第31話 ミウとアクルス王太子
一方、
もともと美羽の記憶をもつ、武闘センスはミウの騎士見習いとしての資質にも、大きく役立ったといえるだろう。
敢えて目立たないようにしているルークはともかく見た目も名前も換えて入団したルミアーナは、ミウとして全力投球で、強くなることに躊躇なく修行してきた。
剣も弓ももうリゼラどころか、騎士団長のウルバですら敵わなくなっていた。
騎士団の面々は、「「「「嘘だろ~」」」」と驚愕の声をあげたものである!
体術に至っては誰も…多分もしかしたら国一番と言われるダルタスでも叶わないのではなかろうかと思われるほどである。
ちなみにミウの体術は、他の誰も見たことのない技ばかりである。
時々、「やぁーっ」とか「おす!」とか謎の掛け声を、かけながら自分の倍以上もの体格のものをなげとばしたり、ものすごいスピードで拳や蹴りを繰り出してきたりする。
美羽時代で培った空手で攻撃し、向かってくる敵には相手の勢いを利用して柔道でかわして、なげとばすといった感じである。
むろん騎士団以外の人間との立ち会いなど、見習いの身分ではありえないのであくまでも近衛騎士団の中だけの事ではあるが、近衛騎士団が他の部隊と比べて劣るわけでは決してない!
中でもウルバ隊は王が愛する王妃を守らせる為に置いた選りすぐりの精鋭部隊である。
むしろ、その実力は王室直属であるが故に、かなり高いと言える。
近衛騎士団は、ダルタス将軍率いる正規軍に次ぐ部隊なのである。
ミウの強さはもはや、人の口にも登るようになっていった。
近衛騎士団の見習いミウに敵なし!…とか
ミウを怒らせたら宙を舞う…とか
負け知らずの見習い天使…等々、ミウの美貌とともに評判になっていった。
そんな中、王太子が王妃の命で東の塔に幽閉されてからもう三月がたとうとしていた。
「王様、王妃様、私もうアクルス王太子様にはひけをとりませんわ。ルミアーナとしてではなくミウとして立ち会わせて下さいませ」と願い出た。
王も王妃も、騎士見習いミウの噂は聞き及んでおり、リゼラやルーク王子からの話からもそれがうぬぼれではなく本当の実力なのだと理解していた。
しかし、やはり心配ではある。
王太子は、あれでなかなかの武人なのだ。
半年間の幽閉で鈍っているとはいってもルミアーナが怪我をするような事があれば不納得ながらも娘を預けてくれたアークフィル公爵にも申し訳がたたないどころかルミアーナ自身にも顔向けができなくなる。
かといって今更、王太子と手合わせさせるとの約束を反故にもできず、武器は持たず体術のみで勝負するのであればということになった。
王太子も、頭が冷えたあとは、さすがに反省したようで、自分から太子の座をルーク王子に譲るとまで申し出たほどであり、ルミアーナの事も諦めると言っている。
対戦する相手がルミアーナとは気づかなくとも体術での戦いなら途中、女と気付くかもしれない。気づけば、もともとはフェミニストのアクルスである。
たとえ、相手がルミアーナだと気づかなくとも手心を加えるだろうと思っての事である。
正直なところ誰も王太子の方の心配はしていなかった。
立ち会いは国王夫妻、将軍、ルーク王子、リゼラ、そして、アークフィル公爵夫妻である。
この面々でミウの正体を知らないのはアクルス王太子とダルタス将軍の二人のみである。
そんな中ミウは、この立ち会いで勝てれば正式に騎士の試験を受け、リゼラのような女騎士となり父の跡を継ごうと真剣に考え初めていた。
見た目がいくらお姫様になっても、やはり自分は自分なのである。
お姫様より騎士の生き方が自分にむいているように思ったのである。
運が良ければいずれはダルタス将軍のもとに配属される日が来るかもしれない。
そうすれば、この恋が敵わなくてもダルタスの側にいることが出来て、何かの時には愛しい彼の為に身を盾にする事もできるかもしれない!と心踊らせるのだった。
***
かたや、アクルス王太子はと言うと東の塔に幽閉されてからというもの、憑き物が落ちたように大人しくなっていた。
食事を運ぶ者や見張りの者も、それとなく様子を伺って報告を上げていたが、アクルス王太子は悪態をつくでもなく静かに書物を読みふけり、時折深いため息をついては窓の外を眺めているという事だった。
実際にアクルスは、ルミアーナへの愚行を恥じ入り、激しく後悔していた。
ルミアーナにはもちろんだが、従兄であるダルタスにも申し訳がないと本当に心から反省していた。
アクルスは、思っていた。
『我ながら、魔が差したとしか思えない…』
穴があったら入りたいとはこの事である。
そして、自分を幽閉してくれた王妃にはむしろ感謝したいくらいだ…と思っていた。
どの面下げてルミアーナやダルタスの前に立てようものか…いっそ王太子も辞して弟のルーク王子にでも譲りたいくらいである。
このまま、どこか人知れず旅に出て山にでも籠りたいとさえ思っていた。
あんな風にきっぱりと拒絶されたのは初めてだったのである。
しかも生まれて初めて手に入れたいと思った理想の美少女に命がけで拒否られたのである。
それは、アクルスにとってこれまでの自分が全否定されたような衝撃だった。
正直、これまで自分は王太子という立場もあり憧れられる存在だった。
