第37話 家令ブラント、ミウと出会う!

 明くる日の事…家令ブラントは、街に買い物に出ていた。


 主の祖母ドリーゼのご機嫌をとるために、この国一番と言われる王候貴族御用達の高級菓子店に菓子を買い求めに来たのだ。


 そこで、ブラントは珍しい人物に出くわした。

 この国の第二王子ルークである。


 ご友人と一緒のようで何やら菓子を選んでいる。

 確かルーク様は騎士見習いになられたとご主人ダルタス様が言っていた。


 そう言えばルーク様にしては珍しく見習い仲間の少年に随分と心を許しているようだとも言っていた。


 今、一緒にいるのがその騎士見習いのお仲間だろうか?と、ブラントは思った。

 そう、ちょうどルミアーナもミウの格好でルークと買い物に街に出てきたところだったのである。


もうダルタスやウルバ隊の仲間にもミウがルミアーナだとバレていて、これまでのように男と偽る必要もなくなったので必要以上に男っぽくはしていないし、

 言葉遣いは普通に女の子のままである。


 だけど、ぶっちゃけ街にでる時は、やはり騎士見習い姿の方が気楽なのである。


 何よりルミアーナの格好で街をうろつく等、国王夫妻やダルタス将軍が許しはてくれない。

 口をそろえて!と言うのである。


 何もそこまで…過保護じゃない?とかいう気持ちもなくはないが、もしかしたらいまだに何かしらの理由で命も狙われてるかもしれないという疑惑も残っている為、大人しく言うとおりにしている。


 それにルミアーナ自身もミウの格好のほうが実は自分の素にあってるかも?と思うところもあり良しとしている感じである。


「ミウ、こっちの胡桃の菓子も美味しそうだよ?」とルークが声をかける。


「ん~本当!どれも美味しそうで迷ってしまう~!お土産で喜ばれるのはどういったものなのかしら?」ルミアーナも嬉しそうにこたえる。


 何やら二人で相談しながらお菓子を選んでいるようである。


 どうやら、どなたかへの土産に菓子を買いに来たらしいとブラントは思った。

 少し距離を置いて様子を伺っていると、ルークもブラントに気づいたようで、声をかけてきた。


「やあ、ブラントじゃないか、お使いかい?」


「これはこれは!ルーク様、こんな所でお目にかかるとは…」


「友達が、土産に菓子を選びたいと言うので付き添いでね」


「それはそれは…こちらの菓子でしたらきっと喜ばれますよ。気難し屋のうちの大奥さまでさえ、こちらの菓子をお出しすると機嫌がよくなりますからね」


「それは、良いことを聞いた。ミウ、彼はダルタスの屋敷の家令のブラントだよ」とルークはブラントをミウに紹介した。


「えっ!ダルタス様の?」優しそうなブラウンの瞳と髪色をしたその少年?はこちらを真っすぐにみた。


 ブラントはその美しい顔立ちに驚いた。


 素晴らしく整った顔立ちで服装から少年かと思われるがこのままドレスをまとえば、どこの姫君がと思われるほどの美しさである。


 ブラントのあまりにも強い驚きが意識をしなくてもルークに伝わる。


(いや、街中に出るために僕の魔法で化けきてなければ、もっともっと綺麗なんだけどね)とルークは内心思いつつも苦笑した。


(全く…ルミアーナの、綺麗さは無駄に目立つからなあ…髪や瞳や肌の色を変えるくらいじゃ、まだまだ綺麗過ぎるか?でも今の僕の魔法で出来るのはその位だしなあ。まあ、しないよりはましだよな?地色のまんまじゃ多分、人垣ができちゃうしな~?)と溜め息をついた。


「ダルタス様のおばあ様もここのお菓子がお好きなのですか?ところでどのお菓子が?」と、ミウはブラントに人懐っこく聞いた。


「は、はい、そうですね。大奥さまは、フルーツをふんだんに使ったお菓子がお好みですね。特にアブランの果実を挟んで焼き上げたケーキがお好きのようです。今日はそれを買いに来ていましてね」


「ああ、そうなんですね。じゃあ同じのじゃまずいなあ?一緒に出しても劣らないようなお菓子はあるかしら?」とミウが真剣に悩む。


「うう~ん」とうなりながら腕を組み思い悩むそんな様子すら実に愛らしい。

 男の子の格好をしていてもその可愛らしいしぐさや口調はどうみても女の子である。


 ああ、そうか女性の騎士見習いなのか…そう言えばご主人ダルタス様の母君も騎士だったなと思いあたった。


 ルーク様も、さりげなくいエスコートするように接しているようだし…きっとそうなのだろうと思った。


「別に同じものを選んでも宜しいのでは?」と尋ねてみると横からルークが口を挟む。


「ふふふ、今、選んでいるのはルミアーナがそちらに持っていく菓子だからね。被る訳にはいかないのさ」と…。


 なんと!ルミアーナ嬢は、事もあろうにルーク王子やそのご友人まで味方につけていたのか!

