第41話 先ずは、ブラントと対面

 その日は澄み渡る青い空に涼やかな風がゆるやかにそよぐとても気持ちの良い日だった。


 先日、念入りに話し合われたドリーゼ攻略作戦に基づき、ルミアーナは王家の八頭立ての馬車に乗り込む。


 付き添いとして侍女のフォーリーと側近兼護衛として国一番の女性騎士として誉れ高いリゼラを伴い、更には何故かルーク王子までもがついてきた。

(もちろん、ルミアーナを援護する為なのだがダルタスやドリーゼは知るはずもない。さながら彼は王命を受けた"ルミアーナ守り隊隊長"といった所であろうか。)


 表向きはちょうど、王家とも懇意にしている公爵令嬢ルミアーナが、ダルタスの婚約者としてダルタスの屋敷に招かれたと偶然聞きつけた王妃が、ついでにおまえも行って久しぶりに顔をみせてこいと言った…というかなり強引な設定である。


 現実にはドリーゼがダルタスの母ネルデアを追い出してからというもの、王妃グラシアは母ドリーゼとの一切の関わりを(色んな理由をこじつけては)拒絶していたのだが…。


 何年もたって歳をとったであろう母を気遣う余裕がでてきたので…という事にした”無理やりこじつけ設定”である。


 まぁ、実際、ネルデアが屋敷を出てから何年もたっているし当のネルデアがドリーゼに何も申し立てないのだからグラシア一人がいきりたったところで仕方ない。


 普通に考えてももう六十歳は過ぎようかという母親に労りの情を見せてもおかしくはない程に時間はたっていたので、こじつけだとしても客観的にみれば、さほど不自然でもない理由だろうという事になった。


「緊張しますわね!姫様」フォーリーが顔をこわばらせながらルミアーナに話しかける。


「そう?なんか散々、みんなで計画を立ててくれたから、私はむしろ楽しみなくらいよ?なんか、こっちばっかり準備万端で、何だかドリーゼ様に申し訳ないかもって思っちゃうくらいよ?」と、にっこりする。


「さ、さすがルミアーナ様ですわ!なんて頼もしい!」とリゼラが拳をにぎりしめる。


 その様子を眺めているルーク王子はと言えば、ぷるぷると笑いを堪えている。

(さすがルミアーナは普通のお姫様とは訳が違う!月の石に宿る精霊がやたらルミアーナを気に入っているっぽいのもルミアーナのこの特異な人格ゆえだろうか?)と思いをめぐらし愉快で仕方ない。


「まぁ、婚約者の親族に顔合わせに行くだけなんだけどね~。でも、へそを曲げると大事な孫の嫁だろうが何だろうが何するかわかんない所のある方だからねぇ…まぁ、何があっても月の石がルミアーナを守ってくれると思うから大丈夫。僕もいるしね~」と軽い調子のルークである。



 一方のドリーゼもまた、ダルタスから「先日から話していた婚約者のルミアーナが今日来るから」と知らされ、家令のブラントと色々と作戦を練っていた。


 普段、言いつけに背くという訳ではないにしても、積極的に話しかけてくる訳でもないブラントが、孫の婚約者のことに関してはやたら饒舌にダルタスにふさわしくないだの、化けの皮をはがしてほしいだのと訴えてくる。


 一体どれほどの悪女が我が孫をたぶらかしたのかとドリーゼは身構えていた。


 ダルタスの母親は身分の低い男爵家の出だったが、その分、追い出したからと言ってネルデアの実家がこちらをどうにか出来る訳もなく事無くやりすごせた。

 追い出すのに邪魔だった夫は亡くなっていたし、当時、遠征中の息子も手出しはできなかったし楽勝だった。


 しかし今度のルミアーナという小娘は腐っても(腐ってないけど)公爵令嬢である。

 ブラントのいうような性悪の女なら自分の事も蔑ろにするに違いない。


 身分の低い嫁も認められないが、いくら血統の良い令嬢でも自分を蔑ろにするような嫁はいただけない。

 身分の高すぎる嫁も自分を立てないような嫁であれば、むしろネルデアより厄介である。

 ぜひにも、この縁談は壊しにかかろうと思うドリーゼであった。


 そうこう考えている内に、ほどなくしてダルタスの屋敷の前にルミアーナの乗る馬車が止まった。

 ドリーゼは二階の窓からそっと様子を窺った。


(まぁ、あれは王家の…それも国王夫妻が使っている馬車ではないの?ブラントが言っていた国王夫妻をたらしこんでいるという話はまんざら嘘ではなかったのね)とドリーゼは思った。


