第24話 女性騎士リゼラ

 この国一番の女性騎士リゼラは、国王夫妻からの命により公爵令嬢の武術指南をすることになった。


 リゼラの容姿はそれは麗しく、燃えるような紅い髪とエメラルドの瞳が印象的な細身の美女である。


 この国ラフィリルの近衛騎士団に籍を置き、女性ながらその強さと巧みな馬術、剣技には定評があり国王夫妻の信頼も厚かった。

 強く清廉で、しかも見目麗しいリゼラは王族の大事な外交などの時には決まって王妃に付き添う護衛などの任につかされることが多かった。


 リゼラは深窓のご令嬢が武術?と訝し気に思ったものの、それが噂の『眠り姫』だと聞き『成る程…それで…』と、納得した。


 て毒に害され一年以上も眠り続けていたというだからなのかと。


 王妃に聞くところによると、最近もあろうことか、この城内で拐われそうになったという。

(さすがに、この時、王も王妃も自分達の息子である王太子に襲われかけたとは言えず、拐われそうになったとだけ伝えた)


 聞けば気の毒な話である。


 リゼラは思った。

 我儘なお嬢様のお守りとかなら御免こうむりたいところだけれど王妃の話では、とても清らかで真っ直ぐな人柄の姫君だという。

 そう聞いて、なるべく力になって差し上げたいと思った。


 令嬢の部屋が王妃の続きの間にあったのには驚いたが、それも警護の為と聞き、これまでもどれ程危ない目にあったのかと察するに余りある。


 そして、侍女に案内されリゼラは、初めてルミアーナと対面した。


「まあ、なんて素敵な騎士さまでしょう?私、ルミアーナ・アークフィルと申します」

 ルミアーナは、まるで王妃へ挨拶するかのように、ドレスの裾を少し持ち上げ頭を垂れてリゼラに礼をとった。


 その優雅な仕草に思わず見とれた。


 そしてルミアーナは、その美しい顔をあげてにっこりと微笑んだ。


 リゼラは驚いた。

 明らかに身分が自分よりも高い公爵令嬢の方から先に礼を尽くしてきた事にも驚きだが、そんな事よりも目前の令嬢自身の容貌に驚いた!


『なっ!なにっ?この光り輝く生き物はっ!妖精?天使?えええっ!』と心の中で叫びまくり狼狽えた。


 一瞬、我を忘れて言葉を失う。

 しかし、そこはさすがに王家に使える騎士!ぐぐっと気持ちをひきしめる。


「私はリゼラ、リゼラ・クーリアナと申します。ルミアーナ様」

 リゼラは片手を胸に騎士の礼を取りながら跪く。


「まあ、それではリゼラ先生とお呼びしてもよろしいですか?」と、ルミアーナが可愛らしく言う。


「ぐふぅ…め、滅相もない!どうぞ”リゼラ”と呼び捨てに!私は武術をお教えするようには承っておりますが、陛下や王妃様にはルミアーナ様の護衛を命じられております」


「あら、だって、リゼラ様には私の”お師匠様”になっていただくのに呼びすてになど…それにリゼラ様も貴族であると伺っておりますわ?」


「貴族といっても、公爵家とは比べ物にならない末席の子爵家の出です。王妃の手前もございますし…」と、リゼラが本気で困った顔をしたのでルミアーナは、小さなため息をついて


「わかりました。貴女を困らせたくはありません。では尊敬の念をこめながらお名前を呼ばせて頂きます。リゼラ、どうかご指導宜しくお願いいたします」と、頭を深々とさげた。


 リゼラはルミアーナの人とも思えぬ美しさにも驚いたが、王族に次ぐ大貴族のご令嬢に頭を下げられるなどと夢にも思ってはいなかったので本当に驚いた。


(この方は大貴族のご令嬢にありがちな高慢なところが全くない…まるで、騎士の心構えを心得ているような謙虚さだわ…)


