Day-X
Ai_ne
12/25-12/26
☆
12月25日。
この日は嫌いだ。
残業帰りの夜は、いつもより余計に明るかった。
右を見ても左を見ても、ぎらぎらとしていて具合が悪い。
もう十一時だと言うのに、どこの店も電気は点いたままだし針葉樹にまでぴかぴかと点滅する装飾品が施されている。
どこを歩いても、どこまで行っても光、光、光。
吐き気がしてきて、急いで駅のホームに向かった。
この日ばかりは、電車の待ち時間も鬱陶しい。
ベンチはひとつのマフラーを一緒に使う男女で埋め尽くされているし、自販機だって人が邪魔で使えやしない。
こっちは仕事で疲れているって言うのに気さえ休ませてくれないこの街に、どこか苛立っていた。
同時に、この怒りは理不尽だということも理解していた。
いつもと変わらない昨日も、いつもと少し違う今日も、誰も悪くない。悪いとしたら神様の生誕祭を性の六時間だと最初に勘違いしたヤツくらいだろう。
周りの人間たちに苛々する自分にも腹が立ってきたところで、煩い音を立てた電車がやってきた。
それに乗り込んで、真っ先に座席に座る。
そこが普通席だったのか優先席だったのかも確認していない。
程なくして、電車はすぐに満員になった。
座席は徐々に埋まっていって、発車の直前には立つ人で溢れていた。
自分の隣の席には誰も座ってなくて、ひとつ席を空けて同じようなスーツのおっさんが下を向いて眠っている。
それを見たら、欠伸が出てきて、こっちまでムショウに眠たくなってきた。
発車の合図が聞こえる。
誰かが慌てて駆け込んできている。
ドアの閉まる音がする前に、青色の鞄を抱えて視界を閉ざした。
☆
電車が揺れている。
設定温度の高すぎる暖房の音と、レールの上を走る音だけが、響き渡っている。
はじめは心地の良かったその音も、次第に煩わしくなって眠れない。
我慢ならなくなって、目を開いた時。
「────え?」
だれも、いないことに気がついた。
若い男女も、子連れの家族も、隣の隣で眠っていたおっさんも、どこにもいない。
在るのは空っぽになった座席と、過ぎ去る景色の残像だけ。
思わず立ち上がると、電車の揺れで体が倒れた。
痛みに耐えて目を開き直しても景色は依然、静かなままだ。
──いったい、どうなっているんだ。
「ゆめを、みているんじゃないかな」
少女の声がした。
聞き覚えのある……聞き飽きてしまったほどに聞いた、少女の声がした。
見失ってしまわないよう、急いで顔を上げると、先程まではいなかった白い少女が一人で席に座っていた。
黒いロングヘアーを綺麗に整えた女の子は、冬仕様の学生服に身を包んで、青色の鞄を大事そうに抱えている。
その少女は紛れもなく──五年前に自殺した彼女だった。
「里穂……なのか」
「うん、そうだよ。今年も会えたね」
純粋な笑顔には、曇りが見えない。
それは紛れもなく、彼女が里穂であることを証明していた。
「じゃあ、夢なんだな……お前は、あの時飛んだもんな」
「うん、そう。でも、夢でもいいから会いたかったんだ」
どうせ夢なんだ。なら、言いたいことを全部言ってしまおうと思った。
「懐かしいよね。死ぬ前は、死は救いかそうじゃないかで喧嘩したりしたっけ」
「お前が死ななければ、いつでも会えたんだよ」
里穂は少し屈んで、床に座る自分を見ながら話す。
「毎年毎年、そればっかり。私だって死にたくなかったよ」
「死にたくないのに、なんで自殺なんてしたんだよ」
その質問に、彼女は答えない。
その態度に苛立って、言葉をぶつけた。
「俺、お前がいりゃこんなことになってなかったんだよ! お前が死ななければ……お前が死ななければこんなクソみたいな仕事に就いてなかったんだよ!!」
「そっか……ごめんね」
はっと気づく。
いまのは、最低な発言だ。