 この国の王子をお使いに使うとは不遜極まりない!

 あ、あなどれない女め!とブラントは思った。


 なかなか手強そうな敵だ!とあれこれ考えていると、店先で何やら揉めているような声がした。


 まだ十歳くらいだろうか?オレンジ色の髪の毛とはちみつ色の瞳が印象的な可愛らしい少年が、店員と何やら言い争っている。


「なんで売ってくれないんですか?お金なら払うって言ってるじゃないですか?」


「だから、言ってるだろう?バラ売りは出来ないんだってば!」


「なんでですか?十枚で20ピアなら2ピアで一枚売ってくれても良いじゃないですか!」


 もっともな言い分だなと思ったが、確かにセットのをバラ売りしてくれない店は日本にもけっこうあったから、商業戦略的な事ならしょうがないのかな?とミウは、思った。


 ブラントは、少年をみて呆れた顔をしているし、ルークはにこにこと、何やらミウが、どうするか観察しようとしているみたいに見える。


 んー?としばし思案しミウは、ふと思い付く。

 いきなりミウは少年に声をかけた。


「ねぇねぇ、君!じゃあ私と一緒に買わない?」


「え?」と、店員と少年がそろってこちらをみた。


「私も、そのクッキー味見してみたいな~って思っていたけど十枚も要らないなあと思ってたんだよね」


「だけど、僕が買えるのは一枚だけだよ?」と少年が手のひらの一ピア銀貨を二枚見せて言った。


「あら、そうなの?じゃあ残りは、このお兄さんと半分ずつ買うことにするわ」


「でも、それじゃあ一枚余っちゃう…」


「あら、賢い!本当ね?困っちゃうなあ、同じ数でないと、このお兄さんと取り合いになって喧嘩になってしまうかも?」


「じゃあ、やっぱり僕は買えないですね?」と少年はしゅんとした。


「まって!私はやっぱり、そのお菓子が食べてみたいの、でも沢山はいらないし!彼ともちょうど半分こしたいのよ。だからね君が二枚買ってくれないかしら?そうしたら私はこのお兄さんとちょうど四枚ずつ分けられるんだよね」


「無理ですよ。僕は2ピアしか…」


「あら、もちろん、こちらの都合で言ってるんだから、一枚1ピアでいいわよ。そうすれば二枚買えるでしょう?」


「それじゃ、あんたたちが損するじゃないか?」


「あら?そんな事ないわよ。喧嘩になるリスクを考えれば損どころか、とってもお得よ!もちろん君が迷惑でなければ…だけれどね?」と、ミウは少年にまるで無理なお願いを聞いてほしいと言わんばかりに切なそうに問いかける。


 ルークはそれを楽しそうに眺めている。


 少年は、ぱあっと顔を輝かせて

「うん、いいですよ!じゃあ一枚1ピアで僕が二枚!」と言った。


「まぁぁ!ありがとう!嬉しいわ」とミウがささっと店員に支払いを済ませると、ポケットから淡い水色のハンカチを取りだし菓子を二枚包んだ。


「はい、じゃあ、2ピアね?」と言ってお菓子を手渡す。


 少年は誇らしげに二枚の硬貨を手渡した。

「ありがとうね」とミウが微笑む。

「どういたしまして!」と少年も満面の笑みでお菓子を大事そうに受け取った。


「お菓子は割れやすそうだから気を付けてね?」


「うん、ありがとうごさいます。じゃあ、僕、行きますね!」と幸せそうな顔をして走り去って行った。

 ブラントは、その様子をみていたく感心した。


 まず騎士見習いであるミウは貴族である事はまちがいないだろう。


 近衛は容姿はもとより家柄も確かなものしか入団を許されない王室直属の部署である。


 その上ルーク王子のご友人ならば、の貴族に違いない。


 あの菓子を包んだレースのハンカチも上等なレースが施されたものだった。

 多分、百ピア以上はする物だろう。


 それをたった二枚の菓子を包むのに使い持たせてしまったのである。


 苦もなく十枚買い与える事もできるだろうが、そうしなかったのは少年の誇りを傷つけないようにとの配慮であろうと言うことが、ブラントにも容易に理解できた。


 なんて素晴らしいお嬢様だろう。


 貴族でありながら尊大なところが少しもないどころか、明らかに身分などなかろう少年の気持ちまで汲み取って優しくしかも対等な人として扱っている。


 こんな素敵なお嬢様が旦那様のお相手だったら良かったのに!とブラントは心から思った。


 ミウはルミアーナなのだが、ブラントの中では別人なので、すっかり誤解に満ちた偏見妄想が溢れてくる。


 ルミアーナ→王太子や、主のダルタスを惑わす何様な悪女


 ミウ→聖女のごとき素晴らしいお嬢様


 …というが出来上がってしまっていた。


「あー、ミウ様は我が主人あるじのダルタス将軍とは面識が?」とおそるおそる聞いてみる。


 本来、自らより高位である貴族にみだりに召し使いの方から話しかけるなど無礼な事ではあるが、ルーク王子やダルタスはまったく気にしないタイプであるし、ミウの先ほどの少年への態度をみても自分が話しかけても大丈夫であろうとブラントは判断し思い切って聞いてみた。