 馬車が付き、まずは家令ブラントとダルタス将軍が出迎えた。


 馬車からはまず護衛騎士のリゼラが降り立ち、次にルーク王子が降り立った。


 なんで?王子が???と家令のブラントは思ったが主のダルタスもそう思ったようである。


「なんで、お前が来てる?」とダルタスがいくら従弟とは言えこの国の王子に対して無礼極まりない言い方をしたにも関わらずルークは笑いながら答える。

公の場ならいくら将軍で公爵でもはばかられる物言いだが、幼い頃から慣れ親しんだ二人にとって普通で親しいが故の会話だった。


「あははっ!嫌だなぁ、そんなに露骨に嫌がらないでよ。母上がルミアーナ一人では何かと心配だしついでにお婆様の様子もみてこいと言われたので一緒に来ただけだよ」


 二人がそう言って軽口をたたいていると次に侍女のフォーリーが降り立ちルミアーナの手を引く。


 この時、家令ブラントはいよいよ『今世紀最大の悪女』とのご対面だ!と心の中で唱えていた。


 そして、降り立ったルミアーナの姿にブラントは驚愕した。


 『え?え?』


 『女神さま?』


 目に映った少女の姿は悪女とは程遠い愛らしくも美しい姫君だった。


 髪は短いが(騎士見習いになるとき、切ってしまったので)淡い金色の髪はふんわりとなめらかで白い頬を縁取り白い真珠の髪飾りがあしらわれ、白と桜色の淡いレースの施されたドレスを身にまとったルミアーナはそれはもう清らかで優し気で愛くるしい姫君だった。


 コレハダレデスカ…?

 アクジョ?…ニハ、トウテイミエマセンガ…?

 ワタシ、ナニカ、カンチガイシテマシタカ?

 と、ブラントは焦った。


 もっと禍々しい黒い感じの妖艶な美しさの黒い魔女を思い描いていたのである。


 見た目に左右されるものかと思っていたブラントだが左右どころかぐるっと回って三回転ひねりして翻弄されまくりの状態である。


 どうしよう?何か思い込みで勘違いしただけだったら…と今更、焦るブラントだがもう遅い。

(勘違いも勘違い事実無根の盛大な勘違いだからね)


 散々、ドリーゼにルミアーナの悪口雑言をたきつけた後である。

 そう、それはもうに!


 そんなブラントにルミアーナからトドメの言葉が発せられた。


「まぁ、ブラントさん、先日はお菓子を選ぶのを手伝って下さってありがとう。一緒にダルタス様と頂いたのだけれど本当に美味しかったわ」と、言ったのである。


「え?え?えええっ?わ、わたくしは騎士見習いのミウ様にはご相談をうけましたが…」


「あら、よ。ああ、そうね、街に出るときはルーク王子やリゼラがついていても、用心したほうがよいからと王様や王妃様にミウの恰好で出かけるように言われているので…まぎらわしくてごめんなさいね?」とにっこりとほほ笑む。


 はうぅぅっ!と、女神のような美少女の微笑みに倒れそうになるブラント。


(全くです!全くもって紛らわしかったです!姫様っ!)とブラントは心の中で叫び、自分の間違いにようやく気付いた!

 あの優しくも可愛らしい騎士見習のミウ様はこのルミアーナ姫だったのだ。


 悪女だと思い込んでいたルミアーナは天使のようだと思ったミウ様自身であり、その上、本来の姿はもともと美しく可愛らしいと思っていた以上にはるかに人間離れしていると言っても過言ではないほどの輝きをはなつ清らかな美少女だった。


 『どどど、どうしょうっっっ!』


 大奥ドリーゼ様にあることないこと(いや、無いこと無いことだ!)焚き付けてしまった。

 妄想先走りの思いつく限りの悪口雑言を訴え、婚約を破棄させる為の作戦まで練ってしまっていた。


 大奥様は間違いなくルミアーナ様がキズつくような嫌味を連発する筈である。


 しかもそれは自分のせいで!


