2 影の足音
カランはこほんと咳払いをすると話し始めた。
「えっと、まずね、僕らは“旧型アンドロイド”なんだ。旧型の端的な特徴は、人間と“友達になりたい”と願う性質を持つということ。他にもアンドロイドならではの機能は備わっているけどね。アンドロイドは人間の生活をより豊かにするためにこの世に生み出された自律型ロボットだという意味記憶はある……よね。よかった。人間とアンドロイドがどのような関係性を結ぶかは、製造元や型番、あるいは個体によって様々だけれど、それが僕らは友達という関係性になるんだ。あくまで僕らはアンドロイドだから、もちろん人間の指示に極力従うけれどね。あ、極力っていうのは、「人を傷つけなさい」とか、そういう自傷行為や他害には協力できませんよ、ってこと。これは制御機構として僕らの神経回路に備わってる。……ここまでは分かるかな」
僕は頷いた。他の2人も神妙に聴いている。
「よかった。続きを話すね。旧型と呼ばれているのには色々な訳があるんだけど、ひとつには、他の型と区別するためというのがあるんだ。他の型というのは、ゾシマD型……通称新型アンドロイドのこと。彼らはこのドーム内の運営管理を任されている政府系のアンドロイドで、僕らとは存在する目的も、機能も、容姿も違う」
「どういった人たちなの?」
「身体機能は人間の10倍。ドームの秩序を守ることが至上命題らしい。容姿は二足歩行の犬のようで、目鼻はついてない。全体的に白いボディを持っている。見てみたら一発でわかると思うけど、君が一人の時に遭遇しないことを祈るよ」
最後の言葉に引っかかって、僕は首を傾げた。
「なぜ?」
「彼らは僕らを襲うからさ」
突然物騒な単語が聞こえてきてぎょっとした。
「おそう?」
「そう。そうして、全機能を永久に停止させるんだ。目的は分からないけれどね。だから僕らはひとところにはいられない。充電する必要があるから、各家でプラグ受けから電気をとるんだけど、そうしたらあちらに見つかってしまう。命がけの隠れ鬼って感じだね」
「へぇ……」
僕は飄々と話すカランを不思議に思った。
「怖くないの?」
「何が?」
「……死ぬこと」
「ああ」
カランはなんだそんなこと、というふうに笑った。
「僕らはもう百年もこの隠れ鬼をやってるからね。とっくに心の準備はできてるよ」
百年。人が一人生まれて死ぬまでの年月に、3人はずっと逃げ、生き延び続けてきたのか。あれ、でも、ひょっとして。
「……もしかして3人の他にも」
「ああ」
カランは少し寂しげに微笑んだ。
「僕らの他に12人いたよ」
その夜僕は眠れなかった。分からないことが多すぎる。あの後、暗くなった雰囲気をかき消すように、アンジェが「辛気臭ぇ話はもういい! ウノやろうウノ! ルール知ってんのかフィーリア」と言いだして、急遽ウノ大会になったのだった。すごく楽しかったが、疑問は口に出せないままだった。
とりあえず、分かっていないことを整理してみよう。そうすれば訊くときにすぐ言語化できるはずだ。
まずは、ドームとは何かということ。どういった目的で作られた施設なのか。そして、僕の他にいた人類はどこに行ったのか。彼らの会話から察するに、少なくとももうこの施設には残っていない可能性が高い。そしてもう一点。……アンドロイドたちはここでどのような役割を果たしているのだろう、ということも。施設を支配するアンドロイドと、彼らから迫害を受けるアンドロイド。どういう事情があってこうなったのだろう。まさか、初めからこういった関係性ではなかったはずだ。途中まで人類もいただろうし。
そこまで考えて、毛布の向こうから眠気が降りてきた。よかった。なんとか言葉にはできた。明日にはカランか誰かに訊こう。ユウでもいいな。優しく教えてくれそう。アンジェなら。僕は毛布の中で吹き出してしまった。「んなこと知ってどーすんだよあぁん!?」とか言いながら、でも話してくれるんだろうな。
でも、僕は結局その次の日、その質問を誰にも尋ねることができなかった。
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