第161話 精霊は

ルミアーナは、布団にくるまりながら大きな大きな溜め息をついた。

少し前にルーク王子が、お見舞いに来てくれたが、さすがに落ち込んでいる今は会いたくないと、フォーリーに伝えてもらった。


嫁いでからもフォーリーは自分の侍女としてついてきてくれている。

ありがたいことだ。


「姫様、大丈夫ですか?」


「あ~あ、なんかなぁ、私そうとう酔っぱらってたのかなぁ~、あんなの私が割って入らなきゃあ、ダルタス様なら普通によけてたわよね~」


「それは…そうかもしれませんけど…」


「ごめん、言ってもしょうがないわね…」


フォーリーはうっすら涙を浮かべている。

まるで私より傷ついているように見える。

正直、自分より先に落ちこまれると自分が思いっきり落ち込み切れずに不完全燃焼をおこしそうだ…。


すごく申し訳ないけれど、ちょっとお買い物にでもでてもらおう…。

「フォーリー、申し訳ないんだけれど隣町までお買い物頼めるかしら?トッテリアーノのチーズ専門店でラッティチーズ!今度、チーズを使ったケーキを作りたくて!あ、それとその帰りに実家によって、私は大丈夫だと伝えてちょうだい。実家でも、大げさな噂だけ聞いて心配していたらいけないから」


「は、はい。かしこまりました」フォーリーはルミアーナが一人になりたいのだとすぐに理解して素直に従った。


ルミアーナは一人になって考えてみた。


罰が当たったのかしら…。


ダルタス様のお気持ちを私が美しくなければ…等と疑ったりしたから…と、今更ながら色々思う。

美しい美しいなどと言われて己惚うぬぼれてもいたかもしれない…。


手鏡を持って自分の顔を映す。

「まるで、だいなしね…」

つーっと涙が頬を伝う。


「ふふっ、やっと泣けた…」

ダルタス様も、フォーリーもブラントも、お婆ドリーゼ様も、私の顔を見て絶望したような顔をするんだもの…。


考えたくは無いけれど、やっぱり私って"綺麗"なだけの価値の人間だったのだと思いしる。


もう、焼けるような痛みもない。


でも、鏡にうつる自分は美しいとは、言い難かった。

顔の右半分と首筋に至るまでが、赤黒いまだらになって、正直、自分でも怖い。


ふつうの打ち身の痣なら、時間がたてば治るんだろうけど…。


「リュート…」と、私は自分の月の石の精霊を呼んでみた。


「お呼びか?主よ」

リュートは直ぐ様、実体を伴って現れた。


「どうした?元気がないようだが?」

その口調があまりにも普通で拍子抜けした。


そして、やっと大声で泣くことができた。


「落ち着け、泣きたいなら泣けばよい。痣など大したことではない」

リュートは静かにそう言って私の涙をそっと手で拭った。


「え?そうなの?」


「じゃあ、この痣も消せる?」


「それは、無理だな」


「えっ?どうして」


「我らの力の源である主が受けた汚れは、我ら精霊が受けたも同じ」


「は?」


「主が御身を大事にせぬから、我らも痛手を負ったという事だ!」


「え?何?ひょっとして怒ってる?」


「当然だ!主よ!貴女自身が穢れを受けて我らの力も弱っている。あの時、ルーク王子が側にいてすぐに浄化をこころみたから、その程度ですんだのだ!この馬鹿者!」


そのすごい勢いにびくっとなった。


「ごめんなぁさぁぁぁい!」思わず反射的に謝る。


リュート…マジ怖っ。

きれいな子が怒るとマジ怖いデス。


「で!でも、結婚してダルタス様と結ばれてさえ…」


「主よ!其方は夫、ダルタスを愛しているのであろう?ダルタス殿もだ!真実の愛の行為は”穢れ”などではない!このあるじが!」


「は…はいっ!ごめんなさい」

な、慰めてもらうつもりが怒られてしまいました。

しかも扱いである。


でも、怒られて、さっきまであんなに悲しかったのに驚いて涙も引っ込んでしまった。

そうか、私の軽率な行動で精霊たちまでもが被害を…。


「でも…そうか…やっぱり、この痣は消えないのね?」

変わらない事実に正直、落胆した。


「それが、どうした?気にする事もない」


「ええっ?だってリュートたち月の石の精霊の力も弱まるのでしょう?」


「…あざなど些末な問題だ…」


「些末?これが?」


「痣より問題なのは、主の心だ…」


「え?」


「わからぬのなら、それまでの事」とリュートは淡々と言い放った。


冷たい…。

ふとリュートの腕に目をやるとそこには私の顔に出来た痣と同じものがあった。


「リュート!それ!」とリュートの腕をひきよせ衣を持ち上げ見た。

痛々しく見えるその痣はリュートの右腕の半分以上を覆っていた。


「主の痛みは我らの痛みなのですよ」と少しだけ眉をしかめてリュートが言った。


「そ、そんな…私…」


「主は主である自覚をもって御身を大切にしてください。普通の怪我ならいざ知らず、主の穢れは我ら月の石の穢れとなるのですから…」


「主は私にこのような痣ができたら私を嫌うか?」と急にリュートが言った。


「何言ってるの?そんな訳ないじゃない」


「ふっ…我も主の顔に多少変わった模様があろうがなかろうが、どうでもよい。それで良いのではないか?」とリュートが言う。

その声は優しく穏やかだった

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