第162話 黒魔石の傷

 あの時、ダルタス様は黒魔石の粉で顔に痣を負った私をマントにくるみ慌ててその場を離れルークに治療をさせた。

 その夜は傷ついた私を一晩中だきしめていてくれたけれど…私の顔をみると目を伏せ目を合わせようとはしなかった。


 まるで負い目を感じているような…。

 何に?


 何に負い目を感じているの?


 醜い私は見たくない?


 結婚したことも後悔している?


 美しくない私には価値がない?


 そう言う事なのかと…考えまいとしても考えまいとしても…そんな風に考えてしまう。

 今日も仕事を休んでまで私の側にいたいと言ってくれてはいたけれど私の目はみようとはしていなかった。


 なぜ?


 なぜ?


 なぜ?


 リュート…は、いつもと全く変わらない態度で…いや、ちょっと怒っていて多分、厳しかったかな?

 でも、それは私にはちょっと心地よかった。

 怖かったけどね。


「ねぇ、リュート…」


「だめだ、主よ…それは我が答えることではない」


「む、まだ何にも聞いてない」と私が言うとリュートがすかさず答えた。

 最近、実態をもつようになってから、やたら人間くさいというか説教くさいというか…あまり優しくないように感じてしまうのは気のせいだろうか?


「今、ダルタス殿の気持ちを我に尋ねようとしたであろう?」


「そ、そうだけど…」図星だったのでちょっとひるんだ。


「そんなもの、直接きくがよかろう?我が言っても信じぬくせに…」と突き放された。


「た…確かに」


 確かに私はダルタス様本人が愛していると言ってくれても目をそらされるだけで疑ってしまっている。

 いや、っていうか目をそらすってやっぱりうとましいからじゃあ?


  「う…やっぱり、黒魔石の粉でできた痣のせいもあるのかなぁ?何か負の方向に気持ちが引き摺られれてる気が…」


  「ふむ、それはあるかもしれぬな。引き摺られないように…答えられる質問には答えましょう」


  「そもそも黒魔石なんてご禁制の品なんでしょう?なんでダルタス様の旧友はほいほい持って歩いてたのかしら?」


  「あれは、月の石と比べれば、けっこうどこにでもある」


  「え?そうなの?ご禁制なのに?」


  「自然の中にあるものだ。月の石のように大地から生まれる。クンテといったか?辺境からここまで来る途中に見つけたのなら、その者には魔が憑りつきやすい要素があったのだろう。本人はたまたま拾ったとか見つけたとか思っているのだろうが、それは違う。黒魔石のほうから、その者を選び、自分を拾わせたのだろう」


  「要素って?」


  「妬みとか、劣等感とか、人の持つ“負”の感情だな…今の主にも痣の分だけあるものだな」


  「う…そうなの?でもそれじゃあ、禁じてもしょうがないんじゃあ?」


  「それでも、人には負の感情が高ぶっている時とそうでない時がある。黒魔石を手にしても本人に抗う気持ちがあれば神殿に浄化のため奉納をするのが通常だ。本人の意識が黒魔石に完全に乗っ取られる前に手放せば問題ない。もしくは持っているのを見かけても奉納を促すか通報するべきだと定められている筈だ」


「じゃあ、最初から気持ちが負けちゃってたら取り込まれちゃうのね?」


「そういうことだ。あの黒魔石はたまたま拾ったのだろう。たぶん最初は神殿に届けるつもりで持ち歩いていたが結婚式であるじを見て懸想けそうしたのだろう。そしてものの見事に振られたものだから、気持ちが負の方向へ真っ逆さま…黒魔石に完全に捕らわれ操られていたのであろう。わざわざ砕いて粉にまでして用意周到であの夜会に来ていたようだからな…」


「懸想って…れちゃったって事?何それ?私はすでに人妻だし!」


「うむ、どうにもならぬと思う気持ちが余計に拍車をかけたのであろう」


「そんな…。でも、もう黒魔石の粉はひきはなしたのだから、意識は正常にもどっているのよね?」


「ああ、昨日の今日だが、普通の会話ができるくらいには自分をとり戻しているだろう」


「では、会いたいわ」


「会ってどうする?」


「話がしてみたいだけよ」


「ふむ…では、行きましょう。お支度を…」

 そう言ってリュートは私を止める事もなく案内してくれたのだった。

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