたし、アズマさんの顔なんて知りませんもん」
「写真送らなかったのは、ごめん」
だって、髪ぼさぼさだったし。
女性に写真送るなら、せめて髪ぐらいちゃんとしときたいじゃん。
「大丈夫です! ちゃんと会えましたから」
「カレンちゃんの方こそ、配信よりテンション高くない?」
「配信は演技もしてますから。めちゃくちゃ元気なASMRって、なんか違くないですか?」
言われてみれば、それもそうか。
ASMRは基本的に癒しとか、甘さとか、そっちの方が需要あるだろうし。
「じゃあ、行こうか。カラオケでいいんだよね?」
「あ、はい。ありがとうございます。いきなりのお誘いだったのに」
「全然気にしなくていいよ。暇だったし」
「人気VTuberなのに?」
「まだ登録者数は1万人に届いてないよ」
「それってわたしへの嫌味ですか? わたしなんて、まだ二桁ですよ?」
「そういうことじゃないからって、わかって言ってるでしょ」
「はい。もちろん!」
カレンちゃんってリアルだと結構明るいキャラなんだ。配信の時はもっと落ち着いた感じだから、割とおとなしい子かと思ってた。
「ん? ていうか、カレンちゃんって学生?」
「あ、女性に年齢聞くんですか? 失礼ですよ」
「カレンちゃんの方が年上だったら、タメ口をきいてる方が失礼になるじゃん」
「わたしは気にしませんよ?」
「俺が気になるんだよ。これでも元社畜だから、年功序列には厳しいんだ」
「社畜ジョークですか?」
「そう、ブラックジョーク」
「なんか、ちょっと上手いこと言ってる風なのがムカつきますね」
「ちょっとドヤったのバレた?」
「バレバレですよ~」
なんだ、この美少女。
可愛い上に話してるだけで楽しいなんて、そんなのもう存在が反則だろ。
逆にカレンちゃんの人気がないことに感謝したくなってきたぞ。こんな縁でもない限り、俺なんかがこれだけの美少女とお近づきになれるわけもない。
「で、カレンちゃんって学生なの?」
「もう! しつこい男性は嫌われますよ?」
「失礼な男も嫌われるだろ?」
「女性に年齢を聞くのは、十分に失礼だと思います」
「……わかった、諦める。そのうち機会があったら教えてくれ」
「はい! 引き際を知ってる男性はポイント高いですから」
あー、くそったれな社畜生活だったけど、感謝してもいいかもしれないな。
営業として学んだコミュニケーションのおかげで、カレンちゃんとの距離感を間違えずにいられる。
「あ、着きましたよ」
「うん。機種は? なんかこだわりある?」
「いえ、何でも大丈夫です」
「了解」
楽でいいわー。上司とかと一緒に来てた時は、機種によっては上司の好きな曲が入ってないことがあるからな。
事前に先輩にリサーチしたりして、アホみたいに気を使うから、飲み会の二次会でカラオケに行くのは嫌いだった。
ていうか、職場の飲み会自体が嫌いだった。全然楽しめないからな。
「403号室だって」
待ち時間もそこそこに部屋の案内を聞かされる。
カウンターで先にドリンクを頼み、部屋番号が示されたプレートを受け取りエレベーターに乗ったところでこっそりと深呼吸をする。
いやだって、この美少女と密室で二人きりだぞ!? 緊張するなって方が無理だろうが!?
女性と話すだけならこんなことにはならないけど、カレンちゃんクラスの美少女が相手ってなると、また別の緊張があるんだよ!!
「あ、ここですね」
「お、おう」
「なんですか、その反応?」
「いや、別に……」
さすがにここで緊張してるなんて言えねぇッ!!
大丈夫だ、俺。戸羽ニキの配信を思い出せ。俺は2.8万人の前で配信をしたんだ。美少女と密室で二人きりなるぐらいなんだってんだッ!!!!
「あ。……えへへ、今気づきましたけど、二人きりですね」
──ッッッ!?!?!?!?
大丈夫だ。致命傷ギリギリだ。
いやもう、頼むからさ。はにかみながらそんなことを言うのはやめてくれません?
マジで心臓に悪いからさぁッ!!
「……えっと、カレンちゃんって何歌うの?」
とにかく歌って気を紛らわすんだ。
カレンちゃんの存在を意識しちゃってるのがいけない。他のことに熱中すれば、こんな緊張だって感じなくなる!!
「あの、先にわたしの相談に乗って貰ってもいいですか……?」
「そりゃもちろん。今日はそのために来たし」
「じゃあ、まずは歌いますね」
「え!?」
あれ、相談する流れじゃなかったの?
「歌を聞いてもらえればわかります」
「あ、うん。わかった」
なんか空気が変わったな。
カレンちゃんもめちゃくちゃ真剣にリモコンを操作してる。
「いきますね」
カラオケってそんなに気合を入れて歌うものだっけ?
もっと気楽にテキトーに楽しむもんじゃないの?
しかしその理由は、カレンちゃんが歌い終わる頃には完全に理解出来ていた。
「………………なるほどね」
「その反応やめてくれませんか!?」
「うん。カレンちゃんが歌う前にあれだけ真剣だった理由がわかったよ」
「わかってくれましたか?」
「すっげーーーー、………音痴」
「溜めて言わなくてもいいじゃないですか!!」
「すっっっげーーーーーーーーーーー、音痴だった」
「強調されなくてもわかってますから!!!!」
なんていうか、フォローしたら逆に失礼になるレベルで音痴だった。
どうやったところでネタに出来ないレベルの音痴で、だからなのかな、さっき感じてた緊張も吹き飛んだよ。逆にありがとう。
「つまり、カレンちゃんの相談って言うのは」
「歌も下手、ゲームも出来ない。こんなわたしがVTuberとして人気になるには、どうすればいいと思いますか!?」
……どうしましょうね、それは。
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