第32話 ミウと王太子の対決!そして…

 その日、国王夫妻両陛下と、この国一番と称えられる武人ダルタス将軍の立ち会いのもと御前試合は行われた。


 傍観席にはアークフィル公爵夫妻とルーク王子、それに女性騎士のリゼラがいた。


 ホールには木製の巨大な円形の台座が置かれ、その上での試合となった。


 直径が十メートル程の円の中での体術での立ち会いで円からはみ出ても失格となり敗けである。

 基本的には殴る蹴る突き飛ばす何でもありだが、負けを認めて自分から枠組みの外に出るのはありだが、自ら枠の外に出るのは騎士としては非常に不名誉な事で、まともな騎士なら決してしない。

 どちらかが力尽きるまで闘うか、敵を枠の外に追いやるかまで試合は終わらないのである。


 初めて対戦相手をみたアクルスは驚いた。


 少年とは聞いていたもののどのような屈強な体躯の者が出てくるのかと思っていれば、まるで少女のような華奢な少年である。


 こい茶色の髪と瞳をしているがルミアーナに面差しがとても似ている事に気付き、弟か従兄弟だろうか?と思った。


 やりづらいな…と正直思ったものの、真面目に向き合うとルークとも約束をしたので真摯に向き合う。


 台座の上で、ミウとアクルスは向き合って騎士の礼をとる。


 互いに右手を胸にあて一礼をしてから定位置につく。


 審判のルークによる開始の合図で試合開始である。

「二人の健闘を祈る、はじめっ!」


 ざっとミウが、構える。


 見たこともない構えに一瞬、躊躇するアクルスだが、様子をみながらじりじりと間をつめる。


 ためしにミウに拳を入れるがすべてを受け流される。


「ほう…みかけに惑わされるなということか…」と、アクルスが呟くとミウは、フッと不敵な笑みを浮かべた。


 そして、すかさずミウはアクルスのみぞおちに正拳付きを入れる。

「ぐはっ!」まともに入って片膝をつくと間髪いれずにキレのよい手刀がアクルスの左肩に入った。


 一瞬、意識を失いそうになるが、両手で床面を押しやり、後方へ一旦跳ねのく。


 回りがどよめく!


