第136話 美しすぎる花嫁

 大神殿の奥、花嫁の控室では美しい衣装に身を包んだルミアーナに母ルミネ、リゼラ、フォーリーが付き添っていた。


 ルミアーナとダルタスが駆け落ちしていた間にある程度仕立てられていたドレスは、光沢のあるシルクの様になめらかな生地に白いレースの飾りがふちどられ、真珠がちりばめられていた。


 その光を織り込んだような白いドレスはシンプルなラインで清楚かつ上品な印象である。


 さらに、ルミアーナ自身の淡く光を放つような金色の髪と宝石のような双璧の瞳は希望に満ち、生気にあふれ、よりいっそう輝きをましていた。


 長年、一緒に暮らしてきた実の母や侍女のフォーリーですらその美しさには息をのみ、側近の近衛騎士リゼラは熱いため息をもらした。


 そして胸元には(これも、二人が駆け落ち中に、ラフィリル一の職人に作らせた逸品に、なるが)月の石を美しく装飾したブローチと耳飾りがあしらわれルミアーナの美しさは真に神々しいまでである。


 頭には美しい刺繍の縁取られたレースが母の手でかけられた。


「あああ~せっかくの美しいお顔が隠れてしまいます~」とフォーリーがいうと、


「あらでも、薄いレースだから透けてみえてるわよ?」と母ルミネが言って、

「そうですよ。それにルミアーナ様の美しさはレースごときで隠しきれるものではございませんわ!」とリゼラが太鼓判を押した。


「もう、皆ってば、こんなに美しいレースなんだから、気にいってるのよ私」と言いながらも、自分が美しいと褒められて悪い気はしないルミアーナである。


 準備が整うと同時に父のアークフィル公爵が入ってきた。


「おお、なんと…ルミアーナ、綺麗だよ」父は娘の晴れの姿に感極まりながら声をかける。


「お父様、ありがとうございます」ルミアーナは、心からの感謝を父に伝えた。


 父は娘を慈しむように軽く抱きしめ「幸せにおなり」と声をかけた。

 そして覚悟を決めた様にそっと体を離し向きなおった。


「さぁ、花婿が祭壇で待ちわびているよ…いこうか」と手をさしだす。


 ルミアーナは父にエスコートされ、祭壇にむ向かう。


  母とリゼラ、フォーリーも用意された席へと向かった。


 今日ばかりはルミアーナのたっての願いと言う事もあり、侍女も側近の騎士も身分を問わず列席が許されている。


 そして荘厳な雰囲気の中、列席者の居並ぶ中、祭壇へと向かう花嫁と花嫁の父。


 そこには神殿長ディムトリア老師とダルタスが待ちわびていた。


 ダルタスは緊張もあってかいつもより三割増し怖い顔になっている。

 アークフィル公爵もルミアーナも慣れていて全く気づかないが周りの列席者は花婿ダルタスに恐怖しているようだった。


 父親アークフィル公から花嫁ルミアーナは花婿ダルタスへと手渡される。


 花婿の父アークフィル公と花婿ダルタスが一礼し、父は一番前の席、母の隣に着く。


 王と王妃は反対側の一番前の席にドリーゼやネルデアと共に席に着いている。


 楚々とした花嫁姿のルミアーナに列席者から溜め息がもれる。


 「なんと…噂通りの美しい姫君ではないか」という様な声も漏れた。


 顔はレースにおおわれていてぼやけているが、シンプルなラインのドレスはルミアーナの引き締まった細身の体を儚げで可憐に見せている。

(実際は大の男ですら投げ飛ばすようなルミアーナなのだが、そうは見えない)


「本当に…うすいレース越しにも溢れ出るような美しさですわね」と皆、公爵令嬢の花嫁姿を褒めたたえるように囁き合う。


 しかし、まちわびる花婿ダルタスに目をやるとそのたたずまいに恐れをいだき、列席者の多くは世間の噂話を全部ではないにしても信じていたので、花嫁は花婿に嫌々嫁ぐのであろうと気の毒そうに花嫁を見るのだった。

(ダルタスは、単に嬉しさの余りにやけるのを抑え、冷静に振る舞おうとしていただけなのだが、それが、普段のダルタスを知らぬものには、顔の傷もあいまって余計恐ろしく冷たい表情にみえたようである)


 鬼将軍に見初められ恐怖の結婚を迫られた気の毒な姫君というあり得ない印象が貴族の間でもまことしやかにひろがっていたのである。


 そして今日の司祭であるディムトリア老師の声が響く。


いにしえの時代より降り注ぐ聖なる光、”月の石”の祝福を!汝らを夫婦と認め祝福す」と、高らかに宣言する。


 すると祭壇におかれた三百年以上の昔から現存していたといういにしえ月の石が輝きを放ち二人を包んだ。

 (ルミアーナの部屋から回収されていた月の石達である)


