第39話 王妃の心配

 ルミアーナは、最初、ダルタスとのお見合いの前にもしたように、ダルタスの祖母についても色々とリサーチをしてみた。


 そうすると、もれなくダルタスの母君のことも色々な情報が入ってきた。


 前回、ダルタスの情報源はもっぱら侍女のフォーリーや、父親だったが、今回はルークや王妃からも色々な話を聞く事が出来た。


 なんといっても王妃はダルタスの叔母であり、ダルタスの父親の妹、つまりは問題のダルタスの祖母の娘な訳であるから、これほど濃い情報源はないだろうと考えたのである。


 ルミアーナが、そのことで王妃に色々と教えてほしいと尋ねると王妃の口からは思いがけない言葉が次々と出てきた。


「自分を生んだ人を悪くは言いたくないのだけれど…ルミアーナ、同居はやめた方が良いと思うわ」と、王妃が心底心配そうに眉をひそめルミアーナの手をそっと手に取る。


「え?そ…そんなに?」

 ルミアーナは、ちょっぴり不安になって頬をひきつらせる。


「…ダルタスの母親の事は聞いているかしら?」


「ダルタス様から少しだけ…ダルタス様が怪我をされた時に酷く責められて家を出ていかれたとか?」


「ルミアーナ…、ダルタスのあの顔の傷は母ネルデアのせいでは決してないのです」


「あれは…あの悪魔のような母と、私のせいなのです」


「えっ!王妃様の?」


 王妃は、はらはらと涙を流しながらルミアーナの手をひきよせ祈るように自分の額におしあてる。


「あの日…私はアクルスをつれてネルデアやダルタスと、遠乗りの約束をしていたのです。そして、めずらしく母ドリーゼが笑顔でネルデアに接しているのをみて、ようやく母もネルデアの優しさに心を許したのだと内心とても喜んでいました」


 ルミアーナは、だまって頷き王妃の言葉に聞きいる。


「母は、アクルスに馬に与えなさいと白い角砂糖と淡いピンクの角砂糖を渡しました。母ドリーゼに白いほうをアクルスの馬に…ピンクの方をダルタスの馬に食べさせるようにと言われて…まだ小さかったアクルスは何の疑問も持たずに言われたとおりに与えました」


「っ!王妃様!まさか?」


「証拠はありません。しかし、遠乗りに出掛けて半時ほど馬を駆けさせたあと、ダルタスの乗った馬は泡を吹きながら倒れました。その時、ダルタスは落馬し崖から落ちてあの傷を負ったのです」


「そんな、まさか!だってお婆様はダルタス様の事は大事にされていたのではないのですか?」


 王妃は、哀しみにくれた眼差しでルミアーナと目をあわせると首をふり目をふせた。


「母は…あの人は、わざとダルタスに怪我を負わせては付き添っている母親のネルデアのせいにして責めていたのです」


 つまり、祖母のドリーゼは、気に入らない嫁を追い出す為だけにダルタスに怪我をさせようと色々なことをしていたと言うのである。


 とはいっても、ドリーゼなりにも孫は可愛いのでそんな大怪我をさせる気はなかった。

 いつもどおり、少しばかりの擦り傷や打ち身くらいですむだろうと思っていたのである。


 そう、…。


 日常的にドリーゼは、自分の召し使いに、命じてダルタスがつまづくように軽い罠をしかけさせたりさせていた。


 ダルタスが小さな傷を負う度に母親の監督不行き届きだと責める為だけにである。

 そんな浅はかな企みを優秀な女性騎士だったネルデアが気付かぬ筈もなかったが、夫の母を糾弾出来ずにいた時に、とうとうあの落馬事件である。


 自分を追い出したいが為に段々、エスカレートしていくドリーゼに、ネルデアは畏怖を覚えた。

 このままでは、いつか取り返しのつかない事になる。


 自分さえ出ていけばダルタスが危害が加えられる事はない。

 何よりも家督を重んじるドリーゼのことだ。


 唯一無二の跡取りのダルタスを、大事にするだろう。


 そうネルデアは確信し、泣く泣く一人で屋敷を出ていったのである。


 ネルデアはダルタスの事を本当に大事に思って身を引いたのだと王妃ははらはらと泣きながら訴えた。


「そ、そんな…ダルタス様は?ダルタス様はその事は?」


「ネルデアに口止めされて…一緒に暮らしていくお婆様の事を嫌わせたくないからと…」


「ダルタスも子供の時の話ですもの、まさか実のお婆様がわざと自分に傷を追わせてまで母親を陥れていたとは、気づくわけもなかったでしょう」


 そこまで聞いたルミアーナの目にも涙が溢れる。


「何ソレ…ダルタス様のお母様…ネルデア様が可哀想すぎです…」


 王妃はうつむいたまま肩を震わせている。


 その事件以来、王妃は自分を生んだ人とは言えドリーゼを母とは思えないこと、人として許せない事、自分があの人の血を引いていることが呪わしく思っている事を打ち明けた。


 むぅぅ…とルミアーナは考え込み、王妃の背中をさすりながら声をかける。


「王妃様、私は王妃様のせいだとは微塵も思いませんわ。王妃様は馬に与えたお砂糖に毒が入ってたなんて知らなかったのですもの。もちろん、当事幼かったアクルス王太子殿下も…」