「あわわわわわわわわ…」とブラントは泡を吹き出して倒れそうになった。


「まぁ、どうしたの?気分がすぐれないのなら休んだほうがよいわ」とルミアーナが優しく声をかけると、ブラントはたまらなくなりいい年をして泣き出してしまった。


「あああ、なんてお優しい…私の事などどうぞ、お捨て置き下さいませ。私ほど罪深い召使いなどそうそう、おりません」とがっくりとその場に崩れおちた。


「なんだ、なんだ?一体どうしたのだ?」ダルタスも乳兄弟でもある家令の異常な様子に慌てた。


「旦那様、旦那様もお人が悪いです。なぜ、ミウ様の事をお尋ねした時にルミアーナ様とミウ様が同一人物だと教えてくださらなかったのですか?」とさめざめと泣きながら訴える。


「あれ?そうだったか?」と意外となところのあるダルタスが悪びれもせず答える。


「そうでございます。私はてっきり旦那様がミウ様とルミアーナ様と二股をかけていらっしゃると誤解して…」


「はああああああああ?」とダルタスが声をあげる。


「あら」


「あらら?」


「まぁ」と、ルミアーナとフォーリー、リゼラも呆気にとられる。


「先日、ミウ様とお会いしていた私はミウ様こそ旦那様にふさわしいと思いました。そして別人と思っていたルミアーナ様との事がうまくいかなくなるようにと大奥ドリーゼ様に色々と悪意の籠った告げ口をしてしまったのです」と正直に告白した。


「な!何てことを!」とダルタスやリゼラ、フォーリーも蒼白になった。


 ルーク王子だけは、なんとなくこの事態を想定していたので、必死で笑いをこらえている。


 先日のブラントの思い込んだ様子に気が付いていたのであまりにも予想通りの展開に尚の事、笑いが込み上げそうになる。

 ルミアーナと関わるようになってからというものルーク王子は相当な笑い上戸になってしまった。

(はっきり言ってルミアーナのせいである!)


 しかし賢いルークは、この事態を想定したからこそ『』を持ち出したのである。

 ルミアーナの延命に力を貸した月の石ならば、どんな悪意からも月の石は彼女を護るだろうと思ったからである。

 ”月の石”は気に入らない人間の命など守りはしない。


 しかも、気に入った人間には尽くす習性があるらしいと文献にも載っている。


 青ざめる面々をよそにルミアーナが満面の笑みでむしろ嬉しそうにブラントに声をかける。


「まあ、ブラントさん、気にしないでも大丈夫よ?会う前から散々褒め尽されるより百倍良いわ!だってあんまりにも褒められていたら実際見たらがっかりって思うかもでしょう?むしろ有り難いくらいよ?もしかしたら、聞いていたよりマシじゃない?って好印象に思ってもらえるかもしれないじゃない?むしろ、ほっとしたわ」と言い放った。


「ぶほはっ!」とまた、堪えきれずにルーク王子が噴き出す。


 ルミアーナやっぱり面白い!ほかの皆が青くなって焦っているのにどっから来るの?その発想!と思ったが、意外とは説得力があるようにも思えて感心もした。


「ル!ルミアーナ様…」とブラントは先ほどとは違う感激の涙で床をぬらした。


 ダルタスは正直ものすごく焦ったが

「さすがルミアーナだ!」とルミアーナの事を誇らしくも一層愛しく思った。


「ブラント!もういいから泣き止め。ルミアーナがいいと言ってるんだからもういい。お前よくそんなに涙が出るな?干からびるぞ?」とデリカシーのない言いようで慰めた。


 ひとしきりブラントが泣き終えて涙も乾いた頃、ルーク王子に促されメイドがドリーゼを迎えにいく。

 そして、いよいよドリーゼの登場である。

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