第33話 噂の二人

 御前試合を終えて二人は周りの祝福を受け再び婚約者同士となった。


 両親は両手ばなしで!

 国王夫妻はしぶしぶ。

 アクルスは、仕方なく。

 ルークとリゼラは喜んで祝福をした。


 渋い顔の国王夫妻にルーク王子は、ぼそりと呟いた。

「ここで、二人の仲を邪魔するような者がいたらきっとルミアーナは、その者をになるでしょうね?」と…。


 その言葉に王妃は真っ青になり慌てて、

「まああ、何を言っているの?ルミアーナが、ダルタスと結婚したら私の姪になるんですもの!もちろん心から祝福していてよ!ねぇ、貴方!」と国王にふる。


 国王も、慌てて頷く。

「もちろんだとも、ルミアーナの気持ちが一番だとも!」とそれこそ眩暈を起こしそうな程にぶんぶんと首を縦に大きくふるのだった。


 全くもって調子がよいから笑える。


 その様子に、リゼラはルークににっこりと笑い、目でルークを称賛した。


 ルークもリゼラに、どや顔でウィンクし笑顔でこたえた。


 さて、世間で噂の眠り姫が、諸外国からも怖れられるダルタス将軍と婚約したこと、そして僅か一週間程で婚約破棄したこと…。


 そしてそしてさらに3ヶ月後には再びの婚約。


 急展開に次ぐ急展開に世間では、尾ひれ羽ひれをつけて噂しあい、真相はいかに?と囁きあっている。


 民衆の間で今一番熱い話題である。


 ちなみに、最初に婚約破棄を言い出したのがルミアーナからだった事から、一番有力な説として噂されているのが、「鬼将軍説」である。


 まず、命を狙われなくなるよう、父のアークフィル公爵が自ら崇拝する鬼将軍と婚約させたものの、強面の将軍に怯えた眠り姫が、意を決して婚約破棄を申し出た。


 しかし、いざ婚約破棄をすると、またも拐われそうになり怯えて過ごす事になり、不憫に思った王妃が警護の厚い自分の宮に部屋をしつらへ保護していたと…。


 しかし、怯える眠り姫は部屋から一歩も出ることも叶わない。


 眠り姫が安心して過ごす為には将軍との結婚しかなかったのだろう。


 そこに漬け込んだ鬼悪魔のような将軍。


 警護と称して王妃の宮の護衛に自分の配下をおき、眠り姫が庭にも、それどころかバルコニーにすら出られない程に見張り、追い詰めた。


 そして、思い悩んだ末に眠り姫は再び将軍との婚約を泣く泣く受け入れたのだろう…。


 といった感じで、それはまあとは、随分とかけ離れたものだった。


 実際は、確かにルミアーナの姿の時は王妃の宮から一歩たりとも出てはいないものの、毎日のように騎士見習いのミウとしてルークやリゼラと楽しく訓練に明け暮れていたし、時にはルークに頼んで内緒で街に出掛けたりと、通常の貴族令嬢としてはあり得ないくらい自由奔放でやりたい放題であった。


 一方、鬼悪魔将軍と称されたダルタスに至っては、一方的に婚約破棄をされても尚ルミアーナの身を案じ、ルミアーナのいる王妃の宮の警備をさらに厚くしたり、ルミアーナが眠りについた事件の洗いなおしをしたりと愛しいルミアーナの為に思い付く限りの優しさの大盤振る舞いだったのに、この言われようである。


 大分可哀想なダルタス将軍であった。


 しかし誤解もとけて両想いに至った二人には世間の噂などどうでも良いことである。


 ダルタスも今まで生きてきた中で、今が一番幸せなのである。


 ルミアーナは、毎日のようにダルタスの政務室や訓練場に差し入れを持って訪れる。


 甘々な二人の様子にジョナや他の兵士たちも口から砂を吐き出しそうである。


 騎士団の方はと言えば急に来なくなったミウの心配をしていたがダルタスと共にルミアーナの姿で現れ皆を驚かせた。


 彼らは、ルミアーナのその『絶世』としか言い様のない美しさにも驚いたが、手練れの近衛騎士達をばったばったとなぎ倒していった「騎士見習いミウ」が美少年ではなくだった事に一番驚いていた。


「皆を欺いてしまって本当にごめんなさい。でも強くなりたかったの」と、しおらしくいうとダルタスも一緒にあやまってくれた。


「皆にも迷惑をかけてすまなかった。こういう事情なので、これからは私が面倒をみる。従って騎士団からは外させてもらうが…」とダルタスが言うや否や騎士達からは否定の言葉が上った。