 列席していた人々から「おおっ」とどよめきがおこる。


  「なんて神々しい光…」


  「神話のよう…」と感嘆の声がささやかれる。


  「伝説の月の石はよみがえり、二人を祝福した。この婚姻はおごそかに成立した!」と司祭が高らかに宣言し人々は歓声をあげた。


  「では花婿は花嫁に誓いの口づけを…」と司祭がいうと、花婿が花嫁のベールを持ち上げる。


 またまた列席者からはどよめきが起こった。


 その輝くような美しさを目の当たりにし再び驚いたのだ。


「「「「「おおおっ!」」」」


「「「なんてこと!」」」


「まるで妖精のような!」

「いえいえ!天使のような!」

「いいえ!女神のような」


「「「「美しい…」」」」

「「「「とにもかくにも、お美しい」」」」

「「このような姫がいたなんて」」と驚愕するようなどよめきで神殿はざわついた。


 そして、そこに列席する人々はその姫の表情にも驚いた。


 それは、とても嫌々結婚しようとする花嫁の顔ではなく、幸せに頬をそめる幸せな美しい笑顔だったからだ。


 そして鬼将軍と呼ばれた花婿の花嫁を見つめる眼差しもそれはそれは優しく、その柔らかな雰囲気に周りの者は息をのんだ。


 あの鬼将軍と呼ばれた男とも思えぬ優しい笑みは、今まで将軍へ恐怖の念を抱いていた貴族令嬢達ですら思わずときめいてしまいそうな甘やかさだったのである。


 この二人がであることは誰の目にも明らかだった。


 ふたりは口づけを交わし、生涯の愛を誓い合った。


 そして花婿は花嫁を抱きかかえ、退出する。


 このまま神殿の外に待たせてある馬車に乗り込みパレードである。


  出口に近づくほどに兵士や騎士団の皆が固まっていて二人に声をかける。


「将軍!姫様おめでとうございます!」


「ちくしょーっ!将軍うらやましいーっ!きーっ」


「いいなぁ!将軍!」とやっかみながらも温かい祝福の声が飛び交う。


「皆、ありがとう!」と花婿が応え馬車に乗り込み皆に手をふる。


 ルミアーナもこれ以上ない位の幸せそうな微笑みで皆に手を振った。


  噂の花嫁を一目見ようと押し寄せていた民衆からもどよめきが起こる。


「「「えええっ!」」」


「ちょ!何?何なの?」


「あの姫様!人間?妖精?天使?」


「「「きゃああ!可愛い~っ!」」」


「嘘だろう!あんな美しい方がこの世にいるなんて!」


「かっわいいいぃ~っ!姫様!お幸せに~っ!」


「姫様すごく嬉しそう!」と満面の笑顔の花嫁を垣間見て民衆からも思わず笑顔がこぼれる。


 パレードが行く道々皆が驚き、そして喜び祝福した。


 ルミアーナの満面の笑顔を見てしまった民衆はもう大熱狂だった。

 ちょっとしたアイドル誕生といった感じだろうか?


 噂の眠り姫は、噂通り、いや、噂以上に、この世のものとも思えぬほどの美しさと可愛らしさだった。


 そこで、惜しげもなく振り撒かれる美少女のとびきりの笑顔である。


 人々が熱狂するのも無理はなかった。

 老若男女の心は、半狂乱で、もはや、きゅん死に寸前かという勢いである。


 そしてダルタスへの印象もこのパレードで少し変わったようである。


「なんだ!鬼将軍ていうからもっと恐そうに思ってたけど姫様には優しそうじゃない?」


「姫様だけに優しいってなんかな感じ、ちょっと良くない?」


「うんうん、なんかちょっと素敵かも?」と、ここにきて初めて可哀想なダルタスに対する高評価?が出てきた。


 このパレードが終われば三日三晩のお祭り騒ぎである。

 夜には花火と露店が街をにぎわす予定だ。


 新居となるダルタスの館にも祝いの客が押し寄せ、そこで披露宴が行われる。


 それにもぐりこむぞと息巻いていたダルタスの旧友のクンテとツェンも神殿の出口に陣取り二人の様子を見ていたがあまりの想定外に腰をぬかしそうなほどに驚いていた。


「おいおい、嘘だろう?誰だよ、眠り姫が不細工なんてデマ流したのは…まぁ少数意見だったけど…」とつぶやくのはクンテである。


「ほんと…あんなに綺麗な女性…初めてみたよ…本当に人間ひとなの?あんな女神様みたいな方がダルタスの嫁さんて…夢みたいだ…」ツェンも思わず呟く。


 するとたまたまだっただろうが、ルミアーナがツェンやクンテの方に振り向き、民衆に向けて笑顔を振りまいた。

 花も褪せて見えるような絶世の美少女の幸せいっぱいの笑顔である。


「「やばい!可愛すぎだろぉ」」と同時に身悶えする二人だった。

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