 いまのところミウの一方的な攻撃である。


 普段一緒に訓練しているルークやリゼラは平然と見ているが国王夫妻や実の親である公爵夫妻は顎が外れそうなほど口を大きくあけて驚いている。


 ダルタスも、驚いてはいるもののミウが、ルミアーナだとは気づいていないので、華奢な割りになかなかやるじゃないかと面白がっているだけである。


 そりゃあそうだろう、いくらなんでも深窓のご令嬢がよもや男子に化けて自分を襲った男と御前試合などと!漫画もアニメもないこの世界で誰が思い付くものだろうか。

 気がつかなくて当たり前なのである。


 距離を取ったアクルスが、今度はミウに仕掛けてくる。

 勢いをつけてミウに殴りかかるが、それは、ミウにとっては思うつぼである。

 向かってくるアクルスの勢いにあわせて腕をとり懐に滑り込む。


 そして、アクルスの足を蹴って払いのけ懐から自分の体をバネにして持ちあげるようにして投げ飛ばした。


「うぉ!なんだあの技は!」と公爵が身を乗りだし王やダルタスも目をみはる。

(はい、柔道の背負い投げ一本決まりましたぁ~!)と心の中でガッツポーズをとるミウである。


「あれは…まさか…」と、ダルタスがふと、以前、ルミアーナが訓練を見にきた時の事を思い出す。


 確かルミアーナが、父のアークフィルをいとも簡単に転げ倒した時の事である。

 あの時、皆アークフィル公爵がわざと大袈裟にころんだと笑っていたが、そうではないとダルタスにはわかっていた。


 足元を払いのけ、バランスを崩させた事により軽く押しただけで、屈強な筈の父親をいとも簡単に転がしたのだ。

 あの時は、なんとなるほど、この方法でならか弱い女性でも大の男を転がす事もできようと内心驚いたものであったが…。


 今みたそれは、あの時ルミアーナが仕掛けた足払いと同じ原理を利用した技ではないかと気が付いた。

 そう言えば、今の今までよくよく目を凝らして見たことはなかったが、顔立ちなどがルミアーナによく似ているのである。


 まさか?本人?…の…訳はありえないから親戚か何かか?とアクルスと同じようなことを思った。


 アクルスは、あきらかに自分より小さく華奢な少年に思いきり投げ飛ばされて呆気にとられていた。

 不思議と怒りはなく、清々しい気持ちにさえなる。


「ははっ!すごいな!」と笑い、直ぐに立ち上がった。


「でも、このまま、やられっぱなしという訳にはいかないな」とにっと笑い、すっと体を立て直した。


 ここからが、アクルスの本領が発揮されるところであろうとミウは思った。

 やはり…けっこうな強者だわ。


 隙がない。

 先程までの油断が微塵も感じられない。


 お互いじりじりと間合いをつめる。


 しまったな。

 油断している間に外に放り投げるのだった…とミウは少しだけ後悔していた。


 やはりアクルスは、ただのアホ王太子ではないようである。

 真剣な眼差し、これを最初にみていたら印象も大分違っていただろう。

 ダルタスに出会う前であれば、あるいは心動かされる事もあったかもしれない…。


 そんなことをほんの一瞬、考えてしまった隙にアクルスが素早い動きで詰め寄り、ミウの頬を殴った。


「きゃあああ」と、王妃が叫び「う~ん」と公爵夫人が倒れた。


 ミウは、台座の中央から、枠のギリギリ内側まで飛ばされた。


 口の中が切れて血の味がする。


 ミウは、ぺっと血を吐き捨てて、直ぐ様立ち上がる。

(そうだ、これは高校生の柔道大会じゃないんだから当然顔も頭も殴ったって反則じゃないもんな…。やば!)と思った。


 油断して、ぶちのめすつもりがぶちのめされてしまった。


 とっとと、枠の外に追いやって勝たなければ!と思ったが、顔を打たれてふらつくミウに今度はアクルスがつかみかかってきた。


 胸ぐらを捕まれたミウは、何とかアクルスの腕を掴みかえそうとする。


「えっ!?」と、そのとき一瞬アクルスがひるんだ。


 あり得ないほど柔らかかったのである。


「そなた、まさか!」とアクルスの掴む力が緩んだ瞬間、

「隙ありっ!」と、アクルスを自分の方にひきよせ、後ろに倒れ込みながら蹴りあげて台座の外へと投げ飛ばした。


 アクルスは、その大きな体をまたも飛ばされた。


 しかも今度はかなりの飛距離である。

 柔道でいう巴投げである。


 すかさず、ルークが、台座にかけより片手をあげ、「勝負あり!この勝負、ミウ・クーリアナの勝利とする!」と宣言した。


 ミウは、ふうっと息を吐き、アクルスに近寄った。


 アクルスは、立ち上がりミウに向き直る。


「っつう…なんだ?今の技は?この私が投げ飛ばされるとは…完全に私の負けだ。認める。しかし、そなた大丈夫か?私は先程結構な勢いで殴ってしまったが…」と、本当に辛そうな顔をした。


「やっぱりばれちゃいました?うふふ、アクルス王太子様は思ったより優しい方だったのですね?これくらい、大丈夫ですよ」と、クスッと笑った。


「それに、これが戦地での戦いとかだったら私は確実に殺されてますもの。一瞬でも父の跡を継いでみようかなんて思った自分が恥ずかしいですわ。王太子様はそれを気づかせて下さいました。ありがとうございます」と、お辞儀をした。


 そして、ルークがため息をつきながら兄に言った。


「どうです?ミウに投げ飛ばされたらすっきりしたんじゃありませんか?」


「それはそうだが、私はそうとは気づかずまたもや、彼女の顔に傷を…」とアクルスは、本当につらそうである。


「それなら心配いりませんよ」とルークがミウの頬に手をかける。


「ミウ、癒しを施すから、今かけている魔法を解くよ?兄さんを倒すという目的も果たしたしもう良いよね?」とルークが言うとミウはコクリと頷いた。


 ダルタスにずっと嘘をつくのも嫌だし、今ばれるのが一番自然な気がすると思ったのだ。


「ルーク、ありがとう。このくらい、ほっといても治るとは思うけど、痣になったら母が泣くと思うからやっぱりお願いするわ」と、笑顔でお願いした。


「了解だよ」


 ルークは、ミウに手をかざし、解除の呪文を唱和した。


 ぽうっと淡い光に包まれたかと思うとルミアーナ本来の光の波打つ金の髪ときらめく碧の瞳、すべらかな肌、桜色の唇が現れた。


「やはり、貴女だったか!うああ」とアクルスが頭をかかえる。

 引き続きルークは、癒しの呪文を唱和した。


 すると、ミウの頬の腫れも口元の血も引き、もとの美しいルミアーナに戻った。


 これにはダルタスも、心底驚いた。


「な!何だと!ミウがルミアーナ?」

 傍観席からすごい勢いで立ち上がり、ずんずんとルミアーナの元へ向かってきた。


「あっ!ああ~、ダルタス様!ごめんなさいっ。私、あの、その…自分の事は自分で守れるって証明したかったの!ダルタス様を騙すつもりとかは全くなくて!あ、あの…その…」と、ミルアーナは色々説明しようとしたがダルタスに遮られた。


「そんなことを言っているのではないっ!」と怒られた。


「お!男に化けて、あろうことか、アクルスと!…自分を襲った男と勝負するなどと!なんて危ない真似を!」とすごい剣幕だが、後ろで国王夫妻は、おろおろとするばかりだった。

(襲った男は自分達の息子だし何とも口を挟みづらいようである。)