「え?あ、はい、勿論です!」と、ミウは答えた。


 ダルタスとは、面識があるも何も婚約者である。

 外出時や、訓練の時はミウとして過ごしているがなのだから。


 今日もこの後ダルタスの執務室に立ち寄る予定である。


「単刀直入に、お伺い致しますが、ミウ様は我が主人あるじをどう思われますか?」


「へ?」


「やはり女性から見ると怖かったり近寄りがたかったりするのでしょうか?」


「えええええっ!?まさか!」


「お顔の傷なども女性からみたら醜いと感じられるものなんでしょうかねぇ?」


「な!何をおっしゃいますやら!ダルタス様は優しくて強くて格好いいじゃないですか!お顔の傷だって、むしろ男らしくて素敵さ倍増ですよ!」


「なんと!それは、まことのお気持ちですか?」


「当たり前じゃないですかっっ!」


 ミウのきっぱりと言い切る様にブラントは心の底から思った。

 なんて素晴らしいお嬢さまだ!

 この方こそ我が主の運命のお相手である!…と!


 ブラントは、決意した!


 何がなんでもアークフィル公爵家ご令嬢、この近衛見習いの美しく優しいお嬢様と旦那様をとりもってみせる!と!


 そう、はっきりとブラントが心に誓っていると突然、ルーク王子が、ぶほっとふきだした。

 何やらお腹を押さえて肩をぷるぷると震わせながら笑いを堪えている。

 ブラントの強い思い、つまり『心の声』がルークにはダダ漏れである。


『ブ…ブラントがおもしろすぎる…!』と、ルークは思った。


 ブラントがあまりにも強く心に誓うものだから、他者の心が読めてしまうルークには、否応なしに、びんびん伝わってくる。


 ルミアーナの事を会ったこともないのに悪女と思い込んでいることも、今、知り合ったばかりのミウの事を聖女のごとく感じていることも…。


 ミウもルミアーナもだというのに!


 しかも、ルミアーナの邪魔をしてミウとくっつけようなどと…。


「や、も…無理!」と可笑しすぎて涙まで出てくる。


 片手で口を押さえもう片方の手でお腹を押さえている。

 痙攣寸前のその様子にミウもブラントも訳がわからず驚いた。


「やだ!ルークってばどうしちゃったの?大丈夫?」


「だ、大丈夫…大丈夫!」と必死に笑いをこらえながら、ルークは何とか平常を装う。


「ミウ、とりあえず、そろそろダルタスの所に行かないと待ってるんじゃないかな?」


「うん、じゃあ、お婆様へのお土産は、ブラントのと被らないように焼き菓子にして、ダルタス様にも何か差し入れを…」


「おお、ミウ様、それでしたらダルタス様はこちらの、林檎のお菓子を大変好まれておりますよ。あ、あとプラムのタルト等も好物で…」


「ええっ!?意外と甘いものが、お好きなのね!それならプラムのタルトにしましょう。私も食べてみたいし」


「それが、よろしゅうございます。ぜひ、ご一・・お召し上がりくださいませ」


 ブラントは、内心しめしめと思った。


「ああ、旦那様には私と会ったことや、お好きなお菓子をお伝えしたのは内緒にしていただけますか!召し使いごときが、旦那様のお好みについて人様にあれこれお伝えするなどあまり宜しくありませんので」


「まあ、そういうものなの?そう言う事なら、貴方と出会った事は伝えないようにするわね」


 ブラントは、頷き、こんなにも綺麗で可愛らしく優しいお嬢様がお菓子を差し入れてくれてダルタス様のお心が傾かない筈がない!と確信していた。


 そして、ルミアーナという公爵令嬢も噂ではそうとう美しいらしいが、ミウ様だってドレスを纏えばきっとひけをとるまい!と勝手に想像した。

 ひけを取るも取らないも、本人であり今のミウは本来の美しさを極力隠している状態なのだから、本来のルミアーナの方がより美しいのだが、この時点のブラントはそんな事は知る由もない。


 そして、互いに買い物を済ませると笑顔でミウとルークはブラントと分かれた。

 ちなみにルークは、別れ際まで笑いを堪えるのに必死でプルプルと震えていて、ミウとブラントに本気で体の具合を心配されたのだった。

(ブラントは、者ながらも、基本的には良い人なのだった。)

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