見た目も自分でも言うのもなんだが悪くなく、言い寄ってく貴族令嬢など掃いて棄てるほどだった。
勉学も武術も難なく人並み以上にこなし、その上次期国王である。
そんな自分に自惚れていたのである。
唯一、武術で勝てない従兄のダルタスの事も正直いってどこか無意識に見下していたのだ。
…あの傷、あの強面で敵はともかく味方の女子供にも恐れられる可哀想なヤツだと。
自分の方が女性にも慕われ社交性にも長けて優れているのだと自惚れていた。
そんな愚かな自分にバチが当たったのだのだろう。
初めて心を揺さぶられた令嬢は、自分など見向きもせず真っ直ぐにダルタスだけを見ていた。
そして、ダルタスだけに微笑んで頬を染めていた。
冷静になって思えばルミアーナ嬢が自分を選らばなかったのは当然である。
彼女は、ダルタスの噂や顔の傷などものともせずダルタスの本質を見ていたのだろう。
だから、私のうわべや更には身分さえも彼女にとっては何の価値もないものだったのだ。
それに気付いて、これまでの自分がいかに愚かであったかを思い知ったのである。
彼女に出会う前からやり直したいといくら思ってみたところで、もう遅い。
「かの姫の心は気高く賢く見た目ではなく強く清廉な孤高の戦士ダルタスを選んだのだ」と、ルミアーナを惜しみ無く称える気持ちでいっぱいである。
(…実は見た目もルミアーナにとっては超絶、好みだったのだが…)
そしてすべてを諦めると、ようやくため息をつく事ができた。
さて、これからどうするべきだろうか…。
自分も
まずは、そこからだと居直った。
それからは、日々のほとんどを瞑想と読書に明け暮れて過ごした。
気持ちを入れ替えて読む書物は感動と知識をもたらしてくれた。
そんな日々を幾度となく過ごしたある日、父王と王妃の命を受けて弟のルークがやってきた。
幽閉を解くかわりにある見習い騎士と体術で立ち会いをするようにということだ。
正直言ってそれにどんな意味があるのか全くわからなかった。
だが、それが罰というならささやかすぎるくらいではないだろうかと思った。
「一発殴られるか投げ飛ばされるかすれば、兄さんもすっきりするんじゃない?」と、訳知り顔の弟はいった。
いつもながら我が胸の内をわかってくれているかのような言葉だ。
昔から聡い弟は、いつも私の考えがわかっているようで、口数は少なくとも的確な言葉をくれるのだ。
いつも目立たないようにしているのも、王太子である自分をたてる為なのだろう。
じつは、私などよりも弟のルークの方が王に相応しいと何度思っことか。
しかし、本人が望んでもいないことを押し付けるのも本意ではない。
自分だとて国王になりたいなどと思ったことはなく、長子に生まれた義務として受け止めてきただけだ。
やりきれない気持ちになることもしばしばあり、時々、羽目を外して浮き名を流したりしたものの本道はわきまえているつもりだったのである。
ルミアーナの事は、本当に箍がはずれたとしか言い様のない大失態だった。
「すっきり…か、そうだな。しかし、ダルタス以外で私を投げ飛ばしたりできるような強者が、私が幽閉されている短い間に現れたのか?」
「そうだね、今、僕と一緒に騎士見習いをしているミウと言う少年だよ。まあ、とにかくすばしっこいというかなんというか…なめてかかると痛い目をみるんじゃないかな?」
「?」
「理由はともかく、ミウにわざと負けたりしたら多分ルミアーナは一生兄さんを許さないだろうね」
「ルークおまえ、ルミアーナ嬢を呼び捨てにする程親しくなったのか?」アクルスは、話の内容よりルークのルミアーナへの親しげな口調が気になった。
「ああ、どうやら父上母上は、兄さんとルミアーナを添わせるのは諦めて僕と添わせようと企んでいるようだよ?」
「何だって!」
「そうそう、ダルタスともあのあとすぐに婚約破棄したしね」
「そんなばかな!ルミアーナ嬢は、ダルタスが好きなのだろう?」
「そうなんだけどね~、なんだか拗れちゃったみたいでね」
「お、お前、まさか…」
「やだな、兄さんじゃあるまいし、つけこんだりしないよ。僕ら…ルミアーナと僕は純粋に友人だから!」
「そ、そうなのか…?」
「そう!友人!とにかく話を戻すけれど、騎士見習いのミウはルミアーナの仇をとるために兄さんと立ち会いをする事にしたんだ。兄さんをぶちのめすために本当に一生懸命頑張ってたんだよ」
「勝てとも負けろとも言わないけれど真面目に戦ってほしい」
「人と極力関わらずにきたお前にしては珍しいな…そのミウとやらとも、親しいのか?」とアクルスが聞くと「ああ!親友さ!」と笑って答えた。
「そうか」とアクルスは短く答えた。
アクルスは嬉しかった。
何事においても前に出ず、ひっそりと謙虚に生きてきた弟に親友と呼べるものができた事が…。
その親友だと言う少年。
ルミアーナの敵討ちで…という事は、ルミアーナの身内か何かだろうか?
ルミアーナが好きなのはダルタスなのだから恋人ではないだろう。
しかし、ルミアーナと近しい間柄なのは間違いなかろう。
詳しくは分からないが、ルークの言うように真面目に向き合って勝負しようと思った。
そうして御前試合の前日、アクルス王太子は東の塔から出たのだった。
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