3 白の襲撃
「フィーリア、起きろ」
耳元でアンジェの声がした。慌てて飛び起きる。その瞬間額に激痛が走った。
「いっ!!!!」
見ると、アンジェも額を押さえて痛そうな顔をしている。
「わわ、ごめんねアンジェ!」
「おめーさては見切り発車なタイプだろ……それどころじゃねーんだ。シンガタが来た」
「……え!」
「すぐ近くまで来てんだよ。とりあえずなんも持たずに俺について出入り口から出ろ。カランとユウは外で待ってる」
「……分かった」
ぎゅうと心臓が痛くなる。怖い。はっきりとした死の恐怖の穴に落ちそうになったけれど、なんとか立ち上がり、アンジェの後ろについて歩いていった。
彼の言ったとおり、扉の向こうに、緊張した面持ちのユウとカランがいた。
「来たね。今から階段を登って地上に出る。まだ入口付近までは来ていないけど、万一の時のために各々覚悟はしておいてほしい。近接戦が得意なアンジェを先頭に、ユウ、フィーリア、僕の順番で上がる。いいね」
「了解。フィーリアは何があってもカランと行動を共にするようにしてね。僕はアンジェの援護に回るから」
「分かった。集合はどこでするの?」
「一応考えているところはあるけど、今は秘密。とにかくカランと一緒にいて。それかもしも……」
目配せする3人。
「君以外の3人が全滅した場合は、それでも、走り続けるんだよ。……生き延びることだけ考えてほしい」
「……僕はなんにもできないの?」
カランは辛そうな顔をした。
「相手は君の10倍以上強いんだ。……できることはないと思って」
それきり僕らは沈黙して、階段を駆け上がった。地上に出るまでの間、僕はカランの言葉を反芻していた。できることはない。本当に? 確かに僕は非力だ。でも何か、それだけではないような気がしていた。
扉の前の踊り場に着き、先頭のアンジェがノブに手をかけ、一気にドアを開いた。……あたりはしんと静まり返っている。
「油断しちゃだめだよ」
カランが小声で言った。
そよ風が吹く。……これは自然風だろうか。それとも、ドームが作り出したものなのだろうか。
突然、視界の隅でアンジェとユウが銀色の銃を取り出すのが見えた。僕は状況を飲み込んだ。新型アンドロイドが予定より早くここに来たのだ。
既に新型アンドロイドが姿を現し、僕ら4人をものの数秒で取り囲んでいた。カランの言った通り、白いカラーリングに大型犬と人間の中間のような容姿をしている。首をわずかに上下に揺らしながらも、何も言ってこないのが不気味だった。アンジェは銃を構え、立て続けに数発打ち込んだが、どの個体もびくともしない。
唐突に、そのうちの一体がこちらに突進してきた。手を動かさず、足だけを高速運動させてアンジェの目の前までくると、無機質な動作で彼に手を伸ばした。
「アンジェ、危ない!」
僕は思わず叫んだ。でも声などなんの助けにもならない。実際に彼を突き飛ばしたのはユウだった。あっという間もなく、アンジェがいたところにユウは体を投げ出して、白い手はユウの体に絡みつき、
気がつけば僕は飛び出して、2人の前に両手を広げて立っていた。
「やめて! 彼に触れないで!」
目を瞑って無我夢中でどなる。死ぬかもしれないな。でも、不思議と悔いはなかった。
……いつまで経っても反応がない。恐る恐る目を開けると、白い犬たちは列を作って撤退していくところだった。
「え……?」
「みんな!」
「おまえら何やってんだ!!」
「フィーリア、怪我はないかい!?」
3人の声がして、僕は膝をがくがくさせながら振り返った。
「よかった、誰も危害を加えられなくて……。でも、どうして?」
「あれ、分かってて飛び出したんじゃないの?」
ユウが目を丸くした。
「あれはゾシマD型にも、きちんと制御機構が備わっているってことなんだ。早く言わなかった僕たちが悪かったよ、ごめんね。でも根拠もなく飛び出したなんて、そんな危ないこと」
「やっぱおめー見切り発車やろうだな」
アンジェが呆れ顔で僕を見た。でもその瞳には心配と安堵という矛盾する二つの感情がありありと浮かんでいたから、僕は思いきってアンジェにぎゅっと抱きついた。
「ごめんね、心配させて」
「はぁ?!?! 俺がいつおまえを心配したんだよバカヤロウ! ちょ、やめろ、この、」
「アンジェー」
なんだろう、アンジェの側にいると、ひどく懐かしい気持ちがする。僕は記憶を失う前、彼とよく一緒にいたのかな。でも、そんなことを今訊こうとは思わなかった。今がとても満ち足りていたからだ。
「うわーいいなー僕も」
ユウがほわんと僕ら二人を抱きしめてくる。
「お父さんポジションじゃねえか」
「いーだろー」
「俺が父親じゃねぇのかよ」
「アンジェはガラの悪いヤンキーママ」
「誰がガラ悪いだと」
「じゃあ僕は不可視の天使ポジション〜」
カランもむぎゅと抱きついてくる。
「なんだそれ」
「見えないところでみんなを見守ってるの」
「なるほど、たしかにね」
「今回は何もできなかったけど……よかった、みんなが無事で……」
彼が涙声でそう言うから、僕らはあたふたとした。
「ごめんね、心配かけたね」
「結果オーライだろ? ほら、みんな生きてるし」
「カラン、よしよし!」
ぽろぽろと、カランの赤銅色の瞳から透明な涙がこぼれ落ちた。拭おうとして気づいた。ホログラムだ。……なんて綺麗なんだろう。
3人でカランの機嫌をとりながら、僕は思った。確かに先程の行為はアンジェの言うように見切り発車だったかもしれない。でも、心のどこかで、僕は大丈夫だという謎の確信があった。それは根拠のないものではなく、信頼できる誰かにそう言われたもののような気がする。
天蓋がちらちらと光っていた。すりガラスの向こうの世界を覆い隠しながら。
……僕なら。もしかして3人を、この地獄から救い出せるかもしれない。
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