第2話 大激闘!新人底辺VTuberはチャンスをつかむ!?

 トップVTuberである戸羽丹(とわに)フメツのチャンネルで行われているゲーム配信のルールはこうだ。

 ・行うのは《大激闘!クロスファイトスターズ》での1対1のオンライン対戦。

 ・お互いに残機を2つ持った状態でスタートし、戸羽丹フメツに勝てれば3分の宣伝タイムを獲得出来る。


 獲得出来るのはたった3分。それでも俺みたいな新人底辺VTuberからすれば喉から手が出るほどに欲しい3分だ。

 なんとしても勝ちたい。


「くそ、おまかせか」


 クロファイには総勢60を超えるキャラクターが登場する。その中では当然ながらキャラクター同士の相性が存在する。

 戸羽丹フメツが使うキャラクターに少しでも有利なキャラクターを、と思っていたが、あいつが選んだのはランダム選択の《おまかせ》だった。

 こうなったらキャラクター同士の相性なんてものを考えたってしょうがない。俺は一番得意なキャラクターである《ビリチュー》を選択する。

 このキャラクターはヒットボックスが小さく攻撃を受けにくいのに加え、スピードが高いため運動性が高い。しかしその一方で一発の攻撃力は低く、コンボをつなげていくことで勝利をもぎ取るキャラクターだ。

 対して戸羽丹フメツのキャラクターは──、


「シャドーボーイか。上等だ」


《シャドーボーイ》は《ビリチュー》と同様にクロファイの中では強キャラとされるキャラクターだ。《ビリチュー》と同じく高い運動性能を活かしたコンボで戦うキャラクターである一方、時間経過で攻撃力が上昇した強化状態へと変身する。この強化状態での攻撃は一撃でぶっ飛ばしを決められるだけの威力を持つ。


『これは勝った』

『シャドーボーイきた』

『挑戦者が気の毒』

『フメツのシャドーボーイしか勝たん』


 配信画面を見れば、戸羽丹フメツの勝利を確信したようなコメントが流れる。

 確かにそう思われてもしょうがないだろう。

 なぜなら、戸羽丹フメツは過去にリスナー参加型のクロファイ配信を行い、日本最強と謳われるeスポーツのプロプレイヤーと互角の戦いを繰り広げ、あと一歩と言うところまで追いつめたことがあるのだ。

 その時の配信は『実は世界クラスの腕前だった!? 戸羽丹フメツのクロファイハイライト』などといった切り抜き動画になってもいる。俺も見た。


『皆ー。そんな風に言ったら挑戦者がかわいそうでしょ。もしかしたら僕より強いかもしれないし』


 戸羽丹フメツ自身も、勝ちを疑っていないような口ぶりでリスナーからのコメントに反応している。


「ぜってぇ、勝つ」


 人気もなければ認知度もない俺だけどな、それはお前らが知らないだけなんだよ。

 見てろよ2.8万人の同時接続者。今から東野(ひがしの)アズマを教えてやるよ。


『お?』

『マジ?』

『え』

『嘘だろ』


 始まった瞬間こそ戸羽丹フメツの勝利を疑いすらしてなかったリスナーたちのコメント。しかし、今はそこに戸惑いが広がり始めている。


『え、それ狩るの?』


 戸羽丹フメツ自身の口からも驚きの声が上がる。


『うわ、本当に? え、この人すごい上手いよ』


 そして俺が先に戸羽丹フメツの残機をひとつ減らした頃には、配信の空気は変わっていた。


『ちょっとガチるね。黙っちゃうかも』


 僅かなインターバル。

 俺の《ビリチュー》にふっ飛ばされた戸羽丹フメツの《シャドーボーイ》がバトルステージに戻ってくるまでの間、世界クラスとも噂される腕前を持つトップVTuberの口から、そんな言葉が漏れた。


『フメツに勝つ……?』

『すげぇな』

『後隙を狩るのがうますぎる』

『強いぞ、こいつ』


 流れるコメントもどんどん加速する。

 戸羽丹フメツを応援するコメント。突如現れた見知らぬVTuberへの戸惑い。そんな中に少しずつ紛れ込む、東野アズマへの興味。


『デビューして二か月だって』

『新人じゃん』

『こんな強い奴が埋もれてたのかよ』

『チャンネル登録してきた』


 いいぞ。見ろ。俺をもっと見ろ。お前らが知らないだけで、俺はすごいんだ。もっと俺を見て、俺のすごさを知れ。このチャンスを俺に掴ませてくれ──ッ!!


『ヤバいヤバい。待って、すごいんだけど!?』


 そして対戦も終盤。俺も残機をひとつ減らさられ、互いに残機はひとつ。テクニックを駆使したキャラコンに、牽制からの読み合い。まるでプロのeスポーツプレイヤーが行うようなプレイングでリスナーを魅せ、そして──。


『うっわ、負けた!?』


 勝利画面に表示されたのは、俺が操作していた《ビリチュー》だった。


「っしゃぁあッッッ!!!!


 思わずモニターの前でガッツポーズを決めてしまう。

 たった5分にも満たないはずの対戦なのに、ものすごい白熱したし、ものすごい集中した。今もアドレナリンがどかどかあふれ出している。テンションが上がり過ぎて笑い出してしまいそうだ。


「あははっ」


 というか、笑った。

 だってVTuberとしてデビューして二か月。こんなに楽しかい瞬間は初めてだぞ!?

 見ろよ、戸羽丹フメツのコメント欄を『おおおおおおお!!!!!!!』なんて興奮のコメントが追いきれないぐらいの爆速で流れて行ってるんだぞ!?

 俺が──っ、同時接続者数一桁の底辺VTuberの俺が、2.8万人が見ている中でそいつらの度肝を抜いたんだぞ!?

 こんなに楽しい瞬間が他にあるかよ!?


『いや、すごかった。ちょっと僕もこの人と話してみたいよ。今、呼ぶから待ってね。えっと、東野アズマさん?』


 画面越しに戸羽丹フメツから呼びかけられる。


『ディスコードに招待したいので教えてもらってもいいですか? あ、立ち絵か。確かに皆もどんな人か気になるよね。わかった。あと、すみません。よかったら立ち絵も貰っていいですか?』


 戸羽丹フメツがコメント欄のリスナーと会話しながらそんな風に呼びかけてくる。

 俺は大急ぎで自分の立ち絵素材を用意すると、ディスコードの連絡先と合わせて戸羽丹フメツへと送る。


『来た来た。あ、すごいイケメンだ。みんな、楽しみにしてて』


 カチカチ、と配信画面から聞こえるクリック音。

 しばらく黙って見守っていたら、2.8万人が見ている配信画面に東野アズマが表示された。


「うっわぁ」


 いや、これは声出すなって方が無理だって。

 すげぇ、こんな大勢が東野アズマを見てるのか。すげぇなぁッ!!


「っと」


 ディスコードに着信が入る。着信先の表示名は《戸羽丹フメツ》。

 慌てるな、落ち着け。せっかくここでチャンスを掴んだんだ。それを全部パーにしちゃ意味がない。

 大事なのは東野アズマに興味を持ってもらうことだ。

 面白そう、かっこいい、なんだこいつ、やべぇ奴だ。

 なんでもいい。とにかく今この配信を見ている2.8万人の印象に残ることだけ考えろ。


「行くぞ」


 覚悟を決めた俺は戸羽丹フメツからの着信に応じた。


『お、来た来た。それじゃあみんなお待たせ。今日最初に宣伝する東野アズマさんでーす』

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