第137話 クンテとツェン

 人々の歓声の中、パレードが終盤に押し迫った頃…。


 クンテとツェンは終盤地点でもう一度、近くで二人の姿をみようと先回りをしていた。


 少し小高い場所があり、そこからならパレード用の天蓋のない馬車に乗る二人の姿もよく見えそうである。


 二人はそこに集う三人の娘たちの間に入ろうとした。


「「ちょっと!横入りしないでよっ!」」


 割り込むクンテとツェンに先にいたうら若い町娘たちが怒ったが、二人の顔をみて娘たちはぽっと顔を赤らめた。


 そう、クンテとツェンは、なかなかの美男子であった。

 

「可愛らしいご婦人方、ごめんね?僕たち、実はダルタス将軍の友達でね!遠方からやって来てパレードなんて初めてだし、どこでみたらいいのか迷って」とクンテはわざとらしく困った風な顔をして見せる。


「クンテ、お嬢さんたちの邪魔をしてはいけないよ。君達、ほんと、ごめんね僕らは向こうへいこうクンテ」とツェンがまた、心底、残念そうに言った。


 娘たちの罪悪感をさそうような実に巧妙な手口?である。


「ダルタス将軍の?ま、まって下さい!そういう事でしたら、どうぞ、どうぞ!私達昨日の朝からこの場所を取っていたんだけど、つめれば二人くらい座れますし、一緒にみませんか?」と引き留めた。


 将軍と友達なんて身分も高いだろう!あわよくば玉の輿である。

 公爵の地位をもつダルタス将軍の友人ともなれば、やはり貴族だろう。


 娘たちは喜んで二人分の場所を作りクンテとツェンに明け渡した。


 イケメンの若者二人に娘たちは、そわそわとしながらも笑顔をふりまき手招きする。


 こういう乙女たちの反応になれっこなクンテとツェンは

「いいのかい?悪いね、ありがとう」と軽くウィンクすると三人の娘たちは揃ってぽっと顔をあからめた。

 

 そうやってクンテとツェンは、ちゃっかりと見やすい場所を確保し、本格的に馬車が通るのを待った。


  向かい側の木の上にまで人がむらがり、パレードを見ている。


 そうして、いよいよルミアーナ達の馬車が差し掛かったとき、木の枝がバキバキと音をたてて折れた。


 そして一番先まで身を乗り出していた子供が転がり落ちて馬車の前に倒れ込んだ。


「「「「あああっ!」」」」と人々が叫び、一瞬、子供が馬車にひかれるのを覚悟して息をのんだときだった。


「はぁっ!」と掛け声をあげ、ダルタス将軍が大きく飛び跳ねて馬車の前に出て子供を庇った。


 するとルミアーナ姫が御者の前に身を乗り出し先頭の馬に飛び乗って手綱を取って無理やり馬を止めた。


 ひひ~ん!と馬がいななきルミアーナに制されて馬はダルタスと子供の直前で止まる。


「ダルタスさま、大丈夫ですか?さすがです!」


「ああ!おまえもな」とダルタスがにっと片方の口角をあげた。


 その息ぴったりの動きとすばらしい活躍に民衆は驚き興奮した。


「「「「わぁあああーっ!」」」」」

 と歓声があがる。


「「 「すごいぞ!鬼将軍!」」」


「「「さすがは我が国の守り手!」」」


「「「「「 姫様もすごい!」」」」」


「あんなに可愛らしいのにすごい手綱さばき!」


 やんややんやと大騒ぎである!あちこちで感嘆する声や雄叫びが聞こえた。


 そしてダルタスに助けられた子供…3~4歳くらいの男の子はダルタスの腕の中で泣き出した。


「うわぁ~ん!」


「わわわっ!何でだ!あ、俺が怖いのか?すまん」とダルタスが慌ててルミアーナに男の子を渡す。


「まさか!ダルタス様が怖いだなんて!命の恩人よ?」と言いながらも男の子を受け取り抱っこする。


「よしよし、さぁ、泣かないの!男の子でしょう?みんなの大きな声に驚いたの?」とにっこりと笑いかけた。

  男の子はこくこくと頷き、きゅっと目をつむるとルミアーナにしがみついた。


「すみません!すみません!うちの子が!」とその子供の父母らしき男女が慌ててかけより子供を引き離そうとしたが、子供はぎゅっと花嫁にしがみついてなかなか離れなかった。


「やぁ~だ~っ!お姫しゃまといっしょにいゆいるのぉ~!」


 周りからはどっと笑い声が溢れた。


 明らかに平民と思えるその子供を抱っこする花嫁ルミアーナに民衆はますます好感を持った。


 普通の貴族令嬢なら泥だらけの子供になど手すら触れようとしないことを皆しっているからだ。


 このお姫様は違うのだ!と皆は思った。


 両親が平謝りする。


「すみません!すみません!姫様に何てこと!ああ!せっかくの花嫁衣装に泥が!」と子供の母親が真っ青になり、両親そろって腰が折れるのではないかと思う位何度も頭を下げた。


「あら、お式は終わったしパレードもその角を曲がったらすぐに屋敷で終わりだもの。全然大丈夫よ。洗えばすむしね?そんなことより子供さんに怪我がなくて本当によかったわね」と両親にも優しく声をかけた。


「さぁ、僕もお母さんのところへ帰らないとね?」とルミアーナが男の子のほっぺをちょんとつつくと子供は嬉しそうに「はぁい」と返事をして素直に母親の差し出す手に戻った。


「もう、この子ったら!」と母親は涙目である。


 父親の方も、すっかり恐縮してダルタスにぺこぺこと頭を下げる。


「ありがとうございます。ありがとうございます。本当にどれだけ感謝したらよいか」


「ああ、気にしなくていい。ルミアーナも気にしていない。怪我もなくすんで良かった」とそっけなく答える。


「そうそう!じゃあ、気をつけてね」とルミアーナにっこりとするとダルタスがさっとその手を取り馬車へ戻った。


 咄嗟の事に動けなくなった御者や従者たちも慌てて隊を組みなおす。

 夫婦と子供はペコペコと頭を下げながら端により恐縮しながらもルミアーナが手をふると嬉しそうに手を振り返した。


 そして後ろから騎士姿のリゼラが号令をかけ、仕切り直し、再び馬車は屋敷に向かって進みだす。


 この光景は後々、劇団で上演され、吟遊詩人たちによって他国にまで伝わるほどの語り草となった。

 

 馬車から軽々とその大きな体を跳ねさせて馬車の前に降り立ち子供を庇った英雄と馬をすんでのところで止めた美しい花嫁!


 そして泥だらけの子供をドレスが汚れる事も気にせずに抱きかかえてほほ笑んだ天使のようなその姿。

 すべてが民衆の心を鷲掴みにするようなエピソードだった。


 そして「眠り姫」の呼び名がこの時から夫婦で「美少女と野獣」に変わったのも付け加えよう。

 まるで、異世界にいたころよく読んだ物語のタイトルに何となく似ていると思ったルミアーナだった。


 そしてこの光景を間近でみていたクンテとツェンにとっても忘れられない衝撃の場面となったのだった。


「なに?あの子…馬にも乗れるの?なに?あの身のこなし…ダルタスも相変わらずスゴかったけど、あの子、ダルタスにも負けないくらいスゴくない?」とツェンが呟く。


「ツェン…」


「なに?クンテ」


「今夜の披露宴、絶対もぐりこむぞ」


「当たり前じゃん、ここまで来て二人に会って話さずして帰れるもんか」


「…だよな」


と、握りこぶしをぶつけあうダルタスの旧友クンテとツェンの二人だった。

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