社畜営業がVTuberに転生したら ~社畜時代に培ったトークスキル。それとゲームセンスで成り上がる!?~
藤宮カズキ
第1話 俺は新人底辺VTuber
「ということで、今回の配信はここまでになりまーす。今日来て来てくれた皆さんが、チャンネル登録と高評価、さらにツイッターのフォローまでして貰えると、めちゃくちゃ嬉しいので、ぜひよろしくお願いします!! それでは、皆さん。あざまるうぃーす!」
定番の挨拶を終え、配信を終了する。
切り忘れがないか確認し、俺はようやく一息つくことが出来た。
「ふー……」
深く深く息を吐きながら、椅子の背もたれに寄りかかる。目の前のモニターには、配信が終了したことを示す画面が映っている。
《東野(ひがしの)アズマの配信》
キャッチーな書体のロゴが躍るサムネイルには、配信中にプレイしていたゲームのタイトルと合わせて、ひとりのキャラクターの顔が表示されている。
群青色の髪に、右目が黒で左目が黄色のオッドアイが特徴的な、どこかチャラそうにも見える青年風のイケメン。
現実でこんな服着てる奴いないだろ、というファッションに身を包んでいるこのキャラクターこそが東野アズマであり、俺がVTuberとして活動している際に使っているアバターだ。
ブーンとパソコンの駆動音が微かに聞こえる中、俺はぼんやりと東野アズマを横目にカタカタとキーボードを打つ。
『配信終わった。安定の同時接続一桁に泣きそうw』
するとすぐさま返信が返ってくる。
『おつ』
『お疲れ様です』
『お疲れ』
暇だなこいつら、と思いつつこうやって返信が返ってくることに安心している俺もいる。
『同接は5人超えればいい方』
『それな』
『0じゃなきゃいいよ』
『0は虚無る』
『わかる』
レスポンスよくやり取りが進むのは、ディスコード上に作られた《新人個人Vの励まし合い》というサーバーだ。
ツイッターで適当につながった企業に所属せずに個人で活動している新人VTuber同士が、こうして他愛のないコミュニケーションを取り合っている。
最も、ここに集まっているのは新人の中でも、頭に『人気がない』とつくメンバーばかりだが。
でも、正直こいつらがいるから頑張れているというのはある。
新卒入社した会社を3年でやめ、勢いのままにVTuberデビューした俺からすれば、こいつらとの繋がりがなければとっくに引退していたとすら思う。
誰に知られることもなく、誰に惜しまれることもなく。
『アズマさん、お疲れ様です』
だからこうして俺を東野アズマとして認識してくれる人がいるだけで、嬉しくなってしまう。
『アズマさんって、やっぱりゲームが上手ですよね。見ていて楽しかったです』
『数少ない同接者のひとりはカレンちゃんだったのか』
『あ』
盛り上がるチャットをよそに、個別チャットを送ってきたのは、俺と同時期にデビューした女性VTuberの《アマリリス・カレン》だ。
直接会ったことはないが、ツイッターやディスコードでは頻繁にやりとりをする中で、なんとなく年下なんだろうな、と感じたので『カレンちゃん』と呼ぶようになっている。
『すみません。アズマさんの配信が好きなので』
『じゃあ、次もカレンちゃんに喜んでもらえるように頑張るわ』
『わたしじゃなくてリスナーさんを喜ばせないと』
『喜ばせるリスナーがいないんだわ』
なんて多少愚痴っぽいことも言えてしまう程度には、仲良くしている。
『カレンちゃんは今日、配信は?』
『23時からASMRの予定です』
『お礼に見に行くわ』
『あざまるうぃーす』
『おい』
『笑』
一桁の同時接続数と、全く増えないチャンネル登録者数に萎えていたが、カレンちゃんとのやりとりで多少は元気が出てきた。
そうすると一気に自覚するのが空腹感だ。17時にゲーム配信を開始し、時計を見れば20時を回ったところ。3時間も喋ってゲームをし続ければ、そりゃ腹も減る。
『飯食ってくるわ』
『はい。お疲れ様でした』
『おつ』
億劫になりつつ椅子から立ち上がる。ひとり暮らしするには十分だと思って契約した八畳一間のワンルームマンションは、配信機材のおかげで随分と狭くなってしまった。
デスク周り以外の家具なんてベッドと小さなラックぐらいしかない。これでクローゼットがない物件だったら、足の踏み場もなかったに違いない。