理不尽だ。自分勝手だ。
自分の責任を他人に押し付けて、自分の後悔を他人のせいにして。そんなの、相手が生きていようと死んでいようと、しちゃいけないに決まっている。
「……ごめん」
こんな言葉を吐いても、里穂は笑ったままだった。
「ううん、大変だよね。まいにちまいにち、私みたいな人ばっかり見てさ」
「あぁ、大変だ。何ヶ月も薬を溜めて一気に飲んで病院に運ばれるヤツもいるし、病院内で自殺しようとするやつだっているんだぜ」
里穂は笑っているけれど、本当に大変なんだ。
物理的にも精神的にもぼろぼろだし、白衣も破かれて何回買い換えたか分からない。
飛び降りていなくなった里穂なんて、まだかわいいほうだった。
たくさんの命を見た。
たくさんの血を見た。
たくさんの人を見た。
たくさんの心を見た。
たくさんの死を見た。
たくさんの生を見た。
何回も辞めたくなったし、何回も泣きそうになった。
自分の弱さに吐いたし非力さを恨んで自分を殴った。
…………それでも。
「それでもさ、辞められないんだよな。仕事のこと思い出すだけでこんなに苛々するのにさ。笑っちまうよな」
「それも、私のせい?」
「いや、里穂のおかげだよ」
「そっか。キミは、ずっと優しいね」
「好きな人が同じ空の下に居なくなるって、結構悲しいんだぞ」
そうだ。
喧嘩して、どこを探しても、絶対に見つけられないなんて、そんな悲しいことはない。
そんな思いは、他の誰にもさせたくなかった。
「外を見るとさ、だんだん私の知っているものは無くなっていってさ、その度に少し寂しい気持ちになるんだけれど、キミのその優しさだけは、無くならないね」
「里穂にはそう見えてるんだな。それなら、良かった」
それ以降、喋る話題もなくて黙り込んだ。
いや、話題がなかったんじゃない。
本当は話すことなんて沢山あったのに、何故か静寂を求めてしまった。
『まもなく────』
アナウンスが、最寄りの駅を伝える。
立ち上がって里穂の顔をもう一度見た時、彼女は泣いていた。
「里穂?」
「ねえ、キミも、ずっとここにいようよ」
白い肌が、赤らんでいる。
目元も腫れて、鼻が詰まったような声しか出せていない。
好きな女の子を泣かせてしまうようなヤツだから、五年前に自分の元からいなくなってしまったんだろう。
「……でもごめんな。俺、行かなきゃいけないんだ。頑張らないとなんだよ、俺の仕事が必要無い世界になるまではさ」
電車の止まる音がする。
ひどくうるさいベルがなって、扉は開いた。
彼女の腕にあった青い鞄を手に取って、最後に「またな」を言おうとした時に、口が塞がれた。
「………………ずっと、待ってるからね」
☆
『────お降りのお客様は、ドアもとのボタンを押して、お降りください』
設定温度の高すぎる暖房の音と、アナウンスの声で目が覚める。
気づけば最寄りの駅。
疲れからか、長く寝すぎていたようだった。
でも、電車の中の仮眠にしてはかなり疲れが取れている。
むしろ、出勤前より元気かもしれない。
周りを見渡すと、若い男女達の八割くらいは降りていて、隣の隣に座っていたおっさんはまだ寝ていた。
ボタンを押すと、短い音の後にドアが開く。
改札を潜ってホームに出ると、白い粒が降っていた。
時刻は1:00。
昔は好きだったクリスマスが、すっかり終わっていた。
だと言うのに、夜はまだまだ眩しいままだった。
──いつの日かも、こんな日があったっけ。
その日の帰り道は、高校の通学路を選んだ。
普通に帰るよりは、すこし遠回りの帰り道。
ほんの気まぐれ。
懐かしい気分に耽って、今年もひとりの夜を過ごした。
Day-X Ai_ne @Ai_ne17
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