第38話 ブラントの盛大なる誤解

 ブラントは、屋敷に帰ると早速メイドに命じて主の祖母ドリーゼの部屋へ買ってきた菓子とお茶を出させた。


 そうしてブラントはドリーゼの機嫌を取りつつ、のルミアーナのをまことしやかに訴えるのだった。


 そう、あの見た目も心も美しいミウ様とご主人ダルタス様をくっつけるためには、先ずは邪魔な公爵令嬢ルミアーナを排除しなければ!

 それが、ご主人様の幸せに繋がるに違いないと斜め上どころか、三回まわってあさっての方向に突き抜けたようなで突き進む家令ブラントだった。


 ドリーゼは普段、必要以上に話しかけても来ない家令がやたら孫の婚約者について詳しく言ってくるのを訝しげに思いながらも悪い気はしなかった。


 人の不幸と悪口陰口はドリーゼの大好物である。

 まさにブラントの思うつぼ!ドリーゼは水を得た魚のように生き生きとしていた。


 どうやら近々、孫息子は婚約者を連れて婚約の挨拶に来るらしい…さあ、どうやって、いじめてやろうかと…それは、まるで新しい標的が出来たのを喜んでいるかのようだった。


 ミウとダルタスをくっつけたいと思っているブラントはほくそ笑む。

 実際はミウはルミアーナなのだからその行為は思いっきり逆走しているに他ならなかったのであるが…。


 ひとしきりルミアーナの悪口を言い終えてドリーゼの部屋を後にした頃、丁度ダルタスが帰ってきた。


 何やら上機嫌である。


 ブラントは思った。

 ミウ様が持っていったお菓子で盛り上がったにちがいない!騎士見習いの男のような格好でもあの可愛らしさである。


 しかも、さすが女性ながらに騎士見習いをされているだけあってダルタス様を心底尊敬して憧れているご様子だった。

 そんなミウ様に差し入れをしてもらい、ましてや一緒に召し上がったのだから、それは楽しく甘い一時ひとときだったに違いなかろうとブラントは思った。


「旦那様、ご機嫌でございますね?何か楽しいことでもございましたか?」と、探りをいれてみる。


「わかるか?」


「それは、もう分かりますとも!よほど良いことがあったようでございますね?」と、そしらぬ顔でブラントは言った。


「ルミアーナが、私の好きな菓子を選んで買ってきたのだ」


「え?」と、ブラントが聞き直す。


「だから、、私の好みの菓子をわざわざ買って差し入れに来てくれたのだ」と、ダルタスが再びそう言った。


 若干、頬を染め目を閉じて、その至福の時を思い出すかのように熱いため息をつきながら言うダルタスに、ブラントは、心底驚いた。


「はあああああぁー?」と、ブラントは素っ頓狂な声をあげた。


「な?何だ?何だ?」


「お菓子をですって?」


「それが、どうかしたか?ルークと一緒に買いに行ったらしいのが、若干不本意だが、まあルークなら変な気はおこさないだろうしな」と嬉しそうに言う。


 ブラントは、思った。


 何て事だ!あれは、私の意見を取り入れつつ、一生懸命、心を込めて選んで買っていったものなのに!それを店に行ってもいない買ってきたなどと!


 わがあるじの眼は節穴か?と、怒りがふつふつと込みあがった。


 しかも、ルーク王子までもが、に荷担しているのか!と腹がたった。

(そう、ブラントの物凄い勘違いである)


 ミウ様がダルタス様に好意をよせているのは、態度やそのお言葉から見ても明らかである。

 それなのに、ルーク王子はルミアーナ嬢と買いに行ったなどと…?


 ミウ様はきっと泣く泣くルミアーナ嬢に、お菓子を譲りご自分は身を引かれたのだろう。

 ミウ様よりルミアーナ嬢の方が身分が高いからだろうか?

 身分などに囚われなかったルーク王子がそんな嘘を許すなんて…。


 王族という高い身分にありながらそれをひけらかす事もない立派な方だと思っていたのに!

 どうして、ミウ様が買いに行ったのだといわないのか!


 はっ!とブラントが、ある可能性に思い当たる。


 なるほど!そういうことか!

 ルーク王子は、ミウ様がお好きなのだ!