 そしてリゼラは、あっという間にルミアーナの事が大好きになった。


「ではルミアーナ様。今日より毎日、午後から二時間程ご指南をさせて頂きます。まずは動きやすい服装にお着替え頂けますか?」


「わかりました。直ぐに着替えて参ります。侍女にお茶を用意させますから少しだけお待ちくださいね」

 と言って衣装部屋に入っていった。


 それにもリゼラは驚いた。

 なんと王妃の衣装部屋を使わせて頂くなど、どれ程までにルミアーナ様は王妃に気に入られているのかと思った。


 でも、ルミアーナ様ならば分かる気がする。

 本当に可愛らしくて守って差し上げたくなる姫君だ…とリゼラは思った。


 ほんの少しして、ルミアーナが元気よく出てきた。

 ラフな、ブラウスとズボンに着替えた姿はまた可愛らしい。


「ふふっ、これで大丈夫ですか?」と身軽になったルミアーナはくるっとまわってみせた。


 さらさらと流れる金の髪は後ろに一つにまとめて縛っている。

 無駄な装飾は一切はぶいたスッキリとした出で立ちにリゼラは感心した。


「これは、素晴らしいですね!」

 ご令嬢がちゃんと運動できるような支度などできないだろうと、思っていたけれど…。

 勝手がわからず、もしかしたら指輪やブレスレットや首飾りなどつけたままだったりするのではなかろうかと心配もしたが杞憂だった。


 ルミアーナ様は本当に強くおなりになりたいのだわ…こんなにも華奢な姫君だけど…とリゼラは感心した。

 今まで何人か貴族の若君を指南をしたことがあったけど、本人にやる気がある分、ルミアーナ様の方がよほど見込みがありそうだ。

 とりあえず、資質をみて誠心誠意きちんと指導しようとリゼラは思った。


「ルミアーナ様が今、どの位の運動に耐えられるか確かめたいと思います。普段から何か運動等されていますか?」


「はい、基礎的な運動でしたら長い眠りから目覚めた時からリハビリをかねてずっとしておりますから、多分、普通の貴族のお嬢様方よりは体力に自信がありますわ!」

 拳を握りしめ、とんと胸をたたいて言うルミアーナは少し得意げだった。


「まぁ、ふふっ。それではいつもどのような運動をしているか見せて頂いてもよろしいですか?」

 リゼラは正直言って、こんな可愛らしい姫が独自に運動といっても大したことはできないだろうが、はりきっている姿が何だか可愛らしいなと思い笑みをもらす。


「わかりました。では、いつも朝晩している運動を一通りやってみせますね?」

 そういってルミアーナは軽い柔軟体操をした後、いつもの腕立て伏せ百回、スクワット百回、腹筋百回、レッグスウィング百回をもくもくとやってみせた。


「あと、最近ではいつも屋敷の周りを一時間ほど走り込んでおりました」とルミアーナが、言った。


 リゼラは絶句した。

 思わず心の中で(マ・ジ・か!?)とか叫んでしまった。


「あ、あの~、ルミアーナ様はまさかですが、ひょっとして武人であるお父様の後をついで私のような女性騎士になりたかった…とか?それで鍛えてきた…とかですか?」と聞いてみた。


 ルミアーナは、きょとんとして答えた。


「いいえ?とりあえず目覚めた時、腕ひとつ持ち上げるのにも苦労したので筋力をつけなければと徐々に運動量を増やしてきたらこうなりましたの」と、まるで何でもないことのように。


 いや…いやいやいや!そんなレベルじゃないからね?…病み上がりのリハビリで…とか、そんなの普通の貴族の『お嬢様方よりは…』なんてレベルじゃ決してないから!と、リゼラは首をぶんぶんふって小さな溜め息をひとつついた。


 これは、自分も『本格的に気合をいれなければ!』とリゼラは気を引き締めた。


「ルミアーナ様、いっそのこと私の所属する騎士団の訓練に参加してみますか?」


「えっ?いいのですか?」


「そうですね、それだけやって息も乱れない体力をお持ちでしたら是非、剣術や体術などもやってみると良いでしょう。訓練場所の方が広くてお教えしやすいですし」


「まぁっ!是非っ!」


「ちなみに、ルミアーナ様は乗馬はお出来になりますか?いざというときに馬に乗れるととても便利です」


「乗ったことないわ!教えて頂けます?」


「わかりました。騎士を育てるつもりで全てお教え致しますから頑張りましょう」


「はい!」と嬉しそうにルミアーナが満面の笑みで返事をする。


 はうっ

 な、なんて破壊力なの!

 リゼラは悶絶しそうになる。


 美少女の満面の笑みって、こんなにも凄いのっ?くぅーっ

「はい!」ですって!「はい!」だわよ?


 なんて良いお返事!

 大貴族のご令嬢が!


 か!可愛い!可愛いわ!

 可愛すぎるわっっ!


 いやもう、これは危ないわ!

 危険物だわ!


 女の私でも持っ帰って頭なでたり頬擦りしたくなっちゃう!

 いやいや、ルミアーナ様は私がお守りしますからね!

 と、誓うのであった。


 美少女の笑顔、恐るべし!である!

 そうしてこの国一番の女騎士”紅い髪のリゼラ”もルミアーナに落ちたのだった!

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