 王妃はルミアーナの言葉を聞きながらハンカチで目を押さえる。

 ルミアーナは王妃に自分の考えを言葉を選びながら正直に伝える。


「…ダルタス様ももう大人なんだし、真実は知るべきです!そしてお婆様も自分が、どれ程酷いことをしたのか分からなければならないではないですか?」


「ダルタス様はダルタス様で自分の為に責められる母が可哀想だった。出ていった事も、もう自分のせいで責められずにすむのならば良かったと子供心に思ったと言っておりました」


「お二人とも自分が寂しいのは我慢して相手を思いやりあって…でも結局、お互いに会えないと言う寂しさを与えあってるではないのでしょうか?」


「仮に、真実を伝えてダルタス様がネルデアさまとまた交流するようになったとしても、ダルタス様が子供の頃ならいざ知らず、今のダルタス様に何かしようとは思わないでしょうし、したら最期、バレバレでしょう?」


「それはそうかもしれませんが、私はルミアーナあなたが心配なのですよ。今度はダルタスではなく貴女を陥れようとするかもしれない」


 ようやく涙のとまった王妃は、今度は憎々しげに言葉を紡いだ。


「貴女は公爵家令嬢、血筋云々で文句のつけようがありませんが、相手はあの女です。何かの拍子で貴女を憂さ晴らしの標的にしかねない…」


 (お、おおぅ…王妃様、とうとう実の母親を「あの女」呼ばわりしちゃってるよ…ちょっと恐いよ…)とルミアーナは思った。


「そ、それで、王妃様は私に一体、どうせよと?」


「とにかく、あの女に心を許してはなりません。気に入らない相手には容赦ない女です。関わってはなりません」


「ダルタスに王家から新居を授けましょう。この城のすぐ側に!そこに二人でお住みなさい!」


「でも、王妃様、そこまでの事情を知らないダルタス様はいくらお母様を追い出したとは言え実のお婆様をお一人に住まわすなどなさらないでょう?優しい方ですもの!」


 そうなのである。


 ダルタスからみれば祖母は確かに母を追い出した張本人ではあるが、母も祖母を嫌って出ていったのだから仕方ないと思っている。


 今は距離を置いてお互いに平和に暮らしているようだし出きる事なら波風はたてたくはなかろう。


 ダルタスは、よもや祖母が自分にわざと怪我をさせていたなどと思い付きもしなかったし、母親が自分の身を守るために泣く泣く出ていった事も知らないのだから。


「王妃様、それでは根本的な解決にはなりません。ご本人に反省し懲りて頂かないと…。ダルタスまのお婆様でラフィリアード公爵家の現女主人であるドリーゼ様には無駄に権力がありますわ。それを何とかしましょう」


「それに私は大丈夫です。いざと言うときは王妃様は、私の味方をして下さいますよね?」


「まあ!それはもちろんだわ!」と王妃は力強く頷く。


「良かった!そのお言葉だけでも百万もの兵を得たような心地ですわ。とりあえずドリーゼ様ご本人にお会いして見ないことには何とも言えませんが、お話を聞かせて頂けた事で何かと用心する事が出来そうです。王妃様、ありがとうございます」とルミアーナは王妃の手を握り返しお礼を言った。


 なかなか、大変な相手のようである。


「ところで、私、ダルタス様のお母様のネルデア様にもお会いしてみたいのです。ダルタス様とはほぼ絶縁状態のようですが、可能でしょうか?」


 王妃は少し考えて慎重に答えを選ぶ。


「そう…ね。ダルタスの婚約者として会う事は難しいでしょうね。ネルデアは、自分と関わればあの女を刺激して、またダルタスを不幸な目に遭わせてしまうと思い、あえて会わないように努めるでしょう」

「何かよい口実はないでしょうか?」


「そうだわ、それなら見習い騎士のミウとして会いに行くのはどうかしら?ネルデアは、結婚する前は、優秀な女性騎士だったし、昔の騎士仲間だった将軍達が時々集っているらしいのだけど、後ろ楯のない騎士見習いなどに庭の一部を改築して作った訓練所を解放して見所のある者を将軍達に推薦してあげているらしいわ」


「なるほど。ダルタス様の婚約者などと名乗ったら王妃様がおっしゃるように絶対に会って下さらないでしょうし。嘘は嫌ですが…それもありでしょうかね」


「あら、とりあえずミウ・クーリアナとしては、実際に近衛騎士団ウルバ隊に実在しているのだから、まんざら嘘という訳でもないでしょう?それに貴女は、きっとネルデアの癒しになると私は思うわ」

 そう王妃様が受けあったので、ルミアーナの罪悪感も少し和らいだ。


 そうして、ダルタスにも内緒でルミアーナは、いつか近いうちに騎士見習いのミウとして必ずネルデアに会おうと心に誓ったのだった。

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