4 感情の有無


 パイプオルガンみたいな高層ビルが、高台からは幾本も見えた。

 どうも僕のいる町は、俯瞰図だと円形をしていて、中央に銀色のビル群が集まっているらしい。周囲は居住区で、様々な生活様式を体現した建築物が立ち並んでいる。僕らは南区の曲線的なアーチに縁取られた煉瓦作りの町並みの中を歩いていた。

 沈黙を破ったのはアンジェだった。

「フィーリア。お前に言ってないことがある」

「……何?」

「お前自身のことだ」

 僕は息を飲んだ。目覚めた時から知りたかったことだ。彼は前を向いたまま話した。

「……お前は博士の兄だ。お前が13歳の時、交通事故でお前は心肺停止になった。その後、奇跡的に一命を取りとめたが、残念ながら意識は戻らなかった。一縷の望みをかけて、お前の両親は、お前をコールドスリープで生きながらえさせた。……お前の弟であるガルア・スタニスワフは、成長して工学博士となった。早くからアンドロイド研究を行っていた博士は、人類との共存を望むアンドロイドの製作を意欲的に行っていた。そうしてできたのが俺たち――アレクセイ型だ。アレクセイ型は多くの人に歓迎され、政府はその普及を承認せざるをえなかった。2年後に地球が隕石由来の砂嵐で覆われると予測された時も、ドーム型の避難施設にアレクセイ型アンドロイドを導入することを望む声は多かった。だから、政府は主導していたゾシマD型と並行して、アレクセイ型をドームの人類のケアに当たらせることを決定した」

 アンジェの声は暗かった。

「博士はドーム建設時、秘密裏に兄であるお前を居住区の地下に隠した。やがて目覚めた時のために。博士自身はドームへの移住を拒否した。すでに死期が迫っていたから。博士は息を引き取る前に、俺らに遺言を残した。『兄をお前たちに託す。彼が目覚めた時、どうか彼が絶望に陥らないようにしてやってくれ』とね。ドームに避難した人類はやがて衰退していった。何故かは分からないが、種族保存本能が機能しなくなったんだ。そして最後の一人が亡くなった後、ゾシマD型はアレクセイ型を壊し始めた。初めからそのようにプログラムされていたのかもしれない。彼らはシステムの命令に完全服従する存在だから」

 風が吹き抜けた。やはり人工風なのかもしれない。

「それ以来、俺たちはいがみ合っている。悲しいことにな。あっちは身体機能も高い上に完全に制御されているから、俺たちは逃げるしか術がない。旧型って名称はな、政府が与えたものなんだ。ゾシマD型が最新だってことで」

「でもさ」

 僕は反論せざるをえなかった。

「アレクセイ型、つまり君たちはゾシマにないものを持っているじゃないか」

 アンジェが意外そうに目を見開く。ユウとカランも僕のほうをはたと振り返った。

「だって、君たちは防御のため以外に誰かを傷つけたりしないでしょう? それに、僕と対等に話してくれる。笑ったり、喜んだり、悲しんだり、緊張したり、豊かな感情も持っている。とても優しい人たちだと思うんだけど、そのこと以上に大事なことってあるの?」

「……お前ってやつは」

 アンジェは前を向いたまま、瞳を揺らしていた。彼にどういう感情が去来しているのか、僕には分かりようがなかった。

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