「いやいやいやいや!いくらダルタス将軍の言うことでもそれは無いわ!ミウが女でもうちは問題ないし!」と、隊長のウルバが言うとリゼラやテスもそうだそうだと割って入ってきた。


「全くですわ!そもそも、近衛には私のような女性騎士もおりますものルミアーナ様がうちで訓練なさるのは全く問題ないですし、むしろ大歓迎なのですわ!」


「ここで一番すばしっこいのもミウだったしな!いや、しかし…綺麗過ぎるだろ…参るな…」とテスが頬を赤らめた。


 皆、これまでミウの事は自分の子供や弟のように可愛く思ってすごしてきたが、本来の姿を目の当たりにした皆は驚きと共にひどくちぐはぐな印象をうけた。

 髪の色、瞳の色、肌の色が本来の色に戻っただけなのだが、「めったにいない美しい少年」が「比類なき絶世の美少女」に突然とってかわってしまったのだから仕方もないだろう。


 全ての騎士達は頷き合いながら顔を赤らめ「ほぅっ」とため息を吐いている。


 それにダルタスは思わずムッとして、

「彼女が強くなりたいなら、私が正規軍の施設で訓練に付き合うので結構だ。リゼラはともかく、他の男どもが私の目の届かぬ所でルミアーナと一つ場所でいるなど許せるものか!危なすぎるわ!」と臆面もなく言いはなった。


 それにリゼラがやんわりと言葉をかえす。


「う、うーん、まあ、その心配はわかるかも…で、でも、ダルタス将軍の率いる正規軍には女性はおりませんし、将軍も執務がおありでしょう?ここなら私が目を光らせておりますもの、まだマシではありません?」


「む…ぅ…」ダルタスは考えた。


 確かに、自分が相手をすると言っても仕事の合間だけである。

 正規軍のところなど


 女性受けの良いジョナや他の兵士たちも危ないかもしれないではないかと思い始める。


 以前、ルミアーナが正規軍の見学にきた時など、その美しさ可愛らしさを皆口々に誉め称え、あからさまに骨抜きになっていたではないか。


 自分のいない合間によからぬ行いや想いをよせる命知らずなバカ者が、わんさか出てくるかもしれない。

 いや、出てくるに違いない!と焦る。


 と、なると確かにリゼラが常に側にいるウルバ隊の方がまだましかもされない。

 だがしかし…である。

 ダルタスは眉間に皺を寄せつつ考え込んだ。


 そんなダルタスをよそに、ルミアーナは無邪気にいう。


「ダルタス様と騎士団の皆が許して下さるなら私は騎士にはなれなくても修行は続けたいです」


「いや、しかし」とダルタスがしぶるとルミアーナは被せるように言葉を続ける。


「ダルタス様…これは、国王様にも言われた事ですが、私を狙った真犯人はまだ見つかっていないのです…もし、犯人の狙いが王太子妃候補ではなく、私自身だとしたら?」ダルタスも周りの皆もその言葉にはっとして、神妙な面持ちになった。


「ルミアーナ!そなたは、私が守る!」とダルタスは言い切ったが、ルミアーナは、首をふった。


「ダルタス様!普通に考えて犯人は私がダルタス様や、他の騎士達といる時を狙ったりは致しませんわ。一人になった隙を狙うのです。私は自分自身で自分も、そしてたまたま私と一緒にいるかもしれない侍女や友人のことも守りたいのです」


「何より、もしも私が拐われでもして人質にとられたらどういたします?ダルタスさまは、私を見捨てても王家や国を守らなければならないこの国の将軍でございましょう?私、ダルタス様の足枷にはなりたくありません」と、苦笑したような表情で言った。


「其方、そこまで考えて…」とダルタスは二の句が告げなくなった。


「まさか、貴族のご令嬢がそこまで考えていらっしゃるとは…」とウルバも言葉をもらした。

 これまでのミウの時のくったくなく子供っぽい印象とあまりにも違っていた。


 リゼラやテスほかの皆も驚いた。

 普通の姫ぎみは自分が拐われた時の周りへの配慮まで思い付きもしないだろう。


 騎士団の皆は、只々感動してしまっている。


「ミウ、いや、ルミアーナ姫!この騎士隊長ウルバ、姫の騎士として忠誠を誓う事をお許しください」と跪き懇願した。


 周りの騎士達も一斉に跪く。


 そして、テスも続き様に、

「私、テス・テアードにも心からの忠誠を誓いますことをお許しください」と名乗りをあげた。


 そのあと続々と我も我もと忠誠を誓うとその場にいた全ての騎士達が名乗り出た。


 だがしかし、否!


