第42話 祖母ドリーゼとの対面

 ドリーゼは、自室でメイドが呼びに来るのを今か今かと待ちわびていた。


 公爵令嬢が到着してから随分と長い間またされているように思うのに何事かあったのだろうか?

 中々呼びに来ない。


 かと言ってこちらから呼ばれもせずに出向くのもまるで待ちわびていたように思われるのはしゃくである。


 まさか、このまま自分を放置するつもりでは、あるまいな?と訝しむ。

 だとしたら、どれほど自分を貶めるのだと思う。


 あれこれ考えて悶々としていると馬車がついてから半時以上もたった頃、ようやくメイドが呼びにきた。


「大奥様、ご主人様のご婚約者の公爵令嬢ルミアーナ様とルーク王子様がお目にかかりたいとお見えです」と伝えてきた。


「ルーク王子が?なんとした事かしら!王子がおみえだったなんて!お待たせしては申し訳ないわ」と足早に客間へと向かった。


 孫とはいえ王子であるルークはダルタスや自分よりも位が上である。


 性悪令嬢などどうでもよいが、この国の王子を待たせるなどととんでもないことである。


 しかし何故、ルーク王子がダルタスの婚約者と一緒に来たのか?ドリーゼは思いがけない事態に戸惑いを覚えた。


 客間に入ると直ぐ様、ダルタスが戸口で出迎え、ルーク王子と公爵令嬢ルミアーナが椅子から立ち上がる。


 すかさずドリーゼがルーク王子に臣下の礼をとり胸に手をあて腰を少しかがめて頭を下げる。


「ルーク王子、お出迎えも致しませず申し訳ございませんでした。ようこそ、いらっしゃいました」

 そして頭を上げるとちらりとルミアーナの方に目をやる。


「!」ドリーゼは驚きに目を見開いた。


 そこで目に入ったのは、妖精とも見まごうキラキラふわふわなお姫様だった。


 後ろには見目麗しい女騎士と侍女をお付きに従えていて見るからに高貴で清廉な雰囲気である。

 ドリーゼは、一瞬、その高貴な雰囲気にのまれそうになるが、なんとか負けじと堪えた。


 そして何も(ルミアーナ守り隊のことを)知らないダルタスがドリーゼにルミアーナを紹介する。


「お婆様、私の婚約者のルミアーナです。ルミアーナ、祖母のドリーゼ・ラフィリアードだ」


「お初にお目にかかります。ドリーゼ様、アークフィル公爵が娘、ルミアーナと申します」と、ルミアーナは、ドリーゼに礼をとった。


「あ、あら…」とドリーゼはちょっと面食らった。

 何故ならブラントから散々、聞いていた悪女のイメージとあまりにも違ったのである。

 しかも公爵令嬢でありながら躊躇なく自分にむけて先に礼をとった。

 この国では下の者から先に礼をとり挨拶をとるのが正式なマナーである。


 そして上のものが良ければ言葉を返すのである。

(まぁ、美羽の記憶を持つルミアーナにしてみれば目上の人に自分から挨拶するのなんて当たり前なだけだったが、そんな事はこちら世界の人間は知る由もない)


 ダルタスの祖母であり王妃の生母とはいえドリーゼ自身は、王妃から絶縁されているに等しく、それは他の貴族にも知られている事実である。


 ドリーゼの生家は伯爵家で、正確には公爵位を持つ将軍の身分にすぎない。

 生まれながらに公爵令嬢のルミアーナのほうが血統的に高位の貴族である。

 従って、本来は、ドリーゼの方から礼を取って然るべきなのである。


 そこを躊躇もせず、ルミアーナの方から礼をとった事に、ドリーゼは正直驚いたが悪い気はしなかった。


 何?このご令嬢?

 聞いていたイメージとちょっと…いえ、全然違うのだけれど…と、困惑しているとルーク王子が言葉を発した。


「お婆様、ルミアーナ姫は僕や兄上とも仲が良いのですよ。お婆様にも長らくお会いしていなかったのでお邪魔かとは思ったのですが僕もお婆様にお会いしたかったのでついてきてしまいました」


「ま、まぁ、ルーク王子、もったいない…しかし、王妃様は?王妃様は、ここに来る来ることは反対なさらなかったのですか?」と、王妃むすめに拒絶されていることを自覚しているドリーゼが言った。


「それなんですが、実のお母様と仲たがいなどと、お互い悲しすぎると言うに絆されたと母上はおっしゃられ、お婆様が健やかにお過ごしか僕に様子をみてきてほしいと」


「えええっ!まさか?王妃様グラシアが?」と、ドリーゼは驚きの声をあげた。


「ええ、自分も頑なになりすぎて、長く親不孝をしてしまったかも…と仰っておられましたよ」と、ちょっと切なそうにルークが微笑む。


(嘘だけどね!)

(王妃様はまだ全然、お婆様の事、許してないけどね)


 …内心、はははと乾いた笑いをもらしたくなるが、まぁこれも作戦のうちだしね~と思う。

 実際、ルミアーナの為にと渋々ではあるがドリーゼに自分をつかわしたのは事実だし、まぁ半分は本当だ。


 これまで、僕や王太子あにうえにも一切の関わりを持つなと言ってたのが、ルミアーナのおかげで来ることになった訳だし…多少の演出はアリだろう…と思うルークである。


「ま、まぁ、そうなのですか?別に私は何とも思っておりませんのに、もったいないお言葉です事」と、つんとする。

 ドリーゼは、嬉しい事を素直に口に出来るタイプではなかった。


 きょとんとした顔で二人の会話をじっと聞いているルミアーナにドリーゼは気づいたが何を話しかけたらよいのか戸惑う。


 もっと毒々しい女を想像していたのに、まだいとけない少女でいかにもか弱そうである。

 しかも、あの頑固な王妃むすめが、この令嬢のおかげで、私に思いやりまでかけるようになったと?