 公爵夫妻は、今回のルミアーナの暴挙をもっと叱ってくれと言わんばかりにうんうんと頷いている。(気絶していた母もいつの間にか気づいていて涙ぐんでいる。)


「だぁーっ!もう!ちょっと来なさいっ!」とダルタスにルミアーナは、乱暴に腕を捕まれ隣の控え室に引っ張って行かれる。


 アクルスが止めに入ろうとしたが、ルークにそれを止められた。


「今は二人にさせた方がいいよ。大丈夫、ダルタスはルミアーナに酷いことはしないから…」と言った。


 公爵夫妻は笑顔で頷いた。

 国王夫妻はしぶしぶ頷いた。


 ルミアーナを控え室に押し込み自分も入るとバタンと扉をしめる。

「はあーっ」と大きなため息をつくダルタスにルミアーナは、ビクッと肩をふるわす。



「あ、あの、ごめんなさい。ダルタス様!怒らないで!」とルミアーナが泣きそうな顔をする。


「ああ、違う!貴女を怒っている訳ではないのだ!」と、ダルタスがもどかしそうに言う。


「嘘!怒ってる!」


「違う!これは!」


「ダルタス様!あっ!」


 ダルタスは壁際にルミアーナを押し付けるようにして唇を奪った。


 もう黙れと言わんばかりの強引で乱暴な口づけに驚いたが、激しい衝撃と締め付けられるようなときめきに意識を失いそうになった。


 初めての時とは違う貪るようなダルタスの口づけにルミアーナは何も考えられなくなり力がぬけていく。


「自分で自分を守るのだろう?嫌なら私をはねのけてみろ!」とダルタスが言う。

 今までのひたすら優しかった筈の彼の意外な強引さにルミアーナは翻弄された。

 好きで堪らないダルタスにそんな事をされ、胸のドキドキで息も絶え絶えだった。

 ダルタスは片方の手で逃げられぬよう腰に手をまわし、もう片方の手でうなじを掴み顔を引き寄せ胸元や首もとにも口づけた。


「あ、ああ」と、ルミアーナは吐息をもらす。


「ほら、君は私を払いのける事すら出来ないではないか?」と、ダルタスは苛立たしげに言った。 


「こ、こんなの、ずるい」とルミアーナが途切れ途切れに言った。


「好きな人にキスされて触れられて…抗える筈…ない…です。ダルタス様…ひどい!」

 涙目でみあげる可愛らし過ぎる様にダルタスは理性をまるごと消し去りそうになる。


「っ…君は自分が何を言っているのかわかっているのか?頼むからこれ以上、私を煽らないでくれ。止まらなくなる!」と、苦しそうに言葉を吐いた。


そのダルタスの言葉に「愛してもいないのに叱る為に?…こんな事…しない…で!私、勘違いしてしまう…」と堪えかねたようにルミアーナは大粒の涙をぼろぼろとこぼす。


 ダルタスははっとして、ルミアーナを自分から離した。


「すまない。違うんだ。私は君を叱りたい訳じゃない」

 ダルタス、ルミアーナの涙に彼女を傷つけてしまったのだと焦った。

 そしてルミアーナに何故か事にようやく気づいた。


 そして愛の言葉を囁いた。


「愛しているのだ」


「嘘!」


「嘘などつかぬ!なんで、そう思うのだ!」


「だって、だって、ダルタス様は王太子のイタズラで見合させられただけだと…」


「私は例えそれがきっかけでもそなたに出会えて嬉しかったのだ!」


「でもでも、責任で結婚するって…」


「生涯の責任を持ちたいほどに真剣に考えているというつもりだった!まさか仕方なくとかいう意味にとられるとは想定外だった!誤解させたことは謝るが未だに何故そうとられたかさえ俺には分からん!」


「ダルタス様…」


 ルミアーナが、不安に思っていたことを一つ一つ答えてくれるダルタスに胸が熱くなる。


「今度はなんだ!」とダルタスがいうや、否やルミアーナの宝石のような瞳から、とめどなく涙がこぼれ落ちた。


「私、ダルタス様を好きで…良いのですか?」くしゃっと顔をゆがませて先程とは違う涙をこぼしながら言う。


「っ…」


「ああ、もう、だから何でそうなる!むしろ好きでいてほしいのだっ!」

 そう言ってルミアーナを荒っぽく引き寄せ抱き締める。


 このお姫様には、回りくどい言い回しは厳禁だとようやく悟ったダルタスが直球の言葉を伝える。

 もはや照れている場合ではないのである。


 うかうかしているとこのお姫様はまた、あらぬ誤解をして自分から逃げていってしまうかもしれないのだ!

 逃がしはしないという強い想いにかられるダルタスだった。


「愛している」そう言ってまたルミアーナに口づけた。


 外にルミアーナの両親や国王夫妻らがいなければ、口付けだけではすまなかっただろう。

 ダルタスは、断腸の想いで煩悩に打ち勝ち、皆のもとへと戻ったのだった。

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