 ブラントは、確信してしまった。


 そうだ!そうに違いない!だからルーク王子にとっては旦那様とルミアーナ嬢がくっついてくれていた方が都合が良いのだろう!


 間違いない!

(否、実はメッチャ間違いだらけなんだけどね!)


 その気持ちをルミアーナ嬢は、利用しているに違いない!

 くそっ!何て事なのだ!


 ブラントは、目頭を押さえて思わず出そうになった涙をこらえる。


 ミウ様は旦那様がお好きな筈なのに健気に身を引かれているのだな…。


 自分からと伝わらなくても旦那様のお好きなお菓子を選び…なんと、健気で可愛らしいお方なのか!

 そんなミウ様に気づかずルミアーナ嬢のような嘘つきで、(あくまでもブラントの勝手な思い込みではあるが)我儘勝手な女性を選ぶなんて!と憤った。


 そして、ブラントの回想はどこまでも『迷走』していき、ルミアーナへの不信感はをたどるのだった。


 しかし、ルーク王子がミウ様を好きならば、ここで表だってルミアーナ嬢の嘘を暴くのはまずいかもしれないと思った。


 さすがに召し使い風情の自分がこの国の王子の不況を買うわけにはいかない。


 ルーク王子とルミアーナ嬢の嘘を暴けばルミアーナはもちろんルーク王子も怒るに違いない。

 王候貴族を敵にまわす?

 そんなことになれば吹けばとぶような召し使い風情の自分など、たちまち人知れず消されてしまうのではなかろうか…。


 そしてミウ様にとってもルーク王子との方が幸せになれるのかも?とも思う。


 いや!いやしかしだ!

 ブラントはぶんぶんと頭を左右にふる。


 現時点ではミウ様は、どうなのか?

 ダルタス様に好意を寄せてはいるのは、口ぶりから見てまず間違いなかろうが果たしてそれが恋なのか尊敬なのか?


 そもそもルーク王子と二人で買い物に来ていたという事は実はすでにお付き合いされているということではないのか?


 あ…ありうる!


 いくら騎士団で見習い仲間といえども付き合ってもいない男女が、菓子を二人で買いに来るのはどうかと思う。

(実際は途中までリゼラも一緒だったのだが、ウルバに急な仕事を押し付けられて一足先に城に戻らねばならなくなったのでたまたまお菓子屋に寄った時だけ、二人きりになってしまっただけである。)


 気になってダルタスにきいてみる。


「旦那様、ルーク王子様と騎士見習いのミウ様は恋人同士でいらっしゃるのですか?」


 するとブラントは、ものすごい形相の主におどろく。

「はあ?何をバカな!ミウは俺のものだ!ルークも承知しているし俺達の事を応援してくれている!」


「な!なんですって?」ブラントは驚愕した!


 公爵令嬢と婚約しておきながら騎士見習いのミウ様とも?

 そ!それは、いわゆる『二股!』というやつではないのか?


 確かに公爵ともなれば愛人の一人や二人もつのも当たり前と世間はとるかもしれないが、あの王太子ならともかくダルタスやルーク王子は伴侶は一人だけ大切にするタイプだと思っていたのに!


 ルーク王子は、あるじの不誠実を嗜めるどころか応援しているというのか!


 ブラントは何か信じていたものが、がらがらと音をたてて崩れ落ちていくような喪失感に襲われた。


 なんて、お可哀想なミウ様…。


 ブラントは、口にこそださなかったが信じていた主の不誠実に怒りを覚えた。


「しかし、ミウに会ったのか?ミウが女だと言うことは秘密なのに、どうしてわかったのだ?」

 ブラントはそんなあるじの質問にももう真摯に答えられそうもなかった。


 乳兄弟だった縁で家令にまで取り立ててもらった恩もある。

 心から大切に思い、ダルタスの助けになりたいとダルタスの母君のネルデア様が出て行ってからもずっと支え続けてきた。


 幼い頃、出て行った母親を責めるよりも、もうこれで祖母から母がいじめられなくて済むのならそのほうが良いと言ったあの幼くも気高いご主人様は一体どこへいってしまったのか!