 一体、うちの家令はなんだってまたこんな可愛らしい令嬢に孫が誑かされたなどと言ったのか?

 身分といい容姿といい申し分ないではないか?と不思議に思った。


 さすが王太子妃候補一位と噂された姫だけはある。


 むしろ、普段は私の事を避けているくせに…しげしげとやって来ては、ルミアーナ嬢の悪口を言っていた家令の方が何やら嘘くさいかも?と思い付いた。


 そして、もしや私とルミアーナ嬢が仲たがいするようにしむけたのでは…?という考えに至った。


 それこそ何の為に?とも思うが、家令であるブラントはどちらかというと嫁のネルデラに同情的だったし、身分の高い令嬢がダルタスの嫁に来ればいくら乳兄弟でも今までのように主のダルタスと気安い言葉をかけあうことも出来なくなると危惧したのではないかしら?とも思う。


 いや、でも、まだわからない。

 猫を被っているだけで、やはり家令のいうとおりの悪女…いや、小悪魔かも?


 つい、そんな事をあれこれ思い悩んでいたドリーゼはうかつにも、きちんと礼をとったルミアーナに言葉を返さずにいた。


 これは、同等もしくは、それ以上の身分のものに対しての態度としては、な事である。


「お婆様は、ルミアーナに声をかけては下さらないのですか?」と、静かだが怒気を孕んだ声でダルタスがドリーゼにむかって言った。

 普段無口で、自分にこんな風に怒気を孕んだことなどなかった孫の様子に内心慌てる。


「ま、まぁ、ちょっと考え事をしてしまっただけではないの!」とダルタスに向かって言うと、ルミアーナに向き直った。


 とりあえず、この令嬢は身分も申し分ない事だし、身分の低かったダルタスの母親とは訳が違う。

 しかも、王家との繋がりが深そうである。


 さらには、自分を立ててくれている様子。

 あからさまに意地悪するのは得策ではないとドリーゼは悟った。


 こほん、と息を整えてドリーゼはルミアーナに声をかけた。


「ごきげんよう、ルミアーナ嬢。私がダルタス将軍の祖母ドリーゼです。よくいらっしゃいましたわ」と答えた。


 ルミアーナは満面の笑みを返し、用意していたお土産を取り出す。


「これ、宜しければ、お納めください。今日の出会いの記念に選んだお品をお持ちしました」と綺麗な装飾の施された小箱を差し出す。


「ま、まぁ、何かしら?ありがとう」と受け取る。

 ドリーゼは小箱を開けてみた。


 中にはそう、月の石である…。

 ドリーゼはそれを不思議そうにみた。


「宝石?かしら?見たこともない石ね?」とドリーゼがいうとルークが声をかける。


「おや、お婆様は見るのは初めてでしたか?ああ!そうですね、これはかなり貴重なもので!持ち出せないものです。のお婆様が見たことが無くてももおかしくはありませんね?これは月の石ですよ」と、よく聞くと、いやよく聞かなくても、かなり失礼な物言いなのだが、これを優しいふんわりとした言い方で嫌味じゃなさそう~に言ってのけるのがルーク王子の凄いところである。


「まあっ、月の石ですって!確かに見たことはありませんが、当然知ってはおります。そんな貴重なものを?でも何故ルミアーナ嬢が?これは、国宝にあたるのでは?」


「それは、彼女が始祖の直系の姫だからですよ。血筋でいうならルミアーナは王族と同じです。しかも月の石に選ばれ認められし類い稀なる姫なのですよ。石が認めた者に神殿はさからいません。彼女が望めば神殿のみならず、自然の中に埋もれている月の石さえ手にすることが出来るのです」と、ルークは暗に『アナタヨリ、ルミアーナノホウガ、ハルカニ、ウエデスカラネ。』と含んで伝えつつ悪びれない笑顔で伝えた。


「まああああ、何てことでしょう。始祖直系の姫君だなんて!」と、ドリーゼは興奮ぎみに驚いた。


 その凄い形相にビクッとなるルミアーナだった。


「ああ、ルミアーナ、驚かせて申し訳ありませんわ。お会いできて本当に嬉しく思いますわ」と、ドリーゼが、頭を下げた。


 リゼラとフォーリーは、ちらと目をあわせて微かに口許をゆるめ微笑む。 

 二人は思った。

(おぉ~、ルミアーナからルミアーナと呼び方まで替わってしまいましたよ。はい)と…。

(大奥ドリーゼ様、わかりやすいです)と…。


 ルークは心の中で「よしっ!勝った」と思った。

 自分やダルタスの実の祖母とはいえ、相当な偏屈をやりこめたぞとぐぐっと拳に力を込めた。


 この攻防を見守っていたフォーリーもリゼラも内心ルークと同時にガッツポーズである。

 そう、あくまでも内心…心の中でではあるが。


 今回、王命を受けてルミアーナに付き添った三人、”ルミアーナ守り隊”の心はひとつだった!

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