 ルミアーナ、いやさ美羽は日本で生きた時代のアニメや漫画のありがちなストーリー展開を妄想し、自分が悪役をちぎっては投げちぎっては投げする等の戦うヒロインものを思いうかべて、萌え酔っているだけだった。


 そう!感動されるような深い考えなど、全くないのである!

 そして、まだまだルミアーナの体でも武道は極めたい。


 現在、自分で言うのも何だが飛びっきりの美少女である。

 従って、このまま強くなれれば、美少女戦士も夢ではないのである。


 …というワケでぶっちゃけ訓練を続けたいしと、もっともらしいことを適当に言ってみただけだったのである。


 そんな訳なので、まさかの展開にルミアーナは、本当に焦ってしまった。


 心を読めてしまうルーク王子だけが、それを愉快そうに眺めている。

(ルミアーナ、ほんとに見てて飽きないな~。ああ面白い。あ、皆が騎士の名乗りをあげたから、焦ってる焦ってる…嬉しいけど困ってるな…しかし、美少女戦士って何?破天荒すぎて、めちゃくちゃ、ウケるんですけど…)とにまにましていた。


 まあ、日本で不朽の名作、美少女戦士○―ラームーンや、○リキュア等々を知らないこの世界の者から見れば、その発想じたいが破天荒といえるだろう。


 前世の記憶とか、ところどころ良く理解できないニュアンスはあるもののルミアーナの頭のなかは癖になるほど面白くできるならずっと親友のポジションを守り続けて行きたいと思うルークだった。


 さて、この国では騎士の誓いとは、騎士に限る主従の誓いの最たるもので、一人の騎士が、生涯にたった一人にのみ誓える古来よりのしきたりである。


 基本、この騎士の誓いをしたものは誓った相手が死ぬまで主だと聞いたことがある。


 ルミアーナは、思った。

 いやいや、そんな人生任しました!みたいなん重い!重すぎますから…!と、思う。


「皆、ありがとう。でも早まってはいけません。こういうことは、もっとよく考えて…」と狼狽えながら言った。


「いや、ルミアーナ、これは良いことだ。主従の誓いを捧げたのであれば邪な感情など許されない。騎士の誓いは神聖なものだ。その誓いありきの上でならここでの訓練を許可しよう」


「あ、ほんとに?」と、ルミアーナは喜んだ。


「でも、邪な気持ちって何ですか?」と聞くと、横からぶっと吹き出したルークが口を挟む。


「ルミアーナ、この場合は恋心…横恋慕とかかな?君にはダルタスという正式な婚約者がいるからね」と捕捉してあげた。


「その通りだ!そもそも主従関係での婚姻等はなりたたないからな」とダルタスが臆面もなく答える。


 変に照れて言葉を選んで、またルミアーナが変な誤解をしてはたまらない。

 ダルタスは、懲りたのか一気に吹っ切れたようである。


「つまり彼等はさ、ダルタスに安心してもらった上でルミアーナがこれからもここで訓練を続ける事が出来るように、そしていざというときは下心などなく何よりもルミアーナを優先し守り尽くせるようにと心からの忠誠を誓いたいって事だな」と、ルークは、にこにこしながら言った。


「さようでございます。もともとダルタス将軍は兵士や騎士達が崇拝するお方です。そして女性とは知らなかったとは言え、共に訓練をしてきたミウ…いえ、ルミアーナ様は仲間であり家族にも等しい存在です。そんなお二人を我等は心から祝福し応援致します」と近衛騎士隊長ウルバは、自らの後ろに跪く騎士達を背に従えてダルタスとルミアーナに向かい深く騎士の礼をとりながら言った。


 そしてこの日、近衛騎士団ウルバ隊、総勢三十二名の騎士達が、ルミアーナに忠誠を捧げる騎士となった。


 この後、この件については箝口令が敷かれ、ミウがルミアーナであるという事はダルタスと近衛騎士団ウルバ隊だけの秘密とされ、ルミアーナはかわらず見習い騎士のミウとして訓練を続ける事となったのだった。

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