 人の心の痛みのわかるあるじだと思い、尊敬もしていた…そんなご主人様が、どうして…どうしてなのだと思い悲しくなる。


 ブラントはやるせない気持ちで力なく受け答えする…。


「た、たまたま、ルーク王子様といらっしゃるのを、お見かけしただけです。名前で呼びあっていらっしゃいましたし、女性であることは、仕草や言葉遣いからもわかります。男にしては可愛らしすぎますでしょう?しかし何故秘密なのですか?」


「ミウが本来の姿で出歩いたりしたら、どんな悪い虫が寄って来るかわからないではないか!」


「な!なんですって?じゃあ、ミウ様は旦那様の言い付けで男の格好をされてらっしゃるのですか?」


「いや、最初は国王夫妻や両親にどうしても騎士の訓練を受けるのならば変に目をつけられぬようにと言われての事だと聞いたが」


「なんと、ミウ様は両陛下とも親交が?」


「国王夫妻は、ミウ可愛さにルークの嫁にして娘と呼びたかったようだな」


「なんと!では、ご身分も高くていらっしゃる?ルミアーナ様とどちらが?」と、ブラントが、尋ねると「そんなの、一緒に決まってるだろう?」と、ダルタスは答えた。


 当然である。

 同一人物なのだから…。

 とはいえ、ブラントにしてみれば、わかるはずもない。

 まず同一人物だと思っていないのだから…。


 一方のダルタスはそんなことお構いなしである。


「いや?…しかし、ルミアーナの方が上か」と、ダルタスは、ブツブツとルミアーナやリゼラから聞いたミウの時の設定を思い出しながら呟いた。


 対外的にはミウの格好の時にはリゼラの弟の騎士見習いなのである。

 ミウ・クーリアナ個人として、見習いとはいえ近衛騎士団ウルバ隊に正式に籍がある。

 リゼラは、確か、子爵家の長女だから、やはり公爵家の方が身分的には大分上って事になるだろうな?と思い巡らす。


 まあ、でもミウはルミアーナでルミアーナはミウ…しつこいようだが、同一人物な訳だから…と思う。


 ダルタスとしては、あくまでもミウの時の設定と実際のルミアーナを比べた処で優劣などつけられる訳もない。


 男の格好をしていようが、ドレスを纏っていようが、可愛くていとしくて仕方がないのだ。


「妖精のプリンセスのようなルミアーナも良いが、じゃじゃ馬で屈託のないミウもたまらなく可愛らしいのだから誰が相手だろうと手放せないな」と熱いため息をもらしながらダルタスは言った。


「なっ!何て事を!」

 ブラントは、に誤解していた。


 あくまでもダルタスは一筋にルミアーナ(ミウ)を手放せないと言っているだけなのだが、ブラントにはそうは、聞こえなかった。


 ダルタスに他意はなかったが、悲しいかなブラントでなくともその台詞セリフだけ聞けば誤解するであろう言い回しだった。


 ブラントの主への崇拝も地に落ちる勢いである。

 これでは、あの女たらしの王太子とかわりないではないか!


 あの優しく賢いミウ様が不敏すぎる!


 そうだ、そんな事ならまだルーク王子との方がよいかもしれない。


 少なくとも、ルーク王子ならば二股などはしないだろう…ルーク王子を応援したい気持ちにすらなってくる。


 主に失望したブラントは、それ以上口を聞く気にもなれなかったが、腐っても自分の主である。

 そうもいかない。


 ききたくもない口をきく。


「ルミアーナ様と奥様をお会わせになるのでしたら奥様はいつでも宜しいようです。お好きになさいませ。私は、まだ用事が残っておりますので、これにて下がらせて頂きますね」とだけ何とか言い、その場から離れた。


何故だかブラントが不機嫌そうに見えたが、祖母にルミアーナとの顔合わせについて話を通してくれたのだと、ダルタスはほっとするとともにブラントに感謝するのだった。


 よもや、を言っていたなど夢にも思わず感謝するのだった。


 ふと、ダルタスは思った。

 あれ?ブラントにはミウとルミアーナが、同一人物だと言ってたっけ?


 さっきの会話でわかったのかな?


 …と、一瞬、思ったが分かる訳もない。

 ダルタスは深く考えず

「まあ来たらわかるだろうし良いか…」

 と呑気に放置したことを、後々酷く後悔する事になるのだった。

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