有名配信者であれば流行りの宅配サービスなんかを利用するんだろうけど、残念ながら底辺配信者にそんな余裕はない。3年の社会人生活で貯めた貯金を切り崩しての生活は、いつだってカツカツだ。
ということで、今日の夕飯もスーパーで5袋178円で購入した冷凍うどんだ。レンチンしたうどんに卵とミックスチーズからめ、適当に醤油をかければそこそこ食えるものになる。
ズルズルとうどんを食いながらYouTubeのトップページを見ていれば、目につくのは有名VTuberの配信中動画か切り抜き動画ばかり。
さっきディスコードでやりとりをしていたみんなの動画なんてひとつも引っかかってこない。現実ってやつを見せつけられている。
有名VTuberともなれば同時接続者数1万人を当たり前のように超えており、俺ら底辺VTuberはそもそもおススメ動画としてすら上がってこない。
そんな現実を目の当たりにすると、こう思わずにはいられない。
バズりてー。
一発バズって認知さえされれば、見てくれる人も増える。そうして何とか収益化まで出来れば、週に一回ぐらいは宅配サービスを使って飯を食えるかもしれない。
VTuberを知っている人からすれば小さすぎる夢かもしれないが、俺からすればいつ叶うかもわからない夢だ。
でも、そんな夢を見ているからこそ、俺は家にいるときは極力YouTubeを見るようにしている。このプラットフォームのどこかに、俺を押し上げるチャンスが転がっているかもしれないのだから。
「──ッ!?」
そして、見つけた。チャンスを。
体中で反応してしまったため、手に持った丼の中でうどんが跳ねたが、そんなことを気にしてたってしょうがない。
俺はそこら辺に丼を置くと、慌てるように『LIVE』と小さく赤い表示が出ているそのサムネイルをクリックした。
《来たれVTuber!!僕に勝てれば宣伝チャンス》
チャンネル登録者数70万人を越える、大手企業に所属する男性VTuber《戸羽丹(とわに)フメツ》の配信だ。
男子高校生風味のアバターを使い、雑談やゲーム配信を中心に歌ってみたなども上げている有名VTuber。
eスポーツ大会で実況・解説を務めるぐらいゲームが上手いのに加え、雑談配信でのトークも抜群に上手いため、男女問わず人気を集めるトップVTuberのひとりだ。
「……行くしかねぇ」
ポツリと呟いた俺は、慌ててデスク下に置いてあるゲーム機を起動する。コントローラーを手に取り、そのゲームのアイコンを選択する。
《大激闘!クロスファイトスターズ》
クロファイと略されるそのゲームは、世界的に有名な日本のゲームメーカーが作った対戦アクションゲームで、バトルフィールドから対戦相手が操るキャラクターを吹き飛ばせば勝ちと言う、シンプルだが爽快感に溢れるゲームだ。
大手企業が協賛となり、eスポーツの世界大会も開かれるこのゲーム最大の特徴は、オールスターシステムと呼ばれるもので、様々なゲームを代表するキャラクターが集合し、まさしく大激闘をする点にある。
総勢60を超えるキャラクターから自身の得意なキャラクターを選んでの駆け引きは、プレイするのはもちろんだが、観戦しているだけでも楽しい。
そんなクロファイを使った戸羽丹フメツの配信内容は至極シンプルで、自分とオンライン対戦をして勝ったVTuberに、その場で宣伝のチャンスを与えるというものだ。
その目新しさにひかれたのか、同時接続者数は驚異の2.8万人。そんな中で宣伝が出来るとすれば、たとえ1%の人しか俺の配信を見に来てくれなかったとしても、人数比で300%を越える。
あざとかろうが、なんだろうが、このチャンスを逃したくない。
そんな願いにも似た思いを込めてオンライン対戦に参加するためのパスワードを打ち込み続けていたら、他にも同じことを考えていたであろう多数のVTuberたちを押しのけ、俺は戸羽丹フメツとマッチングした。
『どんどん挑戦者が来るねー。次の人は、東野アズマさん。よろしくお願いしまーす』
そんな緩い挨拶と共に、俺のVTuber人生を占う一世一代のゲーム対戦が始まった。
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